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さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第14号-
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第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)
 
2月14日はバレンタインデー。「バレンタイン」は、3世紀頃にローマで殉
教したキリスト教徒の英語名、イタリア語では「ヴァレンティーノ」。当時の
皇帝は、兵士の戦意に影響があると考え若者の結婚を禁止。哀れに思ったバレ
ンタインは、ひそかに結婚させていたのが皇帝の知るところとなり処刑された
日が2月14日、殉教の日がバレンタインデー。チョコレートを贈る習慣は、
イギリスのチョコレート会社カドリバ社がギフト用のチョコレートボックスを
製造し広めたもの。日本では1970年頃より広まった。(言語由来辞典より
抄訳)
6歳の孫も、ガールフレンド(?)から貰ったチョコレートを、誇らしげに見
せてくれましたが、こんな小さい時から関心があるんですね。娘は「裏がある
の!」と教えてくれ、笑ってしまいましたが、今年はどんなことになるやら。
お子さんはいかがでしたか(笑)。
 
 
★★建国記念の日★★
 
2月11日は、建国記念の日です。昭和24年(1967)2月11日から、「建
国をしのび、国を愛する心を養う日」として祝日に定められたものです。しかし、
建国記念日は昭和生まれではなく、明治6年に紀元節として誕生しました。紀
元節は、日本書紀に記されている、神武天皇が即位され、日本の国が始まった
日と定めた祝日でした。その根拠は、日本書紀第三巻・神武天皇の項に、以下
のようにあります。
 
 「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮、是歳為天皇元年」
  辛酉(かのとり)の年の庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)、一月一日、
  天皇は橿原宮にご即位になった。この日を天皇の元年とする。
 
これを根拠として、紀元節は誕生しました。しかし、昭和23年に、紀元節が
戦争の原因になった国家主義や軍国主義を象徴する祝日であったことや、日本
の誕生した日はいつであるか、歴史的な根拠が明白でないことなどから廃止さ
れ、その後、様々な論争が続き,紆余曲折を経て、やっと「の」の一字を入れ
ることで「建国記念の日」ができたわけです。
 
紀元節の根拠は日本書紀にあるとお話ししましたが、果たして正しいのでしょ
うか。暦のことなど研究したことのない私でも、秘密を解くポイントは、「辛
酉(年春正月)・庚辰・朔」にあるのではと推察しますが、暦学的に検証する
と、その根拠は立証されているのですから驚きです。「年中行事を科学する」
(永田久 著 日本経済新聞社 刊 P54~65)には、「辛酉・庚辰・朔」につ
いて、西暦紀元前660年は辛酉年、2月11日の干支は庚辰、月齢はゼロで
あり、現在、建国記念の日となっている2月11日は、「日本国は神武天皇の
即位をもって建国とする」との日本書紀の記述と一致することが証明されてい
ます。西暦紀元前660年といってもピンと来ないかもしれませんが、縄文時
代です。この歳時記は、筆者の不見識から驚くことばかり出てきますが、これ
もまさしく驚きです。計算の方法は難しくて私の手には負えませんが、興味の
ある方は、ぜひお読みになって下さい。
 
西暦は、キリスト誕生の年(実は生後4年目)を元年として数える年代ですが、
日本には、先に実証されたと紹介しました日本の紀元を、神武天皇即位の年を
元年とした皇紀があり、平成30年は皇紀、紀元2678年になります。私は
紀元2600年、西暦1940年、昭和15年2月11日生まれで、自分の年
齢78を下二桁に入れると、今年は紀元2678年であり、西暦では下二桁に
78を足すと、2018年とわかるという便利な年回りになっています。
 
ところで、ご存知のように、日本に残る最古の書物は「古事記」で、第40代、
天武天皇が、わが国に言い伝えられてきた事柄を整理し、語部(かたりべ)で
ある稗田阿礼(ひえだのあれ)に覚えさせ、第43代、元明天皇が太安万侶
(おおのやすまろ)に文字に書かせ、西暦712年に完成したものです。その
8年後の720年に、第44代、元正天皇が年代も入れ詳しく編集したものを
残そうと、舎人(とねり)親王に書かせたのが日本書紀です。ですから、記紀
に書かれている話は、古代の人々が語り伝えてきた話を文字に書き留めた神話
(天地の創造を擬人的に説明し、森羅万象に宿る霊の存在や、民族の祖先の活
動を述べる物語 新明解国語辞典 三省堂)で、一人の人が作った話ではあり
ません。本当かなと思う話もありますが、宇宙の始まりはどうだったか、国は
どのようにして作られたか、人間はどのように生まれたか、そして生きてきた
かを物語るものです。地球という星が、陸と空に分かれてできていく様子を描
いた、巻一の「天地開闢(かいびゃく)と神々」は、どうしてこういったこと
がわかっていたのか、不思議に思えるほど科学的で、またしても驚かざるを得
ません。
 
世界の文明が発祥した各地にも、ギリシャ神話、ユダヤ神話、インド神話、中
国神話や数々の民話などが残されており、民族やその地域の特徴が伝えられて
いますが、共通する話の展開に、思わず膝を叩き、考えていることは同じなの
だと思うと、年甲斐もない話でなんですが嬉しくなります。そこに住んでいる
人々が作った神話であるからこそ、価値があるのではないでしょうか。それが
民族の持つ固有の歴史であり文化だと思います。私が心酔してやまない哲学者、
梅原猛氏の「神々の流竄(るざん)」、「葬られた王朝」、「天皇家のふるさ
と日向へゆく」、阿刀田高氏の「古事記を知っていますか」、そして井沢元彦
氏の「言霊(ことだま)・怨霊信仰」「聖徳太子の和の精神」を解説している
「逆説の日本史」など読まなくてはならない本ばかりで、うれしい悲鳴を上げ
ています。
「10月の神無月」で詳しくお話しする予定です、無理かもしれませんが(笑)。
 
今上陛下(きんじょうへいか)は、神武天皇から数えると百二十五代目にあた
るそうです。先にもお話ししましたが、今年は皇紀、紀元2678年になりま
す。世界で最も古い歴史を持つ国であり、古来の文化を単なる歴史の遺産とし
てではなく、現在まで生活の中に生かし続けている国はあるのでしょうか。
天照大神を祀る伊勢神宮では、平成25年に20年ごとの式年遷宮が執り行わ
れましたが、持統天皇4年(690)以降、1300年以上、続けられています。
建築方式は弥生建築といわれ、聖徳太子が活躍した飛鳥時代以前のもので、脈々
と受け継がれているのは、「世界広し」といえども日本だけです。
 注 式年遷宮 伊勢神宮の内宮と外宮の二つ正宮の正殿などを作り替え神座
を移すこと。
 
日本は、もっとも短く見積もっても二千年ぐらいまで遡ることができます。世
界で二番目に長い国はデンマークで一千数十年、次がイギリスで九百四十年余
り、アメリカ、フランスは二百年そこそこ、中国はたった六十四年。「四千年
の歴史」なんて大嘘ですからね(笑)。
(著者インタビュー 武田恒泰著 「日本人はいつ日本が好きになったのか」
 月刊雑誌 WiLL 12月号(2013年) P133 ワックス出版社 刊)
 
日本人が大切に守ってきた様々な文化を、親が子ども達にきちんと伝えるべき
だと思います。国旗を掲揚し、国家を歌うのも、法律で決められたからではな
く、親が子ども達に、「なぜ、国旗があり、国歌を歌うのか」、きちんと答え
を出してあげたいものです。国のために家庭があるわけではなく、家庭がある
からこそ国が成り立つのではないでしょうか。「個々のアイデンティティは、
家庭で育てるもの」などと何も意気がることではありませんが、幼児期の教育
の原点は、家庭にあるからです。家庭教育の低下を防ぐためにも、私たち親は、
保護者であることを肝に銘じておきたいものです。世界的な不況や政治の混迷、
東日本大震災や原発問題など、ここ数年元気がありませんでしたが、やっと立
ち上がる兆しが見えてきた今だからこそ、日本に生まれた幸せを、もっともっ
と噛みしめ、感謝しなければいけないのではないでしょうか。
 
 
★★2月に読んであげたい本(1)★★  
 
鬼に関する話はたくさんあります。代表作は「桃太郎」「こぶとり爺さん」で
すが、これはお染みの話ですから紹介するのは遠慮しておきましょう。子ども
に聞かせる話ですから、恐怖感をあおるようなものはあまりありません。節分
ですから、やはり豆まきの話からにしましょう。
 
 
◆豆をいるわけ◆   谷 真介 著
 
むかし、まだ鬼があちこちの山奥に住んでいた頃の話です。その年は、春から
日照り続きで、稲は枯れだしました。心配した庄屋さんが、「雨を降らしてく
れたら、一人娘のお福を嫁にやってもよい」と言ったその声を山奥の鬼が聞き、
大雨を降らせたのです。約束を迫られ嫁がせますが、その時、お母さんが知恵
を働かせます。「道に落としながら行きなさい」
と菜の花の種を渡しました。それを足元に落としながら、鬼に連れられて行く
のでした。
翌年の春、菜の花は咲き、それを道標(みちしるべ)に娘は家に帰れたのです。
取り返しにきた鬼にお母さんは、「酒ばかり飲んでいる者にお福はやれぬ!」
と迫り、「もう、飲まん!」と約束をした鬼に、戸のすき間からいった豆を投
げ、「その豆を植えて花を咲かせてみろ。その花を持ってきたら、お福をやる
!」と言ったのです。何年も続けましたが、咲くわけがありません。鬼も次第
に豆を見るのが嫌になり、お福の家にも来なくなりました。この話を聞いた村
の人達は鬼が来ないように、いった豆を家の周りにまくようになったのです。
これが二月三日、節分の豆まきの始まりだそうです。
  日づけのあるお話 365日            
   二月のむかし話 谷 真介 編著 金の星 刊
 
節分の豆まきは、「いった豆」がキーワードのようです。童話の名作「ヘンゼ
ルとグレーテル」の著者はグリム兄弟ですが、ドイツ人です。菜の花の種をま
く作戦と小石とパンのかけらを目印にした共通の作戦は、面白いではありませ
んか。世界中の童話や昔話を読んでいて、話の筋や仕掛け、舞台装置が、そっ
くりなものに出会うとうれしくなります。その話がほほ笑ましいとなおさらで
す。
 
イギリスの民話にも日本の昔話とそっくりなものがあります。「トム・テイッ
ト・トット」の翻訳ともいわれているそうです。日本の題名は「鬼六」といい
ますが、文句なく面白い話です。
 
 
◆鬼 六◆
 
むかし、ある所に、大きくて流れの速い河がありました。その河へ橋を架けて
ほしいと頼まれ、やってきた名人は、一目で難しい仕事とわかり頭を抱えます。
すると、河の中から大きな鬼の首だけが現われ、「橋を架けてあげるから、お
礼にあなたの目玉をくれないか!」
と言ったのです。困りはてていた大工さんは、約束をします。橋はできてほし
いが、できれば目玉をあげなくてはと、大工さんは一晩中、眠れません。    
翌朝、行ってみると、何と立派な橋が架かっているではありませんか。喜んだ
大工さんですが、鬼との約束を思い出し、肩を落とします。そこへ鬼が顔を出
し「目玉をよこせ」と言う。どうしたものかと考えていると、「明日の朝まで
に私の名前を当てたら、目玉はい
らないよ!」と言って、また沈んでしまったのでした。大工さんに鬼の名前が
わかるはずもありません。途方に暮れて歩いていると、山奥に入いりこんでし
まい、引き返そうとしたその時に歌が聞こえてきたのです。木陰からのぞくと、
鬼の子ども達が歌っていました。
    ♪オニロク オニロク オニロクさん
     早く目玉をもってこい
     大工の目玉をもってこい
     橋のお礼をもってこい
     オニロク オニロク オニロクさん♪
大工さんは、それを聞いてほっとし、笑みを浮かべるのでした。   
翌朝、大工さんが河に行くと、顔を出した鬼は、名前のわかるはずがないと自
信満々です。
そこで大工さんは自信なさそうに、「河鬼!」、「橋鬼!」などと言って、鬼
を得意にさせておき、最後に大声で、「オニロクー!」と叫ぶと、鬼はブクブ
クと泡だけ残して消えてしまい、二度と姿を現しませんでした。
  子どものための世界のお話
   福光えみ子 福知トシ 福井研介 大江多慈子 編 新福音社 刊     
 
この話を研究されて、一冊の本にまとめた方がいるほど知られているそうです。
進学教室でこの話をしたところ、「ドイツで聞いたことがある!」とお父さん
の仕事でドイツに住んでいた子が言ったので、調べてみると本当の話でした。
鬼といえば、てっきり東洋生まれだと思っていましたから驚きました。
 
世界中の民話や童話、昔話を読んでいると同じような話がたくさんあります。
ドイツには、この他に「こぶとりじいさん」とそっくりな話もあります。ノッ
クグラフトンの伝説「こぶとり」です。背中にこぶのあるラズモアという帽子
屋さんが、歌と踊りがたいへん上手だったので、また一緒に遊ぼうと、約束の
証拠に背中のこぶを預かるといって取られてしまいます。日本では相手は鬼で
したが、ドイツでは小人さんです。この話を聞いた歌も踊りも下手な、こぶの
ある青年が行くと、あまりにも下手なので、預かっていたこぶをもらってしま
うというところもそっくりです。グリムの作品にも「小人の贈り物」と題した
同じ話があります。肌の色が、言葉が、生活習慣が、宗教が違っても、人間、
考えることは皆、同じなのだと思うとうれしくなりますね。
 
この話を読んだ時、頭に浮かんだのは、
   ♪森の木陰でドンジャラホイ シャンシャン手拍子足拍子♪
の「森の小人」でした。童謡には、大人になっても忘れられないものが数々あ
るものです。お子さんと一緒に、歌ってみませんか。思い出に残るはずです。
 
ところで、ある年のことですが、教室の人気者であった物知り博士のケンちゃ
んが、「どうして、鬼が人間の目玉を欲しがるのですか」と質問をしたもので
す。素朴な疑問ですが鋭い質問です。眼は音読みだと「ガン」です。「鬼六サ
ンのお身内か友達に、ガンにかかった人がいてね。目のお医者さんを眼科のお
医者さんというでしょう。そのガンによく効く薬は人間の眼、つまりガンだか
ら欲しかったのでしょうね」とだじゃれのように説明しましたが、ケンちゃん
は「信じられない!」といった顔をし、子ども達にも、全然、受けませんでし
た。先にもお話ししましたが、子どもは、こういった疑問には納得しないと絶
対に妥協しません。ですから子どもの前で、いい加減なことを言うと信用をな
くします。子どもの疑問にあいまいな答えは通じません。それだけ純真なので
す。純真ということは、探求心が旺盛ですから遠慮がなく、追求の手をゆるめ
ません。それだけ残酷でもあるのです。お母さん方が「カッ!」となるのも、
こんな時ではないでしょうか。悪気はないのです。率直なだけなのです。その
言葉で相手がどう思うかなど考えていないからです。まだそんな時期なのです。
大らかに応対してあげましょう。
 
でも、こういった大人が増えていますね。いわゆる「自己中心・ジコチュウ」
で、相手を思いやる気持ちは爪の垢(あか)程もありません。これは率直では
なく、精神年齢は子ども以下ということです。相手を思いやる気持ちを育むの
は、ご両親の育児の姿勢にあるのも間違いありません。子は親の背を見て育つ
のですから,しっかりと観察されていることを肝に銘じておきましょう。
 
で、結末はどうなったか。
「本当は、先生もわからないのよ!」と言ったところ、「先生でもわからない
ことがあるの?」と不満そうでしたが、ケンちゃんは矛を収めてくれました。
(猛省)
 
バレンタインデーといえば、私はジャズの名曲『マイ・ファニー・バレンタイ
ン』(My funny Valentine)を思い出します。歌ではサラ・ヴォーン(Sarah
Vaughan)、演奏ではマイルス・デイヴィス(Miles Davis)が好きです。最近、
ジャズを聴く機会がなくなり残念ですが、YouTubeで視聴できます。いつ聴い
ても感動しますね!(感謝)
 
(次回は、「第4章 2月に読んであげたい本(2)」についてお話しましょう)
 
 

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さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 二月に読んであげたい本(2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第15号-
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第4章 二月に読んであげたい本(2)
 
 
また目玉ですが、これも面白い話です。
 
◆鬼の目玉◆   松谷 みよ子 著
 
 娘が旅の途中で泊めてもらった家には、若者が一人で住んでいました。毎朝、
若者は奥の部屋に出かけ、夜になると疲れはてて戻ってきます。若者のお父さ
んが豪傑で、悪さをする鬼の目玉をくりぬき取り上げたのです。お父さんが亡
くなると鬼が目玉を取り返しにきて、毎日、責め立てていたのでした。
 ある日、娘は若者の後をつけ、拷問の場面を見たのです。鬼の大将らしき者
が、わめく顔を見ると目がありません。娘が酷い仕打ちを受ける理由を聞いて
も若者は答えず、退屈だろうから、13ある部屋で遊びなさいという。ただし
「最後の部屋へは入ってはいけない」といわれたのでした。  
 娘が最初の部屋を開けると、門松や鏡もちが飾ってある正月の部屋で、小人
さんたちが、羽根つきやカルタをして遊んでいるのです。娘も中に入ってみる
と、小人さんと同じように小さくなり一緒に遊べるのでした。次の部屋は梅が
咲きうぐいすが鳴き、次の部屋はおひなさまが飾ってあるというように、1月
から12月までの部屋があったのです。楽しかったので、最後の部屋にも入る
と、真っ暗な部屋に桶があり、何かが浮かんでいました。
鬼の目玉だとわかった娘は懐に入れ、帰る途中、小川の側で蛇と出会い、びっ
くりして、1個、落としてしまうのです。残った1個を持って、お仕置き部屋
に飛び込むと、大将の片目に、眼が入っているではありませんか。恐る恐る目
を差し出すと、「眼がそろったから、褒美として娘に金の鶏をやれ」と、いっ
たかと思うと、鬼も若者も、部屋も家も、あっという間に消えてしまい、娘は、
がい骨がゴロゴロと転がっている山の中に、一人残されていたのでした。
  日本むかしばなし 7 
   おにとやまんば 民話の研究会 編 松本 修一 絵  ポプラ社 刊
 
この13番目というのがすごいと思いませんか。この作者は、13日の金曜日
が、何の日か知らなかったでしょうね。キリストが、13番目の弟子であった
ユダに裏切られ、磔の刑を受けたのが金曜日。アダムとイブが楽園から追放さ
れたのも金曜日。ノアが方舟に乗ることになった大洪水も、降りはじめたのが
金曜日。絞首刑の階段が13段ということも……、これも不思議です。
 
 
次は笑わせられる話です。
 
◆節分の鬼◆   小沢 重雄 著 
 
 変わったじいさまがいて、節分の日に、女房も子どももいないから、鬼が来
ても平気だと、「鬼は内! 福は外!」とやってみたのです。すると、豆をぶ
つけられて往生しているのに、奇特な方がいるものだと、2匹の鬼がやってき
たではありませんか。酒の好きなじいさまは、鬼達にもすすめ、宴会が始まり
ます。ご馳走になった鬼達は、礼をしたいといいます。じいさまは、丁半ばく
ちが大好きなので、さいころに化けてくれと頼みます。さっそく鬼は化けます。
それで、博打(ばくち)をするのですから、じいさまのいうとおりの目が出て
大もうけをしました。再び宴会に、今度は泡銭をたくさん持っていますから、
豪勢なものです。これに味をしめたじいさまは、来年も来てくれと約束をしま
す。しかし、次の年も、その次の年も、鬼は現れません。その内、じいさまは、
酒を飲みすぎて死んでしまいました。
 博打好きでしたから地獄行きです。そこで、あの鬼達と再会します。鬼達は
娑婆(しゃば)のお礼にと、いろいろと手抜きをします。釜ゆで地獄のときは、
湯かげんに手心を加え、熱かんまでつけるサービスをするのです。怒った閻魔
大王が、「じじいを喰っちまえ!」と鬼達に命じますが、これも手抜きをして
もらい、娑婆に舞い戻り、長生きをしたのでした。
  日本むかしばなし 7
   おにとやまんば 民話の研究会 編 松本修一 絵  ポプラ社 刊
 
どうしたら、こういう発想が生まれるのでしょうか。
この2匹の鬼には人情があって、それだけにおかしいのです。針の山に登ると
きは鉄の下駄を用意するなど、地獄の責め苦を、鬼が手抜きする場面は、本当
に笑わされます。しかし、鬼に人情って変ですね。「鬼の目にも涙」といいま
すから、涙腺を緩めるセンサーが付いているのでしょう。鬼の情けで「鬼情」
では、何やら不気味な感じがしますね。
 
 
この話もおかしいのです。今度は鬼が、博打をする話です。
 
◆地蔵浄土◆   おざわ としお 再話
 
 ある日、おじいさんが、食べようとしただんごを落とし、ネズミの穴に入っ
てしまいました。おじいさんが、穴に入っていくと、お地蔵さまがいたので尋
ねたところ、「あっちの方に転がって行ったぞ」というその口元には、黄粉が
ついています。おかしいなと思いながらも、探しに行こうとすると、お地蔵さ
まが、大儲けをさせてあげるから、天井裏に隠れなさいというのでした。鬼達
が来てかけ事をするから、その金をいただくのだという。しかし、天井に上る
はしごがありません。すると、お地蔵さまは、私の手に乗り、肩に足をかけ、
届かなければ、頭にのって天井裏に隠れなさいというのです。罰が当たると尻
込みしますが、鬼達が来ると驚かされ、渋々、隠れます。そして、「私が合図
をしたら、鶏の鳴声をまねしなさい」といったのです。
 やがて、鬼達が来て、かけ事を始め、お金がたくさん出たところで、お地蔵
さまから合図があり、「コケコッコー」と鳴きまねをすると、鬼どもは一番鶏が
鳴いたと勘違いして、「夜明けが近いぞ!」とあせってばくちをし、2回目に
は二番鶏が、3回目には、「三番鶏が鳴いた。夜明けじゃ、帰るぞ!」といい、
お金を残したまま消えてしまいました。おじいさんは、鬼達が残していったお
金をいただいて大金持ちになったのです。    
 それを聞いた隣の欲の深いじいさん、一儲けしようと出かけ、遠慮しないで、
お地蔵さまの体に足をかけて天井に上がってしまいます。ところがです。三番
鳥まで鳴くようにといわれましたが、何を勘違いしたのか、お地蔵さまの合図
に、「コケコッコー」と鳴きまねをせずに、「はぁ、一番鳥!」、「はぁ、二番
鳥!」といってしまうのです。「この間、おれたちをだました奴だな!」と、
鬼たちから散々、痛めつけられ、血だらけになって帰っていったのでした。
  日本の昔話 2
   したきりすずめ おざわ としお 再話 音羽 末吉 画 講談社 刊
 
 
天井裏に上がるときの、お地蔵さまと正直なじいさまとのやり取りが、おかし
いのです。欲深じいさんが天井に上がるときも、仏さまを仏さまと思わないふ
てぶてしさが、これまた愉快で、日本人の信仰心をあからさまにしているよう
な気さえします。
お地蔵さまは、本当はお釈迦さまがいなくなった後、弥勒仏が出現するまでの
間をつなぐ役をする偉い菩薩さまですが、いつも庶民の身近にいる仏さまです。
粋なのです、このお地蔵さまは。
こういう話を作った人って、尊敬できますね。生きることを楽しんでいるでは
ありませんか。お地蔵さままで、舞台に上げるのですから大胆なものです。し
かもです、お地蔵さまに、うそをつかせるのですから、傑作ではありませんか。
まねをした欲の深いじいさんが、こらしめられるのも、むかし話の定石です。
 
 
最後は鬼をたぶらかす話で、恐かった鬼ですから勇気がいります。
 
◆じいさまとおに◆   水谷 章三 著
 
 ある秋のことです。
 おじいさんのところへ鬼が来て、畑にできているものを半分よこせという。
そこでおじいさんは、「畑の上のものだけもらうから、鬼さんには土の中のも
のをあげましょう」といって、麦畑の麦を全部、刈り取って株だけ残します。
計られたと知った鬼は、次の年の秋には「土の上にできているものを、わしが
もらうぞ」というので、おじいさんは「下の半分で結構です」と承知し、鬼が
葉っぱを刈り取った後で、大根や芋をごっそりと掘り出したという話です。
 五月のはなし
  ももたろう 松谷みよ子/吉沢和夫 監修 日本民話の会 編 国土社刊
 
 
大らかな話ではありませんか、鬼を手玉に取り、恐い鬼も形なしです。鬼は悪
魔と考えられ、病気や災いを起こす疫病神のような存在でしたから、人々の
「恨み、つらみ」は相当なものであったと思われます。おじいさんの気持ちが、
手に取るようにわかります。
 
鬼が主人公の話ではありませんが、芥川龍之介の「杜子春」に出てくる地獄の
話も忘れられません。仙人になる修行中に、口をきいてはならぬと約束した杜
子春が、閻魔大王の前でも話さないものですから、怒った大王は杜子春の両親
を連れ出し、鬼どもに散々、むちで打たせるのですが、口をきこうとしません。
畜生道に落ちて馬になっているお母さんが、あえぎながらも、「心配をおしで
ないよ。私たちはどうなっても、お前さえ幸せになれるなら、それより結構な
ことはないのだからね。大王が、何といってもいいたくないことは黙っておい
で」、こういうのでした。この場面にくると、決まったように涙が出たことを
覚えています。子を思うお母さんは、こんなにもやさしいものなのだなと……。
              
幼い子をいじめたり、折かんをしたり、果ては「しつけ」と称して、殺してし
まう親のいる時代。地獄に落ちて、同じ責め苦を受けなければ、殺された子は
浮かばれない。子どもに罪はない。母親は、育児をしながら自分自身を育てる
もの、父親も同じですが。わが子のあどけない寝顔を、かわいいと思ったこと
はないのだろうか。何ら疑うことなく、安心して眠っている子を手にかけるの
は、人として許されない大罪です。
「子は、かすがい」ということわざ、死んでいます。もっとも「鎹(かすがい)」
も意味不明の言葉となっているでしょうね。鎹は、二つの材木をつなぎ止める
ために打ち込む「コの字型のくぎ」で、そこから「子は夫婦のあいだをつなぎ
止める働きをする」という意味です。「豆腐にかすがい」(まったく効果のな
い、手ごたえのなきことのたとえ)とならないように、親子の絆は、しっかり
と結びたいものです。   
 
ここでは取り上げませんでしたが、鬼を人間らしく扱った浜田廣介の「泣いた
赤鬼」は、童話とはいえ日本以外に、こういった作品はあるのだろうか。最後
の青鬼くんの置手紙には、不覚にも涙がこぼれてきます。お子さんはどのよう
な反応を示すでしょうか。
 
  赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、僕が、
  このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
  それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さよう
  なら、体を大事にしてください。僕はどこまでも君の友だちです。
   (「泣いた赤鬼」浜田康介 著 小学館文庫 小学館 刊)
 
百田尚樹氏の「影法師」を読んだ後、頭に浮かんだのは「泣いた赤鬼」の青鬼
くんでした。
自己中が多い現代気質では、友達のために自分を犠牲にする気持ちは古臭いと、
馬鹿にされるかもしれませんが、読むたびに、わかっていても目頭が熱くなる
童話の一つです。
この他に、「ある島のきつね」「よぶこどり」「むくどりの夢」「りゅうの目
の涙」などは、学生時代に出会った童話ですが、年を取って読み返しても新鮮
な刺激を与えてくれることに驚かされます。こういう時ですね、活字中毒に育
ててくれた親父やおふくろを思い出すのは。(感謝)
 
ところで、百田氏の作品には、最後の1ページの1行で全てがわかるしゃれた
構成が面白い短編集「幸福な生活」、ファイティング原田を主人公にした「『黄
金のバンタム』を破った男」、ボクシングの青春物語「ボックス」、自費出版
の裏側を暴露した「夢を売る男」、身長以外は何でも整形できる世界を描いた
「モンスター」(仰天!)、この作品と対になっている多重人格者を扱った
「プリズム」、悪名高いオオスズメバチの生態を描いた「あらしの中のマリア」、
映画化されテレビでも放映された「永遠のゼロ」、出光興産の創業者をモデル
にした「海賊とよばれた男(上下)」、激動の昭和時代を生きた作田又三を主
人公にした「錨を上げて(上下)」など、氏の肩のこらない話の展開は、若い
皆さん方にはわからないかと思いますが、私が学生の頃、面白がって読んでい
た「宮本武蔵」や「真田十勇士」(猿飛佐助など幸村に従った十人の勇士、佐
助は大河ドラマ「真田丸」で活躍しました)の講談本と同じで、まっすぐ一本
道で気軽に読み切れ、理屈っぽくない、一服の清涼剤的な読後感が好きでした
が、「殉愛」でこけました。なぜ、氏が執筆されたのか、芸能界音痴で、この
世界のことはわかりませんが、しかし……、「カエルの楽園」「今こそ、韓国
に謝ろう」で、また考えが変わりました(笑)。
 
(次回は、「第五章 ひな祭りでしょう 弥生」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 節分と建国記念の日でしょう  如月(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第13号-
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第4章 節分と建国記念の日でしょう  如月(1)   
 
物の本によると、如月(きさらぎ)のいわれは、二月は、まだ寒さが残り、
衣を更に重ね着する「衣更着」からとする説が一般的で、よく知られていま
す。また、草木の芽が張り出す月「草木張月」が転化したものや、旧暦二月
には、つばめがやって来るので「来更来」とする説もあるそうです。
 
 
★★二月といったら、節分、豆まきでしょう★★
 
父が煎った豆の入っている一升舛を持ち、玄関から始めて、すべての部屋の窓
を開け、
「鬼は外!福は内!」とやるのですから豪勢でした。終わって豆の配分になり
ます。自分の年に1つだけ上乗せした数だけもらえました。父は40数個あっ
ても、私は10本の指に満たない数です。これが不満でしたが、不満を解消す
る道は残されていました。部屋にまかれた豆を拾って食べるのは、黙認されて
いたからです。「汚い!」と思うかもしれませんが、昔のお母さん方は、ほう
きとはたきと雑巾だけでまめに掃除をしていたので、廊下などは磨かれたよう
に光り、畳もいぐさの茎につやがある程でした。夕飯が終わると、皿を持って
部屋を回ります。豆を集め、それを食べるのが楽しみでした。
    
そして、こたつに入って父や母から話を聞くのが楽しみでした。現代っ子と比
べると、情報量は圧倒的に少なかったはずですが、自前で映像を作り上げる力、
イメージ化は、培われていたような気がします。鬼といえば、パンチパーマの
頭に二本の角が生え、真っ赤な顔に牙が生え、虎の皮で作ったパンツをはき、
金棒を持った、本当に恐い存在でした。地獄も閻魔さまも信じていましたから、
恐ろしかったのです。しかも電球は、蛍光灯のように部屋中を明るくしない、
60ワットの少々暗めの明るさなのです。何だかおかしな表現ですが、電球は、
かぶせてある電気傘の具合で、真下からその近辺だけ照らし、部屋の隅は、ほ
の暗いのです。怪談など聞いたときは、夜中に便所へ行けない雰囲気でした。
ところで、思い出はとかく誇張されやすいものですが、節分の夜に食べた脂が
のった鰯、おいしかったですね。ある女子大学で、魚介類の評価をしたところ、
上は鯛、下は鰯だったそうです。鰯、字からして頼りなさそうですが、新鮮な
握り鮨は絶品でこたえられません。しかし、柊と一緒に飾ってあった鰯の頭、
あの臭いには往生しました。あとで説明しますが、豆も鰯の頭も柊もそれなり
に存在理由があったのです。
 
「鰯」は日本人が初めてつくった漢語である。中国の辞典には載っていない。
日本人は鰯が好きで中国人は食べないのかもしれない。イワシは弱い魚だとい
うので、8世紀に早くも日本人が造語した一例である。
 (国民の歴史 西尾幹二 著 P107 産経新聞社 刊)
 
本書は、日本の歴史を1万年前の縄文時代から現代までたどった大長編(773
ページ)の労作で、その中に、いかにしてわが祖先が漢籍を読み下し、漢字を
カタカナや平仮名にしたか、その経緯が書かれており、当時は「阿治(あじ)」
「佐米(こめ)」「乃利(のり)」と万葉仮名のように音読みにしていたのが、
この「鰯」だけは初めて訓読みで表されていることから、造語の第一号になっ
たそうです。わが祖先の繊細な感性がうかがえる話ではないでしょうか。
 
 
★★節分って……?★★    
 
文字通り「節」を「分ける」ことで、「節」とは季節、四季のことですから、
季節の移り変わるときという意味です。昔は月が地球を一周する時間をもとに
作った暦、太陰暦を使っていました。今は地球が太陽の周りを一回りする時間
を一年とする暦、太陽暦です。その陰暦で季節の区分、その変わり目を示す日
を「節季」といい、立春から大寒まで二十四あったので二十四節気といったの
です。その中で、立春、立夏、立秋、立冬は、それぞれ季節の移り変わるとき
を表した言葉で、季節がジワッと伝わってくるような気がしますが、実感はあ
りません。子どもの頃、立春と聞けば、「春だ!」と、何やらほのぼのとした
気持ちになったものですが、立夏、立秋、立冬となると、何ら思い出がありま
せん。立夏は5月6日頃、立秋は8月8日頃、立冬は11月7日頃ですから、
1ヶ月程早く、実感がわかなかったのも当然なのです。
この立春、立夏、立秋、立冬の前の日を節分といいます。明日から季節が変わ
る前夜祭にあたり、先程お話しした豆を1つ多く食べたのは、旧暦では節分は
大晦日になり、年が明ければ1つ年を取るからなのです。しかし、立春の前の
日の節分だけが、なぜか有名になりました。
私の勝手な想像ですが、昔の冬は寒く、夜は暗かったのです。今は電気という
便利なものがあり、夜になっても明るく、ガスや電気ストーブ、ファンヒータ
ー、床下暖房、エアコンと暖房機器で寒さを防ぎ、寒い外へ出かけるときには
防寒具も完備していますが、昔は電気も石油もなく、建物は木造です。勿論、
断熱材もガラスもなく、紙を貼った障子です。夜は真っ暗で、月明かりが無け
れば、鼻を摘まれてもわからない漆黒の闇です。自然と仲良く共存していまし
たから、地球の温暖化とは縁がなく、冬は寒かったに違いありません。春を待
つ気持ちは、現代人の想像を越えた強烈な願いではなかったでしょうか。鬼は
悪魔と信じられていましたから、立春を迎える前の日に、鬼に春を取られては
一大事と、鬼の嫌いな豆や鰯の頭を刺した柊を玄関に飾ったのでした。昔の人
の春を待つ、必死な気持ちが伝わってきませんか。
 
 
★★なぜ、節分に豆をまくのですか★★
 
いろいろな説がありますが、紙芝居で見たこの話が印象に残っています。 
 
むかし、源義経が牛若丸時代に天狗を相手に腕を磨いたといわれた鞍馬山の奥
深くに、人々を苦しめる悪い鬼が住んでいました。ある時のこと、困っている
人々を救ってあげようと、戦いの神さま、毘沙門天(びしゃもんてん)が現わ
れ、七賢人を呼び、三石三斗の大豆で、鬼の目を打てと命令したのです。鬼は
悪魔と思われていましたから、その悪魔の目を打つことから「魔目」、すなわ
ち「豆」となったそうです。              
   
また、「魔」を「やっつける、滅ぼす」ことから、「魔滅(まめ)」に通じる
からだという話もあります。「魔」という字は、鬼が麻の布を被り隠れていま
すね。漢字はよく工夫されていて、成り立ちや字義を調べると面白いことがわ
かり、楽しいものです。
 
 
★★なぜ、豆を煎るのですか★★
 
地方によって、いろいろな説がありますが、これから紹介する話と同じような
民話が、大分県の由布岳北麓にある塚原地方にもあり、石段ではなく塚を作る
約束で、面白いことに、その塚が60個あまり残っているそうです。
           (注 塚…一里塚など土を高く盛って距離を表す標識)
 
むかし佐渡島に、人民に害を与える鬼が住んでいた。神様が鬼退治にやってき
て鬼と賭けをした。「今夜のうちに金山に百段の石段を作ることができれば鬼
の勝ちにしよう」。鬼は夜更けのうちに九十九段まで石段を築いてしまったの
で、神様は一計を案じて鶏の鳴き真似をすると、鶏は一斉に「東天紅」と声をは
りあげた。鬼は朝になったと思い神様に降参したが、百段にもう一歩のところ
で負けたことを悔しがって「豆の芽の出る頃にまた来るぞ」といって退散した。
神様は豆の芽が出ないように人民に豆をいることを命じた。
[年中行事を『科学』する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P35]
 
この話は、進学教室の子ども達に受けると思い探したのですが、原作は見つか
りませんでしたので、わたし流にアレンジして話していました。
 
むかし、金がたくさん取れた佐渡島に鬼が住んでいました。そこへ神さまが鬼
退治にきたのです。これがおもしろい神さまで、「今夜の内に、金山に百段の
石段を作れば、おまえの勝ちにしよう」と賭けをしたのです。負けると佐渡島
は鬼の支配下になるではありませんか。いくら神さまでもやり過ぎで、誰もが
心配します。その心配が的中し、鬼は夜更けの内に九十九段まで作り上げまし
た。絶体絶命のピンチ。しかし、そこは全知全能の神さま、しばらく考えてい
ましたが、何と鶏の鳴き声をまねたのです。すると、鶏たちが、一斉に、「ト
ーテンコー! トーテンコー!」と鳴き始めました。「トーテンコー」は「東
天紅」と書き、東の空が紅くなってきたので、「夜が明けるぞ!」と、鶏たち
が皆に報せているのです。時計のなかった時代ですから、鶏さんの鳴声は目覚
まし時計でした。朝になったと勘違いした鬼は、神さまに負けたと思ったので
す。鬼は、あと一段で負けたのを悔しがり、「残念じゃが、お日さまには勝て
ん。豆に芽が出る頃に、また来るぞ!」と捨てぜりふを吐き逃げたのでした。
そこで、神さまは豆の芽が出ないように、人々に豆を煎るように命令したので
す。煎った豆から芽は出ません。芽が出なければ鬼も来ませんから、節分には、
煎った豆をまくようになったのです。        
 
すると、「どうして、鬼は鶏の鳴声を恐がるのですか?」といった質問があった
のです。
「別に、鬼は鶏を恐がっているのではなく、鶏が鳴く頃になると、お日さまが
昇って来るんだよ。鬼は真っ暗な闇の世界に住んでいるから、お日さまが恐い
んだなぁ。だから逃げたんだよ」
「それなら、ドラキュラと一緒だ!」
何やらしたり顔でうなずき、納得していました。これは説得できましたが、次
がいけませんでした。
「何で、『トーテンコー』なんて、おかしな鳴き方をするのですか?」
「トーテンコー」と鳴かないと、この話は成り立ちませんから困りました。
「お日さまは東から昇るので、『東天』は『夜明けの東の空という意味だ』と
いってもうなずきませんし、『紅』は赤い色で、みんながお日さまを描くとき
赤く塗るでしょう。東の空が赤く染まってくる様子を見た鶏は、『朝が来た!』
とみんなに報せているのですよ」と説明しても、「なぜ、夜明けに鶏が鳴くの
ですか?」と変な顔をします。現代っ子は聞いたことがないでしょう。「なぜ、
鶏は朝になると鳴くのか」、このことです。やはり、子どもの疑問を追求する
目は鋭く、妥協しません。これを説明しなければ、子ども達は、納得できない
わけです。「鶏は鳥目といわれ、暗いところでは物が見えません。夜になると、
いたちなどに襲われる不安があるので、夜明けになると、ほっとして、一斉に
鳴き出すのだよ」と苦し紛れにこじつけて話したところ、「なるほど!」とう
なずきはじめました。
 
子どもがわかるように話をするのは、本当に難しいですね。実際にやってみる
と、ほとほと困るときがあります。お母さん方は勿論のこと、幼稚園や保育園、
幼児教室の先生方は、何の苦もなくやっているように見えますが、大変だなと
思い、敬意を払うのは、こういう時です。我が子でさえ、「……?」といった
表情が続くと、面倒になって止めたくなりましたから(笑)。
 
 
★★なぜ、玄関に鰯の頭を刺した柊を飾ったのですか★★
 
豆まきをしない家が増えているようですから、柊や鰯の頭となると、「…!?」
変な目で見られるかもしれませんね。これもしめ縄と同じで、鬼や悪魔が入ら
ないようにした「おまじない」です。
 
鰯は、冬にたくさん獲れる魚です。昔、女と子どもを食べるカグハナという鬼
は、鰯を焼く煙がきらいで、他の鬼達も生の鰯の頭はくさいですから、いやが
ったそうです。「柊」は、字そのものが寒そうで、冬そのものといった感じが
します。葉にとげがあり、触ると痛くて、ずきずきと痛みます。ズキズキと痛
むことを「うずく」といいますが、この「うずく」ことを別の言い方で「ひい
らぐ」といい、それで「柊」と呼ばれるようになったそうです。
 
また、柊のことを別名「鬼の目突き」といって、そのとげが鬼の目を刺すと信
じられ、玄関に飾ったのですが、その行事は今でも残っています。葉のとげで、
鬼の目を突く恐ろしい木のようですが、花を見ると印象が変わります。とげの
ある葉の付け根に、匂いのよいかわいい白い小花が咲くからです。
 
話は変わりますが、魚は魚偏から出来ています。しかし、木偏の魚がいて、そ
の名を「柊」といい、命名の由来は、鰭(ひれ)のところに柊と同じように鋭
いとげがあるからだそうです。これが網にひっかかるので漁師さんから嫌われ
ていますが、味の程は好評で、塩焼き、干物、刺身でもいけるとか。ただし、
骨が硬く、身も少ないため、市場に姿を現さないそうです。宮尾登美子さんの
随筆に、「にぎろ」という魚の話が出ています。大森望氏の解説によると、
「にぎろは、ススキ目ヒイラギ科の魚で、全国的にはヒイラギとよばれている
らしく、うちは煮付けで食べていました」とあり、本文にはこう書かれていま
した。
 
 ニギロという小魚がよく釣れた。お隣の愛媛県では畑の肥料にするという
 が、土佐では、一日干(ひいといぼ)しにして軽く炙ってよし、二杯酢にし
 てよし、ごく親しまれている魚だ。宮家の筆頭伏見宮家の長女として生ま
 れ、大正天皇妃の候補にもなった山内豊景(土佐山内家十七代当主)侯爵夫
 人禎子(さちこ)さんは、ニギロの刺身が大好きで、あの小さい、小さい魚
 を女中さんが苦労して身を削いでは食卓に載せていたそうである。
  (「生き行く力」 宮尾登美子 著 P215 新潮社 刊) 
 
子どもの頃、瀬戸内海を挟んだ兵庫県は赤穂に住んでいましたから食べたかも
しれません。
 
読むたびに作家魂とは、かくも凄まじきものかを叩きこんでくれた宮尾さんは、
2014年12月30日に、老衰のため逝去されました。(合掌)
 
もっと凄い魚がいます。何と「猫またぎ」と呼ばれ、漁師に嫌われるどころか、
小骨が多いため、猫もまたいで見向きもしないほど無視されていたのが、うな
ぎに似たあの鱧(はも)です。ところが京都では、骨を食べやすく「骨切り」
(高等技術だそうです)をし、硬い皮を食べやすく「湯引き」、熱湯にくぐら
せ、氷で冷やし、梅肉やからし酢味噌などで食べ、夏の味覚として珍重されて
おり、祇園祭りに食べる習慣があるのですから驚きです。
日本酒の肴に珍味な海鼠(なまこ)と、その腸である海鼠腸(このわた)があ
りますが、最初に食べた人の勇気をたたえると共に、いつも感謝していただい
ています(笑)。料理も包丁人(料理人)の度胸と工夫、腕次第なんですね。
 
ところで、鬼の嫌いなものは、鰯の臭いと柊とお日さまです。ドラキュラの嫌
いなものは、十字架とお日さまとにんにくです。お日さまと臭いの共通点はあ
りますが、宗教の出ないところが日本的なのでしょう。日本では、神さまと仏
さまが同居していますから、遠慮しているのかもしれません。
 
 
★★鬼のルーツは…?★★
 
陰陽(おんよう)五行説、聞きなれない言葉ですが、中国の易学のことです。
宇宙の万物を作り支配する二つの相反する性質をもつ気、陰と陽のことで、積
極的なものを陽、消極的なものを陰としたものだそうです。例えば、日、男、
春、奇数などは陽、月、女、秋、偶数などは陰と考えられ、奇数が縁起のいい
数というのも、起源は陰陽五行説なのです。
 
節分の夜、新しい春を迎えるために、家の隅々から鬼を追い出すが、鬼とはも
ともと冬の寒気であり、疫病であった。すなわち「人に災いをもたらす。目に
見えない隠れたもの」が鬼であり「隠(おに)」と呼ばれていたのである。
 (「年中行事を科学する」 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P51)
 
「鬼」は目に見えないもの「「隠(おぬ)」が転じたもので、陰陽五行説の考
えから、今の鬼が定着しました。
 
ところで、なぜ鬼は、二本の角が生え、鋭い牙を持ち、虎の皮のパンツをはい
ているのでしょうか。陰陽五行説によると、北東方面を「鬼門」と呼び、忌み
嫌われる方角を表す言葉で、恐ろしい鬼は、北東の方角にいると考えられてい
ました。正月に紹介しました十二支では、北東は「丑寅」の方角にあたります。
「丑寅」は牛と虎のことですから、鬼は牛と虎のイメージを持たされ、絵本な
どで見る鬼は、牛のような角と虎のような鋭い牙を持たされ、虎の皮のパンツ
をはいている姿になったわけです。
鬼門は忌み嫌われる方角ですから、京都の北東にあたる比叡山延暦寺は、当時
の都であった平安京を守るための「鬼門ふさぎ」として建てられたのでした。
ちなみに、江戸城から鬼門にあたる上野には、徳川家の菩提寺である寛永寺が
あり、山号を東叡山といい、天下国家の平安を祈り務めるために建立されたも
のです。毎度のことですが、何事も訳ありなんですね。NHKの大河ドラマの
放映以来、訪れる人が増えているそうですが、天璋院篤姫の墓所は寛永寺にあ
ります。
 
この鬼を寄せ付けないために豆や鰯、柊を用いたのは、「追儺(ついな)」と
いう7世紀頃に中国から伝わったといわれている鬼を祓う宮中行事が、近世に
なって民間化されたらしく、疫病神や貧乏神のたぐいを祓うのが目的になった。
そのような意味なら現代にも鬼は存在している。鳥インフルエンザとか世界的
な不況など立派な鬼である。
 (2009年2月2日 東京新聞夕刊・文化欄「鬼は外」 司 修 著)
 
インフルエンザは、鬼と同様、目に見えないだけに、現代人には恐ろしい存在
に違いありません。今年も流行の兆しがあるようですが、何とか穏便に願いた
いものです。被害者は、弱い子ども達であり高齢者だからです。鳥インフルエ
ンザは、渡り鳥に予防接種するわけにいきませんから困ったものですが、今の
ところ何とかおさまっているようです。今年も寒波の襲来で世界的に冷え切っ
ていますが、豪雪地帯の雪害は、高齢者が多いだけに被害は深刻です。震災の
復興ままならない東北地方の皆さん方に、雪害による被害が広がらないように
願ってやみません。1月に降った大雪、我が家のベランダには、何と25セン
チ程積もりました。三日後の朝、氷点下4度、当分寒い日が続きそうです。
 
ところで、食べられた方も多いかと思いますが、節分に巻き寿司を食べる習慣
は、「福を巻き込む」「縁を切らない」などの意味があり、恵方に向かい、黙
って丸かじりするもので、主に関西で行われていましたが、最近ではバレンタ
インデーのチョコレートのように、全国で行われているようです。恵方とは、
「陰陽道に基づいて決められた縁起のよい方向」で、2018年の恵方は南南
東です。七福神にあやかろうと、穴子、かんぴょう、きゅうり、椎茸、玉子、
おぼろ、高野豆腐など7種類の具を巻き、包丁で切らず、福を丸ごとかじって
食べるのが定法で、江戸時代に行われていた大阪の伝統習俗を復活させたもの
です。
 
最後に、豆まきの口上は「福は内、鬼は外」が定番ですが、そう言わない所も
あります。台東区にある「恐れ入谷の鬼子母神」(「おそれいりました」を冗
談めかし、しゃれて言う言葉)でおなじみの仏立山真源寺では、「福は内、悪
魔は外」と言いますが、これは人間の子どもを食べてしまう鬼神、鬼子母神を、
お釈迦さまが鬼神の子を隠し、子ども失う悲しみを諭されて仏教に帰依し、子
どもの守り神になった由来によるもので、成田山新勝寺では「福は内」だけで
すが、お祀りするご本尊は不動明王ですから、鬼も改心するとされているから
だそうです。また、群馬県藤岡市鬼石地域では、地名の通り鬼は守り神ですか
ら、「福は内、鬼は内」と言い、全国から追い出された鬼を歓迎する「鬼恋節
分」を開催しているそうですが、皆さんの住む町はいかがでしょうか。
(生活情報サイトAll About より)
                       
ところで、2月の童謡には「豆まき」などもありますが、歌った記憶がありま
せん。ただ1曲だけ、40代になって子ども達と歌った「鬼のパンツ」があり
ます。イタリアのヴェスヴィオ火山の山頂まで行く登山電車のコマーシャルソ
ング、あの『フニクリ・フニクラ』のメロデイーを使った替え歌ですが、作詞
者は不明だそうです。YouTubeで視聴できます。
 
  鬼のパンツ
   鬼のパンツは いいパンツ  強いぞ 強いぞ
   虎の毛皮で できている   強いぞ 強いぞ
   5年はいても 破れない   強いぞ 強いぞ
   10年はいても 破れない  強いぞ 強いぞ
   はこう はこう 鬼のパンツ はこう はこう 鬼のパンツ
   あなたも あなたも あなたも あなたも みんなではこう鬼のパンツ
    (世界の民謡・童話 worldfolksong.comより)
 
30数年前の話で、毎年、夏になると草津で2泊3日の合宿を行い、バスで出
かけていましたが、子ども達の車酔いを防ぐために、皆で歌ったことを思い出
します。もう社会人になり、家庭を持ち、子育てをしているかもしれません。
この歌、覚えているだろうか。もしかすると、我が子と一緒に歌っているかも
しれませんね(笑)。
 
積もりましたね。我家のベランダには25センチ、プランターはことごとく雪
の下に隠れてしまいました。そして今朝(26日)は、何と零下9度。さいた
ま市は零下9.8度、1997年観測以来最低記録とか。雪だるま、見かけませんね。
「近所に、小さいお子さんがいないからですよ」と家内は言っていましたが、
高齢者の町になりつつあるようです。
                        
(次回は、「建国記念の日と2月に読んであげたい本(1)」についてお話し
ましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第3章(3)何といってもお正月ですね【一月に読んであげたい本】

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第12号-
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第3章(3)何と言っても正月ですね     
【一月に読んであげたい本】        
 
前回お知らせしました、第33回東京私立小学校児童作品展「ほら、できたよ」
は、1月31日(水)から2月5日(月)まで銀座松屋で開催されます。参加
校は雙葉小学校をはじめ26校、今回のテーマは「喜びを色と形に」、今年も
意欲的な作品が期待できそうです。詳しくはホームページご覧ください。
 
雪は降りませんでしたが、寒い日が続いています。今朝、起きた時、寒暖計を
見ると、何と2度しかありません。風邪が流行っているようです。お子さんに
手洗いとうがいを励行するように心がけましょう。難しいですが、習慣になれ
ば黙ってもやるようになります。
 
正月に関するむかし話は、たくさんありますが、この話は欠かせないでしょう。
「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」の十二支のことで、こ
れを決めた事の次第を話にしたものですが、いたちが出てくるとは知りません
でした。      
 
 
◆十二支のはじまり   小沢 重雄 著
 
「元旦の朝、新年のあいさつにきた順番に、その動物の年にして、人間世界を
守らせてやる。ただし、一番から十二番まで」と神様からのお触れが出て、動
物たちは大喜び。ところが、ねこは、その日を忘れてしまい、運良く、本当は
運悪くですが、会ったねずみに、二日目の朝だと嘘をつかれます。計られたと
も知らずに、ねこは神様のお住まいになる御殿の門を叩いたのですが、「十二
支は決まった。寝ぼけていないで、顔でも洗ってこい!」
と神様に怒られ、だまされたと気づいたのです。それからというもの、ねこは
寝ぼけないように、いつでも顔を洗うようになり、嘘を教えたねずみを追いか
けるようになったのでした。            
 ところが、ねこの他にも十二支に入れなかった動物がいました。いたちです。
お触れがこなかったから、やり直してほしいと申し立てをします。手を焼いた
神様でしたが、名案を考え出します。
「一年に十二日だけ、おまえの日にしてあげよう。月の始めは縁起のいい日だ
から。ただし、『いたちの日』とすると、他の動物が騒ぎだすから、頭に「つ」
をつけることにしよう。数をいうときには、一つ、二つと、必ず『つ』をつけ
る大切な字だから」と提案をします。
「つ、いたちですか?」
「いや、いや、『つ、いたち』では、わかってしまうから、『ついたち』と続
けていうことにしよう」と説得され、月の初めを「ついたち」と呼ぶようにな
ったのです。
 
 一月のおはなし
  ねこの正月 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修  日本民話の会 編
  国土社 刊    
                                                                            
12月にもお話しましたが、朔日(ついたち)は、月立(つきたち)の音便で、
こもっていた月が出はじめる意味からできた言葉ですが、これを読んだとき、
しばらく笑いが止まりませんでした。神様といたちのやりとりが、本当におか
しいのです。しかも、場所は図書館でしたから、困りはてた様子をご想像くだ
さい。
                        
5、6歳の子どもにとって、一日から十日までと、十四日、二十日、二十四日
は、漢字の音読みと訓読みが、入り混じっていますから覚えるのも難しく、き
ちんといえる子はあまりいません。一日は、これで覚えられますね。二十日は、
「二十日ネズミは二十日間しか生きられないから二十日ネズミというんだよ」
と、得意そうに教えてくれた子がいましたが、真相は定かではありませんけれ
ど、これで覚えられるでしょう。(※実際には妊娠期間が20日だそうです
 <編集者注>)       
 
ところで、かつて小学校1年生の子どもが、この読み方を歌にしたものがある
といって歌ってくれましたが、実にうまくできていて、これで簡単に覚えられ
ます。題名を思い出せなかったのですが、何でもありのYouTubeで見つけまし
た。「日付の歌」でクリックすると、2曲続けて出てきました。歌詞の紹介で
「とおか」が「とうか」となっていましたが、よく間違える仮名遣いで、1年
生の時に習います。「遠くの、大きな、氷の上を、多くの、狼が、十ずつ、
通った」は全部「お」と子どもの頃に習ったと、“YAHOO! JAPAN 知恵袋”に
出ていました。やはり、間違えやすいんですね(笑)。
 
日付の歌
♪いちは「ついたち」には「ふつか」 さんは「みっか」でよんは「よっか」 
ごは「いつか」ろくは「むいか」 ななは「なのか」はちは「ようか」     
きゅうは「ここのか」じゅうは「とおか」 にじゅうは「はつか」♪
 
“Days of the month in Japanese”
♪ついたち ふつか みっか よっか いつか
 むいか なのか ようか ここのか とおか
 じゅうよっか じゅうくにち はつかは私の誕生日♪
(少し省略しています)
 
「日付の歌」は、スローテンポで二十日までの入門編。リズミカルに歌うのが、
“Days of the month in Japanese”で、子どもが歌ってくれたのはこれだと
思います。少し難しいかなと思いましたが、子ども達は、興味があれば、すぐ
に覚えてしまうものです。苦手なようでしたら、「日付の歌」で検索してみま
しょう。
 
正月といえば、欠かせないのは七福神でしょう。この話には、神様一人ひとり
の紹介はありませんが、七福神の話です。これと似た話で、大晦日に長者に宿
を断られた乞食が、貧乏人の家に泊めてもらい、そのお礼に若水をもらい若返
った話を聞いた長者が、乞食を無理やり泊まらせ若水を強要し、あまり欲張っ
たために猿になった話や、赤ん坊になってしまうのもあります。暮れから正月
の話ですが、七福神の登場ということで、一月の話にしました。
(注 若水…縁起を祝って、元日の朝早く汲む水。古くは立春の日に汲んだも
の)
 
 
◆正月の神さん   渋谷 勲 著
 
 ある年の大晦日に、貧乏なじいさまの家へ、七人の旅人が来て、笠を貸して
ほしいというので、家中、探したのですが六人分しかなく、大事にしまってい
たご祝儀用の合羽を貸したのでした。
 それから一年たった大晦日の晩のことです。今年も年越しのご馳走の用意が
できずに、白湯を呑んでいると、急に騒がしくなり、あの七人の旅人が入って
きたではありませんか。実は、旅人は神様で、笠のお礼にきたのでした。打出
の小槌から、米や魚やら二人の欲しいものが何でも出て、寝る場所もなくなる
ほどです。もっと欲しいものはないかという神様に、「もう少し若ければ、子
どもを授かりたいものだ」とおばあさんはいいました。すると神様は、「明日
は、元旦だ。目が覚めたら、二人そろってあいさつをしなさい」といって帰っ
たのです。        
 元旦の朝、目を覚ました二人は、「おめでとう」とあいさつをすると、十七、
八のいい若者になり、それからというもの、何人もの子宝に恵まれて一生、安
穏に暮らしたのでした。
  
  一月のおはなし                        
   ねこの正月 松谷みよ子/吉沢和夫 監修 日本民話の会・編
   国土社 刊
 
七福とは、「仁王経」(仁王護国般若波羅蜜経)の「七難即滅して七福即生す」
に由来するものといわれ、江戸時代を築いた徳川家康が、七福によって天下を
統一したとして、家康の相談役・天海僧正が、神仏の七徳を崇めるようにと七
福神信仰を勧めたため、江戸時代に流行したものです。     
ちなみに、七徳とは、恵比寿の清廉、大黒の有徳、弁財天の愛敬、毘沙門天の
威光、福禄寿の人望、寿老人の長寿、布袋の大量(心が広いこと)をいいます。
 
ところで、七福神の国籍(?)を調べてみると、恵比寿は日本の神道、大黒天
と毘沙門天はインドの仏教、弁財天はインドのヒンドゥー教、そして布袋、寿
老人、福禄寿は中国の道教から生まれた神様なのです。
異教の神様や仏様を、いくら「呉越同舟」(呉・越、共に中国は春秋十二国の
一つで、互いによく争ったことから、仲の悪いもの同士が一所にいること)の
四字熟語があるからといって、同じ船にお乗せして問題が起こらないのでしょ
うか。キリスト教など他の宗教では考えられないことです。「融通無碍(ゆう
ずうむげ)考え方や行動が、何事にもとらわれず自由であること」というので
しょうか、本当に、日本人らしいですね。
 
昔は、帆掛け船に乗った七福神の絵を枕の下にしいて、いい夢を見たそうです
が、私もそのようにした記憶はありませんから、かなり前の話のようです。そ
の夢ですが、正月というと、これも忘れられませんね、初夢です。初夢は室町
時代には、除夜から元旦にかけて見る夢でした。それが江戸時代の中頃から、
除夜は起き明かす習慣となり、元旦の夜に見る夢となっていましたが、「すべ
ての事始めは二日」ということから、今では二日の夜に見る夢となったのです。
これも、一つ紹介しておかないといけないでしょう。
 
 
◆ゆめみこぞう   渋谷 薫 著
 
 ある長者のところに、風呂たきをしている、灰坊と呼ばれる若者がいました。
ある正月の二日の晩、灰坊は、よい夢を見たのです。その夢を長者が買おうと
いいますが、灰坊は売りません。怒った長者は下男に命じ、灰坊を縛り上げて
木箱の中へ詰め、海に投げ込んでしまいました。
 二十一日間、波に揺られて着いたところは、鬼が島。鬼の親方に食べられる
前に、海に流されたわけを聞かれ、その話をすると、親方が、その夢をくれれ
ば食わないで、家に返してやるという。断ると、三つの宝物、刺すと死ぬ死に
針、死人を生き返せる生き針、千里を一飛びする千里車と交換しないかと灰坊
の前に置いたのですが、灰坊が「本物か?」
と疑わしそうにいうと、試してみるがよいと腕を出したので、灰坊は、その腕
に死に針を刺して殺し、生き針を持って千里車に乗り、鬼が島を脱出したので
す。
 着いたところが、ある村の観音さまのお堂。休んでいると、お参りに来た人
達が、朝日長者の十七になる娘が死んだと話しているのです。それを聞いた灰
坊は、長者の家にかけつけ、「死んだ者を生き返す、日本一のお医者さま! 
死んだ者は、おらんかなー!」と大声で叫びます。直ぐに死んだ娘の座敷に案
内され、人払いをしてもらい、生き針を娘に刺してみると、生き返ったのです。
喜んだ長者は、婿になってほしいと頼み込み、灰坊は朝日長者の娘婿になった
のです。これこそ灰坊が、見た夢、そのものだったのです。
 
 一月のおはなし
  ねこの正月 松谷みよ子/吉沢和夫監修 日本民話の会・編
  国土社 刊
 
正月ですから、ご祝儀を一つ。
これも、むかし話の定番ですが、継母の子どもいじめです。「親になるにもラ
イセンスが必要」とおっしゃった方がいるそうですが、幼子への虐待は、親と
いえども許されることではありません。ましてや親の手にかかり殺される子は、
どんな気持ちでこの世を去ったのでしょう。殺人犯は、実の親なのですから…
…。また、ごく普通の家庭でも、父親は女の子に、母親は男の子に甘くなりが
ちです。子どもは、小さい目で、しっかり見ていることを忘れないでほしいも
のです。
 
話に出てくる季節の変わる様子は、古い話で恐縮ですが、高校時代に観た映画、
マルシャークの「森は生きている」を思い出します。気まぐれな女王が、真冬
に4月の花であるマツユキソウをほしいといい、継母の言いつけで吹雪の森へ
行き、12の月の妖精たちに出会う話となっています。これと同じような話が、
スロバキアの民謡に「マルーシカと12の月」があります。こういった話を聞
くたびに、人間の考えることは「同じなんだな」と、しみじみと嬉しくなりま
す。
 
 
◆六月のむすこ   松谷 みよ子 著 
 
 むかし、あるところに母親と二人の娘がいて、妹は実の子、姉はまま子でし
た。ある年の正月、妹はいちごを食べたいといいます。母親も取り合わなかっ
たのですが、わがままに育てられていますから押し切られ、姉は取ってこいと
かごを背負わされて、山へ向かいますが、いちごなどあるわけがありません。
 途方にくれていると、白いひげのじいさまと会い、訳を聞いてくれ、あたた
かい感じのする家に案内されたのでした。いろりの前に姉を座らせ、この家に
一月から十二月まで、十二の月の兄弟と住んでいて、どの息子も自分の月を呼
び出せるといい、声をかけると、奥から一人の若者が出てきたのです。訳を話
すと、今は一月、私の出る番の六月まで、一月から五月までの五人の兄弟の助
けが必要だという。再び声をかけると、五人の若者が現れ、みんな外へ出たの
です。すると雪がとけ、あたたかな日がさし、土が姿を見せ、草や木の芽がも
え、花が咲き、小鳥は歌い、いちごが実ったのです。かごいっぱいに摘んだの
を見たじいさまに、「雪が降らない内に帰りなさい」といわれ、走るように山
を下った後から雪が降りはじめ、ふもとに着くと山は、もとの銀世界でした。
 家に帰ると、二人でいちごを瞬く間に食べたばかりか、妹はもっと食べたい
と泣きわめき、母親は殿さまにあげればご褒美にありつけたと悔しがり、再び
山へ行けというのです。
姉は不思議なじいさまとの出会いを話し、二度は無理だというのですが、「い
うことを聞けんのか!」と怒り狂っていましたが、急に気が変わり、二人でじ
いさまに会ってくると出かける準備をはじめます。姉は必死に止めましたが、
大きなかごを背負い山へ出かけたきり、二度と戻って来ませんでした。
 
 日本むかしばなし 18
  まほうをとくむすめ 民話の研究会編 櫓良良春 絵  ポプラ社 刊
 
最近、継母という言葉は余り聞かないようになりましたが、幼児虐待の話はよ
く聞きます。
それも、育児に一所懸命なお母さんが虐待しがちだと聞くと、救いがありませ
ん。四六時中、お子さんと顔を合わせていますから、あまりのわからず屋にカ
ッとなる時もあるでしょう、わかります。しかし、そこが我慢のしどころです。
育児には、「耐えて、忍ばなければならない時期」があります。心の傷は間違
いなく子どもの心に残り、それを背負って生きていくものです。子育ては、
「育児」しながら「育自」することです。お母さん方は、自力で自身を成長さ
せなくて、誰がさせてくれますか。誰も、力を、機会を与えてくれません。
その教材が、お子さんと考えてはいかがでしょうか。お子さんは、ご両親で作
る環境でしか育ちません。ご両親が心を一つにして育児に専念するのは、幼児
期だけではないでしょうか。子どもは授かりものです。授からない人も、多く
いることを考えてみましょう。
そして、ご自身を育ててくれたご両親、特にお母さん方は、同じ苦労をしてき
たことを思い起こすべきで、この気持ちを忘れないことが大切ではないでしょ
うか。
 
「七草」に関する話が「御伽草紙」にあります。若いときは、とかく親のこと
など考えないものです。だから「今の若い者は」などと口幅ったいことは言い
ません。しかし、「親孝行、したいときには親はなし」……実感しています。
 
この「御伽草紙」には、「鉢かつぎ」「酒呑童子」「浦島太郎」「ものぐさ太
郎」など子どもの頃に聞いた懐かしい話が入っています。中でも傑作なのは
「猫の草紙」で、昔は猫も首輪をされていたそうです。ところが、「首輪をし
てはならぬ」とのお触れが出て、それまで自由に走り回っていたねずみは、猫
に捕まり食い殺される恐怖の世界に一変するのです。
「十二支の始まり」と同様、猫とねずみの因果関係を納得させられる話です。
原文を読むのは少し面倒ですが、図書館の子どもの部屋には、小学生から中学
生向きに書き直されたものがあり気軽に読めます。現代人が忘れかけているも
のがたくさんありますが、ロマンも、その一つではないでしょうか。
 
 
◆七草草紙 北畠 八穂 著
 
 正月七日に七草がゆを食べる習慣になったのは、唐国(中国)の楚の国のそ
ばに住んでいた、大しゅうという人が始めたものだそうです。大しゅうの両親
は百歳をこえ、腰は曲がり、目も耳も悪くなるばかり。そこで、両親を若くし
たいと、天地の神仏に二十一日間、祈ったのでした。すると、二十一日目の夕
方、帝釈天王が現れ、若返りの秘訣を授けてくれたのです。それは須弥山(し
ゅみせん 仏教でいう世界の中心にそびえ立つ高山のこと)に棲む白鵞鳥が八
千年も生きるのは、春に七色の草を集めて食べるからで、その白鵞鳥の命を両
親の命にしてあげようと、摘んでくる七草の種類、たたく順序、時間など秘薬
にする方法を授けたのです。大しゅうは、七草を集め、六日の夕方からたたき
だし、七日の朝に飲ませると、両親は若さを取り戻したのでした。この話が帝
にも届き、褒美として広い土地をあたえ、殿さまにしたのです。それから正月
七日に七草を帝へ差しあげることになったそうです。このように親に心を尽く
す人には、天の幸いが授かるのです。 
 
 御伽草子  古典文学全集 13 ポプラ社 刊
 
元旦に井戸から水を汲み年神様に供えた「若水」、これを飲むと1年中の邪気
を払うといわれたしきたりも姿を消したようですね。飲料水を井戸から汲むこ
ともなくなったのではないでしょうか。
 
来週は節分ですね。お父さん、大きな声を出して、元気いっぱいに豆まきをし
ましょう。最近、やらない家庭が増えているようですが、お子さんには、楽し
い思い出になります。幼稚園や保育園で、節分の話を聞いているはずです。小
さな夢を育ててあげましょう。
 
(次回は、「第4章 豆まき、節分でしょう」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第3章(2)何といってもお正月ですね  睦月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第11号-
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第3章(2)何といってもお正月ですね  睦月
 
今年で33回を迎える「東京私立小学校児童作品展」は、1月31日(水)
から2月5日(月)まで、銀座の松屋で開催されます。毎年、意欲的な作品が
展示されますのでぜひ足を運んでみてください。
               
◇お節料理◇     
お雑煮を食べながらいただくのがお節料理です。木製できれいな絵や模様で飾
られ、二重から五重に積み重ね最上段にふたのある重箱にいろいろな料理を詰
めます。お節料理は、元旦の朝に神様と一緒にお祝いをして、家族が健康で良
いことがたくさんあるように、お祈りをするための食事ですから、縁起ものし
か選ばれません。
         
 「三つ肴」または「祝い肴」といって、この三種でお節料理を代表するもの
  がある。三は完全を意味し、全体を一つにまとめる働きをしている。三つ
  肴とは、関東では黒豆、数の子、五万米(ごまめ)をいい、関西では、黒豆、
  数の子、敲き牛蒡(たたきごぼう)をいう。
  (年中行事を『科学』する 永田 久 著 日本経済社 刊 P9)
 
黒は魔除けの色といわれ悪魔が嫌う色、豆は「まめに生きる」、真面目に健康
に生きる願いが、数の子は、鰊(にしん)の卵巣で、数万の卵があることから
「数多い子」、子孫繁栄の意味で縁起がよいといわれ、「春告魚」とも書き
「春よ、早く来い!」と願い、ごまめは「五万米」とも書くことで豊作を、牛
蒡(ごぼう)は、お米がたくさん取れた時に飛んでくるといわれる黒い瑞鳥を
表したものです。
この三つは、必ず食べたそうで、私は、きんとん、だて巻き、かまぼこ、海老
や鯛、八つ頭(里芋の一種)こんにゃくなどを食べていました。きんとんは
「金団」と書いて「金の塊」のこと、だて巻の「伊達」は「粋で美しい様」、
かまぼこの赤は黒と同様に「魔よけ」、白は「清浄」を表し、八つ頭は「人の
頭に立つ人になってほしいことを願っている」といったように、お節料理は縁
起を担いだ食べ物からできています。
 
正式なお節料理は、四段重ねです。上から一の重、二の重といい、一の重には
三つの肴、黒豆、数の子、ごまめ、二の重は「口取り」といい金団、ゆず玉、
だて巻などオードブルが、三の重は海老や鮑、鯛などの「海の幸」を、四の重
は「与の重」といい、八つ頭、はす、くわい、里芋などの「山の幸」を入れ、
詰める品数は奇数がよいとされ、ここまでこだわります。  
料理の中心は煮物ですが、素材をそのまま煮炊きできませんから、下ごしらえ
に手間がかかり、味付けで素材の持ち味が決まる料理ですから、暮の台所はま
さに戦場で、今のようにお節を買って済ませる時代ではなく、全部自前でこし
らえていましたから大変な騒ぎであったことを覚えています。お節料理は、三
が日の間、お母さん方から料理する手間を開放してあげる配慮があったと聞き
ましたが、その通りではなかったでしょうか。
 
ところで、祝いの膳に欠かせない尾頭付きの鯛ですが、徒然草では鯉が「やん
ごとなき魚なり」と紹介されています。世界の四大聖人の一人、孔子の子息の
名前は「鯉」といいますが、王様からお祝いに鯉を頂いたことから命名された
そうで、当時、中国での魚の王様は鯉でした。ところが、江戸時代になると鯛
が祝い膳のトップに躍進し、今に至ってもその座を他の魚に許していません。
「めでたい」の語呂だけではなく、姿、形がよく、色鮮やかで、生でも焼いて
も汁にしてもうまい、これでしょうね。しかし、親父は「鯛はいつでも食べら
れるから旬がなく、その分、損しとるのや」と言っていましたが、今では鰹や
秋刀魚も、いつでも食卓に上がります。食生活は豊かになりましたが、そのた
めに失ったものもたくさんあります。季節感が希薄になったのも、その一つで
しょう。魚に限らず旬のものは、その時にしっかりと食べ、季節感を味わいま
しょう。
 
 
◇屠 蘇◇
読み方からしてやっかいですが、「とそ」といって、山椒、肉桂(にっけい)、
桔梗(ききょう)、ぼうふうなどの薬草を、砕いて調合した屠蘇散をひたした
味醂のことで、これが正月のセレモニーの主役でした。これを杯に注いで、
「おめでとうございます」と父が言わないことには、新年の朝祝いは始まりま
せん。これは不老長寿の効き目があると言われ、正月の祝い酒でした。山椒は
うなぎを食べるときに使うものですし、肉桂はにっきのことで刺激が強く、桔
梗は根を干したものはせき止めの薬で、ぼうふうはセリの仲間です。聞いただ
けで飲むのを遠慮したくなりませんか。親父からちょっとなめさせてもらいま
したが、大人は、なぜ、こんなまずいものを飲みたがるのか不思議な気がしま
した。 
 
しかし、何事も訳ありです。
屠蘇は、「鬼気を屠絶し、人魂を蘇生させる」という意味があり、「その年の
邪気を払い、寿命をのばす働きがある」と信じられ、正月には欠かせない祝い
酒でもあったのです。屠蘇で乾杯して大人はお酒です。子どもはお節料理を食
べながら、お雑煮を頂きますが、両親とも着物です。母は着物の上に、袖付き
の前掛けというのでしょうか、割烹着をつけていました。親父は立派に見え、
母はきれいだと思ったものです。そして、なぜか子どもたちも新しい服を着せ
られていました。新しい年神様を、誠心誠意でお迎えした雰囲気がありました
ね。
 
当時は、4本足の座卓、ちゃぶ台で、正座をして食事をしていました。姿勢が
崩れると父が、恐い顔してにらみますから、おかしないい方ですが、真剣に、
真面目に食べていました。ですから姿勢もよくなり、マナーも身についたもの
です。現代っ子は、姿勢の悪い子もいますし、妙なはしの持ち方の子もいます。
ご飯をぼろぼろとこぼしても平気な子もいます。食事中はテレビを消しましょ
う。4、5歳の子には、「食べながら見る」といった二つの作業をこなすのは
難しいものです。私の子ども時代と最も違ったのは食事ではないでしょうか。
テレビはありませんから、食事は人が中心で、一家団欒の一時であり、家族の
会話があったような気がします。しかし、椅子とテーブルになって、子どもた
ちの足が長くなりスタイルもよくなりましたが、子どもに教えるべき生活習慣
やしつけの面で失ったものも、数々あります……。昔から守られてきたよき習
慣、礼儀作法などが姿を消してしまったのも、私達親が選択したのであり、子
ども達の責任ではありません。「現代っ子は……」という前に、反省すべきは、
そういう環境を作ってきた私達、大人達であることを、肝に銘じておきたいも
のです。
 
そして、年の順にお年玉を貰いますが、これが楽しみでした。でも、わずかで
したね。
現代っ子は、銀行に預けるほど貰えるようですが、これは不労所得です。汗水
を流さずに、お金をたくさんもらうのは、決してよいことではありません。子
ども時代にこそ、「分相応の精神」をしっかりと理解させるべきではないでし
ょうか。
 
 
★★初詣★★
 
朝祝いが済むと、近所の氏神さまへお参りをします。全国的に有名な神社、仏
閣に参拝しているようですが、生まれた土地の神さま、産土(うぶすな)神社
へ、神さまに失礼にならない服装に着替え、出かけるべきではないでしょうか。
そして、お子さんにも神前で、静かに頭を下げ、新年の希望や誓いなどをさせ
ましょう。目に見えない大いなる存在に畏怖を抱くのは、決して悪いことでは
ありません。親が、きちんと礼拝をする姿を見せれば、それで十分なのです。
 
我々日本人は畏怖することを忘れ、目に見えないものを敬うことを忘れ始めた
ような気がしてなりません。(「平成お徒歩日記」 宮部みゆき 著 新潮社 
刊 P193)
   
神戸で起きた小学生殺人事件の容疑者が逮捕されたときの作者の言葉ですが、
忘れられない一言となっています。今でも「透明な存在である自分」なのか聞
いてみたい。2015年6月に発売された「絶歌」、元少年A(33歳)は、
100万部売れると豪語したとか。それにしても、いつまで元少年Aで過ごす
のか。(憤怒)
 
帰りには、不幸をもたらす悪魔を払う「破魔矢」や、七転び八起きを願う「だ
るま」などの縁起物を買い、そのいわれを話してあげ部屋に飾っておきましょ
う。子どもなりに夢を育てるものです。
 
また、「初日の出」を拝む習慣がありますが、普段でも海上から昇る朝日や夕
焼けの山間に沈む夕日には、何ともいえぬ感動を覚えるものです。ましてや、
その年の初日の出となると感慨もひとしおでしょう。では、「日本でいちばん
最初に初日の出を拝めるのはどこか」ですが、国土全体では日本の最東端にあ
たる南鳥島、島を除けば富士山頂で、平地では犬吠崎です。しかし、南鳥島は
一般の人は立ち入り禁止で、そこにいる防衛庁と気象庁の職員しか拝めません
し、富士山頂は氷点下何十度という所ですから、誰でもは無理ということで、
正解は小笠原諸島の乳房山で、何と1月1日が海開きに当たり海水浴も楽しめ
るそうです。
 
ところで、ジャズのスタンダード・ナンバーに「The world is waiting for the 
sunrise」(世界は日の出を待っている)があります。アメリカ人に「太陽遥拝」
の信仰があるのではなく、第一次世界大戦後の不況から脱出したい願いをこめ
て作られた曲です。ジャズの演奏スタイルは時代と共に変わりましたが、大雑
把に分けるとデキシーランド、スイング、モダンの3つがあり、デキシーラン
ドには、ニューオーリンズ派とシカゴ派があります。ニューオーリンズ派の名
クラリネット奏者、ジョージ・ルイスの率いるバンドが、オハイオ州立大学で
行ったコンサートの中に、この曲の名演奏が入っています。バンジョーの名手、
ローレンス・マレロが、正確無比なビートで最高にスイングするソロを聴かせ
てくれます。沈んだ夕日が昇ってくるのではと思うほどアグレッシブな演奏で、
モノラルで音はよくありませんが、いつ聴いても感動を新たにさせてくれる、
ご機嫌な演奏です。私の正月は、これを聴くことから始まったものでした。
ジョージ・ルイスの素晴らしい音色を絶賛したのは、前衛ジャズの大御所、サ
ックス奏者のジョン・コルトレーン。ルイスの作曲した“Burgundy Street 
Blues”(バーガンディ・ストリート・ブルース)ではなかったでしょうか。
音楽に新しい古いはないと思います、自前の感性に訴えるものがあれば、いい
のですから。私はドラムを少しやっていますが、学生時代、ある黒人のドラム
奏者に、「なぜ、そんなにスイングできるのですか」とあほみたいな質問をし
たところ、「なぜ、あなた方は、フォークソング(民謡)をあんなにうまく歌
え、踊れるのか」と言われ、ジャズのリズム(4ビート 若い皆さんが乗れる
リズムは8ビート)に抱いていた劣等感を拭い去ることができたような気がし
ました。それぞれの民族は、長い時空を経て培われたリズム感があるというこ
とです。それから、下手の横好きですが、私流のリズムを刻むことを覚えまし
た。
ジョージ・ルイス(George Lewis)の演奏はYouTubeで視聴できます。
“Burgundy Street Blues”は、黒人独特の哀愁を奏でた名演で、いつ聴いて
も涙ぐんでしまいますね(笑)。
 
平成19年の暮れ、体力の限界を感じバンドを解散しました。何と47年間も
やっていた、とてつもない道楽でしたが、演奏の醍醐味を忘れることができず、
また23年から始めてしまい、24年11月の「新宿ジャズ祭り」で、普段は
プロしか演奏しないライブハウス、ピットインでトリを取ってしまいました 
(笑) 。再びトリを目指して頑張る予定でしたが、25年9月にバンドリーダー
の丸山が亡くなり実現しませんでした。彼とは53年来の付き合いで、彼がい
たからジャズの醍醐味を味わえたと感謝しています。26年5月に、演奏会の
度に香港から駆けつけてくれたバンジョーの名手、菅原さんが、ご自分のバン
ドを率いて「春の新宿ジャズ祭り」に来日した折、ドラムの方が参加できず、
ピンチヒッターでお手伝いさせてもらいました。かなりのテクニシャンである
外人の方が3名いて、緊張している私に、「ジャズは自分で楽しむものだよ!」
とまたしても教えられ、楽しいひと時を過ごせました。しかも、これは偶然だ
ったのですが、会場も、時間も、丸山と最後の演奏となった時と全く同じで、
追悼演奏ができたと感無量でした。冥界入りして4年、あちこち痛みの出てき
た私ですが、夢に出てくる彼は、全く年をとっていないので、うらやましくな
りますね(笑)。
 
 
★★正月の遊び★★
 
たこ上げ、羽根つき、カルタにすご六、福笑いが、正月の遊びの定番でした。
今の子どもは、やらないでしょう。テレビゲームやDSのようなポータブルゲ
ーム等、一人で遊べるゲームに人気があります。これが問題ではないでしょう
か。小学校時代に友達と遊ぶことの楽しさを覚えないと、社会性は育ちません。
社会性が育たないと、共に生きる共生の心も育まれません。人は一人では生き
られないことを、もっと教える必要があります。個性を育てるのとわがままを
助長するのは、紙一重の差です。我慢をすることのできない子が増えています。
「訓練されていない個性は野性である」と国府台女子学院の平田学院長はおっ
しゃっていますが、勘違いすると後で困るのは、お子さん自身であることを真
剣に考えましょう。             
 
ところで、昔の遊びの中にもいいものもあります。例えば、すご六です。サイ
コロを振り、出た目だけ動かなければなりません。しかも前後左右に進んだり
戻ったりしますから、混乱しがちです。5、6歳の子にとって、出た数だけ上
下、左右に移動するのは難しいものです。いわゆる「位置の確認」で、こうい
う遊びで覚えるのが効果的なのですが……。
 
このサイコロですが、2つ使うと最高12までの足し算ができます。二人で1
個ずつ振り、数の大きさで勝ち負けを競えば、引き算になります。数字を使い
ませんが、出た目を数えるだけで、簡単に答えが出ます。その上をいく優れ物
が、トランプです。ゲームは勝敗が伴いますから、真剣に遊びます。カードに
はマークと数字がありますから、算数の学習、数感の学習になっています。
 
トランプの絵札は、11はJ、12はQ、13はKとアルファベットで表され
ています。
Kはキングで王様、Qはクイーンで女王様ですが、Jは何を表しているかご存
じですか。
Jは「ジャック」という人名の頭文字からとったもので、イギリスでは、ごく
ありふれた名前の代名詞として使われ、日本でいえば「太郎」にあたり、よく
耳にする名前を付けることで、名もない一兵士を象徴させているのです。4つ
のマークは、ハートは僧侶、スペードは軍人、ダイヤは商人、クラブは農民と
身分階級を表していますが、何事も訳ありなのですね。ところで、中学生にな
り英語を習ったときの教材は「JACK AND BETTY」でしたが、べ
ティは「花子」にあたるのでしょうか(笑)。
 
 
★★春の七草★★   
 
言葉だけが、一人歩きしているようです。
七草は、せり、なずな、御形(ごぎょう 母子草)、はこべら(はこべ)、仏
の座(たびら子の別称)、すずな(かぶ あおな)、すずしろ(大根 鏡草)
のこ
とです。昔は、春を告げる七草を親子で摘み、お節料理やお餅を食べすぎて、
お腹の調子が少し悪くなった時に、消化のよいお粥に七草を入れて食べ、春を
実感していたのでしょう。ちなみに、セリは解毒・食欲増進・神経痛・リュウ
マチに、なずなは高血圧・貧血・食欲増進に、御形は咳止め・痰切り・利尿作
用に、はこべらは歯槽膿漏・催乳・健胃整腸に、仏の座は体質改善に、すずな、
すずしろは骨粗鬆症・腸内環境改善に良いという説があるそうです。(三島函
南農業協同組合「七草がゆセット」のしおり より)
 
この七草に関して、覚えやすい歌があります。
  せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、
  すずな、すずしろ、これぞ七草
     左大臣 四辻 善成(平安時代)
 
最後に、おもしろい話を紹介しましょう。間違って使われる言葉に「千六本」が
ありますが、永田先生でなくても笑えますね。
 
大根は、野菜の王様で消化によく、食べあたりしない。大根役者とは、当たら
ない役者のことである。「千六本」というのは、大根を細長く刻んだものである
が、大根を中国では「繊蘿蔔」といい、これを唐宋音でローポと発音した。細長
く刻んだ大根=繊蘿蔔(センローポ)が日本でセンロッポンと訛って千六本と書
いた。千という字によって「たくさんの」という意味を感じて細かく切り刻んで
しまう人もいれば、「人参を千六本に切って」などと料理教室で教える先生もい
る。六本というのをどう解釈しているのかと考えると、ふきだしたくなる。  
(年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P35)
 
(次回は、「1月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第3章(1)何といっても正月ですね 睦月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第10号-
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第3章(1)何といっても正月ですね 睦月
 
物の本によれば、睦月(むつき)のいわれには、正月は身分の上下、老若男女、
分け隔てなく行き来し、親族一同、仲よく「睦み合う」という説が有力だそう
で、その他にも「元つ月」、草木が萌えいずる「萌(もゆ)月」、春陽が発生
する「生む月」、稲の実を初めて水に浸す「実(み)月」なのだとする説もあ
るようです。
 
  お正月の歌
    ♪もういくつ寝るとお正月   お正月には凧あげて
     こまを回して遊びましょう  早く来い来いお正月♪
 
正月になるとこの歌を思い出します。子どもの頃の思い出といえば、正月に
まさるものはなかったですね。恥ずかしい話ですが、お餅を食べられるのと
お年玉を貰えるからでした。今と違い餅は正月しか食べませんでしたし、小
遣いとなると現代っ子のように毎月貰えるものではなく、正月や祭りの時だ
けでしたから、本当に待ち遠しかったものです。今の子ども達がクリスマス
を待つ心境と同じではなかったでしょうか。
ところで、この歌の作曲者はどなただと思いますか。瀧廉太郎です。童謡や
唱歌には素晴らしいものがたくさんあります。お子さんと一緒に歌うべきだ
と思いますね。幼児期の思い出は、こういった歌からも残っていくものでは
ないでしょうか。
 
さて、元日の朝ですが、いつもの朝と違い「特別な朝」という感じがしたも
のです。いつもと変わらない朝ですが、元日の朝だけは別です。なぜか、天
気はよく、大雪とか氷雨といった経験はほとんどありません。瀬戸内海に面
した赤穂と東京、川越にしか住んだことがないからかもしれませんが、毎年、
いかにも新しい神さまがいらっしゃった朝という気持ちになったものです。
元日は、その年の神さま、年神さまがやってきて、前の年の神さまと交代す
る日でした。ですから、神さまを中心に生活が営まれていた時代には、「お
めでとうございます」と言っていたのは、人と人が挨拶をするのではなく、
新しい神さまを迎える言葉として使っていたそうです。ですから、「あけお
め」などという言葉を聞くと「何と不謹慎なことよ!」と腹が立ちますね(笑)。
門松、しめ飾り、鏡餅、そしておせち料理も、みんな神さまをお迎えするセ
レモニーに必要なものだったのです。中には何やら語呂合わせのようなもの
もありますが、「これはすごい!」と思わず膝を叩きたくなるのもあります。
 
★★正月の三点セット★★
 
◇しめ飾り◇                     
本来、しめ縄は、神前など神聖なものと不浄なものとの境界線を示すために
張る縄のことで、わらを左捻(よ)りにして、三筋、五筋、七筋と順々にひ
ねり垂らし、その間に四手を下げたものです。四手とは、横綱の化粧まわし
の上にしめられた綱にさがっている、あれです。   
稲や麦の茎を干したわらで作ったしめ飾りで神さまを迎えるのも、農耕民族
の生活の基盤は米ですから、わかるような気がしませんか。
地方によっては、えびや橙(だいだい)を一緒に飾った豪華版もあります。
えびは「海老」とも書きますが、文字、そのものが「海のご隠居さん」で、
体が曲がっている姿からお年寄りにたとえ、長寿を祈願したものです。これ
が漢字の楽しいところで、何となくイメージが浮かんできます。
“LOBSTER”と書かれていても、何のイメージもわきませんが、字の
並びに何か意味があるのでしょうか。橙は、一家の幸せが、「代々」続いて
欲しいという語呂合わせです。
神さまを迎えるしめ縄に、いろいろとお願いするのですから、頼まれる神さ
まも大変です。
                           
◇門 松◇                     
門松の方が、まだ受け継がれているかもしれません。しかし、庶民派の門松
は松だけです。銀行やデパート、大きな会社の入り口には、立派な門松が飾
られています。松竹梅、何やらのどが鳴りそうですが、これも当然、意味あ
りでしょう。          
                           
松は常緑樹ですから、葉は一年中、緑色で冬の寒さをものともしません。
竹は真っすぐ伸びていきますから、横道にそれない芯の強さがあり、雪の日
など他の木は雪の重みで折れがちですが、竹はしなって頑張り、雪の方が我
慢できずに滑り落ちます。
かぐや姫の生れ故郷は竹の中、空っぽで「腹に一物もなく」、唐竹を割ると
一直線に割れることから曲がったことが嫌い、生一本のシンボルです。ちな
みに「生一本」とは、単一の酒造で造られた混ざり物のない純米酒のことで
す(笑)。      
梅は北風が吹き荒れ、他の木々は葉を落とし寒そうですが、梅は頑張って小
さな花をリンと咲かせ、「春近し」を告げています。春告鳥と書いて「うぐ
いす」ですから、春告花で「うめ」はどうでしょうか。木偏に春と書いて
「うめ」と読みたいですが、「椿」がありますからだめですね。
    
この椿が映えるのは、茶室ではないでしょうか。一輪挿しの椿は、和敬静寂
の雰囲気を見事にかもし出していました。        
 
「和敬静寂」は千利休の言葉で、和して敬すると誰の心も清々しくなります。
そしてそこには、心の寂けさが生まれます。寂とは淋しいものではなく、あ
たたかな静けさなのです。そうした心境になれば、煩悩が静められ、知恵が
生まれてくるのです。そこで「和敬静寂」が禅のこころといわれ、茶のここ
ろといわれるようになりました。
(「命のことば」 瀬戸内寂聴さんの著から 利休の茶室日記 gooブログよ
り)
 
利休の命名は、「名利共に休す、名誉も利益も求めない」という禅語からとっ
たものといわれていますが、墓所は織田信長の菩提寺である大徳寺の隣にある
聚光院です。大徳寺の山門を寄付したのは利休で、そのお礼に寺側が利休の木
像を掲げたことが秀吉の逆鱗に触れ切腹を命じられました。年は利休が上です
が、茶道では信長の弟子で、隣同士で眠っていることは、あまり知られていな
いのではないでしょうか。
 
それはともかくとして、松竹梅、語呂もいいですね。この縁起物の三つを玄関
に飾り、年神さまが、確実に我が家に来ていただくための道標、表札の役をし
ていたのではないでしょうか。昔は盆にはきゅうりの馬となすで作った牛を飾
りましたが、正月は神さまを、盆には仏さまを迎えるための飾り物で、季節折
々の花や農作物を供えるところからも、農耕民族であることがわかります。
何かにつけて、事の起こりは中国ではと考えますが、松竹梅も、厳しい冬を堪
えて生きるみやびやかな木、「厳冬の三友」といわれ、それが日本に伝わり、
「長寿・節操・清廉」などの解釈を加え、めでたいもののシンボルとなったの
です。いや、それだけではありません。後程、紹介しますが、あっと驚く秘密
が隠されているではありませんか。
     
◇鏡 餅◇                     
鏡餅は、年神さまから頂いた新しい魂を表したものです。丸い形は、角を立て
ないように、みんなで仲良く暮らそうという意味が込められています。お飾り
は、地方によって勝栗、干柿、扇など多種多彩ですが、橙、ゆずり葉、昆布、
裏白などが一般的でしょう。橙は長寿、ゆずり葉は新しい葉が出てから古い葉
が落ちることから「譲り葉」、家督を子孫に譲ること、昆布は「喜ぶ」の語呂
合わせと子生(こぶ)、子どもが生まれることを願い、裏白は葉の裏側が白い
しだ類(わらび、ぜんまいの仲間)で、うしろ暗いところがなく、清らかで汚
れのない心を表しています。
             
 
★★松竹梅に隠された秘密★★
 
何やら週刊誌の見出し風ですが、文句なしにすごい秘密が隠されているのです。
初めて読んだときの驚きといったらありませんでした。少し長くなりますが、
紹介しましょう。
 
  陰陽の立場から松竹梅をみると、松は陽、竹も陽、そして梅は陰で
  ある。松竹梅は陰と陽が相まって完全な世界を構成するという哲理
  にもかなっているわけである。さらに、植物学の上から考えると、
  松竹梅が植物界を代表していることが知られている。植物を分類す
  ると、顕花植物と隠花植物に分けられ、顕花植物は裸子植物と被子
  植物から成り立っている。さらに被子植物は、単子葉類と双子葉類
  に分類される。ところで、松は種子を裸にしているので裸子植物で
  あり、竹は種子が実の中にあって、しかも子葉が一枚しかないので、
  被子植物の単子葉類、梅も被子植物であるが子葉を二枚持っている
  ので双子葉類というわけで、松竹梅が顕花植物の典型的な代表例と
  なっている。このすばらしい事実を古代人が知っていたのであろう
  か。松竹梅の意義の深さに、めでたいということよりも、頭の下が
  る思いがする。
  ついでに隠花植物について述べると、その代表として、正月飾りと
  してすでに述べた裏白をその代表にあげることができる。こうして
  松竹梅と裏白とで植物界をおおうことによって、正月をより意義の
  あるものにすることができるというわけである。
  
 ■植 物 界■ 
  ◆花が咲き実を結び種を作る(顕花植物)
    種が裸のもの  (裸子植物)………………………………… 松 
    種が実の中のもの(被子植物) 葉が一枚(単子葉類)…… 竹 
                   葉が二枚(双子葉類)…… 梅   
  ◆花は咲かせず胞子で増える(隠花植物)………………………… 裏白 
 
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P28-29)
 
いかがでしょうか。先生の書かれた図を参考に、わたし流に書き加えると以下
のようになります。植物には、梅、桜のように種を作るものと、コケやシダの
ように花を咲かせないで胞子でふえるものがあります。種には、竹や梅のよう
に種が実の中に包まれているものと、松、銀杏(いちょう)、蘇鉄(そてつ)のよ
うに種が裸のままのものがあります。種が実の中にあるものをまくと、芽を出
した時に最初に出る葉が、一枚のものと二枚のものとあります。  
松竹梅というと、寿司屋などでは、上中並と同じように値段を表すのに使って
いますが、実は、こういう素晴らしい意味があるのです。本当に不思議ですね。
「なるほど!」と納得するばかりではなく、感動しませんか。昔から受け継が
れているものには、それなりの意味があるわけです。また、こういったことを
科学的に実証する先生がいらっしゃったのも、頼もしい限りではありませんか。
 
 
★★正月の食べ物★★
 
正月の食べ物といえば、雑煮とお節料理でした。しかし、現代っ子は、雑煮や
お節料理を食べているでしょうか。私の子どもの頃は、餅は正月しか食べられ
ませんでしたから、楽しみであり、しかもご馳走でした。今は、一年中、売っ
ていますし、いつでも食べられますから、魅力の点で引きつける力がないので
しょう。餅も季節感を奪われてしまった被害者です。非常食としても優れもの
ですけれど。
 
◇雑 煮◇
雑煮は、大晦日の夜に、神さまをお迎えするためにお供えをした食べ物を、神
さまと一緒に食べ、神さまの力を授かる食べ物です。雑煮は、必ず、青い葉っ
ぱを入れるのが決まりで、「葉っぱを入れる」「菜を入れる」から「名をあげ
る」「成功して名前が知られるようになる」に通じるので、青い葉っぱを入れ
るのだそうです。
 
餅は本来、丸いものですが、東日本では四角に切った切り餅を、関西では丸い
餅を使っています。雑煮の作り方ですが、東京では、餅を焼いてから椀に入れ、
具や汁を入れますが、大阪では、ゆでてから椀に入れます。私は父が関西の出
身でしたから、ゆでるのに慣れていますが、焼いてから食べるのも香ばしくて
おいしいものです。
 
織田信長に面白い逸話が残されています。ある年の元日の朝、信長の雑煮の膳
に、箸が片方しか添えられていなかったのです。あの短気な信長のことですか
ら、平穏に収まるわけがありません。しかし、怒り心頭に発した信長を、木下
藤吉郎(後の太閤秀吉)が、「今年から諸国をかたはし取りにされる吉兆でござ
います」と言い換え、ご機嫌が直ったそうです。「曽呂利新左衛門のとんち話」
の中に、病気見舞いに送られてきた松竹梅の盆栽が枯れたのを見て落胆した
秀吉を、新左衛門の機知で吉報に変えてしまう話があります。世の中、めぐり
合わせですね。
とんち話には傑作な話がたくさんありますが、おすすめは、寺村輝夫のとんち
話シリーズ「一休さん」・「吉四六(きっちょうむ)さん」・「彦一さん」
(あかね書房 刊)で、大人でもしっかりと笑えます(笑)。
 
(次回は、「正月の食べ物」他についてお話しましょう)
 

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