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さわやかお受験のススメ<保護者編>第8章(3)何にもないのかな 水無月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第30号-
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第8章 (3) 何にもないのかな   水 無 月
 
 
★★父の日、これもアメリカ生まれです★★
 
6月の第3日曜日は、父の日です。
母の日がアメリカ生まれですから、父の日も同じでしょう。母の日があって父
の日がなくては、男女同権の国ですから、男の立つ瀬がありません。いかにも
アメリカらしいですね。
 
 1910年に、アメリカのワシントン州でジョン・ブルース・ドット夫人が、
 妻を亡くして男手一つで育ててくれた父に感謝するパーティーを開いたのが
 始まりとされている。
 その後、1934年に父の日委員会が結成され、母の日にならって6月第3
 日曜日を「父の日」と定めたのである。日本では、母の日に遅れること4年
 後、昭和28年(1953年)から、一般的な行事として認められるようにな
 った。          
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P102)
 
父の日に贈られる花は、何でしょうか。まだ、子どもが小さかった頃にもらっ
た記憶はありますが、花の名前は思い出せません。バラの花だそうです。たい
そう気品のある花ですから、何か訳がありそうです。
カーネーションが、十字架にかけられたキリストを見送った、聖母マリアが落
とした涙の後に咲いた花でしたから、おそらくバラもキリストと関係あるでし
ょう。予想どおりでした。十字架にかけられたキリストの血が落ちて、そこか
らバラが花を咲かせたそうです。さらに、こういった説もあります。
 
 父の日の花はバラである。バラは花の美しさと香りの気高さのため、古代か
 ら人々に愛されてきた。ローマ教皇はバラを手にし、信者はロザリオで祈り
 を唱える。ロザリオrosaryはラテン語rosa(バラ)、rosarium(バラ園)に由来
 し、尊敬と喜びのしるしであった。古代ローマでは、祭日の日には神殿も戦
 車もバラで飾られ、将軍は賞讃のしるしとしてバラの花束を手に持った。
 現代でも音楽会の終わりにはバラの花束を捧げて演奏を讃える風景が見られ
 る。
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P102)
 
聖なるバラです。
花言葉は「尊敬と愛の情熱」です。お父さん方は、承知してもらっているでし
ょうか。
承知のうえでしたら、頑張らざるをえないですね。父権は、かなり喪失したと
いわれていますが、やはり、お父さんは頼られています。お父さんは、「一家
の大黒柱であるべきだ」と1940年生まれの私は思うのですが……。
この花言葉、前回にも紹介しましたが、調べると面白いですね。パソコンで簡
単に検索できますから、退屈なときアクセスしてみましょう。
    
ところで、小学校の入学試験に「話の記憶」といった問題がありますが、ある
ミッション系の学校で、「母の日にお母さんに贈る花の絵に○をつけましょう」
といった出題がありました。5つの花の中から選ぶのですが、その中に、何と
バラの花も入っていたではありませんか。さすがだと思いました。
事の起こりは、キリストに関係があるのですから。出題校は、暁星小学校です。
 
 
★★夏 至★★
 
二十四節気(にじゅうしせっき)の一つで、春分、秋分、冬至と、それぞれ楽
しい行事がありますが、夏至には、何かあるのでしょうか。暑い盛りではあり
ませんが、うっとうしい日が続く頃です。
一年中で、いちばん昼の長い日ですから、何だか疲れを感じがちです。これは、
夏至のとき、お日さまは、もっとも北に寄っているからです。ですから、北極
ではお日さまが沈みません、白夜です。
逆に、南極ではお日さまの姿を見ることはできません。土用の日のように、う
なぎを食べて元気をつけることもないようですし、何だか夏至だけが、冷たく
あしらわれているような気もしなくはありません。しかし、夏至だけ問題にす
るのは不公平です。雨水、清明、芒種などといわれても、何やらわかりません
が、これも夏至と仲間の二十四節気のことです。
 
 正しい季節を示すために作られた目印を二十四節気といった。太陰太陽暦で
 は暦の上の月日と季節がくいちがいをおこすので、暦の月日とは別に、農事
 に必要な季節の標準を示す必要があったからである。1太陽年を24等分し
 て、太陽が最も低く昼間の最も短い冬至から始めて、1年を24等分した分
 点を二十四節気とした。
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P39)
 
二十四節気とは、正しい季節を示す目印と考えるとわかりやすいですね。日本
は農耕民族です、今は疑わしいですが。昔は、太陰太陽暦を使っていましたか
ら、今のグレゴリオ暦では、暦の上の月日と季節とが、食い違いを起こすので、
暦の月日とは別に、農事に必要な季節の標準を示す必要があったのです。よく、
テレビなどで、             
「今日は、啓蟄の日です。冬ごもりをしていた虫たちも、はい出る日といわれ
……」 
などとやっています、あれです。 今年の二十四節気は以下の通りです。       
 
★★二十四節気★★
 春  立 春  2月  4日 頃     夏 立 夏  5月  5日 頃
        雨 水  2月 19日         小 満  5月 21日
    啓 蟄  3月  6日        芒 種  6月  6日
    春 分  3月 21日        夏 至  6月 21日
    清 明  4月  5日         小 暑  7月  7日
    穀 雨  4月 20日        大 暑  7月 23日
       
 秋  立 秋  8月  7日 頃    冬 立 冬 11月  7日 頃 
    処 暑  8月 23日        小 雪 11月 22日
    白 露  9月  8日        大 雪 12月  7日
    秋 分  9月 23日        冬 至 12月 22日
    寒 露 10月  8日        小 寒  1月  5日
    霜 降 10月 23日        大 寒  1月 20日
    (「国立天文台 天文情報センター」より)
 
立春 旧冬と新春の境目、まだ、寒さの厳しい頃です。
雨水(うすい) 雨水がぬるみ、草木が芽を出し始めます。
啓蟄(けいちつ) 冬眠している虫たちも、穴からはい出してきます。
春分 昼夜が等しく分かれ、昼間が長くなり、夜が短くなってきます。
清明(せいめい) 桜花爛漫、春の盛となり、天地万物に清新の気があふれる
         時期。
穀雨(こくう) 春雨は、田畑をうるおし、穀物の成長するときです。 
            
立夏 春は去り、爽快な夏の気配を感じる頃です。
小満(しょうまん) 日増しに暑くなり、草木が繁り天地に満ち始める時です。
芒種(ぼうしゅ) 芒(のぎ・稲や麦などについているとげ)のある穀物を植
         える時。
夏至 日の長きに至る、昼がもっとも長くなる日。梅雨のさかりで、田植えの
   時期。
小暑(しょうしょ) 日増しに暑さが加わり、この日から暑中見舞いを出し始
          めます。
大暑(たいしょ) 暑さがもっとも厳しくなる頃。
 
立秋 暦の上だけの秋、まだ、真夏の頃。この日から残暑見舞いとなります。
処暑(しょしょ) 暑さが止み、秋風が吹く頃。「処」は「とどまる」の意。  
白露(はくろ) 秋も本格的となり、野草に甘い露の宿る頃。
秋分 昼夜が等しく分かれ、春分とは逆に、昼が短く夜が長くなります。
寒露(かんろ) 野草に冷たい露が宿る頃。
霜降(そうこう) 秋の気配も去り、朝霜のおりる頃。
 
立冬 冬の気配がうかがえる頃。
小雪(しょうせつ) 寒さもさほどでもなく、雪も少ない頃。
大雪(だいせつ) 北風が強くなり、寒さも厳しく、雪が降り始めます。
冬至 日の短きに至り、夜が長くなる日です。
小寒(しょうかん) 寒気が加わり、雪が積もる頃。
          この日を「寒の入り」とし、寒中見舞いを出し始めます。
大寒(だいかん) 冬将軍がもっとも威勢のよい時期ですが、寒さの中にも
         「春とおからず」の希望がふくらむ頃。
 
しかし、漢字って、いいですね。
「雨水」「処暑」など見ているだけで、何やら、日本を訪れる季節の兆しが、
思い浮かびませんか。                
今から2000年前の頃、中国の周王朝により華北の気象状況にあわせて作ら
れたそうです。何と2000年前のことです、感動しませんか。感動しますが、
何だか実感がありません。大暑といえば、実感としては、8月7日の立秋の頃
ではないでしょうか。日本でいうと、岩手県の季節と合っているそうです。東
京でも、ピンとこないのですから、九州地方のみなさんは、どうでしょう。
この原因は、今は、グレゴリオ暦を使っているからです。二十四節気は、先程
もいいましたように、むかし使われていた太陰太陽暦によって決められていま
すから、1ヵ月位の差が出るのです。
 
かつてある新聞に、気象協会では、新「二十四節気」を作ると出ていました。
その訳は、「寒いのに立春、暑いのに立秋─。中国伝来の二十四節気は、季節
の移り変わりに彩を添える言葉だが、ちょっと違和感を感じませんか」(原文
のまま)(中略)同協会は「現代の日本の季節感になじみ、親しみを感じる言
葉を選びたい」のだそうです。どんな言葉が作られるかわかりませんが、1月、
2月より、睦月、如月の方が、季節感を味わえる世代には、想像もつきません。
 
昔から親しまれていた町名を、無味乾燥な番地に変えてしまったことを思い出
しますね。もっとも、温もりのない、冷ややかなコンクリート・ジャングルに
は、ふさわしいかもしれませんが……。
“コンクリート・ジャングル”、英語のようですが、ナイター、サラリーマン、
パトカーと同様、和製英語です。驚いたことに、といっても私だけでしょうが、
「オーダーメイド」「デコレーション・ケーキ」も和製英語で、正しくは
“custom made”、“fancy cake”だそうです。パソコンで「和製英語」を検索
すると、正しい英語を知ることができます。ちなみに、パソコンも和製英語で、
正しくは“personal computer”です。
 
昨年まで、「新二十四節気」について紹介しませんでしたが、「季節のことば
36選」で検索したところヒットしました。ウッカリしていましたが、平成2
5年春に発表されていました。(陳謝)
 
 季節のことば36選                二十四節気
  1月 初詣 寒稽古 雪おろし           小寒 大寒
  2月 節分 バレンタイン 春一番         立春 雨水
  3月 ひな祭り なごり雪 朧月夜         啓蟄 春分
  4月 入学式 花吹雪 春眠            清明 穀雨
  5月 風薫る 鯉のぼり 卯の花          立夏 小満
  6月 あじさい 梅雨 蛍舞う           芒種 夏至
  7月 蝉しぐれ ひまわり 入道雲 夏休み     小暑 大暑
  8月 原爆忌(広島、長崎) 流れ星 朝顔     立秋 処暑
  9月 いわし雲 虫の音 お月見          白露 秋分
 10月 紅葉前線 秋祭り 冬支度          甘露 霜降
 11月 木枯らし1号 七五三 時雨            立冬 小雪
 12月 冬将軍 クリスマス 除夜の鐘         大雪 冬至
              (「一般財団法人 日本気象協会編」より)
 
参考までに、二十四節気も掲載しておきましたが、いかがでしょうか。
七夕が行われる7月7日、小暑といわれていますが、選ばれていませんでした
ね。星の祭りである七夕も、幼稚園や保育園、小学校の夏のイベントになり、
ご家庭で楽しむ年中行事ではなくなったようです。(残念!)
 
ところで、「人のうわさも七十五日」といわれていますが、その語源が二十四
節気と関わりがあるのですから、面白いですね。七十五日を四十五日、四十九
日、七十九日というのは誤りです。
 
 「日本には二十四節気という季節の区切り方があります。365日を24等
 分するので、一節気はおよそ15日。昔から五節気経てばまったく違う季節
 になるといわれていましたから、15×5=75日となります。75日も経
 てばまったく新しい季節になるのだから、それまでのことは忘れようという
 意味なのでしょう」
  (「つい他人に自慢したくなる無敵の雑学」
             なるほど倶楽部 編 角川書店 刊 P18)
 
ちなみに英語では、“A wonder lasts but nine days”(「驚きも九日しか続
かない」故事ことわざ辞典より)だそうですが、日本と違い、個人主義が定着
している国では、噂の消えるのも短いということでしょうか(笑)。
 
平成28年5月27日が、「核兵器絶滅を実現するための歴史的な日」になっ
てほしいと心から願っています。オバマ大統領が平和記念公園を訪れた日だか
らです。詳しくは、8月にお話ししますが、オバマ大統領の演説で素直にうな
ずけたのは、
「朝一番の子ども達の笑顔。愛する人と食卓を囲む、安らぎのひととき。両親
からの抱擁。そのかけがえのない瞬間が、71年前のこの場所にもあったのだ
と思い知らされます」
でした。亡くなられたおよそ14万人の一人ひとりに痛恨の思いを寄せた、核
兵器絶滅を願う大統領の、決意を新たにした力強い宣言だと信じたい。しかし、
隣の国では……。(合掌)
 
蛇足になりますが、第31回「サラリーマン川柳」大賞に、「スポーツジム 
車で行って チャリをこぐ」が選ばれました。私の近くにも似たような方がい
ます(笑)。年代別ベスト3、60代以上の1位は大賞と同じ、2位は「減る
記憶 それでも増える パスワード」、3位は「“ちがうだろう! 妻が言う
なら そうだろう”」、素直にうなずいてしまいました(笑)。財布にカード
とパスワード一覧表を入れた方がいましたが、落としたらアウトでしょう。で
もこれは笑えません!
   (次回は「6月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 

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さわやかお受験のススメ<保護者編>第8章(4)何にもないのかな【六月に読んであげたい本】

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第31号-
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第八章 (4) 何にもないのかな
【六月に読んであげたい本】
 
梅雨というと、三題噺(お客さんから3つの題を出させ即座に一席の落語とする
もの)ではありませんが、「あじさい、かたつむり、かえる」です。しかし、最近、
かたつむりやかえるはどこに行きましたかね、見かけなくなりました。洋食が苦
手な私ですが、後学のため食べましたエスカルゴ、美味しかったですが、「梅
雨が来たから食べるか」とはなりませんで、わずか1回だけでした(笑)。
 
かえると雨、これにも、おかしな因果関係があるようです。おもしろい話があり
ます。これから紹介する「かえるの親子」、人間の親子関係にもいえそうです。
過保護な母親に育てられたわがままな子が、少子化に加え核家族化も進む
中で増えているようです。一人っ子では、何が過保護なのかわからないのかも
知れません。しかし、やがて子どもは、一人で生きていかなければならない、
“頼れるのは自分だけ”の生活が待っていることを、親は忘れてはならないでし
ょう。
 
自己中で、他人との関わりがうまくできない若者が増えています。
最近の脳科学者の話では、自己抑制力の臨界期は3歳まで、協調性や社会
性の臨界期は12歳までといわれているようです。臨界期とは、その時期を過
ぎると、ある行動の学習が身につかなくなる限界の時期をいい、モンテッソーリ
のもっとも盛んに活動し成長する時期、「敏感期」と同じであると考えればわか
りやすいと思います。言葉の敏感期を過ぎると、真偽は定かではないそうです
が、インドの狼少女のように、人は言葉を話せなくなります。
誤解を恐れずにいえば、3歳は自立の始まる時期、幼稚園は自律心を養い、
社会性や協調性といった集団生活への適応力の基礎を築く時期、6年間の
小学校生活は、それらをきちんと身につける大切な時期です。
幼児期から小学校時代に、人としての配線図は、組み立ててしまわれるわけ
ですね。「三つ子の魂、百まで」「鉄は熱い内に打て」、先人の教えには、無駄
がありません。「鉄は熱い内に打て」は、英語の“Strike while the irons hot”を
訳したことわざだそうです。(「故事ことわざ辞典」より)
※マリア・モンテッソーリ
イタリア、ローマの精神病院で働いていた女医。知的障害児へ感覚教育を実
施し、
知的水準を上げる効果を見せ、1907年に貧困層の健常児を対象にした保
育施設
「子どもの家」で独特の教育法を完成させた。モンテッソーリ教育の行われる
施設を
「子どもの家」と呼ぶようになった。 (ウィキペディア フリー百科事典より)
                                                 
        ◆あまがえる不孝◆   八百板 洋子 著
 むかし、かえるの親子がいました。母さんがえるは、子どもをかわいがっ
たのですが、子がえるは、親のいうことを聞きません。母さんがえるが、右に
行こうというと左に行くし、山に登ろうというと川にもぐり、暑い日というと寒い
日と逆らうのです。             
   ある日のこと、母さんがえるは、重い病気にかかりました。助からないとあ
きらめた母さんがえるは、墓だけは、日のよく当たる、山の上に作ってほしい
と思ったのですが、何事にも逆らう子がえるのことです。山に埋めてほしいと
いえば、川のそばに埋めるに違いありません。
  考えた母がえるは、
   「私が死んだら、川のそばに埋めるのだよ」
  といって、息をひきとったのでした。母さんがいなくなると、子がえるは、逆
らってばかりいたこ
  とを後悔し、反省して、川のそばにお墓を作ったのです。
   雨が降れば川の水も増え、お墓は流されそうになります。心配な子がえる
は、雨が降るたびに、お墓が流れないようにと、今でも鳴いているのだそう
です。
        六月の話  あまがえる不孝 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
                            日本民話の会・編 国土社 刊 
 
親不孝な動物話の典型ですが、中国や朝鮮にも同じ話があることから、大陸
から半島を経て伝わったものと考えられます。「日本は文化の吹き溜まり」とも
言われていますが、自国流にアレンジし、生活の中に取り込んでしまう知恵を、
我がご先祖は、身につけていたようです。 
 
            青蛙 おのれもペンキ ぬりたてか  芥川龍之介
 
こういった情景に出会うのは、もう、無理かもしれませんね。
 
霧雨が似合うあじさい、咲いているうちに色が変わることから「あじさいの七変
化」といわれ、花言葉では「移り気」「浮気」などと芳しくありません。一方で「辛
抱強い愛情」「あなたは美しいが冷淡だ」などといったものもありますが、後の
方が似合う気配が漂っているような気がします。
漢字では「紫陽花」と書きますが、これは唐の詩人・白居易が、別の花(この花
の名前はわかりません)に名づけたものを、平安時代の学者、源順がこの漢字
を当てはめたことから、誤って広まったといわれているそうです。           
(ウィキペディア フリー百科事典より)
 
ところで、今、かえるの合唱を、聞く機会はあるでしょうか。とにかく、ものすご
い鳴声でした。
しかし、この鳴声が、何やら豊作の雄叫びのように聞こえ、子ども心にも、安心
したものです。雨がしっかり降って、田植えが終わらないことには、かえるの合
唱は聞こえませんから。
その田植えについてですが、おかしな話があります。
 
        ◆田うえねこ◆   水谷 章三 著
 むかし、ある家に、年を取り寝てばかりいる猫がいました。
 田植えの時期になり、おかみさんは、
「お前さんはいいね。猫の手も借りたい忙しいときに、寝ていられるのだか
ら」というと、猫は大きなあくびをして起き上がり、どこかへ行ってしまったの
です。
その日は、田植えのおしまいの日で、大勢の人が手伝いに来ていました。
おかみさんもわき目もふらずに田植えをしていましたが、見知らぬ娘さんが
いて、仕事ぶりが、手際よく鮮やかなのです。それに負けてなるものかと若
い衆も張り切ったので、夕方にならぬ内に終わったのでした。
娘さんにお礼をいおうとしましたが、見当たりません。探していたところ、そ
の娘さんが背中を見せて、歩き去っていくではありませんか。追いかけてい
くと、おかみさんの家のところで姿を消し、探したのですが、見つかりません。
ところが、今朝、拭いたはずの縁側に、猫の足跡のような泥の跡がついてい
たのです。足跡をたどっていくと、家の隅っこの所で、猫が泥だらけの足を
なめていました。
  「お前のことを、うらやましいといったものだから、娘になって田植えを手伝
ってくれたのだろうか。猫は、年をとると化けるというけれど」
と、おかみさんは、猫の顔をのぞきこみました。すると、猫は足をなめるのを
止めて、前足でおかみさんのひざをグイと押さえて立ち上がり、背伸びをし、
そのままどこかへ行ってしまい、二度と姿を見せることはありませんでした。
         六月の話   田うえねこ    松谷みよ子/吉沢和夫 監修   
                           日本民話の会・編 国土社 刊 
                  
「猫の手も借りたい」忙しいときに、猫が手を貸すのがおかしいですね。この話
も全国に、いろいろな形で語り継がれています。お地蔵さまが、見知らぬ若者
に姿をかえて手伝う「田植え地蔵」などは、よく知られているようです。猫の足
が泥だらけだったように、お地蔵さまの足が汚れていたのでわかる仕掛けは、
同じです。 
 
今度は、恐い話です。
 
        ◆かにの恩返し◆   根岸 真理子 著
むかし、ある村に、庄屋どんと娘が住んでいました。娘は、かにが子を生む
頃になると、庭の小川で米をとぎ、その汁を流してあげたのです。かには、
嬉しそうに飲んでいました。
 ある年のこと、日照りが続き、田植えができません。
  庄屋どんは、雨さえ降らせてくれたら、娘を嫁にやろうというと、それを蛇が
聞いていたのです。
  やがて、雨が降り出し、田植えができると、村の人たちは喜びました。
  その時、庄屋どんの足元で、
 「約束を破れば、大雨を降らせ田畑を流すぞ」
といい残し、蛇は姿を消したのでした。しかし、嫁にやるわけにはいかず、
庄屋どんは庭に頑丈なお堂を建て、娘を入れることにしたのです。
 
 嫁入りの日が来ました。
娘は、白い着物を着て、お堂に入り、中から鍵をかけました。そこへ、若侍
が現われ、お堂に戸口がないのを知り、怒り、姿を大蛇に変え、お堂を七巻
きに巻きしめたのです。すると嵐になり、蛇は、雨風の力を借りて、お堂を根
こそぎつぶそうと、揺さ振り始めました。
  その時、娘の耳に、タプタプと寄せる水音に交じって、サワサワ、サワサワと
小さな音が聞こえてきたのです。音は、次第に数を増して、お堂のまわりを
取り囲みました。すると、ドォン、ダァンと何やらのたうつ音がして、サワサワ、
ドォン、ダァン、と、二つの音は、低く響き続けました。           
 
やがて音が止み、ひび割れたお堂の透き間から、朝日が射し込んできたの
です。
庄屋どんに、手を引かれて外に出た娘は、老いた松の木のような大蛇が、
お堂の周りを取り巻
き、転がっているのを見たのです。そして、めくれ上がったうろこの下には、
娘にお米のとぎ汁を
もらっていたかに達が、一匹、一匹、はさみつき、そのまま死んでいたので
した。
       六月の話   かにの恩返し 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
                           日本民話の会・編 国土社 刊 
 
この他に、蛇をやっつけるのにひょうたんと針を使ったものや、蛇に変わって、
猿やかっぱの場合
もあります。これもお馴染みの民話でしょう。
かにの恩返し説話は、古くから語りつがれ「日本霊異記」や「今昔物語」に記
録されています。学生時代に、京都の山城の町にある蟹満寺というお寺を訪
ねた時、この話とそっくりの「蟹満寺縁起」が残されていました。
 
それにしても、悪役の蛇は、哀れです。
もとはといえば、約束を破った庄屋どんが、その責めを受けるべきです。
事実、進学教室でこの話をした時に、「悪いのは庄屋さん!」と、不満そうにい
った女の子達が何人もいました。子ども達は、「事の善し悪し」を考え、自分な
りに判断し、それを言葉で表現できる年齢に差し掛かっています。こういったこ
とからも、「話の読み聞かせ」は、ご両親の大切な仕事であることがわかります
ね。
 
また、「安珍清姫」の話も、大きくなったら妻にしようと戯れにいったことを信じ
た清姫が、だまされたことを知り、道成寺に逃れ、釣り鐘に隠れた安珍を、蛇
に変身した清姫が七巻にして殺しますが、これも悪いのは、戯言(ざれごと)を
いった安珍です。
「か弱き女性をだますと、あとが恐いよ!」
と、その執念深さを、蛇が演じているだけに、一層、説得力がありますね(笑)。  
 
仏教には殺生、妄語、偸盗、邪淫、飲酒を戒めた五戒がありますが、庄屋は、
動物の妻にするのは邪淫戒になり、嘘をついたので妄語戒と二つの戒めを破
り、安珍は嘘をついたので妄語戒を犯したにことになりますから、それぞれ厳
罰を受けるのですが、庄屋は助かるのは、子どもが聞く昔話だからでしょうが、
子どもたちはしっかりと怒っていますね。(偉い!)
 
もう一つ紹介しましょう。
きつねが人を化かす話も、むかし話にはたくさんありますが、新美南吉の「ご
んぎつね」の悲しい結末と違い、ほのぼのとなる話があります。
                          
        ◆きつねのかんちがい◆
 むかし、あるところに、惣五郎という若者がいました。
ある年の田植どきのことです。惣五郎さんは三反御作(広さ三十アール)も
あるたんぼを、一日で田植えをし、家へ帰る途中、畑の中にある井戸水を
飲もうと、つるべ(水を汲み上げる桶)を上げると、その中に、溺れ死んだ子
ぎつねが、入っていたのでした。惣五郎さんは、かわいそうに思い、畑の隅
に穴を掘って埋めてあげました。
      
 ところが、夜中に大勢の人が声を合わせて、
 「お田を引いたで惣五郎! 三反御作みんな引いただ!」
と、怒ったような声で歌い、二、三回繰り返すと静かになったのです。惣五
郎さんは、不思議に思ったのですが、そのまま眠ってしまいました。     
      
翌朝、たんぼへ行くと、田植えをしたばかりの‘三反御作’の苗が全部、引き
抜かれていたのです。きつねの仕業かなと思った惣五郎さんは、子ぎつね
を埋めた所へ行ってみると、穴は、掘り返されていました。きつねは、勘違
いをしたなと思った惣五郎さんは、きつねの棲んでいそうな竹薮や、林の中
を歩きながら、
 「死んでいた子ぎつねを拾い、お墓を作ったんだ。誤解しないでくれ!」      
 と、大声で叫んだのです。
   
 すると夜中に、
  「お田引いて すまなんだ! 三反御作 また植えたあ!」     
  と、二度ほど繰り返し歌い、静かになったのです。
  あくる朝、戸をあけると大きな鏡餅が一枚置いてあり、三反御作の苗も、植
え直してありました。
  惣五郎さんは、きつねに気持ちが通じたことがわかり、とても嬉しかったの
でした。                           
            新訂・子どもに聞かせる 日本の民話   大川 悦生 著
                                    実業之日本社 刊 
      
坪田譲治の、子どものために命をなくした「きつねとぶどう」や、新美南吉の、
人間と子ぎつねの心あたたまるやりとりを描いた「手袋を買いに」なども、ぜひ
読んであげたい童話です。
また、小川未明の、信仰とは何かを考えさせられる「頭を下げなかった少年」
(最後の一言が鮮やかです)や、献身的な子育ての後に子猫の幸せのために
姿を消す親猫を描いた「どこかに生きながら」も、見た目の美しさより、実用を
重んじて作った茶わんを褒める「殿様と茶わん」、神様からの授かりものといっ
て可愛がっていた娘を売り飛ばし、報復を受ける老夫婦を描いた「赤いろうそ
くと人魚」などの童話は、大人が読むべきで、キザな言葉で照れますが、心が
洗われます。              
お母さん方にお勧めしたいのは、「小川未明童話集 赤いろうそくと人魚 新
潮文庫」です。
 
ちなみに、日本語の表現の多彩さを少々。
春雨、五月雨(さみだれ)、夕立、俄雨(にわかあめ)、驟雨(しゅうう 夕立の漢
語的表現)、秋雨、時雨(しぐれ 秋から冬にかけて降る通り雨)氷雨、雨雪
(みぞれのこと)、四季折々の雨、やはり、日本人の感性は繊細ですね。
 
雨で忘れられない童謡があります。当時(昭和20年代)、私達は蛇の目の傘
をさしていました。中心部と周辺を黒、紺、赤色に塗り、中を白くして蛇の目の
形を表した傘で、竹骨に紙を貼り、油をひいた粗末なものでした。
    
   あめふり
   北原白秋 作詞  中山晋平 作曲
     あめあめ ふれふれ かあさんが
     じゃのめで おむかい うれしいな
     ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
 
     かけましょ かばんを かあさんの
     あとから ゆこゆこ かねがなる
     ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
     
     あらあら あのこは ずぶぬれだ
     やなぎの ねかたで ないている
     ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
     
     かあさん  ぼくのを かしましょか
     きみきみ このかさ さしたまえ
     ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
     
     ぼくなら いいんだ かあさんの
     おおきな じゃのめに はいってく
     ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
     
2行目の「おむかい」は、原詩は歴史的仮名遣いの「オムカヒ」になっており、
「おむかい」と読みます。昔の日本語は、書き方と読み方が違うからですが、東
京方面の古い方言で、「おむかえ」がなまって「おむかい」になったそうです。
発表された大正14年頃、白秋は小田原に住んでいたので、この言葉を使っ
たのですが、「改訂版 しょうがくせいおんがく」(昭和33年発行)から「おむか
え」に変えて掲載。このときから「おむかえ」と歌い始めたそうです。(「Yahoo!
知恵袋」より要約)
     
繰り返しますが、童謡は情操の発達と深いかかわりを持つ、思い出のしみこむ
「成長の記録」ではないでしょうか。お子さんが一緒に歌える童謡、あります
か。
 
全く手入れをしない我が家の紫陽花は、けなげにも花を咲かせ、きちんと季節
を伝えてくれています。紫陽花には雨が似合いますが、梅雨入りしませんね。
昨年は6月7日に梅雨入りしましたが、さて、今年はどうなるでしょうか。メルマ
ガが配信される頃になるのでは……。
    (次回は「七夕祭りでしょう」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第8章(2)何にもないのかな 水無月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第29号-
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第8章(2) 何にもないのかな   水 無 月
 
 
★★しみじみとうまいにぎり飯★★
 
日本人に生まれてよかったなと思うことはたくさんありますが、米の飯を食べ
られるのも、その一つです。米の飯ほどうまいものはありません。寿司や鰻重、
すき焼きなどでは、魚や鰻、肉が主役になり、称賛を浴びがちですが、どっこ
い、縁の下の力持ちは、何といっても「ご飯」です。米が、まずけりゃ話にな
りません。トロだろうが、天然物だろうが、霜降りだろうが、米に袖にされた
ら、もういけません。やっぱり、米は偉い。
 
この話をすると、何とも貧弱な食生活をと思われるかもしれません。事実、そ
の通りで食も細いのですが、しかし、しみじみと米のうまさがわかるのは、
「にぎり飯」ではないでしょうか。
炊きたてのご飯を、手につけた塩で握り、海苔をまいて食べる。中身は、梅干
しやかつお節があれば、もう、それで十分。こんなに簡単で、安く出来上がり、
満腹感を味わえる食べ物は、他にあるでしょうか。小さく握ると、これが酒の
肴になり、こたえられません。にぎり飯、というよりは「おにぎり」の方がふ
さわしいかもしれませんが、このおにぎりには、忘れがたい思い出がしみ込ん
でいます。
現代っ子には、絶対に味わえない食べ物、それは「おこげのおにぎり」です。
今は電気炊飯器で米を炊きますが、昔はまきを燃やし釜で炊いていましたから、
熱効率の関係で、釜の底に、こげたご飯がへばりついていたものでした。これ
に、少し醤油をかけ、しゃもじでかき集め、握ってもらうのです。何ともうま
かった、絶品でしたね。
戦後の食糧難の時代で、とにかくお腹を空かしていましたから、これが楽しみ
でした。
 
電気炊飯器では、上手に炊けて、おこげなどできないようですが、便利になり
すぎると、失うものも出てきます。このことを考えるべきではないでしょうか。
何事も工夫しなくなると、受け身になりがちです。コンビニやスーパーなどで
売っているおにぎりを、子どもに食べさせてはいけないと思いますね。
お母さんの手作りだからこそ、「おにぎり」であり美味いのです。手作りだか
らこそ、お母さんの愛情が伝わるのではないでしょうか。何とも不遜な言葉で
嫌いですが、飽食の時代とか、「しみじみとうまい!」などといった味わい方
を、どこかへ置き忘れているようですね。
ちなみに、東日本では「おむすび」、西日本では「おにぎり」と呼ばれている
そうで、私は小学校5年生まで関西に住んでいたためか、「おにぎり」だと思
っていました(笑)。
 
ところで、お米はいつから日本の主食になったのでしょうか。
 
 稲はもともと中国南部の山岳地帯で生まれたとされています。そこから北へ
 広がったものが、現在の日本で食べられているお米の短粒種“ジャポニカ米”
 です。“ジャポニカ米”は縄文時代後期に中国から北九州に伝わり、そこか
 ら長い年月をかけ、明治時代になりやっと北海道まで伝わりました。という
 ことは、お米が日本全国で主食になったのは、今からおよそ140年前、明
 治時代からだったのです。5月は田植えの季節です。美味しいお米ができる
 秋が楽しみですね。
 (平成25年5月現在の「聖徳大学附属小学校のホームページ」より)
 
お米といえば思い出すのが、日本画の巨匠、横山大観のエピソードで、「酒は
米から造るのだから、酒を呑んでいれば飯を食べたことになる」とおっしゃり、
主食は酒だったそうです。まるで仙人のようで、私もあやかりたいのですが、
真偽のほどは、定かではありません(笑)。
 
巨匠の逸話が出たところで、といっては畏れ多い話ですが、地方には、とてつ
もない立派な美術館があります。
島根県安来市にある足立美術館もその一つです。
大観をはじめ近代日本画と陶芸、彫刻、蒔絵など魅力的なコレクションには堪
能させられますが、日本で初めて女性として、さらに親子で文化勲章を受章さ
れた上村松園画伯の生涯を描いた宮尾登美子さんの小説「序の舞」を読み、一
度は本物にお目にかかりたいものだと願っていただけに、傑作といわれている
「娘美雪」を目の前にしたときの感激は、今でも忘れがたい思い出となってい
ます。思わぬ巡り会い、旅の醍醐味ですね。
 
さらに、主役の美術館に勝るとも劣らぬ脇役の日本庭園が何とも素晴らしく、
米国の日本庭園専門雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』
が実施している、全国900ヵ所以上の名所旧跡の日本庭園ランキング
(Shiosai Ranking)では、初回の2003年から2017年まで、連続15年
間日本一の栄耀に輝き、フランスの『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』
では、3つ星の評価を受けたと同美術館のホームページに出ていました。
☆☆☆は必見、わざわざ旅行する価値がある、☆☆は寄り道する価値がある、
☆は興味深いで評価した外国人観光客向けのガイドブックです。
「足立美術館」と打ち込むだけで、世界が認めた庭園と展示されている作品を
見ることができますから、ご覧になってはいかがでしょうか。四季の庭園の様
子をライブで紹介していますが、「素晴らしい!」の一言ですね。
2017年日本庭園ランキング上位5位までを紹介しておきましょう、いずれ
もパソコンで見ることができます。
   1位 足立美術館(島根県)
   2位 桂離宮(京都府)
   3位 山本亭(東京都)
   4位 京都平安ホテル(京都府)            
   5位 佳翆苑皆美(島根県)
 
それにしても、宮尾登美子さんは、すごい。
「序の舞」の津也、「一弦の琴」の苗、「松風の家」の由良子、「伽羅の香り」
の葵、「きのね」の光乃、「蔵」の烈、「陽暉楼」の房子、「櫂」の喜和、そ
して「天涯の花」の珠子など、凄まじい生き方に圧倒されてしまいます。
御年八十云歳の宮尾さんは、執筆意欲は衰えず、自伝的長編「櫂」「春燈」
「朱夏」「仁淀川」の続編に挑戦する話を新聞で読み、中国からそれこそ着の
み着のままで郷里、土佐に帰ってきた主人公、綾子に、五度、巡り合える日を
楽しみにしていたのですが、冥界へ旅立たれてしまい、再会できませんでした。
(泪)
 
何かと話題になる慰安婦問題、宮尾さんのお父さんもその種の仕事をしていた
ので、従軍看護婦はいても従軍慰安婦など存在していなかったことがわかるだ
けに、歯がゆい思いをしているのは私だけでしょうか。国と国とが条約で決め
たことを蒸し返され、ひたすら謝るだけでは解決しません。次世代の子ども達
に顔向けできないほど深刻な事態になっていることを、わが子を育てる親の立
場で考える必要があるのではないでしょうか。「水に流す式」の日本独特の解
決策は、日本人だけに通じるもので、外国では「意味不明」となり、「不信感
を与えるだけだろ」と明治生まれの頑固親父は、事あるごとにいっていました
が、一理あると思います。文章できちんと残しておく、それでも反古にしてし
まう国もあるのですから。(注 反古 一方的に約束を破ること 新明解辞典)
 
話を元に戻しまして、これまた何かと話題になる給食問題。
その是非は置くとして、お母さんが真心をこめて弁当を作ってあげていれば、
親子の絆は切れることはありません、食べている本人が、お母さんの愛情をか
みしめているからです。給食から、何かが築かれていくのでしょうか。
「男の人にはわかるもんですか。毎日の献立だって大変なんですから、弁当ま
で手の回るわけがないでしょう」。
でも、お母さん方が、弁当を作ってもらった経験があれば、こういった声は出
ないと思います。
 
千葉県にある日出学園小学校の教育の特色に、こう書かれています。
 「お弁当」お昼はお弁当です。
 創立者、青木要吉先生の「お昼ご飯は、お母さんの愛情いっぱい詰まったお
 弁当…」ということで、70年以上もの間、受け継がれております。 
 
ところが、働くお母さん方を応援することから、本校でも購買部での販売を始
め、今ではインターネットで注文できるようになっています。すでに実施して
いる桐朋学園小学校は、「当日、寝坊したから学校の弁当を」はできない前月
に申し込むシステムですが、本校では、前日8時45分から当日8時45分ま
でに申し込めば、昼食に間に合います。昭和学院小学校も週2回給食で、残り
の3回は弁当または学院内の食堂で定期的に注文できるチャイルドランチで対
応しています。日本女子大学附属豊明小学校や聖心女子学院初等科が学童保育
をはじめましたから、これも時代の流れでしょうか。
 
とは言え、弁当は、おふくろの味です。
おふくろの味は真心であり、世界に一つしかない専用のレストランで調理され、
しかも好みに合う美味しいメニューしかありません。その弁当ですが、やはり、
ご飯ですね(笑)。
 
ところで、日本、いや、世界中を探険しているかと思うほど、あちらこちらに
出かけ、面白い探険記を読ませてくれる椎名誠氏といえば、生ビールとかつお
が大好きなことは、よく知られているようですが、何を隠そう、ご飯、大好き
人間なのです。
簡単明瞭に、エイ、ヤァ!と一刀両断にした傑作な文章があります。
 
 コメ、というのも非常にすぐれた携帯食料である。
  (1)食べるときに3倍以上に増える
  (2)常温でいつまでも腐りにくい
  (3)水と火さえあればいつでも食べられる。
 この3項目だけでもつくづく素晴らしい。
 これに対してパンはどうか。
  (1)中身がたいしてないくせにかさばる
  (2)ほうっておくとパサパサ化してカビがはえる
  (3)原料からつくるとなるとやれイースト菌はどこだとか、7時間はネ
     カセロだとか、オーブンはどこだ! トースターを持ってこい! 
     とかできたら早くくえ、などとうるさいことはなはだしい。
  (「でか足国探険記」 椎名誠 著 新潮社 刊 P153)
 
1ヵ月以上、旅に出るときの必携3点セットは、何と、ショーユ、コメ、カツ
オブシで、これに海苔があれば、我々いくところ無敵であるそうな。
「これに梅干しを加えていただきたいと、私は断固、主張したい!」
などと、東海林さだお氏風に言い張ることもないのですが。
この後、脆弱で傲慢なレタスを俎上にあげ、玉ねぎを尊敬し敬愛し嘆賞するの
ですが、これもおかしい。
もっとおかしいのは、ペンギンの話。歳時記に関係がありませんから省略しま
すが、この本は電車内など人目のあるところでは、絶対に読めないと、しみじ
みと思ったものです。突然、顔の筋肉が意志に関係なくゆるみ、押さえるのに
苦しい思いをするからです(笑)。
 
 
★★衣替え★★
 
幼稚園児から学生さん、そしてOL嬢の制服からお父さん方のスーツまで、見
事に様変わりする衣替えは、ご存知のごとく6月1日と10月1日です。
衣替えの起こりは、宮中の行事として始まったもので、平安朝では、旧暦の4
月1日と10月1日に行われていましたが、室町時代から複雑になり、江戸時
代のお武家さんの世界では、何と年4回も衣替えをしていたのです。
4月1日から5月4日までと9月1日から9月8日までは袷
 (あわせ-裏地のついた着物)、
5月5日から8月末日までは帷子(かたびら-裏地のない単衣仕立ての着物)、
9月9日から3月末日までは綿入れ
 (表布と裏布の間に綿を入れた着物)
を着るように定められていました。
冷暖房の施設もなかった時代ですから、衣替えで対処するのが生活の知恵だっ
たのでしょう。
現在のようになったのは明治以降で、学校や官公庁、銀行やデパートなど制服
を着る業界では、この日を境に冬装束から夏装束に改めます。
 
かつては、夏服に変わると、梅雨の湿った陽気にうんざりする心に、さわやか
な涼風を肌に送り10月には冬服に着替え、やってくる冬将軍に備えて気を引
き締めたものですが、今は、通勤、通学も冷暖房完備の電車ですし、家に帰れ
ばクーラー、ヒーターと至れり尽くせりですから、ファッションとしての要素
が強くなっているのではないでしょうか。
しかし、今年も節電を心がけ、今まで便利すぎた生活から無駄を省き、原子力
発電だけに頼らない社会を構築する心構えを持ちたいものです。
 
ところで、お母さん方には、衣類を虫やかびから守る大切な仕事が待ち受けて
います。女の子には、お手伝いをさせましょう。防虫剤を入れて、収納する仕
事です。小さいときから、このような季節を肌で感じることが出来る仕事は、
なおさらです。整理整頓を苦手とする女性が増えているようですが、その原因
は、幼児期の体験の差にあるのではないでしょうか。
 
衣類だけではなく、部屋の模様替えも一緒にやって、気分転換をしましょう。
子ども心にも、親の手伝いをするのはうれしいものです。そして、何よりの収
穫は、お母さんがこういった家事を、笑顔でテキパキと片付けていく姿を見て、
子ども達はたくさんのことを学んでいます。「子は親の背を見て育つ」は、ま
さに名言ではないでしょうか。
以前に紹介した、世界的なベストセラーになったドロシー・ロー・ノルトの
「子どもが育つ魔法の言葉」を思い出してください。この本こそ、親になる前
に出会いたかった数々の著書の一冊ですね。
確か皇太子様も、この魔法の言葉を紹介されていたと記憶しています。
 
連日の夏日、初旬には4月中旬に戻るなど、不安定な気候が続いていますが、
間もなく梅雨前線は、日本列島を覆い尽くします。そんな時、お母さんの笑顔
こそ、うっとうしい季節を乗り越える清涼剤であることを、忘れないでほしい
ですね、お父さんも同じですが(笑)。
 
  (次回は「父の日、その他」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第8章(1)何にもないのかな 水無月

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第28号-
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 第8章 (1)何にもないのかな   水 無 月
 
暦の上では、6月から夏です。夏の読み方は、「暑(あつ)」の転化したもの
といわれていますが、他にも「生(な)る」「暑(ねつ)」などの転化したもの
という説もあるそうです。
 
水無月(みなづき)のいわれは、たくさんあります。
旧暦6月は、梅雨も終わり、炎天下の酷暑の季節に入り、文字通り、水もかれ
つきるという説と、逆に、田植えも終わり、田に水を張る月「水張り月」「水
月」からきた説、また、農家のもっとも重要なイベントでもあった田植えが終
わったことから「皆仕月(みなしつき)」「皆月(みなつき)」からきた説、
そして、雷が多い季節から「かみなり月」の「か」と「り」をとり、「みな月」
という説もあるそうです。最後の「ゴロ合わせ」ではなく「語呂合わせ」がお
かしいですね。
 
 
★★大切な田植えの時です★★
 
6月といったら、「何といっても……」というものがありません。
毎日、雨が降り、むし暑くて、うっとうしい梅雨です。
この梅雨のいわれですが、梅の実が熟する頃に降る雨から梅雨、湿っぽくて黴
(かび)が生えやすい気候から黴雨、この他に梅雨を「つゆ」と読む場合もあ
ります。しとしとと降る雨が、木々の梢や葉にまとわりつき、露となって落ち
ていく様子から“つゆ”とも呼ばれたのではないかと私流に思い込み、趣のあ
る言葉で好きなのですが、諸説があって本当のことはわからないようです。
 
梅雨前線が、日本列島にどっしりと腰をすえ、うんざりする毎日です。しかし、
この時期に、しっかりと雨が降らなくては、困るものがあります。
お米です。
田植えの季節です。
菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)、柏の葉は、端午の節句の専売特許ではあり
ません。昔の5月は、今の6月頃にあたります。今のように、機械で苗を植え
るのと違い、田植えは、お百姓さんが、苗を1本1本、手で植えていました。
ですから、時間はかかり、田んぼが広ければ、人手もたくさん必要になります。
まさに、猫の手も借りたいほどの忙しさです。
「米」という字は、「八と十と八」からできています。お米は、種から芽を出
した苗を田んぼに植えて収穫し精米するまでに、人の手を八十八回わずらわす
といわれるほど、手がかかるのです。
 
さらに、天気にも左右されます。
ご存知のように、稲は水稲(すいとう)といって水田で栽培しますから、梅雨
にたくさん雨が降らなければ、田植えはできません。ちなみに、水稲より大量
の水を必要としない畑で栽培する稲、陸稲(おかぼ)もありますが、水稲に比
べ品質は劣り収穫量も少ないため、日陰の存在に甘んじているようです。
そして、夏に日照りが悪いと、稲はきちんと育ちません。しかし、日が照りす
ぎても、田んぼの水が干上がって、稲は駄目になります。また、稲は順調に育
っても、収穫前に台風がきて、たわわに実った稲穂が強風になぎ倒され、豪雨
で水に浸かってしまっては使いものになりません。自然とのかかわりは、宿命
的な因果関係のごとく厳しいですから、神頼みにならざるを得ないのです。
 
そこで、昔の人は知恵を絞り、田植えが無事に済み、たっぷりとお水をいただ
き、夏にはしっかりとお日さまに顔を出してもらい、稲が立派に育って、秋に
は、おいしいお米がたくさんとれるようにと、神様にお祈りをしたわけです。
米作りは、やり直しのきかない真剣勝負、人生そのものといえるのではないで
しょうか。
 
そのお祈りをするのは女性の役目で、早乙女(さおとめ)と呼ばれ、田植えを
する間、悪いことが起きないように、屋根を菖蒲の葉で作った小屋に集まり、
肉食を断つなどして身を清め、精進潔斎をし、一晩中、お祈りをしました。で
すから、昔の5月5日は、夏負けをしないように、匂いの強い草で、魔物を追
い出す日であり、田植えの準備の日でもあったのです。
 
浄瑠璃といえば近松門左衛門、そのすぐれた伝統芸能を観賞する機会はほとん
どありませんが、残された名作を本で読むことはできます。代表作の一つ、ど
うしようもない放蕩無頼で、典型的な自己中の不良青年、与兵衛を描いた「女
殺油地獄」の中に、「五月五日の一夜を女の家と言うぞかし」とあり、男の祭
りではなく、無事に田植えを行えるよう祈願する女性の祭りであることがわか
ります。
 
その田植えですが、本当に、たいへんな仕事です。
私も、子どもの頃に猫の手になり、手伝った経験があります。泥んこの田んぼ
に足をつけたまま、幅1メートルほどの範囲を、10センチ間隔ほどに苗を植
えていくのです、腰をかがめて。これを30分程続けると、完全に腰にきます。
伸ばすと、ボリッと音がするほど、筋肉は、まいってしまいます。
毎年、天皇陛下が苗を植えるお姿をテレビで拝見していますが、収穫された米
は伊勢神宮に奉納されるそうです。「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)
の実る国(神意によって稲が豊かに実り、栄える国)」、これは日本国の美称
として使われる言葉ですが、皇室の儀式とはいえご高齢だけに、無理をなさら
ないでほしいと思っていたところ、あるコラムで、「陛下の田植えは5株ほど」
と知り、妙に安心しました。繰り返しますが、本当に大変な仕事だからです
(笑)。
 
夏になると、稲のまわりに雑草が生えますが、これを取り除くのも一苦労です。
また、腰をまげて、手で雑草を取ります。これが、かんかん照りの太陽のもと
での作業ですから、田んぼの水は、それこそ生ぬるく、草いきれで、むっとす
る匂いには、泣かされました。蛭(ひる)という人の血を吸う虫もいて、環境
のよい仕事場ではありませんでした。日本の夏は高温多湿であるだけに、少し
でも手を抜くと雑草が生え、稲の成長を妨げますから手入れが大変で、まるで
わが子を育てるのと同じだとお百姓さんに聞いたことがありますが、子どもを
育てて実感しました。
手を抜いた分、親が考えもしなかった色に染まってしまうのですから。「手を
抜く」といっても育児を放棄するのではなく、ちょっとした思い違いから、親
子の絆にひびの入ることもあるものです。「おかしいな?」と感じた時は、親
から子どもに話しかけるべきではないでしょうか。そういう時は、子ども自身
も迷っているはずだからです。
 
さて、最後の収穫、これも1株、1株、鎌(かま)で刈っていきます。繰り返
しますが、お百姓さんの腰が曲がるわけです。刈った稲を、今度は、天日で乾
かします。それを脱穀機で稲穂を取り、もみ殻にして、これを精米機にかけ、
やっとお米になるのです。農業の機械化というのでしょうか、田植えから脱穀
まで、全部、機械でできるそうですから、これは、すごい省力化です。そうい
えば、最近、腰の曲がったお百姓さんを、あまり、見かけません。「農業に従
事する若者がいないのですよ」といわれそうですが、省力化の結果ではないで
しょうか。
 
田植えは、実りの秋への出発点です。ですから、この時期の天候は、本当に神
頼みでした。私の住んでいる川越でも、田んぼに水が張られ、まもなく田植え
が始まります。JR埼京線や東武東上線の車窓からの眺めは、関東平野であるこ
とを実感できます。
 
勝手な思い込みですが、日本のお米ほどうまいものはありません。
貿易の自由化で外米が入ってきても、「私は日本産のお米しか食べません!」
などと農家を援護するけなげな心構えのようですが、本当のことをいえば、日
本酒が大好きだからです(笑)。日本酒がうまいのは、美味しいお米と水がある
からで、またしても日本人に生まれたことを感謝せざるを得ませんね。
 
 
★★てるてる坊主★★
 
この月は、しっかりと雨が降ってくれなくては困りますが、雨が降ってほしく
ない時もあります。
子どもの頃、遠足や運動会の前日に、てるてる坊主を作ったものでした。今で
も、この風習は残っているようです。天気にしてくれた時には、目、鼻、口を
つけてあげた記憶があります。
 
 てるてる坊主
  作詞 浅原 鏡村  作曲 中山 晋平
 
  (1)てるてる坊主 てる坊主 明日天気にしておくれ
     いつかの夢の空のように はれたら金の鈴あげよ
 
  (2)てるてる坊主 てる坊主 明日天気にしておくれ
     私の願いを聞いたなら  甘いお酒をたんと飲ましょ
 
  (3)てるてる坊主 てる坊主 明日天気にしておくれ
     それでも曇って泣いたなら そなたの首をチョンと切るぞ
            (注 浅原鏡村は、小説家浅原六郎の別名)
 
幼子の「どうしても晴れてほしいなぁ!」という気持ちが伝わってきます。
「しかし、しかしです」と何も興奮することはありませんが、「てるてる坊主
は、坊主ではなく娘さんです!」と聞けば、「ナヌ!?」となりませんか。発
祥の地は、またしても中国でした。
 
 てるてる坊主の起源は、中国で掃晴娘(そうせいじょ)とよばれる、ほうき
 を持った女性の紙人形をつるす風習からきている。娘がほうきで晴れ気を掃
 きよせ、晴天や幸運を招き寄せようとするまじないで、平安時代に日本へ入
 ってからは、なぜか坊主に代わってしまった。
  (日本の年中行事百科 2 夏 民具で見る日本人のくらしQ&A P14
                  監修 岩井 宏實 河出書房新社 刊)
 
お坊さんの頭は、つるつるで、何やら光り輝いていますし、明日の天気は神頼
み、いや、この場合は仏頼みで、晴れのイメージにつながったのでしょうか。
 
ところで、今はどうかわかりませんが、一時期、小学校の音楽の教科書の中に
はなく、ラジオなどで流す場合は3番をカットするケースがあったようです。
その理由は、歌詞の3番に、
「それでも曇って泣いたなら そなたの首をチョンと切るぞ」
とありますが、それは自分の願いを聞き届けさせようとする「脅迫信仰」であ
って、童謡らしくない残酷な表現だからだそうです。
作詞者のイメージとしては、残酷に処刑するのではなく、「晴れなかったら承
知しないからね!」と、どうしても晴れてほしい切実な願い、その気持ちを表
現したかったのではないでしょうか。
映画やテレビ、漫画、DSのゲームなどでは、もっと残酷な場面を映像で見せ
つけているではありませんか。詩は、イメージです。こんなことまで規制され
るのは、情操教育を考えると、首を傾げたくなります。残酷な犯罪は、きちん
とイメージできないから起きるのではないでしょうか。
 
ですから、「イメージ化できる」ことは、非常に大切な感性です。感性こそ、
子どもの時から様々な経験を積み重ね、磨いていくものです。以前にもお話し
ましたが、イメージ化を培う力は、読書と何事にも自力で挑戦する生活体験で
す。文字を読み取り、その世界を作り上げる作業は、人格を築き上げる大切な
学習です。若者の活字離れが指摘され久しくなりますが、思考力や思想を構築
する力が劣るわけです。お子さんに本を読む習慣を身にけさせるには、本の読
み聞かせと、ご両親の読書をする姿をしっかりと見せておくことです。
 
そして、何事も自力で挑戦する意欲を育てましょう。失敗を恐れる子にしては
いけません。「為せば成る」ではありませんが、試行錯誤を積み重ねることか
ら、工夫する力も忍耐力も育まれます。
「そんなこともできないのは、駄目な子なの!」
などというお母さんがいると聞きますが、「できるように頑張る子に育てるの
が親の仕事」です。
幼児教育に携わってきて感じるのは、お母さん方はあまりにも不用意に、子ど
もに劣等感を植え付ける言葉を投げがちです。同じ言葉をご主人に言われれば、
柳眉を逆立て、猛烈に反撃するでしょうに。(立腹!)
ご両親のさじ加減で、お子さんの潜在能力は開発されることを肝に銘じてほし
いものです。
 
蛇足になりますが、「成せばなる」は、私たちの世代では、東京オリンピック
(1964年)で「東洋の魔女」を率いて、女子バレーボールで金メダルを勝
ち取った、故、大松博文監督の言葉としてなじみ深いものですが、本当はもっ
と長い文章で、その頭文字の5個をとったものです。
 
江戸時代の後期、米沢藩主の上杉鷹山が、家臣に教訓として「為せば成る。為
さねばならぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」と詠み与えたものですが、
それより以前に、武田信玄が「為せば成る、為さねばならぬ。成る業を成らぬ
と捨つる人の儚(はかな)さ」と、よく似た歌を詠んでおり、鷹山の言葉は、
これを変えたものだといわれているそうです。(「故事ことわざ辞典」より)
 
ところで、これは最近、知ったことですが、4番まであった「てるてる坊主」
を、何と作曲者が1番を削除し、今の形にしたとか。その1番の歌とは、
 (1)てるてる坊主 てる坊主
    あした天気にしておくれ
    もしも曇って 泣いてたら
    空をながめて みんなで泣こう
      (www.tenki.jp/suppl/usagida/2015/05/14/3771.htmtより
作詞家ではありません、作曲家の中山晋平です。
何ともやさしくて、いいと思いませんか。詳しいことをお知りになりたい方、
「てるてる坊主」で検索すると、いろんな情報にヒットできます。
 
  (次回は、「しみじみとうまいにぎり飯」他についてお話しましょう)
 
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第7章 端午の節句です(4)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第27号-
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第7章 端午の節句です(4) 
 
 
★★五月に読んであげたい本★★  
 
「桃太郎」や「金太郎」は、おなじみのむかし話ですからさて置き、こわい話
を紹介しましょう。
 
 
◆めしを食わぬよめ◆   松谷 みよ子 著
 
むかし、ある村に、たいそうけちな男がいました。嫁に食わせる飯がもったい
ないから、飯を食わぬ嫁を探してくれというのです。
ある日のこと、十六、七の姉さまが訪ねてきて、ご飯を食べずに働くから嫁に
してくれという。暮らしてみると、ご飯を食べず、しかも働き者です。ところ
が、毎日、米もみそも減っています。不思議に思った男は、次の日、仕事に出
かけたふりをして、戸のふし穴からのぞいてみたところ、髪をほどいた頭の中
に、大きな口があり、飯にみそをつけ、にぎっては放りこみ、大がまの飯を全
部、食べてしまったのです。
男は、夕方になると、知らぬふりをして家に帰り、別れ話をすると、にわかに
髪をふりみだし、頭の口をパックリとあけて、恐ろしい山姥(やまんば)にな
ったのです。逃げ出そうとする男をつまみあげ、ふろ桶の中へ放りこみ、桶に
帯をかけて背負うと、山へむかって走りだしました。男は、何とか助かろうと、
桶から顔を出してみると、頭の上に木の枝があったのでとびつき、木からすべ
りおり、山をかけおり、ふもとまで来たのですが、気づいた山姥が、追いかけ
てきます。男は、そばの草むらに逃げ込みました。そこには、菖蒲がたくさん
生えていたのです。
「魔除けの菖蒲にはかなわない」と、山姥は悔しそうにいい、山へ帰って行っ
たのです。
菖蒲が魔除けの草として、五月の節句に飾られるようになったのは、この時か
らだといわれています。
   五月のはなし  ももたろう 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
   日本民話の会 編 国土社 刊     
 
話によっては、蓬(よもぎ)も生えている草むらになっているものや、風呂桶
ではなく背負いかごのもあります。面白いことに、「この日が、実は、5月5
日であった」という話も残っています。
 
子どもは、こわい話を聞きたがりますが、本当は、こわがりなのです。話だけ
では、頭に大口がある姿を想像できませんから聞いていますが、本の場合は絵
がありますから、こわがります。
ある時、絵本を見せながら読んだところ、こわそうな顔をして聞いていました。
喜怒哀楽の情緒も分化されてくる時期ですから、こわいものには、本当にこわ
がり始めます。
この話でも、頭の口で食べるところでは、
「これからこわーくなるから、こわい人は……、耳を、ふさいで、いいのだよ
ー」     
といかにもこわそうにいうと、耳をふさいで下を向くのは、男の子が多いです
ね。食い入るように話を聞いているのは、案外、女の子なのです。肝が座って
いるのですね、小さい頃から。           
あまり恐怖感を与えるのは考えものですが、こういった刺激を与え、情緒を育
んでいくことも、昔話の大切な役目ではないでしょうか。恐怖感も、きちんと
結末で拭ってくれる配慮がしてあるからです。    
 
探してみるものですね。この話を見つけたときは、本当にうれしくなりました。
鯉のぼりの制作者は、意外にも、お侍さんだったのです。
 
 
◆コイのぼりのはじまり◆(伝説 墨田区) 
 
江戸時代のことです。
端午の節句が近づいたある日、江戸の町を一人の侍が歩いていました。武家屋
敷の庭には、祝いの旗や、のぼりが立てられ、道では、侍の子が、紙のかぶと
をかぶり、しょうぶで作った刀を振り回していますが、町人の住む町の子ども
達は、かぶとも、しょうぶの刀も差していないことに気づいたのです。
染め物屋の家からは、のぼりを立ててくれとせがむ子どもの声が聞こえました。
「あれは、お侍さんが立てるものだからできない」と話しますが、納得しない
で、泣きじゃくっているではありませんか。
そこへ、お侍が入って来て、大きな紙4枚と太い筆を借り、1枚の紙に大きな
コイを描き、別の紙には、反対向きのコイを描きあげました。2枚の絵を合わ
せると、1匹のコイになるのです。もう1匹描くから、節句の前日までに、黒
と赤に染め上げてほしいといって店を出たのです。
約束の日に染め上げ、日に干していると、やってきた侍は、はさみと針を借り、
向きの違うコイ同士を、袋縫いに縫い合わせると、黒と赤の2匹のコイになっ
たのです。長いさおの先につけて、家の前に立てさせました。五月晴れの空を、
風に吹かれる真ゴイと緋ゴイ。周りには、町人や武士の子ども達も集まり嬉し
そうです。
お侍さんの名は赤荻柳和、武士というよりは俳句を作ることで知られた、心の
やさしい人だったそうです。こうして、次の年の5月5日から、江戸の町には
コイのぼりが、武士の家にも町人の家にも、立てられるようなったのです。
これが、コイのぼりの始まりだそうです。            
  県別ふるさとの民話 18  東京都の民話  日本児童文学者協会 編
  偕成社 刊 
                                     
「八十八夜」「若葉」「茶摘み」「すげの笠」といいますと、俳句の季語のよ
うな感じがして、夏の近いことを実感したものです。しかし、今はどうでしょ
うか。こういった風物詩も、「テレビで拝見」で終わっているようです。季節
を感じる余裕がなくなってしまったのでしょうか、もったいないと思います。
自然が、四季折々の変化を告げてくれるのは、本当に有り難いことだからです。
 
この話に出てくる「ふるい屋」「古鉄(ふるがね)屋」も、説明がないとわか
らない仕事ですね。私の子どもの頃は、こういった行商屋さんが、金魚、風鈴、
豆腐、納豆、アイスキャンディーなどを売りに来たものです。中でも印象に残
っているのは、鍋やかまなどにできた穴を修理する「いかけ屋」さんで、道の
片隅にござを敷き、その上に道具を並べ、小さなふいご(携帯用送風機)で火
をおこし、焼けた鉄の棒で金属同士をくっつけてしまう「半田付け(はんだづ
け)」が、不思議だったことを覚えています。
 
                   
◆お茶屋とふるい屋と古鉄屋(ふるがねや)◆(山梨県の話)
 
 夏もちかづく  八十八夜
 野にも山にも  若葉がしげる
 あれに見えるは 茶摘みじゃないか
 あかねだすきに すげの笠
 
小学校唱歌「茶つみ」の歌です。子どもの頃、女の子が「せっせっせーのよい
よいよい」といってから、この歌をうたいながら遊ぶ、手遊びがありました。
この歌にある「八十八夜」は、暦の上で、立春の日(2月4日頃)から数えて
八十八日目、5月2日頃のことで、茶摘みが始まる季節です。
 
新しい芽を摘んで作った新茶売りの話があります。
ある日、一人のお茶売りが、「新茶ぁ、おいしい新茶だよ!」と、売り歩いて
いく後から、「ふるいー、ふるいー」といってふるい屋が歩いていきます。
「ふるい」とは、粉や砂など細かなものを、網目を通して落としたり、選り分
けする道具です。「新茶、ふるい」と売り声が並ぶと、新茶なのか古いのかわ
からず、誰も出てきません。
お茶屋さんは、新茶が売れないと怒りましたが、ふるい屋さんも、
「ここは天下の往来、文句があるなら、お前さんこそ、どこかへ行ってくれ」
とけんかを始めました。
そこへ、古鉄(ふるかね)屋さんが、通りかかり仲裁に入ったのです。古鉄屋
さんは、いらなくなった金物を買い取る商売です。二人から訳を聞くと、これ
から三人で売り歩こうといい、順番は、
「お茶屋さん、ふるい屋さん、私だ」という。
言われて三人が売り声をあげると、
「新茶ぁ、ふるいー、古鉄ぇ!」
となり、今度はいい商いができたのでした。    
 日づけのあるお話365日 
       五月のむかしの話  谷 真介 編・著 金の星社 刊
 
落語にも「売り声」という噺があり、お茶屋さんに代わり「魚屋」さんで、い
わしを売っていたと記憶しています。「いわし、ふるいー、ふるかねえ!」
 
どうしても紹介しておきたい話があるのですが、季節感が希薄なのです。棚ぼ
た式に出世する話、こういったうまい話は、あるところにはあるものです。観
音さまのご利益なのですが、運命は、本当に、どなたが決めるのでしょう。こ
の話は、「今昔物語」の巻16の第28話に出ている他、古本説話集、宇治拾
遺物語、雑談集にも、「長谷寺観音の霊験譚」として残されています。思いが
けない交換から利益を得ることを主題にした致富譚(ちふたん)の一つで、原
作を読むのは、少々しんどいですが、子ども向けに翻訳された本は、おもしろ
く読めます。芥川龍之介の愛読書であることもわかります。
 
 
◆わらしべ長者◆   阿部 律子 著
 
むかし、あるところに、お父にもお母にも死なれ、独りぼっちの貧乏な若者が
いました。
ある日、村の観音さまに祈っているうちに寝てしまったのですが、夢の中に観
音さまが現われ、
「ここから東に行き、初めに手につかんだものを大切にすべし」
と、お告げがあったのです。
急いで戻ろうとしたとき、石につまずき転びましたが、起き上がると、片手に
わらしべを握っていたのです。観音さまのお告げは、このことかもしれないと
わらしべを懐にしまい、東の方に歩いて行くと、1匹のあぶが飛んできたので
捕まえ、わらしべの先にくくりつけました。すると、牛車に乗っていた男の子
が欲しいというのであげると、ただでもらってはと、みかんを3つくれたので
す。
しばらくいくと、男が道端に倒れていて、水がほしいという。みかんを差し出
すと、お礼に反物をくれたのでした。これも観音さまのお陰かもしれないと、
なおも東へ向かって行くと都に出たのです。
すると、倒れた馬を囲んで、人々が騒いでいました。馬の持ち主が、若者に、
急用があるので、馬をやるから好きなようにしてくれというので、ただでもら
うわけにはと、反物をあげたのです。
若者は、馬を引きながら、さらに東の方へ行くと、大きな家から、旅支度をし
た主人が出てきて馬をくれ、もし、3年たってもわしがもどらなかったら、こ
の家も畑も、お前にやると言い、返事も聞かずに行ってしまったのです。若者
は、田畑を耕しながら、主人の帰りを待ったのですが、帰ってきませんでした
ので、若者は、その屋敷に住み、やがて、わらしべ長者と呼ばれる大金持ちに
なったのです。                     
    日本むかしばなし 12
     ふしぎなゆめ 民話の研究会 編 田木 宗太 絵 ポプラ社 刊
     
このように、安物が高価な物と交換されていく話は、ヨーロッパにはあまり見
られず、なぜか、インド、ベトナム、朝鮮、日本といったように東南アジアに
分布しているようです。そういえば、インドの原始仏典「ジャータカ」には、
ねずみ1匹から交換が始まり、豪商の婿さまに納まる出世物語が収められてい
ます。
「ジャータカ物語」や「パンチャタントラ物語」(世界で最も古い子ども向け
の物語集)もお勧めしたいのですが、最近、図書館でも見かけなくなりました。
パソコンで検索すると、かなり出版されているようです。あらすじを紹介して
いるものもあり、内容を把握できますから、のぞいてみましょう。
 
 (次回は、「何もないのかな 水無月」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第7章(3)端午の節句です

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第26号-
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第7章(3)端午の節句です  
 
 ★★竜とドラゴンは、どこが違うのかな★★ 
         
「先生、竜って、どこにいるのかな?」
映画「ジュラシックパーク」を見てきた子どもが、こう質問したものです。絶
滅したはずの恐竜が動き回っているのですから、不思議に思ったのでしょう。
怪獣ゴジラにキングギドラが戦いを挑んだときも、同じような質問を受けまし
た。人間の脳は、動くものを見ることで刺激を受け、新しい思考が始まるよう
です。空想の怪獣が動くことで、新しい疑問を感じるのでしょう。
竜といえば、芥川龍之介の小説「龍」や、上野の不忍池に、夜な夜な水を飲み
に現れたという名工、左甚五郎の彫った「龍」などから、名前には親近感があ
りますが、存在感はありません。困ったとき、頼りになるのは広辞苑、私には
心強い味方です。
 
それによると、「竜は、インド神話で蛇を神格化した人面蛇身の半神、中国で
は神霊視される鱗虫(蛇などうろこのある虫)の長」であり、その姿は、多国
籍軍のような寄せ集めとはいいませんが、ものすごく複雑なのです。
「頭はラクダ、角は鹿、眼は兎、耳は牛、うなじ(首筋)は蛇、うろこは鯉、
爪は鷹、手のひらは虎に、それぞれ似ている」
といわれているようです。これだけ集まれば、さて、どのような性格になるの
でしょうか、想像もつきません。棲息地は人里離れた、何やら訳ありの深い淵。
しかも、水の中で、おとなしくしているだけではありません。空さえ飛んでみ
せ、天にも昇ります。昇天の際には、雲を起こし、雨を呼び、強風を吹かせて、
稲妻を光らせ、雷まで響かせる、いかにも不思議な存在です。
 
そのせいでしょうか、竜を使った四字熟語には、威勢のよい、縁起のよいもの
がたくさんあります。
新明解「四字熟語辞典」によると、
「竜章鳳姿」は、威厳に満ちた立派な容姿、
「竜躍雲津」は、竜が空高く舞い上がり、銀河まで昇っていくように出世する
こと、
「龍虎相搏(そうはく)」「龍虎あいうつ」でおなじみの強いもの同士が戦う
こと、
「竜象之力」は、水中の竜や陸上の象のように、他に突出した力のことを表し
ます。
もっとも、「竜頭蛇尾」と、初めは勢いもよいのですが、終わりの方ではふる
わなくなる竜もいるようです。
 
幕末の志士といえば、忘れられないのが坂本龍馬ですが、その龍馬にふさわし
い故事があります。「竜馬(りゅうめ)の躓(つまず)き」、竜馬は足の速い
駿馬のことですが、駿馬でも何かのはずみで躓くことがあるという意味で、類
似語は「猿も木から落ちる」です。回天寸前に暗殺された龍馬、まさに「竜馬
の躓き」で、歴史は、非凡な人間に嫉妬するかのように、非情な運命を背負わ
すものですね。ちなみに英語では、“A horse may stumble though he has
four legs”「4本足の馬も時には転ぶ」だそうです。
(「故事ことわざ辞典」より)
 
また、「逆鱗(げきりん)」ということばがありますが、この「鱗(うろこ)」
は、竜のあごの下に逆さまに生えるもので、これに触れると竜は怒り狂うとい
われ、中国の古典「韓非子」に、天子(国を治める者)を竜にたとえ、天子か
ら激しい怒りをかうことを「逆鱗に触れる」と記されています。
 
しかし、東洋では、姿形からして何やら憎みきれない善玉的存在です。日本で
は、「竜神様」といい立派な神さまですし、「辰」として干支にも入っていま
す。「独眼竜」といえば、おなじみの武将、伊達政宗です。
 
ところが、西洋になると、一変して悪玉となるから面白いですね。ドラゴンで
表す西洋の竜は、悪の化身です。聖書の「黙示録」に、「年を経た蛇」として
登場します。そういえば、禁断の木の実を食べさせようと誘ったのは、蛇でし
た。このドラゴンを退治するために、英雄が登場します。これでは完全な悪役
に徹することになるのですが、竜が「宝の守護者」としての伝説があるのです
から、やはり、摩訶不思議な伝説上の産物なんですね。
 
楽しい童話があります。竜に会いたいと願っていた子どもが、会えたばかりか
竜を感激させ、その背中にのって空を飛ぶ、浜田広介の「竜の目に涙」です。
我が子が幼稚園時代に、夢中になってみていたテレビマンガ「日本昔話」のタ
イトルに、竜に乗った子どもが出てきた記憶があります。以前にも紹介しまし
た「泣いた赤鬼」とともに読んであげたい本です。         
 
                
 ★★五月五日は、母の日ですって…!?★★
 
「エッ、ウッソー!」と、いいたくなるでしょうが、嘘ではありません、本当
の話です。
 
昭和23年(1948)7月20日発布の法律第一七八号、国民の祝日に関する
法律(祝日法)には、「子どもの人格を重んじ、子どもの幸福をはかるとともに、
母に感謝する日」と定められている。
 (年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P100)
 
つまり、子どもの日は「法律的には母に感謝する日」でもあるのです。
「それでは、どうして、五月の第二日曜日が母の日で、カーネーションを贈る
ようになったのですか?」当然の疑問です、以下のような経緯があったのです。
 
 アメリカのウエストヴァージニアの教会に、ミス・ジャービスという女教師
 がいて、日曜学校の説教のとき、モーセの十戒の一つ「汝の父母を敬え」の
 章の解説に「母の恩の深いことを人に悟らせる方法を考えよ」と教えていた。
 彼女が亡くなり、その追悼式が命日に行われたとき、一人娘のアンナ・ジャ
 ービスは、母が好きだったという白いカーネーションを母に捧げることで母
 の教えを伝えていこうと思い、信者たちに白いカーネーションを配った。信
 者たちはそれを胸に飾り、教えの通り母への感謝を示したのである。
 この話を聞いたデパート経営者ジョン・ワナメーカーが、1908年5月の
 第二日曜日に母を讃える記念会を催して、アンナの話を人々に伝えた。これ
 がレディー・ファーストの国アメリカで大反響を呼び、1914年に、議会
 の決議を経て、ウィルソン大統領により国民の祝日として、5月の第二日曜
 日を「母の日」と決めたのである。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社刊 P100-101)
 
カーネーションの花言葉は「母の愛情」です。これも当然ながら意味がありま
す。
 
 カーネーションは、十字架にかけられたキリストを見送った聖母マリアが落
とした涙のあとに生じた可憐な花ともいわれ、母性愛の象徴となった。そして
それはキリストの復活につながり、復活したキリストと共に生まれた花として、
愛と喜びのシンボルとなった。白いカーネーションは生前のキリストとマリア
の涙、赤いカーネーションは復活したキリストである。
(年中行事を「科学」する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P102)
 
バレンタインデーのチョコレートはチョコレート屋さん、母の日のカーネーシ
ョンは花屋さん、クリスマスのデコレーション・ケーキはお菓子屋さんの企み
という感じがしますが、発案者のアンナさんは、こういった商業化、コマーシ
ャリズムには反対で、心を痛めていたそうです。
 
 
 ★★花言葉★★
 
花言葉に関しては、お母さんの方が詳しいのではないでしょうか。母の日のカ
ーネーションにちなみ、年中行事に関係のある花を選んでみました。
 
冬(12月-2月)
[そば]懐かしい思い出 ◆(そばののど越しと香りがわかります)
[松]不老長寿 同情 慈悲
[竹]節度 節操のある
[梅]高潔 上品 忍耐 忠実 独立 厳しい美しさ あでやかさ 気品
[裏白]無限に   ◆(縁起物の門松と鏡餅だけに納得できます)
[ゆず]温情 太平 ◆(鏡餅の存在を暗示しています)
[福寿草]幸福 幸せを招く 永久の幸福 回想 思い出 悲しき思い出
[椿]幸福 謙遜(赤)気取らない美しさ 控えめな愛
        (白)申し分ない愛らしさ 理想的な愛情 冷ややかな美しさ
 
[せり]清廉潔白  ◆(せりのおひたしは、まさにこの味です)
[ナズナ]すべてを捧げます
[御形(母子草)]いつも思う 優しい人 永遠の思い
「はこべら」 ランデブー 愛らしさ
[仏の座]調和 輝く心
[すずな]助け
[すずしろ]潔白  ◆(以上は春の七草です)
 
[大豆]親睦 ◆(鬼と親睦を図るわけではありません)
[ひいらぎ]機知 先見 用心
 
春(3月-5月)
[桃]天下無敵 チャーミング(花、しだれ桃)私はあなたのとりこ
   (実)愛嬌
[橘]純潔 ◆(お雛様は天下無敵と純潔に守られています)
 
[よもぎ]幸福 平和
[菜の花]快活な愛 小さな幸せ
[桜]純潔 精神美 淡白 ◆(かつて日本民族の矜持、プライドでした!)
[しょうぶ]やさしい心 忍耐 あなたを信じる
[柏]勇敢 独立 自由
[栴檀]意見の相違
[タンポポ]前途洋々 威厳  ◆(全く逆の花言葉もあります)
[チューリップ] 博愛 名声(黄) 実らぬ恋(紫) 不滅の愛(白)
         長く待ちました(斑入り) 美しい目
 
夏(6月-8月)
[あじさい]移り気 高慢 辛抱強い愛情 元気な女 無情
[朝顔]愛情 愛情の絆 平静 結束 短い愛
[ひまわり]私の目はあなただけを見つめる 憧れ 崇拝 熱愛 光輝 愛慕
[笹]ささやかな幸せ  ◆(「ささやか」、響きのいい言葉ですね)
[なす]よい語らい 優美 希望
[きゅうり]しゃれ  ◆(……!)
[ほおずき]いつわり ぎまん ◆(漢字で書くと[鬼灯/酸漿]です)
 
秋(9月-11月)
[萩]思い 思案 柔軟な精神 
[すすき(尾花)]活力 心が通じる 永久 忍耐
[葛]治療
[女郎花]親切 美人 はかない恋 永久 忍耐
[撫子]永遠の愛情 純愛
[藤袴]ためらい 思いやり
[桔梗]変わらぬ恋 従順  ◆(秋の七草)
 
[秋桜(コスモス)]乙女の真心 乙女の愛情(ピンク) 少女の純愛(赤)
          調和(白) 美麗 純潔 誠実
[菊]ろうたけた愛 わずかな愛(黄) 真実 誠実(白)
   私を信頼してください(濃色)
[葉鶏頭]情愛 見栄坊
     ◆(ケイトウというあだ名の友人がいましたが、納得!)  
[彼岸花]悲しい思い出 情熱 独立 再会 あきらめ
[しゅうかいどう]片思い
[赤飯]節操 粋 健康 あなたのために役立ちたい 
[白粉花]あなたを思う 内気、臆病 ◆(新 秋の七草)
 
[榊]不明(やはり、神さまに似合うのはこれでしょう 花言葉 北斗 多一
   郎)◆([不明]なのではなく、[不明]が花言葉です)
[栗]真心 豪華 満足
「さつま芋」乙女の純真  ◆(可憐な花です)
 
花言葉はたくさんあり選択に迷いましたが、ここでは花言葉のいわれを紹介す
るのではありませんから、年中行事に関係のあるものから選んでみました。掲
載した花言葉は、すべて「Yahoo! Japan」から検索したものです。「和紙つれ
づれ花言葉」は、出典を明らかにした親切な作品になっていましたが、検索し
たところヒットしませんでしたので、今回は「花言葉由来 hananokotoba.com/」
にもお世話になりました。
 
かつて、花を傘で切り倒す事件がありましたが、花に八つ当たりして、何かが
解決したのでしょうか。私たちが困難に立ち向かうときに、花や小動物が、い
かに勇気を与えてくれるか、体験したことがないのでしょうね。残念でなりま
せん。
 
余談になりますが、ご家庭での受験準備、いかがでしょうか。
先日、「おじいちゃん、かぶと虫を折ってください!」と孫からリクエストが
あり、これが難しくてパソコン相手に苦戦しています。第24号でもお話しし
ましたが、折り方の解説、難しいですね。わかっている人には簡単なのでしょ
うが、うまく折れません。
これは皆さんがやっている家庭学習でも同じことがいえるのではないでしょう
か。お子さんが「わかんない!」といったときは、本当にわからないのです。
「わかった!」と笑顔でいってくれるまで頑張る、賢いお母さんになってあげ
ましょう。
なかなか、完成図のようにならずにイライラしますが、孫の期待に背くわけに
もいかず、頑張らざるを得ません(笑)。
 
(次回は、「五月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 

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