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さわやかお受験のススメ<保護者編>第7章(2)端午の節句です

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第25号-
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 第7章(2)端午の節句です 
 
★★なぜ、菖蒲湯なのでしょうか★★
 
昔は、今のように風呂のある家は、少なかったものです。銭湯といって、お金
を払い、みんなと一緒に入りました。大勢の人が入りますから湯船も広く、そ
こへ、どっさりと菖蒲を入れるのですから、その香りでいっぱいになります。
 
菖蒲が邪気を払ういわれは、中国の古くからの言い伝えで、王様が殺した不忠
の家来の魂が、毒蛇となって災いをもたらしたので、香りが強く、頭のところ
が赤く、青い葉の形が蛇に似ている菖蒲を酒に入れて飲んだところ、悪魔を降
伏させる術を授かり、蛇を退治した話によるものです。
昔は節分の時に、玄関に柊や鰯の頭を飾りましたが、あれと同じです。鬼や悪
魔は、香りの強いものを苦手としていました。そういえば、ヨーロッパのモン
スターの代表ドラキュラの苦手とするものは、十字架と太陽とにんにくです。
世界中の妖怪は、香りや匂いの強いものに弱い共通点がありますが、朝鮮半島
に住む妖怪は、にんにくは効かないのではないでしょうか。
また、菖蒲が侍の家で大切にされたのは、武芸、軍事などを尊ぶ「尚武(武芸、
軍事などを尊ぶこと)」と同音だからでした。
 
 燕子花(かきつばた)は菖蒲(あやめ)と花がよく似ているため、「源氏物語」の
なかで、─いずれがあやめか、かきつばた─と書かれて以来、酷似しているこ
とをいう雅言(がげん)となった。万葉集では加吉都播多(かきつばた)、安
夜女具佐(あやめぐさ)とはっきり区別されている。
 (花暦「花にかかわる十二の短編」P121 澤田ふじ子 著 徳間文庫 刊)
 
万葉仮名は、漢字本来の意味から離れて、仮名のように読みますから面白いで
すね。
雅言は、「洗練された言語、特に和歌などに用いられる古代、特に平安時代の
言葉」(広辞苑)で、「いずれがあやめか、かきつばた」は、美人が大勢いて
優劣がつけられないたとえだと、軽薄に思い込んでいたのですが、美人に限ら
ず、選択に迷うことのたとえなんですね(笑)。かきつばたは、今は「杜若」
と書きますが、難しくて読めません。
余談になりますが、先月ブックオフで、与謝野晶子さんが現代語に訳した「全
訳源氏物語」(上中下3巻 角川文庫刊 172万部発売)を、何と300円
で見つけ、びっくりして、あたふたと買ってきましたが、読み上げるのにひと
月かかりました。およそ千年前、ダンテより三百年前、シェクスピアより六百
年前、ゲーテより八百年前に書かれた長編写実小説、圧倒されて疲れましたが、
時々、こういった幸運に恵まれるのも、何だか本が呼び寄せてくれるようで感
謝しています。1冊100円、与謝野昌子さんには申し訳ない。この年になっ
て初めて完読、夢達成!(笑)
 
なお、あやめは、きれいな花を咲かせる花菖蒲のことで、葉は剣型で似ていま
すが、菖蒲湯として用いられることはありません。以前、「26日のクリスマ
スケーキ」を紹介しましたが、同じ意味で「6日の菖蒲」があります。
  
 菖蒲が6日に届いたのでは、節句に間に合わないので、そこから「時期に遅
 れて間に合わないこと」をいうそうです。
 (知らない日本語 教養が試される341語 P321 谷沢 永一 著 
  幻冬社 刊) 
    
読むたびに教えられることばかりだった博識の先生は、平成23年に亡くなら
れましたが、英文学者、渡部昇一先生も昨年の4月、冥界へ旅立ちました。お
二人の共著や対談集を時々読み返していますが、その度に肯かざるを得ない話
題にあふれ、刺激を受けるのは、失礼な言い方で気が引けますが、勤勉であっ
た両先生の性格が表れたものだと圧倒されてしまいます。どんなお話をしてい
るでしょうか。(合掌)
 
 
★★粽(ちまき)のルーツは……?★★ 
 
物事には、何事も訳ありで、端午の節句に粽を作るのは、このような言い伝え
があるのです。(以下、抄訳です)
 
 屈原(くつげん)は、楚の時代に、人々に愛された清廉潔白な憂国の詩人で、
 淵に身を投げ、命を絶った人ですが、そのなきがらを守り屈原の故郷まで運
 んだのは鯉でした。
 その日が、紀元前278年5月5日。
 命日になると、楚の人々は、竹の筒に米を入れて川に投げ、屈原の霊に捧げ、
 無事に運んでくれた忠義な鯉に、感謝の気持ちを表したのです。
 ところが、屈原の死後、300年経った時のことです。
 ある人の所に、他人に身をやつした屈原が現われ、投げ入れてくれる竹筒の
 米は、淵に棲む主である竜に全部食べられてしまうので、竜の恐れる「楝
 (おうち)の葉っぱ」で米を包み、五色の糸で結んでほしいと告げたのです。
 そこで、屈原をとむらい、鯉に感謝してつくった「楝の葉で包み、五色の糸
 でしばった米」が、粽の始まりです。                  
  
 楝は、栴檀(せんだん)の昔の言い方で、香りがあるので虫もつかず、竜も
 嫌いであったのです。粽は、古くは「茅(ちがや)」の葉で巻いたから「ち
 まき」といい、五色の糸は、鯉のぼりの吹流しにも出てきましたが、竜の恐
 れた色です。端午の節句に粽を作るのは、このような言い伝えがあるのです。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社 刊 P110-113)
  
私が知っている粽は、笹の葉で巻いたものでした。                           
そして、驚いたことに、毎年、6月の第1日曜日に長崎で行われている「竜船
競渡(けいと)ドラゴンレース」は、淵に身を投げた屈原を、一刻も早く救う
ために、速く舟を漕ぐことを争うイベントなのです。
鯉のぼり、粽、競渡、いずれも、今からおよそ二千年前の中国の戦国時代にあ
った出来事が、現在まで伝えられているなどとは信じがたいのですが、本当の
話です。楚の項羽が漢軍に包囲されたとき、周囲から楚の歌ばかりが聞こえて
くるので、楚の人々が漢に降伏したのかと驚いた故事「四面楚歌」、あの時代
です。司馬遼太郎の「項羽と劉邦」(3巻 新潮社刊)は読みやすく、解説が
谷沢永一先生であることも嬉しいですね。    
 
故事、ことわざ、慣用句、私たちの祖先が残してくれた英知でもあるのですが、
書物の中で、イライラしながら出番を待っているのではないでしょうか。簡単
に手に入り、利用できる貴重な文化遺産でもあるのですが……。
栴檀はビャクダンの異称ですが、「栴檀は双葉より芳し」といって、発芽の頃
から早くも香気があるように、大成する人物は、幼いときから人並みはずれて
優れたところがあるたとえに用います。同義語として、「実のなる木は、花か
ら知れる」や「蛇は寸にして人を呑む」があり、対義語は「大器晩成」です。
ちなみに英語では、「栴檀は双葉より芳し」は“It early pricks that will
be a thorn”(茨になる木は早くから刺す)、「大器晩成」は“Who goes
slowly goes far”がわかりやすいですね。
 
ところで、楚辞(楚の地方において謡われた詩の形式 全17巻)に、屈原と
漁師の面白い話があります。最後の3行ですが、清廉潔白な屈原の嘆きに対し、
「滄浪の水が清らかに澄んだときは、自分の冠のひもを洗えばよい。もし滄浪
の水が濁ったときは、自分の足を洗えばよい」と小舟の船ばたを叩きつつ歌い
ながら水の上を去っていったそうですが、清濁を合わせて呑んでしまう私は、
漁師の歌に納得してしまいますね。単なる怠け者の、いい加減な生き方ですが
(笑)。
 (要訳 「大河の一滴」P40 五木寛之 著 幻冬舎 刊)
 注 滄浪 あおあおとした波 中国湖北省を流れる漢水の一部の異称 コト
      バンクより
 
言い訳になりますが、学生時代、中国文学の野口定男教授から老子の「水は万
物を潤し、利を与え、自分を主張することなく、器に添って形を変え、対立せ
ず争わない。流れに逆らわず、無為自然の生き方」を教わり、かくありたいと
生きてきましたが、凡人の私には「難しい!」の一言でしたね。先生は、砂押
監督に鍛えられた長嶋、杉浦、本屋敷などが活躍し、立教大学野球部の黄金時
代を築いた時の部長で、生意気盛りの私たちともよく酒を飲んで説教をしてく
れたものです。今、こういった教授はいないのではと思いますね。当時、幻の
銘酒といわれ貴重な酒であった「越乃寒梅」(新潟産)を、学校の近くにあっ
た酒房笹周で飲ませてくれたのも先生で、もう50数年前になりますが、学生
時代を懐かしく思い出しました。(感謝)
 
 
★★柏餅のルーツも中国ですか★★
 
今は、粽よりも柏餅が、メインです。これも中国から伝わってきたと思ってい
ましたが、何と、日本生まれなのです。
 
  柏の木は新芽が出ない限り古い葉は落ちないので、家系が絶えないという縁
 起をかついで柏の葉で包んだ柏餅を食べる。
 柏餅は、楝(おうち)の葉の代わりに柏の葉を使ったことから生まれたもので、
 江戸時代中期頃に作られたといわれている。柏の葉の表を外にするのが味噌
 入り、裏を表にするのが餡入りという。
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P113)
 
私の子どもの頃にもありましたから覚えていますが、柏餅の中身は、あんこだ
けではなく、味噌もあり、柏の葉っぱの表を外にしてあるのは味噌が、裏を外
にしてあるのにはあんこが入っていました。
                                
ところで、子どもの頃に歌った懐かしい歌に「背くらべ」があります。最後に、
富士山の出てくるところがすごいですね。
 
 背くらべ
   作詞 海野 厚
   作曲 中山 晋平
 (一)柱のきずは おととしの   五月五日の背くらべ
    ちまき食べ食べ 兄さんが  計ってくれた 背のたけ
    きのう比べりゃ 何のこと  やっと羽織の 紐のたけ
 
 (二)柱に凭(もた)れりゃ すぐ見える  遠いお山も 背くらべ
    雲の上まで 顔だして        てんでに背伸び していても
    雪の帽子を ぬいでさえ       一はやっぱり 富士の山
     
粽のわからない子が、増えているのではないでしょうか。鉄筋コンクリート建
てでは「柱」も見あたりませんし、きずが残るほど背比べをする兄弟、姉妹も
いないでしょうね。もう、この歌も歌われていないような気もします。
音楽など勉強しなくてもいいと思われているようでしたら、それは間違いです。
その歳、その時でなければ歌わない、大切な歌があります。それは、成長をつ
づる「心の歌」です。
小学校時代に母と一緒に歌った歌は、童謡と唱歌だけでしたから、今でもその
歌を覚えています。
お父さん、お母さん、思い出してください。小学校時代に歌った歌に、思い出
は残っていませんか。なかったとしたら、やはり、不幸なことではないでしょ
うか。勉強だけやっていればいい子といった教育観は、子どもの心をゆがめて
いることを、もっと真剣に考えましょう。
 
ビートたけしさんは、「いかに小学唱歌がすぐれていたかわかりますよ。あん
な格調高い詩なんて今はどこを探したって出てきやしないもの」(「だから私
は嫌われる」P10 ビートたけし 著 新潮社 刊)と、若いタレントたちの言
葉を駆使した表現力の幼さを切り捨てていましたが、言葉と思考力は、同格だ
と思います。私たちは、言葉で考えているのですから。
若者に人気のある漫画、訂正、子どもから大人まで夢中になって読んでいる漫
画、「ギラギラ」「ガンガン」「バキューン」など騒々しい擬声語、オノマト
ペというそうですが、言葉がなくても話は通じるようですね。それが言葉の代
役を果たしているのですから、読みこなしているならば、表現力も豊かになる
はずですが、逆に、低下する一方ではないでしょうか。言葉や文章で表現する
ことが、いかに大切であるかを知るのは、多くの場合、社会に出てからのよう
です。
またしても出てきましたが、「学生時代に、もっと勉強をしておけばよかった
!」、こうなりがちです。「後悔、先に立たず」、わかっているのですが、わ
かったときは手遅れなんですね(笑)。類義語は「転ばぬ先の杖」、ちなみに英
語では、“Repentance comes too late”「後悔しても手遅れ」(故事こと
わざ辞典より)だそうです。
注 オノマトペ(onomatopee)擬声語を意味するフランス語
    擬音語 ドカーン サラサラ ワンワン等
    擬態語 ツンツン デレデレ ニヤニヤ等
    約4500語あるそうです。(「日本語 オノマトペ辞典」より)
平成28年1月に松屋銀座で開催された「第31回私立小学校児童作品展 ほ
ら、できたよ」で、学習院初等科が「オノマトペ」の映像化に挑戦、発想がユ
ニークで見応えがありました。初等科のHPを開き「初等科NEWS」をクリ
ックすると作品の一部をみることができたのですが、残念ながら、削除されて
しまいました。
 
ところで、「一家の大黒柱」、この言葉も、あまり耳にしなくなりました。父
権喪失は、子どもにとって、決してよいことではありません。母親の強いのは、
善し悪しだと思います。日本史の面白いことを教えてくれたのは、司馬遼太郎
と英文学者の渡辺昇一先生ですが、先生は、こうおっしゃっています。
  
 父親の権威はどうやって作るか。これは幼い時に悪いことをしたら、きちん
 と叱るということですね。子どもは悪いことをしてひっぱたかれれば、どこ
 か心の深いところで気持ちいいんです。「叱られたい」という欲求を持ってい
 るのです。そして、さらに大切なのは、母親が父親のことを「立派な仕事を
 しているんだ」と、子どもに言い聞かせ続けることです。それと同時に大切
 なのは、小さい頃から、かわいがられて育てられたという記憶です。その記
 憶があるから、子どもは自制する。親に迷惑かけてはいかんと思う。だから、
 子どもが小さい頃は母親がそばにいてあげるほうがいいということなんです。
 (今、「エリートの罪」を裁くとき 誰が国賊か P254
                 谷沢永一 渡辺昇一 著 文春文庫 刊)
    
お断りしておきますが、「母親がそばにいてあげるほうがいい」といっても、
過保護、過干渉になってはダメだということです。また、子どもの前で、お父
さんの悪口を言ったり、やっつけてしまうお母さん方もいるようですが、子ど
もにとってつらく悲しいことに、どうして気づかないのでしょうか。逆も同じ
ですが、強いお父さんは少なくなっているようです。男の節句であるにもかか
わらず、何やら暗いムードになってしまいました。「頑張れ、お父さん!」と、
エールを送っておきましょう。
 
 
★★鍾馗さまって、わかりますか★★
 
ひな祭りには、おひな様を飾りましたが、男の節句は、鯉のぼりだけではあり
ません。外には旗やのぼり、家には、かぶとや武者人形も飾りました。武者人
形は、男らしい姿と気性にあやかりたいと願って飾られたものですが、私の頃
の人気者は、大きな目をして黒いひげを生やした鍾馗(しょうき)でした。今
は、どうでしょうか。金太郎、桃太郎は、よく見かけますが、最近、鍾馗は見
られなくなったようです。
                                 
鍾馗は、中国の魔除けの神さまで、かの有名な玄宗皇帝(唐の時代)が、病気に
かかり夢うつつの時に、皇帝と楊貴妃が大切にしていた宝物を盗み、逃げよう
とした悪い鬼を退治。目を覚ました皇帝は、熱も下がり、病気も治っていたの
で、夢で見た姿を口述しながら描かせたのが鍾馗だそうです。三国志の英雄、
関雲は鍾馗のようだと想像しています。このような豪傑は、今風ではないので
しょうか。   
 
ところで、マリアの教えを建学の精神とする男子だけの学校でサッカーの強い
暁星小学校は、「鍛える教育」を実践していますが、その具体的な目標として、
桃太郎や金太郎など日本昔話のキャラクターである「気は優しくて力持ち」を
掲げています。
やはり、幼いこの時期にこそ昔話をたくさん読んであげ、正義感や弱い者いじ
めをしてはいけないことを、きちんと学習すべきではないでしょうか。
 
(次回は、「竜とドラゴン 他」についてお話しましょう)
 
 

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さわやかお受験のススメ<保護者編>第7章(3)端午の節句です

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第26号-
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第7章(3)端午の節句です  
 
 ★★竜とドラゴンは、どこが違うのかな★★ 
         
「先生、竜って、どこにいるのかな?」
映画「ジュラシックパーク」を見てきた子どもが、こう質問したものです。絶
滅したはずの恐竜が動き回っているのですから、不思議に思ったのでしょう。
怪獣ゴジラにキングギドラが戦いを挑んだときも、同じような質問を受けまし
た。人間の脳は、動くものを見ることで刺激を受け、新しい思考が始まるよう
です。空想の怪獣が動くことで、新しい疑問を感じるのでしょう。
竜といえば、芥川龍之介の小説「龍」や、上野の不忍池に、夜な夜な水を飲み
に現れたという名工、左甚五郎の彫った「龍」などから、名前には親近感があ
りますが、存在感はありません。困ったとき、頼りになるのは広辞苑、私には
心強い味方です。
 
それによると、「竜は、インド神話で蛇を神格化した人面蛇身の半神、中国で
は神霊視される鱗虫(蛇などうろこのある虫)の長」であり、その姿は、多国
籍軍のような寄せ集めとはいいませんが、ものすごく複雑なのです。
「頭はラクダ、角は鹿、眼は兎、耳は牛、うなじ(首筋)は蛇、うろこは鯉、
爪は鷹、手のひらは虎に、それぞれ似ている」
といわれているようです。これだけ集まれば、さて、どのような性格になるの
でしょうか、想像もつきません。棲息地は人里離れた、何やら訳ありの深い淵。
しかも、水の中で、おとなしくしているだけではありません。空さえ飛んでみ
せ、天にも昇ります。昇天の際には、雲を起こし、雨を呼び、強風を吹かせて、
稲妻を光らせ、雷まで響かせる、いかにも不思議な存在です。
 
そのせいでしょうか、竜を使った四字熟語には、威勢のよい、縁起のよいもの
がたくさんあります。
新明解「四字熟語辞典」によると、
「竜章鳳姿」は、威厳に満ちた立派な容姿、
「竜躍雲津」は、竜が空高く舞い上がり、銀河まで昇っていくように出世する
こと、
「龍虎相搏(そうはく)」「龍虎あいうつ」でおなじみの強いもの同士が戦う
こと、
「竜象之力」は、水中の竜や陸上の象のように、他に突出した力のことを表し
ます。
もっとも、「竜頭蛇尾」と、初めは勢いもよいのですが、終わりの方ではふる
わなくなる竜もいるようです。
 
幕末の志士といえば、忘れられないのが坂本龍馬ですが、その龍馬にふさわし
い故事があります。「竜馬(りゅうめ)の躓(つまず)き」、竜馬は足の速い
駿馬のことですが、駿馬でも何かのはずみで躓くことがあるという意味で、類
似語は「猿も木から落ちる」です。回天寸前に暗殺された龍馬、まさに「竜馬
の躓き」で、歴史は、非凡な人間に嫉妬するかのように、非情な運命を背負わ
すものですね。ちなみに英語では、“A horse may stumble though he has
four legs”「4本足の馬も時には転ぶ」だそうです。
(「故事ことわざ辞典」より)
 
また、「逆鱗(げきりん)」ということばがありますが、この「鱗(うろこ)」
は、竜のあごの下に逆さまに生えるもので、これに触れると竜は怒り狂うとい
われ、中国の古典「韓非子」に、天子(国を治める者)を竜にたとえ、天子か
ら激しい怒りをかうことを「逆鱗に触れる」と記されています。
 
しかし、東洋では、姿形からして何やら憎みきれない善玉的存在です。日本で
は、「竜神様」といい立派な神さまですし、「辰」として干支にも入っていま
す。「独眼竜」といえば、おなじみの武将、伊達政宗です。
 
ところが、西洋になると、一変して悪玉となるから面白いですね。ドラゴンで
表す西洋の竜は、悪の化身です。聖書の「黙示録」に、「年を経た蛇」として
登場します。そういえば、禁断の木の実を食べさせようと誘ったのは、蛇でし
た。このドラゴンを退治するために、英雄が登場します。これでは完全な悪役
に徹することになるのですが、竜が「宝の守護者」としての伝説があるのです
から、やはり、摩訶不思議な伝説上の産物なんですね。
 
楽しい童話があります。竜に会いたいと願っていた子どもが、会えたばかりか
竜を感激させ、その背中にのって空を飛ぶ、浜田広介の「竜の目に涙」です。
我が子が幼稚園時代に、夢中になってみていたテレビマンガ「日本昔話」のタ
イトルに、竜に乗った子どもが出てきた記憶があります。以前にも紹介しまし
た「泣いた赤鬼」とともに読んであげたい本です。         
 
                
 ★★五月五日は、母の日ですって…!?★★
 
「エッ、ウッソー!」と、いいたくなるでしょうが、嘘ではありません、本当
の話です。
 
昭和23年(1948)7月20日発布の法律第一七八号、国民の祝日に関する
法律(祝日法)には、「子どもの人格を重んじ、子どもの幸福をはかるとともに、
母に感謝する日」と定められている。
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P100)
 
つまり、子どもの日は「法律的には母に感謝する日」でもあるのです。
「それでは、どうして、五月の第二日曜日が母の日で、カーネーションを贈る
ようになったのですか?」当然の疑問です、以下のような経緯があったのです。
 
 アメリカのウエストヴァージニアの教会に、ミス・ジャービスという女教師
 がいて、日曜学校の説教のとき、モーセの十戒の一つ「汝の父母を敬え」の
 章の解説に「母の恩の深いことを人に悟らせる方法を考えよ」と教えていた。
 彼女が亡くなり、その追悼式が命日に行われたとき、一人娘のアンナ・ジャ
 ービスは、母が好きだったという白いカーネーションを母に捧げることで母
 の教えを伝えていこうと思い、信者たちに白いカーネーションを配った。信
 者たちはそれを胸に飾り、教えの通り母への感謝を示したのである。
 この話を聞いたデパート経営者ジョン・ワナメーカーが、1908年5月の
 第二日曜日に母を讃える記念会を催して、アンナの話を人々に伝えた。これ
 がレディー・ファーストの国アメリカで大反響を呼び、1914年に、議会
 の決議を経て、ウィルソン大統領により国民の祝日として、5月の第二日曜
 日を「母の日」と決めたのである。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社刊 P100-101)
 
カーネーションの花言葉は「母の愛情」です。これも当然ながら意味がありま
す。
 
 カーネーションは、十字架にかけられたキリストを見送った聖母マリアが落
とした涙のあとに生じた可憐な花ともいわれ、母性愛の象徴となった。そして
それはキリストの復活につながり、復活したキリストと共に生まれた花として、
愛と喜びのシンボルとなった。白いカーネーションは生前のキリストとマリア
の涙、赤いカーネーションは復活したキリストである。
(年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P102)
 
バレンタインデーのチョコレートはチョコレート屋さん、母の日のカーネーシ
ョンは花屋さん、クリスマスのデコレーション・ケーキはお菓子屋さんの企み
という感じがしますが、発案者のアンナさんは、こういった商業化、コマーシ
ャリズムには反対で、心を痛めていたそうです。
 
 
 ★★花言葉★★
 
花言葉に関しては、お母さんの方が詳しいのではないでしょうか。母の日のカ
ーネーションにちなみ、年中行事に関係のある花を選んでみました。
 
冬(12月-2月)
[そば]懐かしい思い出 ◆(そばののど越しと香りがわかります)
[松]不老長寿 同情 慈悲
[竹]節度 節操のある
[梅]高潔 上品 忍耐 忠実 独立 厳しい美しさ あでやかさ 気品
[裏白]無限に   ◆(縁起物の門松と鏡餅だけに納得できます)
[ゆず]温情 太平 ◆(鏡餅の存在を暗示しています)
[福寿草]幸福 幸せを招く 永久の幸福 回想 思い出 悲しき思い出
[椿]幸福 謙遜(赤)気取らない美しさ 控えめな愛
        (白)申し分ない愛らしさ 理想的な愛情 冷ややかな美しさ
 
[せり]清廉潔白  ◆(せりのおひたしは、まさにこの味です)
[ナズナ]すべてを捧げます
[御形(母子草)]いつも思う 優しい人 永遠の思い
「はこべら」 ランデブー 愛らしさ
[仏の座]調和 輝く心
[すずな]助け
[すずしろ]潔白  ◆(以上は春の七草です)
 
[大豆]親睦 ◆(鬼と親睦を図るわけではありません)
[ひいらぎ]機知 先見 用心
 
春(3月-5月)
[桃]天下無敵 チャーミング(花、しだれ桃)私はあなたのとりこ
   (実)愛嬌
[橘]純潔 ◆(お雛様は天下無敵と純潔に守られています)
 
[よもぎ]幸福 平和
[菜の花]快活な愛 小さな幸せ
[桜]純潔 精神美 淡白 ◆(かつて日本民族の矜持、プライドでした!)
[しょうぶ]やさしい心 忍耐 あなたを信じる
[柏]勇敢 独立 自由
[栴檀]意見の相違
[タンポポ]前途洋々 威厳  ◆(全く逆の花言葉もあります)
[チューリップ] 博愛 名声(黄) 実らぬ恋(紫) 不滅の愛(白)
         長く待ちました(斑入り) 美しい目
 
夏(6月-8月)
[あじさい]移り気 高慢 辛抱強い愛情 元気な女 無情
[朝顔]愛情 愛情の絆 平静 結束 短い愛
[ひまわり]私の目はあなただけを見つめる 憧れ 崇拝 熱愛 光輝 愛慕
[笹]ささやかな幸せ  ◆(「ささやか」、響きのいい言葉ですね)
[なす]よい語らい 優美 希望
[きゅうり]しゃれ  ◆(……!)
[ほおずき]いつわり ぎまん ◆(漢字で書くと[鬼灯/酸漿]です)
 
秋(9月-11月)
[萩]思い 思案 柔軟な精神 
[すすき(尾花)]活力 心が通じる 永久 忍耐
[葛]治療
[女郎花]親切 美人 はかない恋 永久 忍耐
[撫子]永遠の愛情 純愛
[藤袴]ためらい 思いやり
[桔梗]変わらぬ恋 従順  ◆(秋の七草)
 
[秋桜(コスモス)]乙女の真心 乙女の愛情(ピンク) 少女の純愛(赤)
          調和(白) 美麗 純潔 誠実
[菊]ろうたけた愛 わずかな愛(黄) 真実 誠実(白)
   私を信頼してください(濃色)
[葉鶏頭]情愛 見栄坊
     ◆(ケイトウというあだ名の友人がいましたが、納得!)  
[彼岸花]悲しい思い出 情熱 独立 再会 あきらめ
[しゅうかいどう]片思い
[赤飯]節操 粋 健康 あなたのために役立ちたい 
[白粉花]あなたを思う 内気、臆病 ◆(新 秋の七草)
 
[榊]不明(やはり、神さまに似合うのはこれでしょう 花言葉 北斗 多一
   郎)◆([不明]なのではなく、[不明]が花言葉です)
[栗]真心 豪華 満足
「さつま芋」乙女の純真  ◆(可憐な花です)
 
花言葉はたくさんあり選択に迷いましたが、ここでは花言葉のいわれを紹介す
るのではありませんから、年中行事に関係のあるものから選んでみました。掲
載した花言葉は、すべて「Yahoo! Japan」から検索したものです。「和紙つれ
づれ花言葉」は、出典を明らかにした親切な作品になっていましたが、検索し
たところヒットしませんでしたので、今回は「花言葉由来 hananokotoba.com/」
にもお世話になりました。
 
かつて、花を傘で切り倒す事件がありましたが、花に八つ当たりして、何かが
解決したのでしょうか。私たちが困難に立ち向かうときに、花や小動物が、い
かに勇気を与えてくれるか、体験したことがないのでしょうね。残念でなりま
せん。
 
余談になりますが、ご家庭での受験準備、いかがでしょうか。
先日、「おじいちゃん、かぶと虫を折ってください!」と孫からリクエストが
あり、これが難しくてパソコン相手に苦戦しています。第24号でもお話しし
ましたが、折り方の解説、難しいですね。わかっている人には簡単なのでしょ
うが、うまく折れません。
これは皆さんがやっている家庭学習でも同じことがいえるのではないでしょう
か。お子さんが「わかんない!」といったときは、本当にわからないのです。
「わかった!」と笑顔でいってくれるまで頑張る、賢いお母さんになってあげ
ましょう。
なかなか、完成図のようにならずにイライラしますが、孫の期待に背くわけに
もいかず、頑張らざるを得ません(笑)。
 
(次回は、「五月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第7章(1)端午の節句です 皐月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第24号-
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第7章(1) 端午の節句です    皐 月
 
 
物の本によると、皐月(さつき)のいわれは、この月は田植えをする時期で早
苗(さなえ)を植える「早苗月」から「さつき」となったそうです。「五月晴
れ」と書いて「さつきばれ」と読みますが、こちらの方が親しみやすいですね。
 
 
 ★★端午の節句★★
 
5月といえば端午の節句、別名「菖蒲の節句」。端午の「端」は「はじめ」と
いう意味で、最初の午(うま)の日のことですが、午の音読みが「ご」であるこ
とから、5月の5日が端午の節句として祝われるようになりました。また男の
子が初めて迎える端午の節句を初節句といい、健康で、たくましい男性に成長
することを願う行事で、事の起こりは江戸時代だそうです。昔は3月3日が
「ひな祭り」で女の子の節句、5月5日を男の子の節句として祝ったものです
が、今は男の子も女の子も元気よく育つようにと祝う「子どもの日」の方が、
なじみやすいのではないでしょうか。床の間に、さまざまな幟(のぼり)を背
にした神武天皇を中心に、武者人形や兜(かぶと)を飾った記憶があります。
 
枕草子にも、平安時代の5月5日の情景が描かれています。
 
   節は、五月にしく月はなし。
   菖蒲、蓬などのかほりあひたるも、いみじうをかし。
                    (枕草子 第四十六段)
 
以前にも紹介しましたが、五節句を定めたのは江戸幕府で、端午の節句のルー
ツは、お武家さん、侍の世界です。侍の家では、立派な侍になるように、鯉の
ぼりを立て、鎧(よろい)や兜、鍾馗(しょうき)や金太郎、桃太郎のような
勇ましい人形を飾って武運長久を祈り、お家安泰を願ったのです。それがいつ
の頃か定かではありませんが、家を継ぐことになる男の子の誕生と成長を祝う
ための節句として、一般庶民の中にも定着したもので、戦いから身を守る兜や
鎧を飾り、端午の節句に欠かせない風物詩となっているのです。その経緯は、
5月に読んであげたい本で紹介しますが、伝説「コイのぼりのはじまり」に記
されています。この日に、家の屋根や軒先に、菖蒲の葉や蓬をのせたり、菖蒲
を入れた風呂に入ったりしたものです。それで、この日を「菖蒲の節句」とも
いいます。
 
今では、軒先に菖蒲の葉や蓬を見ることはできませんが、男の子のいる家では、
菖蒲湯をやっているのではないでしょうか。スーパーマーケットなどで菖蒲を
売っていますから。
菖蒲湯に入って、菖蒲の根っこを額に当て、鉢巻きをしたものです。こうする
と、風邪を引かなくなるし、頭もよくなるといわれたのです。確かに、匂いが
強いですから、風邪薬の感じはありましたが、頭脳明晰になるとは、子ども心
にも信じていませんでした。どちらかといえば、けんかに強くなるイメージは
ありました。菖蒲の葉は、先が細長くとがっているので、刀のような感じがす
るからです。新聞紙で折ってもらったかぶとをかぶり、木で作った刀でちゃん
ばらごっこ。これが、私たちの遊びの定番でした。「ちゃんばら」は、「チャ
ンチャンバラバラ」の略で、歌舞伎の立ち回りや、映画の殺陣(たて)をまね
たごっこ遊びのことですが、今どき、こんな遊びをする子はいないでしょうね。
 
余談ですが、お母さん方、兜を折れますか。パソコンで「兜の折り方」を検索
すると、簡単なものから複雑なものまでヒットできます。孫のリクエストで
18工程もある兜に挑戦しましたが、これは難しい。最後に「お疲れ様でした!
最後までありがとうございました」のコメントの下に、さんざん失敗した紙を
足元に散らかした女性が、パソコンの前でうなだれている写真が載っていまし
たが、これが傑作で、思わず笑ってしまいました。中々うまく折れませんから、
ほっとしますね(笑)。(「折り紙 かぶとの折り方 NAVERまとめ」より)
 
そして、私には楽しみでしたが、粽や柏餅を食べる日です。粽(ちまき)や柏
餅は、おいしかったのですが、蓬で作った草餅は、子どもにとっては匂いが強
烈で、喜んで「頂きます」とはなりませんでしたが、何しろ蓬の葉には、悪魔
を追い払う力があるといわれ、私は男の子だけに、食べざるをえない雰囲気が
あり、否応もなかったのです。しかし、今の蓬の草餅は、おいしいですね。匂
いといい、味といい、まるで違ったものを食べている感じがします。
 
                   
 ★★なぜ、鯉のぼりなのでしょう★★
 
鯉は硬骨魚で、鱗(うろこ)が36枚あるといわれ、別名、六六魚(りくりく
ぎょ)と呼ばれているそうですが、実際には31枚から38枚ほどで、泥沼の
川や池に棲み、2本の口ひげを備え、食用、観賞魚として珍重されるばかりか、
立身出世の象徴ともされています。
「なぜ、鯉のぼりなのか」、その理由は文部省唱歌に歌われています。鯨はい
くら体が大きくても、鮫はいかに強そうだからといっても、端午の節句の主役
になる資格はありません。
その答えは、3番の「百瀬の滝」を昇って竜になるにありそうです。
 
   鯉のぼり (文部省唱歌)
        作詞 不明
        作曲 広田 竜太郎
    一、いらかの波と 雲の波   重なる波の 中空を 
      橘かおる   朝風に   高く泳ぐや 鯉のぼり
 
    二、開ける広き  その口に  船をも呑まん 様(さま)見えて
      ゆたかに振う 尾鰭(おひれ)には  物に動ぜぬ  姿あり
 
    三、百瀬の滝を  昇りなば  忽(たちま)ち竜に なりぬべき
      わが身に似よや 男子(おのこ)ごと  空に躍るや 鯉のぼり 
 
中国の黄河の中流にある竜門の滝には、下流からいろいろな魚が、群れをなし
てさかのぼってくるそうです。見たわけではありませんが、何しろ清流逆巻く
滝です。他の魚達は、ギブアップしても、鯉だけは滝を昇りきって、竜になる
言い伝えがあり、そこから出世する糸口となる関門を「登龍門」といい、「鯉
の滝昇り」として、立身出世のシンボルとなったのです。流れに水をさすよう
ですが、昇りきれない鯉もいたのではないでしょうか。納得できる言葉があり
ます。
 
 「点額」という言葉があり、これは『額にケガをする』という意味で、流れ
 を昇らずにケガをした魚にたとえ『落伍者』『落第生』のことを表していま
 す。
  (目からうろこ!日本語がとことんわかる本 日本社 講談社 刊 P134)
 
また「鯉の一跳ね」といって、水揚げされた鯉は一度跳ねるだけで、あとはじ
たばたせずに生きており、しかも「まな板の鯉」といって、まな板の上にのせ
られても、きっちり覚悟を決め、悠々と横たわっている姿から、潔い、強い魚
として、お侍さんから尊ばれていたのです。川に潜り鯉を捕まえる時は、両手
で胸に抱くようにするとじっとしている話をリバーツーリスト野田知佑氏の随
筆で読みましたが、この習性を狙ったものでしょうか。
 
そして「五月の鯉の吹き流し」といい、鯉のぼりの中は空っぽで、何も入って
いません。さわやかな風を腹いっぱいに流し込んで泳ぐ、はらわたのないのび
やかな姿が「腹黒く」もなく「腹に一物」もない、さっぱりとした男らしい気
性を表しています。ですから、男の子の節句には、世の中で役に立つ、たくま
しくて立派な人物になってほしいとの願いをこめて、鯉のぼりを立てたのです。
 
ところで、鯉のぼりの一番上に飾る「吹き流し」は、滝や雲をなぞらえたもの
で、風になびきながら泳ぐ鯉の姿を、美しく引き立てています。吹き流しは、
青、赤、黄、白、黒の五色で、木火土金水の五行を表わしています。五行とは、
簡単にいえば、古代中国で考えられていた、人間の生活に必要な材料を表した
ものですが、これにも訳があります。
 
 五行とは、木・火・土・金・水の5つの要素で、自然界、人間界のすべての
 現象をつかさどるものとする。木から火、火から土、土から金、金から水、
 水から木が生まれ、水は火に、火は金に、木は土に、土は水に勝つとする。
 そして、それぞれを表す色として木に青、火に赤、土に黄、金に白、水に黒
 があてられたが、後に最上の色とされる紫に変わり用いられるようになった。
 また、木には仁、火には礼、土には信、金には義、水には智という道徳観が
 あてられた。
  (日本の年中行事百科3 夏 民具で見る日本人のくらしQ/A P32
                                  監修 岩井 宏實 河出書房新社 刊)
 
この五行には、病気を引き起こすもとと考えられていた「邪気」を払う力があ
ると信じられていました。しかも、鯉をとって食おうとする竜は、この五色が
大嫌いだったそうです。ですから、竜は近づくことができず、鯉は五色の吹き
流しに守られ、五月の空を、さわやかな薫風にのり、悠々と泳いでいるのです。
最近は、黒に代わって緑や紫が使われていますが、黒と白では縁起が悪いから
ではなく、本来、黒でなくてはいけない理由があるわけです。そういえば、船
旅で別れを惜しむときに、五色のテープを使っていますが、もしかしたら、海
に棲むといわれていた竜から、身を守るためのセレモニーかもしれません。
 
しかし、最近は郊外に出ないと、悠々と泳ぐ鯉のぼりの姿を見かけなくなりま
した。端午の節句が、子どもの日と改められても、男の子の健やかな成長を願
う親心には、変わりはないと思うのですが。マンションや団地のベランダに小
さな鯉のぼりが泳いでいると、「やっているな!」とほほえましくなります。
 
プロ野球の好きな方へ、広島東洋カープは、なぜ「カープ(鯉)」なのでしょ
うか。命名の由来は、何と城の名前です。原爆ドームのすぐそばにある広島城
(築城 毛利輝元)は、別名を「鯉城(りじょう)といい、そこから『広島カ
ープ』となったもので、城の名前をつけている球団は、他にありません。原爆
で倒壊した天守閣は、昭和33年に復元されましたが、学生時代に訪れた時、
中御門跡付近には原爆でこげた石垣があり、風化されてなるものかと訴えてい
るような気がしました。G7の外相、オバマ大統領が爆心地を訪れましたが、
どこかの国の方こそ、広島平和記念資料館に足を運び、並の神経では正視でき
ない残虐非道、その記録を見るべきではないだろうか。死者14万人、その倍
以上の人間をどうやって殺し、死体を処分したのか、私にはわかりませんが、
南京大虐殺、若い皆さん方はどう考えますか。
 
話題を変えて、今年の日本人の大リーガー、投手ではヤンキースのマー君、レ
ンジャーズのダルビッシュ有、ドジャースの前田、そして打者ではマリナーズ
のイチロー、日米通算で参考記録とはいえ、ローズの4256本を抜き425
7本で1位、世界記録の保持者、何とも素晴らしい。ブルーワーズの青木とカ
ブスの上原は帰ってきましたが、二刀流の大谷翔平、鮮やかなデビュー。怪我
さえしなければと祈るだけです、頑張れ!
 
ところで、日本球界に復帰した選手が、満足に働けない姿を見るにつけ、本場
の野球のすさまじさを想像できます。日程と試合数を見ただけでも、エネルギ
ーを搾り取られる感じがしますから、技術の前に体力と精神力、これが秀でて
いなければ活躍する場はないですね。イチローの凄さがわかります。古巣に帰
ってきたムネリンこと川崎、やはり参っていたんですね。
 
大リーガーといえば、忘れてならないのは野茂英雄投手で、日本の野球界は、
快く渡米させなかったことを思い出します。とかく開拓者には、逆風が吹きが
ちですが、それを乗り越える実力も、精神力も、体力も備えた、すばらしい選
手でした。彼には国民栄誉賞をもらう資格が十分あるのでは。「名球界ベース
ボールフェステバル2016」で、例のトルネード投法を久しぶりに見ました
が、少し太ったとはいえ、往年のしなるようなフォームは、全く変わっていな
いのには脱帽しました。
 
かつて名勝負といわれた野茂と清原某、対決を見たくて西武球場へ足を運びま
したが、無冠の帝王の名が泣いていますね。父親は、子どもにとって限りなく
大きな存在。消すことのできない傷、誰が癒すのか。
 
「鬼平犯科帳」の著者、池波正太郎は、「自由というものは人間の社会生活に
はなく、個人の胸の内に大きく存在する」(「男のリズム」P167 角川文
庫刊)、国府台女子学院 平田史郎学院長は、「訓練されていない個性は野性
である」とおっしゃっていますが、こういったことをキチンと子どもに教える
のも、私たち親の務めではないだろうか。偉そうなことをほざいてなんですが。
(苦笑)
 
昨年の4月18日、パソコンを立ち上げ、渡部昇一先生の訃報を知りガックリ。
日本の歴史を通史として読ませていただき、以来、「正論」を説く情熱に圧倒
され、新聞の使命は『正確な情報を伝えること』をしっかりと教えていただき
ました。先に冥界入りした矢沢永一先生と、日本の現状を痛烈に批判し合って
いるかも知れません。享年86歳でした。先生のご母堂の教育方針は、「教育
の道は家庭の教えで芽を出し、学校の教えで花が咲き、世間の教えで実がなる」
だったそうですが、学校選びの基本は、まさに「はじめにご家庭の教育方針あ
りき」であるべきですね。育ててきた芽に、どんな花を咲かせるか。それには
どういった教育が必要か。その道を作ってあげるのが、ご両親の役目ではない
でしょうか。
 
お詫び 前号で紹介しました松本清張の作品、題名を飛ばしていました。『神
と野獣の日』(角川文庫)です。
 
(次回は、「第7章(2) なぜ、しょうぶ湯なのでしょうか」などについてお
話しましょう)
 
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第6章(4)(4)四月に読んであげたい本

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第23号-
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 第6章(4)四月に読んであげたい本 
 
 
落語の「野ざらし」に、よく似た話です。「親切は、人のためならず」といっ
たものですが……。子どもでさえわかる悪いことをやっている大人の多い世の
中ですから、「渡る世間は鬼ばかり」で、「地獄の沙汰も金次第」では、こう
いうおじいさんは、いなくなるでしょう。
 
 
◆むすめのしゃれこうべ◆   小沢 清子 著 
 
むかし、あるところに、村人から用事を頼まれては、わずかな礼金をもらい生
活をしている、じいさまがいました。
ある年のお釈迦さまの日に、酒を飲もうとしていたところへ、急ぎの使いを頼
まれ、ひょうたんに酒を入れて出かけました。野には、かすみがかかり、桜も
菜の花も、今が盛りと咲いています。「花見酒」としゃれたじいさまは、桜の
木の下に座ると、しゃれこうべがころがっていたのです。じいさまは、出会っ
たのも縁と思い、しゃれこうべに酒をたらして一緒に飲みました。
その帰りに同じ所へさしかかると、年の頃、十六、七の美しい娘がいたのです。
三年前に花に誘われ、ここまで来たが、胸が苦しくなり死んでしまい、今度、
三年忌の法事があるので、一緒に家まで行ってくれないかと頼まれます。花見
酒を飲んだしゃれこうべが娘だったのです。
行ってみれば、大きな屋敷で、尻込みするじいさまは、娘にせかされ屋敷に入
ったのですが、不思議なことに、じいさまの姿は見えないらしく、だれも気づ
きません。坊さまのお経が終わると、法事の膳が運ばれましたが、じいさまに
は、食べたこともない料理ばかり。
夢中になって食べていると、下女が誤って皿を割ったのです。主人は、客の前
で怒りだし、見ていた娘は、「三年前と変わらぬ、ととさまなんか見たくない」
と姿を消してしまいます。
とたんに、じいさまの姿は、人に見えるようになったので、事の次第を話し、
骨を持ち帰り、手厚く葬ったのです。じいさまは、娘の恩人として家に引き取
られ、幸せに暮らしたのでした。              
 春休みのおはなし 四月 花さかじい 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
                    日本民話の会・編 国土社 刊
 
三代目、桂三木助師匠の名人芸を思い出します。新宿の末広演芸場で聞いた時
のことですが、演じる師匠と聞く客が一体となって楽しんでいました。何とも
和やかな雰囲気で、気がねなく大声で笑ったものです。
最近、みんなで大笑いする機会が、少なくなっていないでしょうか。自己中の
人(注:自己中心的な人)は、笑い顔を見せませんね。「笑う門には福きたる」
ともいわれていますが。新宿のバーで知り合った春風亭小柳枝師匠の話を聞く
ために末広に出かけますが、若い人はあまりいませんね。人情話なんか、かっ
たるくて聞く気がしないのでしょうか。「人情」を辞書で引くと、「人として
自然にそなわっている、心の動き、特に愛情、情け、思いやり」(岩波 国語
辞典)とあります。人の情けは、楽しく生活を過ごすための潤滑油の役割を果
たしていたのですが、「プライバシーの重視」とか何とかで影が薄くなってし
まいました。
落語は、笑いながら学べるエスプリの塊のようなもので、すぐれた話芸は心に
沁みこむものですが、その火を消すのも今、生きている私達なんですね。三木
助師匠の左甚五郎の逸話を語る長編落語(CD約45分)「ねずみ」や「三井の大
黒」は、いつ聞いても心が和み、励まされたものでしたが……。
 
ところで、文中に、「霞がかかり、桜も菜の花も、今を盛りと…」とあります
が、これを読むと文部省唱歌の「朧月夜」を思い出します。「早春賦」のとこ
ろでもお話ししましたが、中学生の頃まで、この歌も、お姉さん達の歌声でな
ければ「承知できない。許せない!」と、なぜか、かたくなに信じていたので
す。大好きな歌でしたが、歌うことには抵抗がありましたね。しかし、こうい
う風情を味わえる時代があったことは、確かなのです。そこかしこに、自然は
息吹いていました。
 
よく知られている与謝野蕪村の句に、
   菜の花や 月は東に 日は西に
があります。
春の日暮れを思い描ける好きな句の一つですが、司馬遼太郎の随筆の中に、こ
の句について語るところがあります。代表作の一つである「坂の上の雲」、先
進国に追いつくために、富国強兵と駆け足で上がってみた雲は、大きな犠牲を
払った太平洋戦争で、雲散霧消してしまいました。NHKでドラマ化されまし
たが、氏は映画化されることを望んでいなかったはずですが、どうしたことで
しょうか。学校で習った「日本史」は面白くありませんでしたが、幕末から明
治時代の歴史は、氏の著書で楽しく学べます。私たち親も含めてですが、若者
に欠けているのは、歴史に対する認識ではないでしょうか。司馬遼太郎、永井
路子さん、澤田ふじ子さん、諸田玲子さんなどの歴史小説を読んでほしいです
ね。教科書ではわからなかったことが、たくさん書かれています。外国人と対
等な付き合いをするには、自国の文化を知らなければならないのですが……。
 
 堤上に立てば、月は東の生駒山系にのぼり、日は西のかなたはるか一の谷の
 雲間に沈む。両岸(淀川)の野は、菜の花の黄があるのみである。
  (「以下、無用なことながら」(489頁)文春文庫
                   司馬遼太郎 著 文芸春秋社 刊)
 
朧月夜には、黄色が似合いますね。
 
話は変わりますが、松本清張にSF的な野心作があります。Z国から東京に向か
って誤射された、5メガトン級の核弾頭ミサイルが5個、飛んで来る恐ろしい
話。ある地下室で最後を迎えた一団が歌を歌うところがあり、老人が歌ったの
は「朧月夜」。「歌いながら、男も女も涙を流していた」場面を、この歌が好
きだったせいでしょう、昭和48年発売にも関わらず、今でも覚えています。
壊滅寸前の東京のある所で、死を前にして春を思い描く、こういった清張の心
象風景がたまらなく好きでしたね。すぐ隣の国から、ミサイルが飛んでくる可
能性のあることを考えると、SFの世界ではなくなりました。日本を守るのは、
日本人自身であることを、真剣に考えるべきではないかと心配しますが、若い
皆さん方は、どうお考えでしょうか。
 
    朧月夜
     作詞 高野 辰之  作曲 岡野 貞一
 
    一 菜の花畠に 入日薄れ
      見わたす山の端 霞ふかし
      春風そよふく 空を見れば
      夕月かかりて にほひ淡し
                                                  
    二 里わの火影(ほかげ)も、森の色も
      田中の小路を たどる人も
      蛙(かわず)のなくねも 鐘の音も
      さながら霞める 朧月夜
            里わ(里曲・さとみの誤読 人里の辺り) 
            にほひ(“におい”の旧仮名遣い)
 
ところで、現在、文部省は文部科学省といわれていますから、文部省唱歌も文
部科学省唱歌といわなければならないのかなと検索したところ、以下のような
回答にヒットしました。
 
文部省唱歌という呼称は法律や何かで規定されたものではありません。明治時
代に文部省が教科書用にした唱歌が自然発生的にそう呼ばれているので、文部
科学省とは直接に関係を持たないのです。ということで、回答としては「なり
ません」か「できません」です。 (文部省唱歌jp.ask.com/)
  
次は、本当に皮肉な話ですが、信仰について考えさせられます。修行中の坊さ
まと、生きものを殺す仕事をしている猟師との心眼の話です。小泉八雲も「常
識」という題で書いています。まさに常識ですが、妙な宗教にはまる若者も、
その原因を指摘する声はいろいろ聞こえてきますけれど、一つは、良識に欠け
ている隙をつかれるのではないでしょうか。
 
神を感じるのは心であり、理性ではない  パスカル〔パンセ〕
まことに神の本質を言い当てている。理性ではない、心に祀る神を、人間は悪
用、あるいは乱用している。神の御名において、神の御心のままに、などと自
分にとって都合のよいところだけをすくい取りして、人間の声を天声に変えて
しまう。
 (忘れかけていた人生の名言・名句 森村誠一 著 P226
                 角川春樹事務所 刊)
 
良識は、健全な一般人が共通に持っている思慮分別のことではないでしょうか。
良識は、自己を鍛錬して身につけるものであり、共生するための掟と考えてい
ます。価値観の多様化で、当たり前のことが当たり前と考えられなくなってい
ないでしょうか。小さいときの情操教育は、思慮分別の基本を作るものと思い
ます。お手本はご両親で、作る場所は家庭であり、第三者にゆだねるものでは
ありません。         
 
 
 ◆とうとい仏さまの正体◆   谷 真介 著 
 
むかし、京都の愛宕山に、名高いお坊さんがいました。お坊さんは修行中で、
小僧さんを一人置き、小さなお堂から、めったに出なかったそうです。このお
坊さんのところへ、里から一人の猟師が、食べ物を持って、よく訪ねるのでし
た。
ある年のこと、猟師が久しぶりに訪ねると、お坊さんは「近ごろ、夜になると
普賢菩薩様が、白い象に乗りお姿を現す」というのです。そこで猟師は、一夜
を山のお堂で過ごすことにしました。すると、真夜中のこと、東の山から月が
昇るような光が、お堂に差し込み、白い象に乗った菩薩様が現われたのです。
お坊さんは、一心にお経を唱えています。猟師は、おかしなことに気づきまし
た。お坊さまの目にはともかく、お経一つ読めない自分の目に、どうして菩薩
様のお姿が見えるのだろう……、このことです。猟師は、弓を矢につがえ、菩
薩の胸に向けて矢を放ちました。びっくりしたお坊さんは、大声で戒めました。
ところが、今まで明るく見えていた後光が消え、何ものかが谷底へ転げ落ちる
音がしたのです。猟師は、真の仏様なら矢が刺さるわけがないといいました。
夜の明けるのを待って、谷底を調べに行くと、大きな古狸が一匹、胸を射られ
て、仰向けに転がっていたのでした。
  日づけのある話 365日
       四月のむかしばなし 谷 真介 編・著 金の星社 刊 
                            
世界的なベストセラーとなった「ダ・ヴィンチ・コード」(「最後の晩餐」の
斬新な解説には脱帽!)に、信仰について以下のような話があります。
 
「世界中すべての信仰は虚構に基づいているんだよ。信仰ということばの定義
は、真実だと想像しつつも立証できない物事を受け入れることだ。古代エジプ
トから現代の日曜学校にいたるどんな宗教も、象徴や寓話や誇張による神を描
いている。象徴は、表しにくい概念を表現するひとつの方法だ。それを丸呑み
しないかぎり、さほど問題を生じない。(中略)信仰を真に理解する者は、そ
の種の挿話が比喩にすぎないと承知しているはずだ」
 (「ダ・ヴィンチ・コード」(下)P57-58 
           ダン・ブラン 著 越前敏弥 訳 角川書店 刊)
 
「信者には神聖なことかもしれないが、信者でない者には、おかしな話になる
ものだよ」と明治生まれの親父はよくいっていましたね。しかし親父は、「天
皇陛下様は神聖にしておかすべからず」が口癖でしたから、説得力に欠けてい
ましたが、言わんとすることは理解でき、若い頃、宗教にはまることはありま
せんでした。
 
東日本大震災が起きたとき、小泉八雲の作品で江戸時代にあった津波の話を思
い出したのですが、資料がなく残念に思っていたところ、月刊誌で見つけまし
たので紹介しましょう。
大震災後、64年ぶりに小学校の教科書に復活しました。
 
高台の田んぼにいた庄屋(村落の長)五兵衛は、強い地の揺れを感じた。眼下の
村では、人々が祭りの準備に忙しかった。そこから、もう少し遠くに眼をやる
と─海がどんどん後退し干潟になってきている。これは─伝え聞いた「あれ」で
はないか。五兵衛は立ちすくんだ。すぐ避難させねば─しかし下りていって説
明する暇などない。彼は火打石を取り出し、とりいれたばかりの稲の束に火を
つけた。燃え上がった束で次々に火をつけてまわった。村人が炎と煙に気づき、
何をしている、やっと収穫した稲に火をつけてまわるとは─と、いっせいに駆
け上がってきた。村の男女・子供までが燃え上がる稲むらの前の五兵衛を取り
囲み非難しようとした。その時、彼は人々の背後を指さした。眼にする限りの
海が白い巨大な壁になって村に襲いかかってきた─。
これは、戦前の小学校・国語教科書に載っていた「稲むらの火」の「あらすじ」
で、原作は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の作品。安政年間、紀伊・和歌山
を襲った大地震・津波での実話を伝えたものです。
 (「稲むらの火」挿話の教訓 諏訪 澄 著
      WiLL 5月緊急特大号 P42 ワック株式会社 刊)
 
主人公、五兵衛のモデルは、醤油醸造業(現・ヤマサ醤油)の家督を継いだ浜
口五陵。震災後故郷の紀州広村に千五百両の私財を投じ、高さ5メートル、長
さ600メートルの堤防を築き、村民の離散を防ぐ。感謝を込め「浜口大明神」
を祀ろうとすると、「神にも仏にもなるつもりはない」と叱りつけて辞退。4
メートルの津波が襲った1946年の昭和南海地震では堤防により、流失家屋
は2軒だけ。国指定史跡となった「広村堤防」は、大きく育った樹木に覆われ、
自然の中に溶け込んでいる。(インターネットで「広村堤防」を見ることがで
きます)
  
東京新聞“筆洗”に出ていたコラムの要約ですが、自然と共生するには「想定外
はない」ことを真摯に受け止め、「広村堤防」のように住んでいる人々の生活を
考え、大胆に計画、構築できないものでしょうか。
国民の安全と教育は行政の要であり、長期的な視野に立った計画でなければで
きません。
7年たった今現在、原発事故の収束はおろか、住む町に帰れない人々がいるこ
とを、私達は忘れようとしているのではないでしょうか。
 「何かできることはないか」などと力んでみても、できないのが現実ですから、
せめて節電を心がけ、原発だけに依存しない生活を営み、次世代の人々にバト
ンタッチをしたいものですが、これだけ電気に依存する便利な生活に慣れてし
まうと、こんな考えは絵空事で、説得力などありませんね。「その国の発電量
は文化のバロメーター」、誰の言葉か思い出せないのですが、これは確かでは
ないでしょうか。
 
最後は、むかし話ではおなじみの動物の恩返しです。動物でさえ恩を返すのに、
人間は、あだで返す話をよく聞きます。「動物でさえ」などといったら、動物
たちから抗議文が来るかもしれません。「動物は」に訂正しておきましょう。
 
春に来て子を育て秋に南の国へ帰り、そして生まれた所へ帰り子育てをする、
不思議な習性を持つツバメ。近くの関越高速道路の陸橋の下に、よく巣をかけ
ていたツバメが、ここ数年、全く姿を現さなくなりました。
また、ここ2、3年のことですが、10月頃になると日暮近くにスズメやムク
ドリの大群が、ねぐらを求めて東上線川越駅前の街路樹に群がっていました。
およそ300羽もいるでしょうか、その騒々しいこと。アルフレッド・ヒッチ
コックの名作「鳥」ではありませんが、小さなスズメやムクドリでも、あれだけ
数がそろうと怖いですね。もっとも、糞害ですが(笑)。ところが、平成25年
に駅前の街路樹は、新しい駅前広場に改築されるため伐採され一本もなくなり、
帰ってきた鳥たちは、電信柱や近くのビルの屋上で羽を休めていましたが、昨
年の秋は、ほとんど姿を見せませんでした。引っ越し先を見つけたのでしょう
か。人間にとって快適な環境でも、残念ながら恩恵を受けない生き物が、たく
さんいるということですね。ツバメも同じではないでしょうか。「地球にやさ
しく」と自然環境を守る運動に参加を呼びかけられた時、「人間の存在自体が
自然環境の破壊になっているのに」などと、したり顔で言っていた自分を思い
出しました。年は取ってもいささかも貢献していませんね、「地球にやさしく」
に(笑)。
 
 
 ◆つばめの恩返し◆   高津 美保子 著
 
ある日のこと、一人暮らしのじいさんが、飯を食べて縁側で休んでいたところ、
一羽のつばめが、けがをして落ちてきました。薬をつけて包帯し、介抱したと
ころ元気になり、南の国へ帰っていったのです。   
次の年、一羽のつばめがやってきて、庭にいたおじいさんの頭の上に、真っ黒
な大きな粒を一つ、落としていきました。ふんかと思ったらすいかの種です。
育ててみると、とても大きなすいかになりました。食べようと包丁を入れたと
ころ、種が飛び出したかと思うと、小さな大工どんや木びきどんとなり、十日
もすると立派な家を作り上げたのです。それだけではなく、どこからか米の俵
や味噌桶、醤油樽などを、次々と担いできて、部屋をいっぱいにし、「なくな
れば、また来ます」と、どこへともなく姿を消してしまったのです。それから
と言うもの、おじいさんは、何不自由なく暮らしたのでした。
      ※木びきどん(木をのこぎりでひき木材にする人)
 四月のおはなし  あたまにさくら 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
                   日本民話の会・編 国土社 刊
  
小さな命を大切にする昔話は、情操教育に欠かせないもので、幼い心に、こう
いった刺激を、たくさん与えてあげたいものです。
ところで、昨年の1月下旬のことでしたが、「深谷ねぎ」で知られる埼玉県深
谷市のあるお宅に、どうしたことか雀が舞い込み、今では家族の一員として過
ごしていると埼玉新聞に出ていました。人懐っこい雀で「ピーちゃん」と呼ば
れ近所でも評判とか。事の起こりは、奥さんが近所の十字路で小学生の交通指
導をしていた時に肩に止まり、「人懐っこいスズメだこと」と感心していたの
ですが、奥さんが家に帰るとついてきて、追っても、追っても家に入ってき、
そのまま住み着いてしまったそうです。ご主人の手に乗り餌を食べている写真
も出ていました。「舌切り雀」のような話でほほ笑ましくなりましたが、ツバ
メといいスズメといい、あの小さな体のちっこい脳に、どのような働きがある
のか、不思議ですね。
 
名物「深谷のねぎ」、これがねぎかと信じがたいほど甘みがあり、生でガリガ
リとかじって食べられるのにはびっくりしました。焼くと甘みが増し、ねぎの
イメージが変わったことを覚えています。親父はこれを肴に、焼酎をストレー
トでグビリと飲んでいましたが、嫌いではない私も、この真似はできません
(笑)。
 
(次回は、「第7章(1) 端午の節句です 皐月」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第6章(3)入園、入学を迎えたお母さん方へ

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第22号-
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第6章(3)入園、入学を迎えたお母さん方へ
 
4月は、これを抜きに考えられません。
環境が変わるのは、大変なことです。幼稚園や保育園は、ご両親にとっても、
第三者に教育を委ねる初めての場所です。子ども達は、親のもとを離れて初め
て生活する場所であり、ご両親に十分に保護されていた環境から巣立つわけで
す。
スタートが、肝心ではなかったでしょうか。                   
 
子ども達も、新しい環境になじもうと一所懸命に努力します。毎日、楽しいこ
とばかりが続くわけではなく、いやなこともあります。それでも、幼稚園へ行
こうとするのは、新しい環境には、家にはない魅力や新鮮な刺激があるからで
す。先生方も幼稚園は楽しい所だと、精いっぱいの努力をします。見ていると
涙ぐましいほどです。
                         
しかし、変なお母さんがいるようですね。          
「お母さん、ぼく、幼稚園へ、行きたくない!」        
そのわけも聞かずに、瞬間湯沸かし器になって、幼稚園へ怒鳴りこむ「過保護・
溺愛・自己中心」の三つを備えたKYJT(空気読めない自己中)ママです。
「悪いのは友達、きちんと指導のできない先生!」
というそうです。多くの場合、お母さんと子どもに原因があるのですが、恥ず
かしげもなく、こういう行動を起こすお母さんですから、お母さんも子どもも、
そのことがわかりません。かわいそうなのは、子どもです。いつまでたっても、
お母さんから逃れられませんから。
 
幼稚園は、お母さんのもとを離れても楽しいことがたくさんあることを実地体
験する場所です。自立心を培って、小学校の集団生活に適応できる力をつける
所ですから、お母さん方も子ども中心の育児から卒業し、客観的にわが子を見
る機会と考えましょう。
 
過剰な愛情を注いでもいいのは、3歳までです。                      
3歳を過ぎると自立が始まりますから、「手を出さない、口をはさまない育児」
に徹すべきです。極端にいえば、3歳を過ぎても子どものやっていることを見
て、手を貸したくなるようでは、もう十分に過保護ですし、口を出したくなる
ようでしたら過干渉です。
                                 
一人っ子では、この加減がわからなくなりがちですが、きょうだい二人の下の
子を見るとわかります。上の子にないところを持っていることが、往々にして
あるものです。最初の育児は、何事につけても慎重になりがちですが、二番目
の子は経験済みですから手を抜きます。その分、子ども自身が自力でやらねば
なりませんから、それだけ試行錯誤を積み重ね、苦労しているので、たくまし
くなります。「一姫、二太郎」とは、「子を産み育てるには、最初は女の子
、二番目は男の子が育てやすくてよい」ということですが、それ以外にもこう
いった意味があるのです。
 
男の子は、適度な試行錯誤を過ごせる環境でなければ、たくましく成長しませ
ん。進学教室でも、女の子はかなり積極的に自信を持って取り組んでいました
が、男の子は自信がないのか、なかなか手を出さない子がいたものでした。一
般に、女の子は成長が速いので、あまり手がかからないものですが、男の子は
少し遅いですから、男の子を育てているお母さん方、過保護にならないよう注
意しましょう。お母さん方は、とかく男の子に甘いところがあるからです。も
っともお父さん方は、女の子に甘くなりがちですから、お互いに客観的に子育
てを見直すことも大切ではないでしょうか。
                                         
ところで、平成4年度から施行された「幼稚園教育要領」によると、保育の方
針は、従来の「一斉保育から自由保育」となり、「一人ひとりの個性を伸ばし
ていく保育」に変わっています。これを誤解するお母さん方がいるようですね。
 
自由保育といっても、勝手気まま、何でもありの自由奔放な保育ではありませ
ん。みんなで一斉に、同じことを強制的にやるのは止めて、自発的に活動でき
るように導く保育という意味です。
 
例えば、知識や理解力を培うにも、自分自身で考え、工夫する機会や経験を、
たくさん持たせ、自分勝手な考え方ではなく、客観的なものの見方や考え方を、
身につけるように指導することです。もっと大胆にいえば、「他律」ではなく
「自律」の保育です。       ですから、過保護や過干渉な育児をやっ
ていては、自律できない、わがままで、甘えん坊の弱虫な子になりがちです。
                                   
幼稚園へ行かせるのは、親の子離れ、子どもの親離れの実地訓練期間と考える
べきだと思います。子離れできない育児は、運転免許取得でいうと、まだ仮免
前の段階です。幼児期の過保護、過干渉の育児が、中学生の頃になると、幼児
期に体験していなかったことから生じるギャップに対応できず、家に引きこも
ったり、非行に走ったりするのではないかと思えてなりません。育児しながら
「育自」するお母さんになってください。
 
しばらくの間、慣れるまで、子ども達もくたくたに疲れて帰って来るでしょう。
しっかりと、やさしく抱きしめて、勇気を与えてあげましょう。また、送迎を
義務付けられている幼稚園の場合は、お母さん方も体調を崩さないように気を
つけてください。
 
小学校も同じです。
新学期が始まると、もう勉強を気にするお母さんが増えているようで、子ども
達が新しい環境に慣れるのに、どのくらい神経を使っているか、わからないお
母さん方がいると聞きます。特に、国立附属や私立の小学校へ通う子ども達は、
電車やバスを使い、1時間前後の時間をかけて通学するはずですから、慣れる
まで大変です。朝のラッシュ時に、ランドセルを背負い電車に乗り込む子ども
達を見ると、「頑張れ!」と声をかけたくなります。
何といっても、狭き門をくぐり抜けてきた幼き戦士ですから。新しい環境に慣
れるまで、勉強のことは忘れましょう。
今年受験予定の皆さん方は、東日本大震災以降、通学経路、所要時間も、学校
選択の大切なポイントにもなっていることもお忘れなく。
 
極端な話ですが、学校から帰ってくるなり、
「宿題はないの!」
「テストは、どうだったの?」
「予習しなくて、いいの!」
「4時から塾です。遊びに行ってはいけません!」
こんなことばかりいわれて、勉強好きな子になれるでしょうか。これでは、命
令、統制、禁止、管理の育児で、勉強もこの姿勢でされてはたまりませんね。
まだ、危険なことをしますから、監視の目は必要ですが、自分で考え、行動し、
やったことには責任を持たせる「自立させる育児」に切り替えるべきです。
 
勉強も同じです。
勉強は、本人がその気にならなければ、辛いものです。皆さん方も経験ありま
せんか、あったとすればなおさらのことでしょう。難しい話ではありますが、
「勉強は自分のためにすること」を、一学年でも早く自覚できる環境を作って
あげるべきではないでしょうか。
学校生活の様子を知る一つの目安として、先生からの連絡事項を、きちんと報
告できているかどうかがあります。できていれば、先生の話を聞いている証拠
ですから、とりあえず心配ありません。学習に取り組む姿勢も確実に身につい
ていきます。
 
そして、背を伸ばし、左手でノートを押さえ、きちんと筆記用具を持ち、筆順
に従った字を書いているか注意しましょう。知識を詰め込むより、姿勢を正し
て、きれいな字を書ける方が大切です。「形は心を作り、心は形を整える」は、
明治生まれの親父の口癖でしたが、一理あると思います。
 
しかし、小学校生活も、楽しいことばかりではないでしょう。いじめもありま
すし、けんかもするでしょう。先生に怒られることもありますし、勉強もわか
らなくなることもあるかもしれません。
「何で、ぼくだけ、こうなんだろ!」 
と落ち込む時もあります。                            
しかし、翌日、子ども達が元気に学校へ行くのは、家に帰ればやさしいお母さ
ん方がいるからではありませんか。家庭でリフレッシュできるからこそ、明日
に希望をもてるのです。
低学年時代は、お母さん方が頼りですから、温かい雰囲気のある家庭を作って
あげましょう。大人はストレスを解消できるすべを心得ていますが、子ども達
にはないからです。
                             
小学校低学年時代は、勉強はできても利己主義より、勉強はほどほどであって
も、友達と仲良くできる子の方がいいと考えるのは、私が昭和15年(194
0)生まれだからでしょうか。
もちろん、勉強も大切ですが、お子さんが、この時期に体験しなければならな
いことが、たくさんがあるはずです。桜の花ではありませんが、魅力がなけれ
ば、友も寄って来ません。今、大切に育てたいのは、相手を思いやる心、共に
生きる共生の心である徳育であり、いろいろなことを体験していくために必要
な体育であり、豊かな情操を養うための知育、そして挑戦する意欲だと思いま
す。「知育・徳育・体育」ではなく、今は、「徳育・体育・知育」と順番を入
れ替えるべきではないかと考えます。知育だけが優先される子育ては不自然で、
いつか壊れる不安が伴うのではないでしょうか。
幼児期は、三つの能力をバランスよく育てることが大切です。
 
かつて、聖心女子学院初等科の学校説明会で、本校の求める子ども像は、「心
身ともに強くて、心のやさしい子」、最近は暁星小学校が、たくましい子ども
とは「気はやさしくて力持ち」とおっしゃっていますが、そのためには、「心
身ともに強く、心のやさしい親」であるべきだということではないでしょうか。
「親の背を見て子は育つ」、これこそ育児の鉄則ですね。
 
そして、忘れてならないのは、お父さん、お母さんは、お子さんが何人いても、
お子さんにとっては、たった一人のお父さんであり、お母さんであることです。
私事でなんですが、嫁ぐ娘から、「お父さんは、生まれたときから私のただ一
人のお父さんでした」といわれ、少なからず狼狽したことを覚えています。子
どもは、間違いなく「お父さん、お母さん」として評価しています。
 
これからの毎日は、お子さんの記憶の中にきちんと刻み込まれていきます。
「三つ子の魂百まで」といいますが、私は小学校の低学年時代に、生きる姿勢
の基本的な枠組み、形が出来上がるのではないかと考えています。そのお手本
が、ご両親であることを肝に銘じておきましょう。2016(平成28)年度
中の全国、小学生、中学生の不登校児童生徒は、13万4398人で1.4%
(前年12万5991人で1.3%)【2017年10月26日、文部科学省初等
中等教育局児童生徒課 速報値より】と増えています。無責任な言い方で恐縮
ですが、その原因は、ご両親の育児の姿勢にもあると思います。
 
仕事柄、「育児で、もっとも大切にしたことは何ですか」と尋ねられることも
ありますが、「両親からやってもらったことで、うれしかったことはどんどん
実行し、いやだったことはやらないようにしました」と答えています。自分が
いやだったことは、子どもだっていやなはずです。
種を明かせば、論語の「己の欲せざるところは、人に施すことなかれ」の受け売
りです(笑)。反対句は、「己の欲するところを人に施せ」(新約聖書・マタイによ
る福音)ですね。孔子の仁(思いやり)、キリストの愛、どちらでもいいのですが、
こういったことへの配慮でいいのではないでしょうか。
 
最近、ひょんなことから、理想的な親子関係を表しているではないかと思える
歌を見つけました。といっても、例によって「わたし流」の解釈ですが。
 
 映るとも 月も思わず 映すとも 水も思わぬ 広沢の池
 
この歌から教えられるのは、育児は結局のところ、「親はよい手本をみせ、子
は意識することなく見習う」にあるのではないでしょうか。剣豪、塚原ト伝、
柳生新陰流の開祖、石舟斎の作ともいわれているそうですが、およそ「剣の道」
とは縁のない私ですから、とんでもない思い込みで、その道の方々から嘲笑さ
れるかもしれません(笑)。なお、広沢の池で検索すると、四季折々の景色を見
ることができます
 
ところで、ぴかぴかの一年生と聞けば、頭に浮かぶのはランドセルでしょう。     
 
 このランドセルを日本で最初に使った人は伊藤博文で、大正天皇が学習院に
入学されたときに献上したのです。その後、学習院御用達となり、それが全国
に普及しました。ランドセルは、オランダ語の「ランセル」がなまったもので、
ランセルとは、兵隊さんが背負っている「背嚢(はいのう)」のことです。つ
まり、軍国主義の時代に、軍人を尊敬してあこがれていた子ども達の心に合わ
せて、通学用かばんとして考案されたものなのです。
 (頭にやさしい雑学読本 3 竹内 均 編 三笠書房 刊 P290)  
 
 
おめでとうございます!
「児童文学のノーベル賞」とも呼ばれている「2018年国際アンデルセン賞」
の作家賞に3月26日、「魔女の宅急便」などで知られる作家の角野栄子さんが
選ばれました。宮崎駿監督により1989年にアニメ化され、また2014年
には映画化されましたから、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。角
野さんは83歳、ビッグプレゼントに拍手喝采!!              
 (次回は、「4月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第6章(2)桜について

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第21号-
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第六章(2)桜について
             
開花宣言が出て寒の戻り、箱根は雪が降っていましたが、川越も1cmほど積
もりました。東京の桜、この寒さで、今年も入学式まで何とか持ちそうで、ぴ
かぴかの一年生、大きく羽ばたいてほしいものです。
 
日本を代表する花といえば、桜と梅、そして菊でしょうか。
しかし、梅と菊は、たえなる琴の音が流れ、何やら辺りをはばかり、ひっそり
と観賞しなければならない風情が立ち込めています。梅は一輪、一輪が、きり
っと咲き、「私は私、人は人!」と独立自尊を固持する孤独な感じがし、大輪
の菊は、「きちんと見ないと承知しませんことよ!」と衣服を改め、居住まい
を正して観賞せざるを得ない雰囲気があります。しかし、桜とくれば下戸も上
戸も無礼講とばかりに、にぎやかに盛り上がるムードがあります。しかも、桜
は、木、そのものが綿菓子のような花の塊で、「全員、集合して、楽しみなさ
い!」と博愛の心を大らかに誇示しているような気がします。
 
しかし、本来、花見は農耕と結びついた宗教的な儀式で、主役は人間ではあり
ませんでした。昔の人は、田の神さまは、秋の収穫が終わると山へお帰りにな
り、春と共に再び山から下りて来られると信じていました。ですから、田の神
さまを、桜の花咲く木の下にお迎えして、酒や料理でおもてなしをし、この年
の豊作を祈願する儀式であり、主賓は、神さまであったわけです。
 
 「さ」は「田の神」を、「くら」は「神座(神のいる場所)」を意味し、田
  の神がとどまる常緑樹や花の咲く木を指し、その代表として「さくら」の木
  をあてたもので、そめい吉野ではなく山桜でした。
     (絵本百科 ぎょうじのゆらい 講談社 刊 P10)
 
平安時代の貴族には、花見は野山で神様を迎える儀式でしたが、武士の時代と
共に派手になり、例の秀吉の醍醐の花見のように、権力を示すための贅を尽く
した宴に変わり、やがて庶民にも浸透し、いつしか神さまは、主役の座から引
きずりおろされ、今では、はしなくも、夜桜のもとで酒盛りをし、カラオケを
楽しむ行事と成り下がりました。といっても、昔もあまり変わらないようです。
 
かの兼好法師も徒然草で、「花はさかりに、月はくまなくをのみ見るものかは」
(百三十七段)と自然の観賞の仕方から人生観を語っていますが、その厳粛な
雰囲気の中で、宴会を開き、大騒ぎをしていたことを紹介しています。もっと
も、そういった人々の教養のなさをこき下ろしていますが、古来、何やら人々
をその気にさせる花なのですね。
 
酔って人に迷惑をかける人たちは、無礼講をはきちがえた無礼者ですが、日本
人が桜や桃、梅を愛したのは、いずれの木にも宿る生命力を、分けていただこ
うと考えたに違いありません。一種の自然信仰であり、外国で行われている森
林浴と同じではないでしょうか。
ドンちゃん騒ぎは、桜にとっては迷惑な話だけで、ご利益などあるはずが、い
や、期待していないでしょうね。
あのライトアップですが、桜にとっては迷惑な話で、夜になってもゆっくりと
休めないと思いませんか。お日様が沈み、「さぁ、寝ようかな!」と思ったとた
ん、いきなり明るくなるのですから。「桜の樹権」などという言葉はないでしょ
うが、そっとしてあげられないものでしょうか。
JR高尾駅から徒歩10分ほどのところにある多摩森林科学園で、「本日、休林
日」の看板を見たことがありましたが、そこで働く人々の自然を愛する心意気を
感じ、うれしくなったものです。
 
ところで、桜の木は、にぎやかに盛り上がるだけではなく、人生を静かに、深
く、考察の場に導く花でもあります。いきなり雰囲気は変わりますが、黒船が
来る前に幕府に上申した「海防八策」は、明治維新の路線そのままであったに
もかかわらず、評価されずに暗殺された幕末の洋学者、佐久間象山は、
     折りにあはば 散るもめでたし 山桜 めずるは花の 盛りのみか
と辞世の句を詠っています。これを真に受け、若い頃は、「人生、幸せな時ば
かりがあるわけないよ。闇夜もあるけど、日は、また、昇る!」などといきが
っていたものでしたが、何やら勘違いしていたようです。「人生は、プロセス
が大切なのです。一日、一日が人生ですよ」とおっしゃっているのでしょうね、
などと何も気取ることはないのですが(笑)。蛇足ながら、象山の奥方は勝海
舟の妹です。
 
子育て奮戦中のお母さん方ですから、よくおわかりかと思いますが、育児もプ
ロセスが大切ですね。生まれ月に応じて、一歩一歩、確かな歩みを見守りなが
ら、大らかな気持ちで育てるべきです。そして、育児しながら「育自」(誤植
ではありません)するお母さんであってほしいと願っています。
 
 願はくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月の頃
 
西行法師の歌ですが、古来「花」といえば、奈良時代は「梅」のことでしたが、
平安時代から「桜」になったようです。俗界から逃れ、出家された中世の隠遁
者が、かくも桜の花に心を寄せているのですから、古くから人々に愛されてい
たことがわかります。西行は願い通り、「その如月の望月の頃」、お釈迦さま
が入滅された2月15日に、この世を去ったそうです。が、しかし、澤田ふじ
子さんの作品を読み、隠遁者のイメージが少し壊われかけてきました。
(お断り 「花の下」と書き「花のした」とも読まれていますが、「花のもと」
 の方が響きがいいので、勝手ながらひらがなにしました)
 
古今和歌集から一首、好きなのです。
 
 ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ  紀友則 
 
和歌を解説するなど野暮の極みですが、「日の光がこんなにものどかな春の日
に、どうして桜の花だけは、さっさと散ってしまうのだろうか」、日本人の桜
のイメージは、これではないでしょうか。紀友則は「土佐日記」の著者、貫之の
いとこです。 
 
この和歌を口ずさむたびに、宮城道雄の秀作「春の海」の調べを思い浮かべ、
桜の花の散る、日本ならではの詩情豊かな情景が浮かぶと同時に、何とも言え
ない寂しい気持ちになる不思議な曲です。昭和7年に共演されたフランスのル
ネ・シュメーのヴァイオリンと箏(そう)の二重奏ですが、世界に誇ってよい
素晴らしい演奏だと思います。音はよくありませんが、パソコンで検索すると
聴けます。宮城道雄は、広島県福山市鞆ノ浦の出身だそうで、学生の頃に訪ね
たことのある仙酔島から眺めた春の海が、印象に残っていました。
♪ターンタ タタタタタンー ターンタ タタタタタンー♪
曲想は、瀬戸内海の春の海なのですね。その時は知らなかったのですが、最近、
厳島に出かけたとき、バスガイドさんから教えてもらい、「さもありなん!」
と納得しました。バスガイドさんの中には、物知りの方がいますね。豊かな経
験から身に付いた自然な語りは、一級の話術で旅情を盛り上げてくれます。
 
さらに、もう一首。
 
 春の海 ひねもすのたり のたりかな  与謝 蕪村
 
俳句が出たところで脱線します。学生時代に読んだ雑誌の対談に出ていたと記
憶しますが、五木寛之氏は、こうおっしゃっていました。「短歌はリズム、和
歌はメロディー、物語はハーモニー」と。横文字を漢字に置き換えると「律動・
旋律・調和」となり、もう50数年前になりますが、今でも納得できます。
「さらばモスクワ愚連隊」を読んだ時、自称、文学青年であった私は、潔く、
作家の道を断念しました、冗談ですが(笑)。
                                
ムードを変えまして、桜の散りぎわが潔いことから武士道の象徴となり、「花
に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」といったように人生観にたと
えられるなど、何かにつけて桜は姿を現しています。原詩は中国の詩人、于武
稜(ウ ブリョウ)作の「勧酒」です。
 
 勧君金屈巵  君に勧む金屈巵     
 満酌不須辞  満酌辞するを須(もち)いざれ     
 花発多風雨  花発(ひらけ)ども風雨多し     
 人生足別離  人生、別離に足る   
         金屈巵(きんくつし)=曲がった把手(とって)の付い
                    た黄金の盃  
         不須(もちいず)=~する必要はない
         足=多い
 
これを井伏鱒二が意訳したもので、僭越ながらこちらの方が響きもいいですね。
※意訳 原文の一語一語にとらわれず、全体の意味やニュアンスをくみとり、
    翻訳すること(辞書「コトバンク」より)
 
 この盃を受けてくれ     
 どうぞ、なみなみつがしておくれ     
 花に嵐のたとえもあるぞ     
 「さよなら」だけが人生だ     
   (「十八史略の人物学」伊藤 肇 著 PHP文庫 P229より」
 
「黒い雨」など種本が明らかになり、前都知事の猪俣直樹氏も「盗作ではない
か」と指摘
しましたが、この「勧酒」は、「阿佐ヶ谷会」文学アルバム(幻戯書房 刊)
によれば、井伏の意訳に間違いないとのことです。
これを読むたびに思い出すのが、親鸞聖人の「明日ありと思う心の仇桜 夜半
(よわ)に嵐の吹かぬものかは」です。12月の沙羅双樹のところで、お釈迦
さまの教えである「今日すべきことは明日に延ばさず、確かにしていくことが
よい一日を生きる道である」を紹介しましたが、怠け者の私には耳が痛いばか
りで、「明日やればいいか……」と過ごしがちです、わかっているのですが
(笑)。
 
ところで、桜は、日本の灌漑治水に大いに貢献した木でもあるのです。かつて
日本は農耕民族でしたから、水との関わりは、大変に深いものでした。その水
を運ぶ川は、普段は静かですが、豪雨などで水かさが増すと氾濫し、田畑を水
浸しにして、丹精こめて作った作物を駄目にしてしまいます。そこで昔の人々
は、知恵を働かせ、堤防を作るときに、桜の木を植えたのです。桜は根を張り、
しっかりと土を抱きます。春になると花を咲かせます。
そこへ人々が花見に出かけてきます。大勢の人が歩くと土手の地盤が固まり、
桜の根もしっかりと張り、強い堤防ができます。人望のある人のもとには、自
然と人々が集まるものでしょう。人間もかくありたいものです。
 
桜ではありませんが、武蔵野市にある成蹊学園の校名の由来は、「桃李不言下
自成蹊」(桃李いわざれども下おのずから蹊を成す)で、校章も桃をかたどっ
たものですが、教育目標は人格者の育成です。明治維新の立役者の一人である
岩崎弥太郎の弟、弥之助の長男であった小弥太が、創立者中村春治に協力して
創った三菱系の学校です。隣の国立市には、大隈重信が創った早稲田大学の初
等部と西武が創った国立学園小学校があります。明治維新に活躍した岩崎弥太
郎と大隈重信、現代の代表的な企業三菱と西武、おもしろい組み合わせになっ
ています。
   
ところで、桜の名所は、お侍さんの勤め先である城と寺社、そして河川に多い
ですね。面白いことに、私たち日本人は、なぜか、桜の下に陣取り、宴会を開
きがちですが、まったく縁のない所もあります。学校の校庭ですね。たびたび
お世話になります樋口清之先生の監修された本に、桜について見過ごせない話
がありましたので、紹介しましょう。
 
  日本人が桜を愛したのは桜の生命力を享受するという自然信仰からであっ
 たが、これが明治時代から少しおかしなことになった。
  それは、国学者平田学派が、明治政府の文教政策の中枢にいすわるととも
 に、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば、朝日ににほふ山桜花」という桜
 を詠んだ歌がもてはやされ、桜こそ日本精神の象徴であるといったとらえ方
 が生まれてきたからである。
  さらに、桜は日本精神の象徴から発展して、ぱっと散るその散りぎわが美
 しいという美学が結びつけられ、いさぎよく散る軍人精神の象徴にされた。
 つまり、死の美学に結びつけられたわけだ。このため陸軍を中心にさかんに
 兵舎に桜を植えたのである。やがて軍国主義は学校にも及ぶようになり、校
 庭にも桜が植えられるようになった。
  関東では桜の開花と入学式が重なるので、桜が新学期の象徴となっている。
 もともとは、生命力の象徴だったのだから、現代の我々はそうした気持ちで
 校庭の桜を眺めればいいのだが、一方で、学校の桜が軍国主義の死の美学か
 ら広まった歴史の皮肉な一コマも知っておいて損はないだろう。
 (樋口清之の雑学おもしろ歳時記 樋口清之 監修 三笠書房 刊 P48)
 
「大和心」とか「大和魂」は、右翼的な考え方や国粋主義から生まれた言葉だ
と思っていましたが違うようで、明治以降の国家権力により利用されただけな
んですね。「学校の桜が軍国主義の死の美学から広まった」云々は、為政者の
巧妙な施政が実行されたことの結果であることに寒気を覚えますね。学生時代、
酒場で「同期の桜」を歌っていた時、「お前たち若者が歌う歌ではない!」と
年配の方に叱責されたことがありました。もしかすると、戦友を亡くされたか、
戦死されたお子さんがいたのではないでしょか。若い時はどうしようもないも
ので、「若気の至り」とはいえ、今思うと恥ずかしい限りです。
 
 同期の桜
  作詞 西條八十 作曲 大村能章
    (一)貴様と俺とは同期の桜   同じ兵学校の庭に咲く
       咲いた花なら散るのが定め 見事散ります国のため
 哀調を帯びた旋律で特攻隊員が好んで歌い次第に兵隊ソングとして兵士間で
 流行し巷にも愛された。(www.geocities.jp/GUNKA より)
   
最後に、もう一首、皆さんよくご存知の名作がありますね。
 
 いにしえの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂いぬるかな 伊勢 大輔
 
「大和心」は、こういうものではないでしょうか。とにかく桜は、日本人にと
って、何はともあれ、春に咲かなければ落ち着きませんし、承知できない花で
あることは確かです。
 
名優、渥美清のはまり役、「寅さんこと、車 寅次郎」の妹の名は、「さくら」
でなくてはおさまらないだろうなと思っているのは、私だけでしょうか。山田
洋次監督の笑顔が浮かんできそうです。
面白い話を紹介しましょう。佐藤利明氏の随筆「寅さんのことば 風の吹くま
ま 気の向くまま」(東京新聞 夕刊 平成25年4月)に、東大寺正倉院に
保管されている、現存する古代の戸籍部「下総国葛飾郡大嶋郷戸籍」(西暦7
21年)には、嶋俣里(しままたり)、これは葛飾柴又のことで、その戸籍の
中に、孔王部 刀良(あなほべ とら)と佐久良賣(さくらめ)という名前ま
で記載されているそうで、昭和の寅さんは家出をしましたが、奈良時代の刀良
さんは村長になったそうです。映画を見て、ひたすら笑っていましたが、元を
ただせば、「とら」も「さくら」も昔からある由緒ある名前なんですね。寅さ
んが自分で照れてしまう表情がたまらなく好きで、こういった演技のできる俳
優は、もう出ないかもしれません。
 
外国にもある桜の名所、ワシントンのポトマック湖畔の桜は、大正元年に、時
の東京市長であった尾崎行雄が、日米親善のために寄贈した染井吉野のほか1
0種、3千本の苗木が成長したものだそうです。そして、またしても驚きです
が、私も、てっきりそうだと信じていましたが、事実は違うのです。有名な話
ですから、皆さんも誤解していたのではないでしょうか。こういうことだそう
です。
 
 このワシントンの地名は、初代大統領ジョージ・ワシントンからきている。
 この人物が少年のときに、桜の木を切った過失をわびた正直さが立志伝の挿
 話として有名だが、ポトマックの桜がその桜だと思い込んでいる人がかなり
 いるそうだ。
      (新々ちょっといい話 戸板康二 著 文藝春秋 刊)
 
ところで、日本最古の桜は、どこにあるかご存知でしょうか。
何と推定樹齢千八百年から二千年にもなる古木で、しかも、今、なお、可憐な
薄紅色の花を咲かせているとなると、ちびまる子ちゃんではありませんが、目
が点になりますね。その桜とは、山梨県の北杜市、甲斐駒ヶ岳のふもとに建つ
日蓮宗の古寺、実相寺の境内に根を張る「山高神代桜(やまだかじんだいざく
ら)」だそうで、日本武尊(ヤマト タケルノミコト)が自ら植えたと伝えら
れています。神話の時代から花を咲かせ続けている姥桜(罰が当たるかな!)、
インターネットで見ましたが、「どうも、これは、いや、はや……」と椎名誠
氏風ですが、襟を正さずにいられませんでした。白一色の駒ヶ岳(標高2967m)
もすばらしく、いつかたずねてみたいと思っています。
なお、日本の三大桜は、福島県三春町の三春滝桜(樹齢千年)、岐阜県根尾村
の薄墨桜(樹齢千五百年)と山高神代桜で、黄門様の印籠と比べるのもなんで
すが、ただ、ひたすら、畏れ入るだけですね。淡墨桜は、つぼみの時は薄いピ
ンク、満開時には白、散り際には淡い墨色になり、この散り際の色にちなみ命
名されたそうです。30数年前、初めて訪ねたときは、今のように観光地化さ
れておらず、静かな山里にどっしりと根を張る雄姿には、いたく感動したもの
でした。
 
最後に、この歌に登場してもらわなければ収まらないでしょう、「さくら さ
くら」です。
歌詞は二通りあり、(一)が元のもので、(二)は昭和16年に改められたも
のですが、現在、音楽の教科書等には(二)を掲載しているものもあり、また
(二)を一番とし、元の歌詞を二番と扱っているのもあるそうです。日本古謡
と表記される場合が多いのですが、実際は幕末、江戸で子ども用の筝の手ほど
きとして作られたもので、作者は不明です。
 
 さくら さくら
  (一)さくら さくら  
     やよいの空は  見わたす限り
     かすみか雲か  匂いぞ出(い)ずる
     いざや いざや 見にゆかん
 
  (二)さくら さくら
     野山も里も   見わたす限り
     かすみか雲か  朝日ににおう
     さくら さくら 花盛り
            (フリー百科事典 Wikipediaより)
 
日本のどこにでもある春の景色を淡々と詠んだ歌詞も素晴らしいですが、宮城
道雄の「さくら変奏曲」は、春の情緒を醸し出す名演奏で、いつ聴いても安ら
ぎを与えてくれます。
JR駒込駅の発車メロディーは、この「さくら さくら」ですが、発想のもと
は駅から徒歩七分ほどのところにある六義園の見事なしだれ桜でしょう、見ご
ろは三月下旬から四月上旬で、一見の価値はあります。六義園は小石川後楽園
と共に江戸時代の二大庭園で、和歌の趣味を基調とした回遊式築山泉水庭園、
見事なつつじやさつきを楽しめる庭としても親しまれています。
 
 世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし
                      在原業平 (古今和歌集)
 
桜の〆は、やはり、これでしょうね。
何かと心を騒がせる桜ですが、皆さん方もいろいろな思い出があるのではない
でしょうか。
四季折々の息吹を味わえるのは、本当に素晴らしいことです。日本に生まれ、
この時代に生かされていることに、感謝せざるをえません。自然に勝るものは
ないことを、しっかりと子ども達に伝えるのも、親の使命ではないかと考えま
すが、いかがでしょうか。
 
(次回は、「入園、入学を迎えたお母さん方へ」についてお話しましょう)

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