HOME > めぇでるコラム > 2021幼稚園受験 > さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>(4)家事、やらせなさい(1)

めぇでるコラム

< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>(4)家事、やらせなさい(1)

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第11号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
独り立ちの準備 
(4)家事、やらせなさい(1)
 
3歳過ぎから旺盛になってくる好奇心、これを上手に利用したいものです。
女の子は、お母さんのお手伝いを始めます。
手伝わせましょう。
 
洗濯物などを一緒にたたみ、自分の物をしまわせる、女の子はやります。
しかも、楽しそうです。
台所にも、顔を出します。
包丁を使っていると、やりたそうに見ているでしょう。
一人で包丁を持たせるのは危険です。
しかし、興味を持ったときがチャンスです。
3歳になれば、はしを使って食事をし、はさみも使えるようになります。
かなり、手先も器用になるものです。
子ども用の包丁があります。
それで練習すれば、いいのではないでしょうか。
禁止や命令だけ出していると、お母さんのいないときに、そっとやりかねませ
ん。
 
果物などを洗わせるのも、いいでしょう。
これなら男の子もやりたがります。
いちごやみかんは、水に浮くのはわかるのですが、かぼちゃは、沈むはずだと
思っている子、います。
すいかなどは、絶対に浮かないと言い張ります。
見た経験がないからです。
私の子どもの頃は、冷蔵庫といっても、今のように電気で冷やすのではなく、
氷の冷気で冷やしていました。
氷が溶けてしまうと、温蔵庫に代わる不思議な代物です。
そういった冷蔵庫でも高嶺の花、贅沢品でしたから、縄でしばって井戸に放り
込んで冷やしていたので、すいかは沈まないものだと知っていました。
今は、すいかを丸ごと一個買うでしょうか。
半分か四分の一でしょう。
水に浮かばせる機会もありません。
 
名門小学校の入学試験に、こんな問題があります。
水槽の中に、いろいろなものが浮かんだり沈んだりしている絵があって、その
中でおかしいものに×をつける問題です。
年長さんでさえ、沈んでいるすいかを見ても、不思議に思わない子がいます。
こういったことを、入学試験用の問題集を買って、机の上で教えるのですから、
子どもも大変です。
こんなことばかりやっていると、暗記することが勉強だと思わないでしょうか。
この種の問題は、一回見せてあげれば理解できます。
学校側も、知識として知っているかを見ているわけではないでしょう。
生活体験です。
家事の手伝いをしていると、こういう経験をするはずです。
そこを見ていると思います。
 
「受験用の知識や礼儀作法なるものを泥縄式に詰め込んで、『受験準備、事足れ
り』とお考えでしたら、それは誤りであることに気づいてほしい」と、ある名
門小学校の校長先生が、学校説明会でおっしゃっていました。
やがて皆さんも、入園説明会へ足を運ぶことになりますが、多いところでは、
500名以上のご父母が集まります。
「泥縄式、その言やよし」ですね。
泥棒を捕まえてから、縛る縄をなうのですから、後手、後手です。
こんなことして、合格するわけはありません。
いろいろなことを泥縄式にさせられて、困るのはお子さん自身です。
受験のためではなく、ご両親は信念を持ってお子さんを育てることが大切です。
 
ところで、お手伝いでも、上手にできない場合があります。
たとえば、ガラスのコップをテーブルの上に運んでいる時に、落として割った
とします。
お母さんは、どうしますか。
「危ないから、じっとしていなさい!」
第一声は、これでしょう。
子どもは、びっくりしています。
やさしく言わないと、こんな時、何をするかわからないのが子どもです。
頭の中は真っ白になっていますから、何はさておき、じっとさせることですね。
手早く割れたコップの破片を取り除き、後始末です。
それから、落とした原因を聞きます。
子どもなりに考えます。
「ぬれていたので、すべってしまったの!」
それもあるでしょう、いろいろあります。
それで、いいのです。
考えることで、次に同じ失敗をしなければ、いいのですから。
 
駄目なお母さんは、ここで怒ります。
「ちゃんと持たないと駄目だと言っているでしょう、何を聞いているの、この
子は!」
「この子は」は、余計です。
駄目押ししているのです。
顔も、キッチリ駄目を出しているのですから、子どもは恐がっています。
こうやってしまっては、もう手を出さなくなります。
意欲をなくします。
いいではありませんか、コップの1つや2つ。
次からきちんとできれば、安いものでしょう。
 
お母さんも、こんな経験をしたことはありませんか。
お母さんは、家事のプロフェッショナルですが、お母さんも人間ですからたま
には失敗する時もあるでしょう。
例えば、本当に例えばの話ですが、お父さんが大切にしていたコーヒーカップ
を割ったとします。
訳を話して謝った、その時に、
「あなたは慌て者だから、気をつけないと駄目だと、いつも言っているだろ
う!」
などと言われたら、お母さんはどんな気持ちになりますか。
「フン、何、言っているの! わざと割ったのではありません。滑ってしまっ
たの!」
ふてくされ、いや、気分が悪くなりませんか。
子どもも同じです。
 
失敗した時、むやみに怒らないことです。
正しく状況を判断して、怒る理由があるときは、キッチリと怒りなさい。
それからでも遅くないのですから。
そうすれば、冷静に怒れます。
「冷静に怒れる?」、何やらおかしな言葉ですね。
冷静とは、その場の感情に動かされないことです。
冷静であれば、怒るでしょうか。
怒りませんね。
「叱る」と「怒る」の違いです。
そうすると、状況を客観的に把握でき、感情的にならずに対応できます。
これは、とても大切なことです。
なぜなら、単に失敗しただけでは叱らないという「叱る基準」が、きちんと決
まっているからです。
けじめのある子になります。
これが名門幼稚園側のいう育児の姿勢、ご家庭の教育方針です。
ご家庭と幼稚園の教育方針が限りなく近いことが、幼稚園を選ぶポイントにな
ります。
 
もっとおかしなお母さんがいます。
「また割られると困るから、ガラスのコップはやめて、アルミのコップに代え
ましょう。これなら落としても割れませんから」  
こんなことをすると何回も割りますし、無神経な、がさつな子になります。
教育の意味がわかっていません。
教育とは、読んで字のごとく、教え育てることです、しかも、意図的に。
絶好のチャンスを逃しています。
小学生になると、給食の時間に食器を乱暴に扱うようになるでしょう。
多くの場合、給食に使う食器類、ガラスや瀬戸物ではありませんから。
 
最後に一言。
以前、ある青少年犯罪係の偉い方が講演会で、「家事の好きな女の子に、非行少
女は、いません」とおっしゃったことがありましたが、一理あると思います。
お母さんが、いいお手本を見せているはずだからです。
きょう日のお母さん、こういいます。
「お手伝いなんかしなくていいの。そんな暇があるのなら勉強をしなさい!」
中学や高校受験になると、こうなるようです。
はっきりいって、これは間違いです。
味覚や服装のセンスは、母親が子に伝えるものです。
特に、料理です。
「おふくろの味」というではありませんか。
お母さんと一緒に台所に立って、お母さんの手さばきや料理の段取りを見て、
実地研修しながら、味付けを覚えたのではなかったでしょうか。
これも、一朝一夕に身につくものではありません。
お母さんは意図的に教え、子どもは習い、学ぶものです。
お子さんが大きくなった時には、きちんと教えてあげましょう。
1時間も2時間も台所に入りびたりになるのではありませんから。
これは勉強ではなくて、習い学ぶこと、学習です。
その心は、お母さんのようになりたい、そうではないでしょうか。
 
学習について、わかりやすい話があります。
キリスト、マホメット、お釈迦さまと共に世界の4大聖人の一人である孔子さ
まは、「論語物語」にある「うぐいすの声」でこういっています。
「『ホーホッケキョ!』ときれいに鳴く親鳥と、『ケキョ?』と不器用にしか鳴
けないひな鳥の声を聞きながら、ひな鳥は、親の鳴き声を一所懸命に聞き、繰
り返し、繰り返し練習をして、今に一人前に鳴けるようになる。その心は親鳥
のように鳴きたい。これを学習といって、『習い学ぶ』のは素晴らしいことだ」
と、息子に教える話です。
よいお手本を見て、一所懸命に学ぶ、これが幼児期の大切な学習です。
 
しかし、「お母さんのようになりたくない!」などと言われたら、これは、お母
さんの重大な責任です。
早期教育やお受験などで、知的な能力を高めることだけにこだわっていると、
こうなりがちではないでしょうか。
 
かつて、城山三郎氏の小説に「素直な戦士たち」(新潮社 刊)がありました。
この本では、中学受験を目指すお母さんは、典型的なマニュアルタイプで、も
のすごい子育てをしていますが、そういったお母さんにならないでほしいと思
います。
気になることがありましたら、ぜひ、この本をお読みになって下さい。
20数年前に発売された本ですが、いま読み返しても考えさせられてしまいま
す。
 (次回は、独り立ちの準備 (4)家事、やらせなさい (2)についてお話し
ましょう)

カテゴリ:

< Prev  |  一覧へ戻る  |  Next >

同じカテゴリの記事

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>(4)家事、やらせなさい(2)

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第12号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
独り立ちの準備 
(4)家事、やらせなさい 2
 
名門の小学校の入学試験には、親子で受ける面接試験がありますが、まだ、お
子さんは小さいですから、質問の内容も簡単なものです。
 
ある小学校の面接試験で、
「お母さんの得意なお料理はなんですか」
と聞かれたお嬢さんが、こう答えたそうです。
「電子レンジでチーンするカレーです」
レトルト食品、おいしくなりましたから一概には言えませんが、それでも手を
抜いていると、こんなことになりかねません。
そして、志望理由を聞かれたお母さんが、
「御校の手作りの教育に賛同いたしまして受験させていただきました」
と答えたそうで、先生方も驚かれたのではないでしょうか。
しかし、笑えません。
お母さんは、真剣に、真面目な顔をして答えたそうですから。
 
料理は、材料を揃えることから手際よい手順、味付けまで、大変な作業です。
楽しく台所の仕事に取り組む姿を見せてあげましょう。
女の子には、とても大切なお手本です。
ままごと遊びが始まると、お子さんの鋭い観察眼に驚くことがあります。
お手本は、お母さん自身になっているからです。
年齢にふさわしい家事に参加させ、お手伝いさせるのは、とても大事なことで
す。
出来ることから、無理なくさせてみましょう。
 
何かと物議をかもし出す給食廃止問題。
こういったことはないと思いますが、もし、お母さんが、弁当を全く作ったこ
とがなかったとしたら、子どもも親になったときには、弁当を作らないでしょ
う。
しかし、お母さんの弁当が楽しみだった経験があれば、作ります。
この差ではないでしょうか。
この弁当作りは、毎日のことですから、本当に大変です。
書店に行くと弁当の献立に関する本が、たくさんあることからもわかります。
お母さんが、
「お弁当、おいしかった?」
などと聞かなくても、子どもは、いろいろなことを学んでいます。
献立の苦心、食べる本人が、一番よく知っているからです。
お母さんの真心、絶対に通じています。
男の勝手な思い込みかもしれませんが、おふくろの味は、無償の愛ではないで
しょうか。
1940年生まれの私でさえ、戦後の食料のない時代であったにもかかわらず、
母親の作ってくれた、貧しい弁当の味をしっかりと覚えています。
 
話は変わりますが、横浜雙葉小学校の入学試験に、お弁当を食べる時間があり
ます。
入学試験に、です。
何を見ているのでしょう。
はしの持ち方から食事のマナーまで、いろいろなことがわかります。
もちろん、お母さんの料理の腕前も。
しかし、いくら腕前がよくても骨や野菜の食べられないものが残るのと、食べ
やすい大きさに作った、食べかすが残らない弁当では、どちらがいいでしょう
か。
コンビニエンス・ストアで買って間に合わせるお母さんは、いないと信じます
が、当世気質では、疑問の余地ありかもしれませんね。
 
やはり、弁当は、愛情です。
多くの方が希望される幼稚園、暁星幼稚園、雙葉小学校附属幼稚園、白百合学
園幼稚園、東洋英和幼稚園、田園調布雙葉小学校附属幼稚園、日本女子大学附
属豊明幼稚園、青山学院幼稚園、学習院幼稚園、成城学園幼稚園などは、すべ
て給食なしで、弁当です。
なぜでしょう。
 
制服のない幼稚園もあります。
味覚と同じように、服装のセンスも、小さいときから身につくのではないでし
ょうか。
昔のように、服を作ってあげなさいとは言いません。
しかし、ブランド製品で着せ飾るのは、お母さんの趣味でしょう。
でも、センスが悪いと、そのまま受け継ぎます。
 
こういう子もいます。
着ているもの全部、高級ブランド品です。
しかし、古い言葉ですが、中身は大和撫子です。
でも、今の若い子たち、読めるでしょうか。
「ダイワブシ」などと読まれたら、日本の国籍を返上してもらいたくなります。
しかし、心は育つのでしょうか。
高いのでしょ、ああいうのは。
プライドだけ高くなりませんか。
心は、形に現れるといいますけれど……。
金銭感覚は、どうなるのでしょう。
「ぜいたくは敵」にも「消費は美徳」にも戻りたくありません。
でも、
「これ、イブ・サン・ローランよ、おじちゃん!」
「……?」
返事のしようがないです、私の世代では。
 
女子大といえば、国立ではお茶の水女子大、私立では日本女子大が思い浮かぶ
方が多いと思われますが、制服はありません。
制服にあこがれて受験をする女の子がいるといわれるほど魅力のあるものだと
いわれているのですが、なぜでしょうか。
「女子を婦人として教育する」学校の附属幼稚園が、です……。
保育の方針も、他の幼稚園が一斉保育をやっていたときから自由保育です。
個性の尊重ということでしょうか。
 
話は変わりますが、制服は、全員一緒、「何事もみなさんで、全員集合!」とい
った雰囲気がありませんか。
日本人は、団体行動が好きです。
集団では、すごい力を発揮します。
企業戦士という集団になると、ものすごいことをやります。
だから、日本の企業は栄えたのでした。
ところが不景気になると、情け容赦なく、リストラでお役ご免となり、会社は
赤の他人になります。
終身雇用制度は、幻の制度となりつつあるようです。
「あんなに会社のために働いたのに……!」
お父さんの愚痴、お母さんと似ていませんか。
「手塩にかけて育ててあげたのに……!」
ご主人の仕事も、ご両親の育児も、これだけはさけたいものです。
 
服装のセンスは、味覚のセンスとともに、小さい時に、きちんとお子さんに伝
えなさいということではないでしょうか。
繰り返しますが、お手本はお母さんです。
これも大事だと思います。
「お母さんの作ってくれるお料理で好きなものは何ですか」
「お味噌汁です」
模擬面接で、こう答えた女の子のうれしそうな顔と、笑顔で応えていたお母さ
んの姿を忘れることができません。
面接で大切なのは、かっこいい受け答えではなく、こういった家庭の雰囲気、
育児の姿勢が、自然と現れるところにあることを記憶しておいていただきたい
と思います。
 
余談になりますが、豊明小学校は学童保育、アフタースクールを実施し、お仕
事を持つお母さん方から好評を得ているようですし、2月17日には、昨年に
続き「幼児教室対象学校説明会」を開催します。聖心女子学院初等科もアフタ
ースクールを始めましたが、私学の経営方針にも変化が現れてきたようです。
 
もうすぐ節分です。孫が3歳のときでしたが、「パパが、お鬼の面をかぶって出
てきたら、怖がって泣き出してしまいました」と長女は笑いながら電話をよこ
したことを思い出します。若い皆さん方は、豆まきをしなかったのではないで
しょうか。子どもの頃は、「物より思い出」が大切です。お父さん、頑張ってく
ださい!
 (次回は、独り立ちの準備(5)知識を詰め込むより情操教育です、につい
てお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>(3)あいさつも大事です

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第10号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
(3)あいさつも大事です
 
あいさつも大事です。
しつけと同じで、習慣です。
日常の積み重ねですから、小さい時から絶対に手を抜かないことです。
 
聞いてみましょう。
お母さん、朝、お父さんと目を合わせたとき、「おはようございます!」と、元
気よくあいさつをしていますか。
お父さんも、きちんと答えていますか。
やっていれば、お子さんもあいさつは、できているはずです。
 
お父さんに聞きましょう。
食事の時は、「いただきます」「お代わり」「ご馳走様」と元気よくやっています
か。
新聞片手に、ボソボソ食べて、ニューッとお茶わんだけ出して、お代わりをし
ていませんか。
それだけは、やめましょう。
テレビも消したいものです。
お子さんの生活習慣に、よくありません。
テレビを見ながらご飯を食べていると、集中力に欠けますから、ポロポロとこ
ぼしますし、ダラダラと時間もかかりがちです。
幼稚園へ行っても、同じことをします。
手のかかる子は、幼稚園でも歓迎されません。
 
会社へ行く時や外出する時に「行ってくるよ」、帰ってきたら「ただいま」と、
やっていますか。
「お休み」をいってから寝ていますか。
「ありがとう」と感謝の気持ち、大切にしていますか。
やっているのなら心配ありません。
あいさつ、礼儀作法は、何といってもご両親がお手本、親の率先垂範です。
できない子どもに、責任はありません。
これこそ、絶対に付け焼刃は、効きません。
小さい時からの積み重ねです。
「まだ、小さいし、その内できるようになるから無理をしない」とは、一見理
にかなっているようですが、手を抜き、おざなりにしていると、後で後悔する
ことになります。
基本的な生活習慣やしつけに関しては、何もせずに、その内できることなどは
ありません。
 
外で、ご近所の方と会った時は、少しばかりオーバーになって、「こんにちは」
とあいさつをしましょう。
だからといって、子どもがあいさつのできない時に、「ゴアイサツハ!」と強制
するのは、やめた方がいいですね。
条件反射になって、いわれなければできなくなることもあるからです。
もっと、すごいお母さんになると、「ごあいさつしなさい!」といって、頭をグ
イッとばかりに押さえ込みにかかります。
頭を押さえられている子どもの気持ちになってみましょう。
これは、恥ずかしいものです。
 
2、3歳頃までは、無邪気に頭を下げて、あいさつをしていたと思います。
「おう、坊や、偉いな!」
「さすが、お嬢ちゃんだね。女の子は、これだからかわいい!」
 褒められて嬉しいですから、あいさつをしていたのでしょう。
 
しかし、何やら妙な意識が働いて、そう単純にいかない場合もあります。
今までなかった戸惑いとでもいうのでしょうか。
本人は、「あいさつをしなくては」と思っていることは思っているらしいのです
が、タイミングの合わないこともあります。
そこで頭を押さえつけられて、さらに、「ゴアイサツハ!」と命令されるのです
から、子どもにとって面白いはずがありません。
子どもの自尊心、プライドは、どうなりますか。 
「子どもに自尊心があるのですか?」
冗談は抜きにしてください。
あります、いろいろな情緒が芽生えてくる時期です。
これを認めないと、お子さんの心は曲がっていきます。
 
3歳に入ると自立が始まるといいましたが、自立が始まると共に、さまざまな
感情も、いろいろなことを経験することにより、一緒に培われてきます。
それが、情緒です。
この情緒が、五歳頃になると、分化されていくといわれています。
今までは、おもちゃ箱の中に、おもちゃが雑然と入っていたのが、「自動車は、
ここ」、「ぬいぐるみは、こっち」、「ままごと道具は、あっち」というように、
きちんと整理されて入っていく状態になるらしいのです。
まだ、整然とは、いきませんが。
未分化だった情緒が分化して、大人に見られるような情緒が表れてくるそうで
す。
はにかみ、恐れ、心配、怒り、嫉妬、失望、不快、愛情、望み、喜び、快いと
いった「情緒」です。
 
あいさつができなくなるのも、羞恥心といった、はにかむ心の表れとは考えら
れないでしょうか。
そこで、頭をグイッとばかりに押さえられてごらんなさい。
お子さんは恥をかかされ、頭に来て、不快感の塊になっています。
自尊心は、グチャグチャです。
はえ叩きで、ハエを叩き殺すのと同じです。
はえ叩きとは古すぎますが、でも、一発で仕留めるのですから、必殺技で強烈
です。
 
あいさつだけではありません。
結構、親は、はえ叩きのようなことをしています。
胸に手を当てて考えてみましょう。
思い当たることがありませんか、それもかなりです。
特に、気分が悪くて、イライラする時があるでしょう。
普段は、腹が立たないのに、怒り散らすことがありませんか。
後で後悔することがあると思います……、それです。
原因がわからないで怒られるほど、不愉快なことはありません。
子どもも、ムッとなります。
でも、力関係で逆らえませんから、我慢せざるをえないのです。
 
お母さん方も、こういった経験はありませんでしたか。
会社から帰ってきたお父さん、何やらご機嫌がよろしくないのです。
お母さんは、心配ですから気をきかせて聞くと、
「うるさいな、何でもないんだから!」
こういわれたら、腹も立つでしょう。
子どもも同じです。
因果関係がウヤムヤで、感情的になられるのは、いやなものです。
 
4、5歳になると、こういった情緒も分化してきます。
3歳は、こういう時期を迎える準備期間でもあるのですから、ストレスがたま
るように仕向けないことです。
あいさつができなかったら、ただ「ごあいさつは」と強制するだけではなく、
「どうしてできなかったのかな」と考えてあげましょう。
「考えてあげる」、これは思いやりです。
思いやりを欠かしては、心のやさしい子には育ちません。
 
しかし、思いやりと、ベタベタした親に都合のよい身勝手な過剰な愛情とは違
います。
ベタベタは、お子さん自身にとっても、うとましくてやりきれないようになり
ます。
子どもは、お母さんの所有物ではありません。
幼いといえども、意志と感情を持つ、独立した生き物です。
さめた目で、わが子を見つめることも大切ではないでしょうか。
お子さんは、そういう時期にさしかかっているのです。
未分化であった情緒の分化が始まっていること、忘れないでほしいと思います。
 (次回は、独り立ちの準備(4)家事、やらせなさいについてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備(2)しつけ、手を抜いたらいけません

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第9号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
独り立ちの準備 
(2)しつけ、手を抜いたらいけません
 
明けましておめでとうございます。
今年もご愛読のほどよろしくお願いします。秋のゴールを目指し頑張りましょ
う。応援します。
 
大きな門松、ご覧になりましたか。花を咲かせて実を結ぶ顕花植物から松、竹、
梅が、花を咲かせずに胞子で増える隠花植物からは裏白(鏡餅の下にしくもの)
か選ばれ、植物の代表がそろって正月を祝っています。古くから伝わるものに
は、それなりの意味があり、科学がまだ発達していない時代に、どうしてこう
いったことがわかっていたのか不思議な気がしませんか。
(拙著 メールマガジン さわやかお受験のススメ 保護者編 「日本の年中
行事と昔話」より)
 
しつけ、これは大切です。
といっても、堅苦しい言葉遣いや礼儀作法ではありません。
当たり前のことを、当たり前にできるようにしつけることです。
小さいときから手を抜くと、抜いた分だけ身につきません。
その年にふさわしいしつけがあります。
これは、ご両親が責任を持ってやらねばならぬことであり、お手本は、ご両親
です。
これこそ、付け焼刃は効きません。
そのまま、大人になります。
街で、よく見かけるでしょう、おかしな若者や大人を。
 
まずは、公衆道徳です。
大勢の人が集まる場所では、守らなければならないルールがあります。
これは、その時、その場で、出会った状況に応じて、きちんと教えるべきです。
「しつけのTPO」です。
 
電車に乗るとき一つ取り上げても、教えることが、たくさんあります。
整列乗車をしているところに割り込んでくる子がいます。
子どもだから許してあげるか、などと仏心を起こしたら、サッと乗って席を取
り、
「お母さん、席、取ったよ!」
「ありがとう!」
お母さんが、後から、ゆっくりと乗ってきます。
何が「ありがとう!」ですか。
お腹が大きいとか、赤ちゃんをおんぶして荷物を持っているとか、そういった
状況であれば、良識を備えた大人は席を譲ります。
親が、ルール違反をすると子どもも真似をします。
小さいときが肝心です。
 
これも困ります。
電車を1台待って席が取れ、応援している野球のチームが、本当に久しぶりに
勝ったので、いい気分でスポーツ新聞を読んでいると、小さな子が前に来て、
「ママ、座りたい!」
年寄りの前に来ないで、若者のところへ行けばと思いますが、子どもも席を譲
らない若者がいることを知っているのでしょう。
 
腹の立つこともあります。
こういうお母さん、許せません。
電車の中で、お母さん同士が、話に夢中になって、子どもが、ギャーギャー騒
いでいるのに、ぜんぜん、注意しません。
子どものためだと思って、
「坊や、少し静かにしようね、電車の中だから」
と注意しました。
すると、そのお母さん、何と言ったと思いますか。
私を、キッとにらみつけて、
「おじちゃんが(本当は、オジンと言いたかったでしょうね)うるさいと言う
から、やめなさい!」
と、言ったものです。
「それじゃ、私が、うるさいと言わなければ、やめさせんのか!」
こう、言いたくなります。
電車は、家の中と違います。
人の迷惑にならないように静かに乗る。
みんなが守らねばならない、最低のルールではありませんか。
これは、親が、キッチリと子どもに教えこむ、しつけです。
それを放棄しているのですから、いやになります。
後で困るのは、子ども自身であることに、どうして気づかないのでしょうか。
さらに、「人が、ドウ、コウ言っているから」と、他人のせいにしてしつけるの
は、間違いです。
自分の信念ですべきです。
母親としての教育、誰がするのですか、自分自身ではありませんか。
「育児は、育児しながら育自する」、自分を育てることです。
これを忘れて一貫性のない、付和雷同的で節操のないしつけをされては、混乱
するのは誰でしょう。
子どもにもっとも嫌われる母親のタイプです。
 
こんなしつけをされていると、混んだ電車の中で、「エッ、ウッソ、ホント、マ
ジー!」などと奇妙な言葉で、長々とスマホで話をする、人の迷惑を、全然考
えない子になり、優先席に足を投げ出して座り、漫画を読んでいる若者になり
ます。
お年寄りが前に立っても、知らん顔をしています。
中には、寝たふりをする輩(やから)もいます。
また狸が一匹いると笑ってしまいますね、「狸寝入り」です。
でも、学生さん、足の長いのはわかったから、浅く腰かけるのはやめなさい。
あの姿勢は、腰に負担がかかります。
腰が悪くなったら一大事です。
「腰」という字は、「月へんに要」とかくでしょう。
人間の体の中で、肝心要のところだからです。
冷や酒と年寄りの言うことは後で効いてくるものです。
本当は、「冷や酒と親の意見」ですが、きょう日のお父さん、「説教」をしませ
ん。
だから、子どもは迷うのです。
ロン毛に茶髪、ピアスに厚化粧、若者の特権だから、どんな格好してもいいの
でしょうが、そこに「父親の見識」が見えません。
 
かなり昔の話で恐縮ですが、ある女子大の教授が「母親の顔を見たい」(題名は
間違っているかもしれません)といった題の本を書かれたことがありました。
とにかくしつけがめちゃくちゃなのです、そこで母親がたたかれました。
今は、しゃかりきな母親が目立つ分、父親不在なのでしょう。
「父親の顔を見たい!」などといった本が出るかもしれませんよ、お父さん!
 
歩きながらスマホを見るなど、並外れた非常識な振る舞いを平気でやっていま
すが、大きな声で話していることにも、全く気づかないようです。
良識のあるお方は、「今、電車の中ですから」と断って、すぐに切りますが、人
様への配慮が、少しも見られません。
「今の若い者は……」と言う前に、こういう気配りにかける若者を育ててしま
った私たち大人は、どんなしつけをしてきたのだろうと思わざるを得ません。
私たち大人は、こういうことを許してきたのです。
罪作りな話ではありませんか。
やはり責任の一端は、私たち大人にもあるわけです。
しつけの原点は、やはり家庭です。
 
この間、変な親子に会いました。
これと同じ話を聞いたとき、信じられませんでしたが、本当の話でした。
私も体験したのです。
皆さんは、アンビリーバブルと言うかもしれません。
こういうことなのです。
電車に乗っていたら、若いお母さんとお嬢ちゃんが乗ってきました。
私の隣に座り、窓から外を見ているお嬢ちゃんは、靴を脱ぎません。
すると、お母さんが声をかけたのです。
靴を脱がせるのだなと思っていましたが、とんでもないことになりました。
「○○ちゃん、お靴脱ぎますか、脱がないのですか」
「脱ぎたくありません」
「そうですか」
これで、おしまいです。
丁寧な言葉遣いと、その行いは、反比例しています。
今の世の中、「エニシング ゴーズ、何でもあり」ですから、いまさら驚くこと
ではないでしょうけれど、しかし、靴を脱ぐ、脱がないは、お嬢ちゃんの都合
で決めることですか。
違うでしょう。
一歩外へ出たら、守らねばならぬルールがあります。
守らなければ、秩序が乱れます。
ルールを守る、これは、生きていく人間が暗黙に了解するところではありませ
んか。
もっと言えば、家憲であり親の見識であって、しつけです。
こういったことは、親が責任を持って教えないで、誰が教えるのですか。
教えてもらえなかったら、不幸なことです、これは。
被害者は、やはり子ども自身です。
 
しつけは、当たり前のことを当たり前に、教えればいいのです。
でも、この当たり前のことが、当たり前でなくなっています。
何度も言いますが、公衆道徳は、親が責任をもって教えるしつけです。
これは、お父さんの大切な仕事です。
いい仕事、残してあげなさい。
 
小さいときのしつけこそ、「三つ子の魂百まで」ではないでしょうか。
しつけに限り、年齢相応のことができない場合、「まだ、小さいから」は、お子
さんのために決して良いことではありません。
できるように、やさしく、辛抱強く、繰り返し教えることが大切です。
 
(次回は、独り立ちの準備 (3)あいさつも大事です、についてお話しまし
ょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備(1)社会性ってなんでしょう

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第8号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
独り立ちの準備 
(1)社会性ってなんでしょう
 
メリー・クリスマス!
孫が、初めてのクリスマス・プレゼントを貰ったときの驚きの表情を思い出します。
娘がビデオを撮っていたのですが、不思議そうな顔が、一転して、それこそ破顔一
笑、子どもの表情には偽りがなく、いつ見ても心が和みますね。
お子さんの笑顔、楽しんでください。
 
ところで、なぜ、サンタさんは、トナカイの引くそりに乗ってくるのでしょうか。
聖書学者 クレメント・クラーク・ムーアが、自分の子どものために書いた「サン
タクロースが来た」の中で、「サンタは8頭のトナカイの引くそりに乗り、世界中
の子ども達にプレゼントを配る」と書かれており、これを踏まえて、ロバート・L・
メイという通販会社の社員が娘に書いた詩が元となり、童話「ルドルフ 赤鼻のト
ナカイ」が発表され、アニメ映画となり、例の「真っ赤なお鼻のトナカイさんは♪
……」の曲が生まれ、世界中に広がったそうです。(Santaxus.comより) 
作詞者の仕事が通販であることが、何やら訳ありで、面白いではありませんか(笑)。
 
それはさておき、お子さんに十分な愛情をかけて育てるのは、2歳までです。
3歳は自立の時代ですから、過干渉、過保護の育児を卒業し、自分でしなければな
らない「基本的な生活習慣」「しつけ」などを、きちんと身につける時期です。
いろいろなことを体験させましょう。
大切なのは、遊びです。
遊びを通して学習をすることです。
 
2歳頃から、公園に行くようになります。
いわゆる、公園デビューです。
親子で着る服装マニュアルがあるそうですが、そこまでマニュアル信奉者となると、
没個性的としかいいようがありません。
そんなことにとらわれない、賢いお母さんであってほしいですね。
 
しかし、公園での砂場遊びは、流行らないようです。
放し飼いの動物などの共同便所になっていると聞きます。
衛生上、「問題あり」だそうです。
最近、夕方になると、ビニールシートなどをかけた砂場を見かけますが、これは歓
迎すべきではないでしょうか。
砂場は、何もないところから、形のあるものを作り上げていくのですから、すばら
しい学習の場になります。
かつて、東京藝術大学の彫刻科のある教授が、
「最近、学生の塑像作りが下手になったのは、子どもの頃に砂場遊びを十分にして
いなかったからではないか」
とおっしゃっていましたが、うなずけますね。
以前、アメリカでベストセラーになった本に、「人生に必要な知恵は、全て幼稚園
の砂場で学んだ」がありましたが、外国人も考えることは同じです。
余談ですが、この本は、日本の古典の名著「徒然草」とよく似ています。
「徒然草」の英語版が出版されているかどうかわかりませんが、著者のロバート・
フルガム氏は、読んだのではないかと思えるほど、同じような話が出てきます。
しかし、著者の職業が神父さんとわかり、兼好法師はお坊さんですから納得できま
した。
 
ところで、砂場で同じ年の子どもが4、5人集まっても、「ケンちゃん、一緒にお
山を作ろうよ!」とはなりません。
見ていると面白いですね。
砂場にいても、それぞれ自分一人の世界で勝手に遊んでいます。
それでも、チラッ、チラッと視線を向け、
「あの子、何をしているのだろう?」
「おもしろそうだな!」
と思っているかどうかはわかりませんけれど、見ることは見ますが、一緒に遊びま
せん。育児書に書かれてある「並行遊び」です。
こういった並行遊びができるのは、4歳頃から始まる「仲間遊び」に移るための準
備期間で、これも非常に大切な体験です。
 
この時期の主人公は、お母さんです。
お母さん同士が数人集まって、コミュニケーションをはかります。
子育ての情報交換の場にもなります。
核家族化が進み、育児について先輩のアドバイスも得難いですし、少子化時代です
から、子育ての経験も少なくなりました。
同じ年の子ども、少し年上の子を持つお母さん方との交流は、不安であったことが
解決するなど、ストレスを解消する大切な機会となり、育児ノイローゼに落ちるこ
とも防いでくれます。
その反面、よその子を見て、優越感に浸ったり、劣等感に陥ったりもするようです。
少し勇気が必要ですが、子どもたちのためです、いっておきましょう。
お子さんは、ご両親の血を受け継いでいます、遺伝です。
お母さんの能力や人格の半分は、受け継いでいると謙虚に考えましょう。
劣等感を持たれては、子どもは救われません。
お母さんの子は、お母さんの子です、自信を持ちなさい。
お母さん自身がそうであったように、お子さんは、やがて、お母さんを越えていき
ます。
いい過ぎでしょうか……?
 
お母さん同士が心を開き始めると、子どもも安心して遊んでいます。
一緒にいるといった方が、正しいかもしれません。
自分と同じような子どもがいて、お母さんと違うお母さんがいて、それだけでも視
野は、広がります。
 
ここで、いろいろな問題が起きます。
たとえば、他の子が作ったお山を、自分のものにして遊び始め、「これは、ぼくが
作ったものだから駄目!」と頭を叩かれ、「自分の思い通りには、ならないものだ
な!」とわかるわけです。
ちょっと語呂合わせのようですが、家族以外の第三者が教えてくれる、社会が教え
てくれるから、社会性です。
「自分の思い通りにならないことがある!」
「守らなければならないルールがある!」
「やってはいけないことがある!」
「人のいうことは、聞かなければ困ることがある!」
「お母さんが、助けてくれないこともある!」
こういったことを、遊びを通して学習していくわけです。
協調性です。
ご両親のあたたかい保護のもとで暮らしてきた環境とは、大変な違いです。
戸惑いも、気後れも、腹立つことも、苛立つことも、泣きたくなるときも、恐ろし
い思いをするときも、いやな思いをするときも、自信をなくすこともあるでしょう。
しかし、どれ一つ取り上げても、自分で経験し、解決していくものばかりです。
幼いなりにたくましさが、芽生えてきます。
自立できるか、自分の世界に閉じこもるかの境目です。
過保護にならないことが大切です。
オタクの要因は、この時期にインプットされるのではないでしょうか、冗談です
(笑)。
 
ところで、お母さん方は、このような場合、どうしますか。
遊んでいたわが子が、泣いて戻ってきたとします。
当たり前のことですが、第一声は、「どうしたの?」となります。
A型母親。
「ケンちゃんが、いじめたの!」
「まあ、ひどい子。もう、ケンちゃんと遊んだらだめよ。あの子、乱暴なんだから!」
あの子以下は、余計です。
子どもの前で、友達の悪口を言ってはいけません。
ケンちゃんとは、仲良しなのでしょう。
友だちですから、子ども自身も傷つきます。
 
B型母親。
「ケンちゃんが、いじめたの!」
「そう、どうしていじめられたの?」
冷静ですね、これです。
どうして泣いているのか、聞かないとわかりません。
わが子に非のある場合もありますし、何があったのか予測のつかないのが、子ども
の世界です。
 
A型母親では、もし、わが子が悪かったとしたら、どうなるでしょうか。
「お母さんが、遊んじゃいけないということは、ぼくが正しいのだ。そうだな!」
こうなりませんか、わがままを助長するだけです。
こんなお母さんも、いるそうです。
「うちの子、泣かしたのはダレ!」
犯人探しです。
子どものいうことだけを聞いて判断し、行動する自己中(ジコチュウ)のお母さん
方です。
子どものけんかは、どっちもどっちです。
その証拠に、しばらくすると泣かしたケンちゃんが、「あそぼぅ!」と言うのです
から。
 
子煩悩という言葉を誤解していると思います。
子煩悩は、子どもを可愛がる親のやさしい気持ちではなく、「子は、煩悩のもと」
と考えてみましょう。
煩悩とは、心身を悩ませ、惑わせる欲望です。
子育てを生きがいとする溺愛型のお母さんになりがちです。
迷惑するのは、いうまでもなくお子さんです。
そこに早く気づいてほしいですね。
 
B型母親では、そのわけを聞くことで、
「それは、あなたがよくないのですよ」
と諭し、公平な大人の判断で、一つのルールを覚えるきっかけとなります。
こういった体験を積むことで、幼稚園や小学校という集団生活への適応力が、身に
ついてくるのではないでしょうか。
しかし、この公平な大人の判断、怪しくなっています。
公平な判断と自分に都合のよい勝手な解釈は違います。
わが子かわいさのあまり公平な判断を誤ると、そのツケは、必ず、「わがままな性
格」という形で現われてきます。
これを忘れないで下さい。
 
仲間遊びも、大切です。
そうはいっても、近所に同じ年の子がいません。
マンションでも、同じ階に赤ちゃんが一人もいない、同じ年の子、同学年の子もい
ないことがあるようです。
少子化時代です、兄弟、姉妹がいません。
核家族化も進んでいます。
都心では公園など、望むほうが無理です。
交通量が多ければ、外で遊ばせられません。
誘拐も心配です。
絶対に許せないことですが、幼児を狙った凶悪な犯罪も増えています。
どうしても、親と一緒にいる時間が長くなりがちです。
 
子どもが減って、閉園される幼稚園も増えていると聞きます。
それにもかかわらず、名門の幼稚園へ入るのは、大変です。
たとえば、白百合学園幼稚園などは、2年・3年保育、合わせて定員60名のとこ
ろに、年によっては、10倍前後の応募者があるようです。
幼稚園に入れておけば、大学までいける一貫教育制度に魅力があるのも確かでしょ
う。しかし、過保護、過干渉な育児にならないように、子ども同士で遊ぶ機会を与
えたいと考え、3年保育の幼稚園が、歓迎されているのも事実ではないでしょうか。
そのためには、狭き門を突破しなければならない入園テストがあります。
2、3歳を対象にした幼児教室は、この難関を突破するためのノウハウを指導する
専門家の集団です。
既に通っているお子さんもいると思いますが、楽しく通っているでしょうか。
「お母さんのもとを離れても楽しいことがある」ことを教えてくれる教室であれば、
心配ありません。
入園テストの第1のポイントは、「お母さんのもとを離れて遊ぶことができるか」
にあるからです。
 (次回は、独り立ちの準備 (2)しつけについてお話しましょう)
 
今回が今年最後の配信になります。ご愛読頂きまして有難うございました。来年も
よろしくお願いします。良いお年をお迎えください。
 めぇでる教育研究所 所長 藤本紀元

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>この辺からが問題です(2) 過干渉な育児

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第7号
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
この辺からが問題です(2) 過干渉な育児
 
もっと駄目な子育てがあります。
子どものやっていることを見て、何から何まで口を出すお母さんがいます。
これも困ったものです。
過干渉、過干渉の育児です。
 
「そうやったら、駄目ですよ。こうやるの!」
「違うでしょ、こうしないと上手くできませんよ!」
「やめなさい、お母さんは、そう言わなかったでしょう!」
こう書くと、何やら子どもを諭す、親のやさしい顔が浮かんできそうですが、
そうではありません。
オクターブとは言いませんが、半オクターブぐらい、間違いなく音声は上がっ
ています。しかも、怒気さえ含んでいます。
こういった言葉の後は、
「何度、言ったらわかるの!」
必ず、こうなりがちです、恐いですね……。
これでくじけずに、
「ぼくは、やります!」、「わたし、がんばります!」と、けなげに言う子がい
たら、教えてほしい。
いないでしょう。
これでは、手を出さなくなります。 
 
最初から、うまくできないのが子どもです。
ですから、模範演技をしてみせなくてはいけません。
それも、何十年も人間をやってきた、経験豊かなお母さんが、きっちりやるよ
うなお手本は駄目です。
幼稚園の先生や保育士さんに聞いてごらんなさい。
「子どもさんの目の高さで、お話ししてあげてください」
こう言うはずです。
お母さんの背の高さで話をしてはいけません。
それでは、「命令と要求」になり、最悪の結果として「強制」になりかねません。
気をつけてほしいのです。
 
子どもの背たけで周りを見たことはあるでしょうか。
見たことがなければ、試してください。
大人の五分の一も見えません。
子どもの経験は、言ってみれば、背の高さと同じです。
そんな程度なのです。
ですから、噛んで含むように教え、やって見せ、失敗しても、
「頑張ろうね。最初から、上手にできないものですよ!」
と励ましてあげましょう。
やさしい励ましの言葉は、やってみようという意欲に火を点けます。
うまくいったら、「上手にできたじゃない!」と褒めることです。
 
「こうやるの!」
「それはだめ!」
「そうしなさいと言いましたか!」
いつも、こんな言葉を浴びせかけられていたら、どうなるでしょうか。
これは、「命令、禁止、抑制」の言葉です。
育児は、兵隊を鍛える軍隊方式と違います。
これでは、いじけてしまいます。
うろ覚えで自信はありませんが、父の言っていた言葉があります。
連合艦隊司令長官で、真珠湾攻撃やミッドウエイ海戦を指揮した山本五十六元
帥の残された名言です。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ 誉めてやらねば、人は動かじ」
このような言葉だったと思いますが、大人の兵隊の訓練でも、こうなのです。
相手は、人生経験の、ほんのわずかな幼い子どもです。
いじけてしまったら、どうなるでしょうか。
自分でやろうとする意欲も、やってみたいという好奇心も育ちませんし、自発
性も自立心も培われません。
これでは、自分からやろうとしない、消極的な暗い性格になります。
 
「指示待ち子ども」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
自分からやろうとしない子どものことです。
その心は、「失敗したら、怒られるからやらない」、このことです……。
ジーッと、ひたすら待っているのです。
大人ではありません、4、5歳の幼児が、待っているのです。
こんな小さい時から、バランスシートを読み、損得勘定ができているのです。
恐い話ではありませんか。
 
「やるぞ!」という気力がありませんから、「やった!」という達成感もありま
せんし、「次に何をやろうかな!」という関心もありません。
無気力、無感動、無関心、全部、「無」です。
子どもの成長を支える原動力は、意欲です、達成感です、好奇心です。
それが、全部、なしです。
過干渉になっていると、こうなりがちです。
おどおどして、お母さんの顔色ばかり気にする子になります。
幼児の目は、本来、きらきらと輝いているものです。
「うちの子、内気なもので……」とおっしゃる方がいますが、誰が内気にした
のでしょうか。
子どもは、親の作った環境で育ちます。
これを忘れてはいけないと思います。
 
ですから、3歳になっても、お子さんのやっていることを見て、口を出したく
なれば過干渉で、実際に口を出していては、超過干渉だと考えましょう。
お子さんのためです、お子さん自身のためです。
時間がかかっても、いいではありませんか。
結果だけを判断するのではなく、プロセスです、過程を見てあげましょう。
「ここまでできているのだから、もう少しだわ」
待ってあげましょう。
自分の力でやり遂げることは、とても大事です。
繰り返しますが、おむつを外した時のことを、思い出しましょう……。
 
ちょっと恐いことをいっておきましょう。
小さいときは関係ありません、お母さんの方が、何かにつけて強いのですから。
でも、子どもは、日に日に成長します。
背丈も、いつかは逆転します。
中学生になる頃には、見かけは大人のような子がいますから。
子どもが、「力では負けない、力では!」と意識したらどうなりますか。
もう、言うことを聞きません。
バットを持って、向かってくるかもしれません。
家庭内暴力です。
家庭は、崩壊します。
よく聞きますね、「どうして、あんな優しい子が!」……。
抑圧された自立心が、姿を現したと考えられないでしょうか。
そうだとすれば、被害者は親ではなく、子ども自身です……。
芽生えてきた自立心を、力で抑えることはできません。
 
しかし、勝手、気ままは、駄目です。
「だって、今の幼稚園は、自由保育でしょ?」
このことです。
後で詳しく説明しますが、自由保育は、「勝手、気まま、エニシングゴーズ、何
でもありの保育」ではありません。
これを履き違えると、おかしなことになりがちです。
自由と放任は、違います。
自由には、責任が伴います。
まだ、幼児は自分のやっていることに責任をとれませんから、自由は与えられ
ません。また、自由と個性を育てることも違います。
個性を育てたいから子どもに自由を与えるのは、間違いです。
それは自由ではなく、放任です。
放任すると野放図になりがちです。
「訓練されていない個性は、野性である」とおっしゃったのは、国府台女子学
院の平田史郎学院長ですが、このことを肝に銘じておきましょう。
  
けじめのない子は、集団生活に入れません。
集団の中で光る能力、それが個性ではないでしょうか。
幼稚園、保育園、小学校と集団生活に入っていくのですから、勘違いされると
困るのはお子さんです。
「やっていいこと、いけないこと」は、幼稚園や学校で教わることではありま
せん。
ご家庭で、きちんと教えることです。
アメリカの学校では、先生と親の言っていることが違った場合は、親が言って
いるようにしなさいと教えているそうです。
社会のルールを教えるのは両親の義務であり、他人の子どもに注意をするのは
大人としての義務でもあるわけです。
誤った個人主義の考えから、この辺があいまいになってしまったのが、戦後教
育の最大の欠陥ではないでしょうか。
 
お母さんが、手を貸していたことを、子どもに、少しずつさせましょう。
そして、まだ危ないことをしますから、気をつけて見守らなくてはならないで
しょう、特に男の子は。
我慢比べです。
禁止、命令、抑制という、指図や制限する範囲を少しずつ緩めてあげましょう。
そこで、やっていいことと、いけないことを、一つずつ学び、習わせるのです。
けじめです。
しかし、「そうですか、私が、口うるさいから消極的なのですね、うちの子は!」
と、いきなり今までの干渉の態度を改めて、たがを緩めるのは、どうでしょう
か。
今まで何年間か育てられてきた環境を、百八十度、変更することになるのです
から、お子さんは戸惑います。
少しずつでいいのです。
子育てに極端は、禁物です。
 
過保護や過干渉の育児は、お子さんの自立を妨げます。
自立を妨げるのは、伸びるはずの可能性の芽を摘むことにもなるのです。
お母さん方が望むような、いわゆる「個性豊かな人間」に成長するはずはあり
ませんし、希望される幼稚園から招待状は頂けません。
(次回は、「ここからが問題です 1.社会性って」についてお話しましょう。)

このページのトップへ

テスト案内 資料請求