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さわやかお受験のススメ<小学校受験編>■■[2]5つの試験形式■■(4) 運動テスト

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        「めぇでる教育研究所」発行
2021さわやかお受験のススメ小学校受験編
            第23号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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■■[2]5つの試験形式■■ 
(4) 運動テスト
 
みんなで一斉に行う集団テストと、一人ひとりで行う個別テストがあります。
集団テストには、先生のお手本を見て、その通りにする模倣体操や、タンバリ
ンなどのリズムに合わせて行進をする、片足で30秒間ほど立つバランス感覚、
指の屈伸などがあります。
 
個別テストは、ケンケン、ケンパー、くま歩き、ボール遊び、ゴム段、跳び箱、
平均台といった運動をいくつか組み合わせて、先生の模範演技の後に一人ひと
りが挑戦するものです。
たとえば、こういった組み合わせです。
 
「床に引かれた真っすぐな線の上をケンケンで進み、平均台を渡り、
次に跳び箱に登り、跳び降り、得意なポーズをする」
 
こういったテストは多くの学校でやっています。しかし、これは技を競う「競
技大会」ではありません。
先ほどのような課題のほかにも、ボールを投げたり、ついたり、走ったりなど
をしながら、年齢にふさわしい運動機能の発育状態を見ているだけです。です
から、難しいものはありません。ウルトラなんとかなどは、オリンピックの話
で、一所懸命、子どもらしく、挑戦できれば、いいのです。
 
これも生活体験が、そのまま出ます。ボールをついたことのない子にボールを
つけといってもできません。運動は、身体全体で学習するものですから、正直
に表れます。これは、誰の責任でしょうか。ご両親です。運動器官に、何らか
の障害がある場合はともかく、普通の発育状態で、みんなができる運動ができ
ないのは、親がさせていないからといえないでしょうか。こういう子は、比較
的に頭が良いそうです。頭だけ良くても、みんなができることができないと、
いやな言葉ですが、いじめの原因になったりもします。
 
逆もあるそうです。スポーツ教室に通って、きちんと技をみがき、それは、そ
れでいいのでしょうが、
「みんな、下手だな……! こうやるんだよ!」
見下しているのです。態度が大きいのです。ボール遊びなどでこういうことも
あるそうですが、これも駄目ですね。
 
早期教育にも、こういう欠点が、表れがちではないでしょうか。
「九九もできないの!」
これと同じです。見下していたカメさんに抜かれるウサギさん、たくさんいる
そうです。ウサギさんは、ひらめき型で、カメさんは、じっくり考えるタイプ
です。繰り返し試みるカメさんを、あたたかく見守ってあげるお母さんになり
ましょう。カメさんは、小学校の4年生頃から、ウサギさんを追い抜きはじめ
ます。その理由は、選択肢が2つか3つの場合、直感力がすぐれているひらめ
き型のウサギさんは、あまり苦労することなく答えを選び出せますが、選択肢
がふえてくると、直感力だけでは解決できなくなります。じっくり考えるカメ
さん型は、選択肢が少なくても、一つひとつ検証しながら答えを出すので、時
間はかかりますが、試行錯誤、“trial and error”を積み重ね、きちんと考え
て答えを出す習慣を身につけているからです。イソップの寓話「うさぎとかめ」
は、油断を戒めたものですが、こういった解釈も可能ではないでしょうか。
 
余談になりますが、負けたウサギはどうなったかご存知でしょうか。カメに負
けた駄目ウサギとして、ウサギ村から追放されますが、「子ウサギを餌に差し出
せ!」と脅迫する狼をやっつけ、無事、ウサギ村に復帰します。狼をやっつけ
る方法が、用心深いウサギらしく、傑作です。
(「それからのうさぎ」読んであげたいおはなし 松谷みよ子の民話(上)筑摩
書房 刊)
 
話を戻しまして、問題点は、まだあります。指示されたとおりにできるかです。
先程のいろいろな運動を組み合わせたものや、模範演技をしっかり見て、理解
し、同じようにできるかです。指示の理解と的確な行動力を判定していると思
います。
 
まだ、あります。待っている間です。自分の番が来るまでは、緊張しています
から心配ありませんが、自分の番が終わると、ゆるみがちです。他の子どもが
やっている間、キチンと体操座りで待っていられるかです。これも学校側の狙
いだと思うのですが……。
 
最後に、一言。これは、笑えない話ですね。あるミッション系の小学校の説明
会で聞いた話です。
先生が模範演技をして、さて始めようとしたとき、一人の女の子が聞いたので
した。
「先生、これテストですか?」
「………!」
先生は、何ともいえません。どこの学校も、子どもたちには、テストというプ
レッシャーをかけないように気をつかっていますから、「テストです!」とは、
いいがたいのです。
「テストでないなら、やりたくありません!」
子どもの正直な告白です。毎日、やること、全て、試験のための訓練になって
いるのでしょう。悲しくなりますね。しかし、体を動かすことをいやがる子ど
もなど、いるのでしょうか。「お子さんを追い込むような準備はしないでほしい」
と、シスターはおっしゃっていました。やはり、おかしいです。
おかしくしているのは、誰でしょうか。ほんの一部の猛烈受験ママの話でしょ
うが、こういったことからマスコミのいう「受験戦争の低年齢化」となり、針
小棒大に騒がれてしまうのでしょうけれど、お子さんのためです、こういった
お母さんにはならないでいただきたいとお願いしておきましょう。
 
昔の話ですが、お父さんが海外へ単身赴任しているお子さんの志望校は、ボー
ルを使った運動テストが行われる暁星小学校でした。盛んに話しかけてくるの
で、やはり、寂しいのだなと耳を傾け、時には叱ったりしたものでした。子ど
もから聞いた話ですが、お母さんと近所の公園で、毎日のようにボール遊びや
縄跳びをしていたそうです。試験のためではなくても、親子で汗を流すのは、
素晴らしいスキンシップになっています。少し太めであったお母さんが、スリ
ムになってきたので、絶対に合格するだろうと思いました。親子が心を一つに
して目標に向かえば、望みはかなえられるものです。入学式の帰りに挨拶に見
えましたが、一番うれしそうだったのは、何と初対面のお父さんでした。遠く
海外にいて手を貸せなかったお父さん……、涙腺の緩い私は、困ってしまった
ことを覚えています(笑)。
 
何から何まで、塾や教室の先生方にお任せだけでは、良い結果は出ないことも
覚えておいてください。
(次回は、「面接テスト」についてお話しましょう。)

 


さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>この辺からが問題です(1)過保護な育児

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第6号
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この辺からが問題です (1)過保護な育児
 
3歳頃からの子育てに、問題がありそうです。
それは、自立を妨げる育児です。
 
自立の始まる大切な時期に、2歳頃と同じように手をかけていると、お子さん
は、どうなるでしょうか。
何でも、お母さんがやってあげていると、お子さんは「これでいいのだ!」と
勘違いをし、依頼心の強い子になりがちです。
自分でやらなくては、試行錯誤を積み重ねる機会がありません。
試行錯誤は、一つの能力を身につけるための大切な冒険であり、実験であり、
体験です。2歳頃から始まった模倣時期に、どのようにやるべきか、じっくり
観察されています。ですから、うまくいかなければ、子どもなりに工夫します。
できるようになるまで、辛抱強く挑戦するものです。
この挑戦する持続力は、できるようになったときの快感に支えられているので
しょう、夢中になって取り組みます。
モンテッソーリの「その時期に最も活動が盛んになり成長する敏感期」です。
 
  注 マリア・モンテッソリー
イタリアのローマで医師として精神病院で働き、知的障害児へ感覚教
育を実施し知的水準を上げる効果を見せ、1907年に設立した貧困
層の健常児を対象とした保護施設「子どもの家」において、独特の教
育法を完成させた。以後、モンテッソーリ教育を実施する施設を「子
どもの家」と呼ぶようになった。 
  (ウィキペディア フリー百科事典より)
 
何でもやろうとする時期なのです。
そこで、お母さんが手を貸してばかりいると、やってみようとする意欲がわき
ません。やらなければ、物事をやりとげる手順を学べませんから、その苦労が
わかりません。
そのような環境で育てられていると、意欲も集中力も持続力も培われません。
ですから、わがままな子や、飽きっぽい子になりがちです。
相手を思いやる気持ちなど育つわけがありません。
過保護、過保護の育児です。
 
困るのは、誰でしょう。
言うまでもなく、お子さん自身です。
信じられない話ですが、「かわいい、かわいい!」と甘やかすだけ甘やかしてお
いて、「しつけや生活習慣は幼稚園で」と考えているお母さんがいると聞きます。
そのような子育てをしていたらどうなるでしょうか。
幼稚園では、誰も手を貸してくれません。
今まで、お母さんがやってくれていたことを、全部、自分でしなくてはなりま
せん。
一人でできるでしょうか、無理でしょう。
どうなると思いますか。
みんなができて、自分だけできないとなると、「なぜ……?」となります。
先生に甘えても、限度があります。
 
「何で、そんなことができないの?」
初めて経験する同年代の子どもの冷たい目や批判の言葉に、戸惑います。
わがままな性格では、友だちとの接し方もうまくないですから孤立しがちで、
幼稚園など、少しも面白くないでしょう。
行きたくなくなるのも当然ではないでしょうか。
極端な話ですけれど、不登校生ではなくて不登園児、こんな言葉はないと思い
ますが、そんな状況に追い込まれかねません。
そこで気づき、子育ての軌道修正するのは、親子ともども苦労します。
普通の幼稚園でも、入園当初、非常に困ったことになるでしょう。
ここで気づかずに、「悪いのは幼稚園の先生!」と言い放って、平然としている
お母さんがいるそうです。
被害者は、子ども自身であることにも気づきません。
名門幼稚園の受験をお考えのお母さん方には、いらっしゃらないと思いますが、
こういった自己中心型の育児では、どの幼稚園からも歓迎されません。 
 
ところで、小・中学校の不登校児童は、どのくらいいるかご存知ですか。
文部科学省が10月25日(日)に公表した「平成29年度調査結果」による
と、14万4,031人で、過去最多記録。千人当たりでは28年度の13,
5人から14,7人と大幅に増え、5年連続増加しているそうです。
 
その原因は、いろいろありますから、一概には言えません。
しかし、過保護な環境で、わがままいっぱい育てられ、他人との共生をきちん
と学習していないと、こうなりやすいと考えられないでしょうか。
そうであるなら、被害者は、やはり、子ども自身です。
 
ですから、3歳になっても、お子さんのやっていることを見て、手を貸してあ
げようかと思えば過保護であり、本当に手を貸していれば超過保護であると考
えましょう。
 
お母さんの手を借りずにできることが、たくさんある子の知的な能力は高いと
いわれていますが、当然だと思います。
一つのことができるようになるまでには、幼い子どもなりに、それだけ頭を使
って、体を使い、頭と体が一つになって苦労を重ね、苦心しているからです。
一つのことができれば、次のことをやりたくなります。
やる気です、意欲も育ちます。
「やった!」という快感も伴います。
これが好奇心をくすぐります。
何にでも興味を持つようになります。
連鎖反応を起こします、これですね。
 
幼児が初めてのことに挑戦して、失敗して当たり前です。
失敗したことを叱らないで、励ますことです。
そして、辛抱強く待ってあげましょう。
そうすれば、子どもは、やります。
励まして、再び挑戦する意欲を持たせることです。
 
おむつをはずしたことを思い出しましょう……。 
 
ところで、公立と私立校の違いは、どこにあるとお考えでしょうか。
東京と横浜に雙葉学園がありますが、女の子だけしかいない、ミッション系の
学校です。
系列校に皇后雅子様が、ご卒業された学校があります。
正確には、田園調布雙葉といって、幼稚園から高校まである学校です。
私立の学校には、公立の学校と違い、その学校、独特の教育方針があります。
簡単にいえば、一部の学校を除き応募資格(通学指定地域、通学時間)がなく、
宗教教育もできますし、小学校一年生から英語も教えられますし、土曜日を休
みにすることができます。
ただし、平成14年から、公立の小学校でも英語の授業を始め、週五日制にな
りましたから、後ろの2つは私立学校の特徴とはいえなくなりました。
建学の精神や校訓があること、宗教教育を行い、男女別学の制度があることな
どが公立校との違いでしょう。
 
その校訓ですが、雙葉学園は、「徳に於いては純真に、義務に於いては堅実に」
を掲げています。
この言葉が、育児にピッタリと当てはまると考えています。
しかし、私の勝手な解釈ですから、間違っているかもしれませんが、こういう
意味だと思っています。
「徳に於いては純真に」とは、たとえば、お母さんのお手伝いをして、
「お母さん、お手伝いしたら、あれ買ってくれる?」
といってお手伝いをするのは、純真といえるでしょうか。
いえません、動機が不純です。
明らかに見返りを考えていますから、計算済みのお手伝いです。
また、3歳なら3歳の子が、親に頼らず自力でできることを、お母さんに手伝
ってもらっているとすれば、「義務に於いては堅実に」といえるでしょうか。
いえません、軟弱です。
甘えん坊になるだけでしょう。
過保護な育児をしていると、こんな子になりがちです。
 
別学については、これはお父さん方に聞いてもらいたい話です。
たくさんの幼稚園がある中で、田園調布雙葉小学校附属幼稚園と靖国神社の側
にある白百合学園幼稚園は、女の子しかいません。
ですから、白百合学園の3年保育の幼稚園に入って、そのまま大学まで進んだ
とすると、幼稚園3年、小学校6年、中学校3年、高等学校3年、大学4年と、
19年間、女の園です。
これで宝塚歌劇団へ入ったら、どういうことになるのでしょうか。
この2つの幼稚園を選ぶときに、避けて通れない大切な志望理由になります。
もっとも、雙葉学園には大学がありませんから大学受験で共学の学校を選べま
すし、白百合の場合も学部の関係で併設の大学まで進む生徒は少ないですから、
余計なお世話といわれそうですが。(笑)
 
さらにもう一つ、紹介しましょう。
日本女子大学附属豊明幼稚園には募集人員84名中、男子が24名いますし、
雙葉小学校附属幼稚園、東洋英和幼稚園には、男の子もいます。
小中高には、男の子しかいない暁星幼稚園には、逆に女の子も若干名ですがい
ます。
小学校から別学になるのですが、幼稚園だけ共学です。
なぜでしょうか。素朴な疑問ですが、これも余計な詮索ですね。
しかし、いずれの幼稚園も倍率は高く、狭き門となっていますから、過保護な
育児では、合格の二文字を獲得できません。
 
今、お子さんに、どのくらい手を貸しているか、チェックしてみましょう。
こういったことを、きちんと指導してくれる幼児教室を、選んでいただきたい
と思います。
(次回は、この辺からが問題です(2)として、過干渉の育児についてお話し
ましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第2章(1)何といっても、クリスマスと大晦日ですね 師走

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2021さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第6号
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第2章 (1) 何といっても、クリスマスと大晦日ですね  師 走
 
暦の上では、12月から冬です。
物の本によると、冬という読み方は、「冷(ひ)ゆ」からといわれていますが、
他にも、冬が威力を「振るう」、寒さに「震(ふる)う」、動物の出産の時期で
ある「殖(ふ)ゆ」の意との説もあるようです。
師走(しわす)のいわれは、文字通り、1年の終わりである12月は、何かと
あわただしい日が続き、普段、どっしりと構えている師匠といえども趨走(す
うそう ちょこちょこ走る意)するので、師趨となり、これが「師走」となっ
たという説が有力だそうですが、全てのことを「為果す(しはす)月」という
のもあるそうです。
 
季節の読み方と陰暦のいわれについては、
「子どもに伝えたい年中行事・記念日」(萌文書林 編集部 編 萌文書林 刊)  
を参考にさせていただきました。
 
12月といったら、何といっても大晦日です。「ちょっと待った!」と、さえぎ
る声が聞こえそうです。
クリスマスですね、わかっています。子どもたちが、もっとも楽しみにしてい
る日ですから。しかし、クリスマスはキリスト教の祭りで、12月だけ、にわ
か信者になってお祝いするのも、おかしな話ではありませんか。バレンタイン
デーや最近のハロウィンほどではないでしょうが、何やら商業主義の笛に踊ら
されているような気がします。そう考えるのも、私にはクリスマスの思い出が、
ほとんどないからかもしれません。戦争中、キリスト教は敵性宗教ですから、
信者は非国民扱いでした。「え、ウッソー! 信仰は、個人の自由でしょ!」と
は軽薄な言い方で嫌いですが、こんな声が聞こえてきそうです。若いお母さん
方には、信じられないでしょう。為政者が、その気になれば、宗教まで法律で
規制できるのですから、恐いことです。
 
一時、クリスマス・イブは、大人がどんちゃん騒ぎをする日でしたが、今は、
健全なホーム・パーティーになっているようです。質素に祝うのが、本来の在
り方です。しかし、毎年思うのは、あのデコレーション・ケーキです。翌日に
なると、ぐっと値が下がります。翌日がクリスマスですから、25日に豪勢に
とは、やはり、駄目なのでしょう。子どもの夢ですから、財布のひももゆるみ
ます。
 
ところで、「26日のクリスマスケーキ」という言葉を聞いたことはありますか。
結婚適齢期があった頃の話ですが、26歳になると「誰も手を出さない」とい
う意味で使っていたそうです。封建時代の婦道(女性の守るべき道)の名残で、
今どき、こんなことをいったら、袋叩きに合いますね。
 
それはさておき、北は北海道から南は沖縄まで、全国的に展開され、いや、世
界的な規模でのお祝いですが、キリスト生誕のことは、遠慮しておきましょう、
日本は、仏教と神道の国ですから。何やら、殊勝な態度のようですが、キリス
ト教について、よく知らないだけの話です。
しかし、なぜ、なぜ、どうしてと思う素朴な疑問は、数々あります。
 
★★12月25日は、キリストの誕生日ではない!?★★
「ナヌ……!?」
この歳時記には、筆者の不勉強から「……!?」が再三、姿を見せますが、第
1号は、キリストの誕生日です。読んだときはびっくりしました。例の、とい
っては不敬に当たると思いますが、馬小屋でお生まれになったあのお話は、ど
うなるのでしょうか。いろいろと探っていく内に、何と小さなお子さん用の歳
時記に、実にわかりやすく、説明されているではありませんか。
 
クリスマスは、イエス・キリストの生誕を祝うお祭りですが、聖書
の中では、キリストの誕生日は特定されていません。4世紀頃、キ
リスト教が広まるにつれて、統一された聖誕祭が必要となりました。
その頃、力を持っていたミトラ教のお祭りに対抗するために、12月
25日に決められたといわれています。
(えほん百科 ぎょうじのゆらい 講談社 刊)
 
ミトラ教とは、ユーラシア大陸(ヨーロッパとアジアの総称 亜欧州)で信仰さ
れていた太陽の神、ミトラスのことで、12月25日はローマの冬至祭にあた
り、この日を境に短かった昼間が次第に長くなる、不滅の太陽の生まれ変わる
日と考えられていました。4世紀になり、この慣わしを取り入れ、「キリストこ
そ、私たちの太陽」とあがめ、キリストの誕生日として祝うようになったので
す。信者の皆さま方には不敬になるのをお詫びしながら申し上げますが、「イエ
ス・キリストが、この世に生まれたことをお祝いする日」であり、「キリストが、
神からこの世に送られてきたことを感謝する日」なのですね。「きよし、この夜」
は、やはり、心静かに感謝の心を込めて過ごす日なのです。
 
ところで、我が国にも馬小屋の前で生まれた方がいらっしゃいます。厩戸皇子
(うまやどのみこ)こと、聖徳太子です。厩戸の名前の由来は、お母さまが宮
中を見回っていた時に産気を催し、馬小屋の前で出産したからだそうですが、
当時(574年 敏達3年)、キリスト教の一派であった景教が、既に中国に来
ていたため、日本にもその話が伝わり、キリスト降誕説話と同じ伝説が生まれ
たのでした。この話は黒岩重吾の歴史小説を読み覚えているのですが、本が見
つかりません。(陳謝)
 
★★なぜ、クリスマスには「赤、緑、白」の三色になるのですか★★ 
このことです。どうしてクリスマスになると、「赤、緑、白」の三色になるので
しょうか。12月になると、ジングルベルのメロデイーが流れ、この三色が街
にあふれます。デパートでこの色にお目にかからない売場は、ほとんどありま
せん。私は子どもたちに、「赤はサンタさんの着ている服の色、緑はクリスマス・
ツリーの樅の木、白は雪です」といい加減な説明をしていました。ハワイで見
たサンタさんは裸足でしたし、常夏の国ですから「白は雪」とはいえません。
これも、当然のごとく訳ありでした。
 
クリスマスの色は、赤と緑と白である。キリストが人類のために十字架に
流した血の色は赤である。キリストの純潔を表す色は白、そしてキリストの永
遠の命を象徴する色が緑である。
〔年中行事を「科学」する P245 永田 久 著 日本経済新聞社 刊〕
 
★★なぜ、クリスマス・ツリーは、樅の木ですか★★
日本では、松の木でしょう。常緑樹は、いつも、みずみずしい姿ですから縁起
物には欠かせません。門松もその一つです。では、なぜ樅の木になったのでし
ょうか、これも訳ありでした。
 
クリスマス・ツリーは不滅のシンボルとして永遠の生命を表す常緑の
木である。12月24日は「アダムとイブ」の日といわれている。ア
ダムは楽園を追われたとき、生命の木から実を一つとってきた。その
実から木が育ち、キリストの十字架が作られたという。クリスマス・
ツリーはアダムの持ってきた「善意を知る木」であり、キリストを表
す不滅の生命の木である。
〔年中行事を「科学」する P244 永田 久 著 日本経済新聞社 刊〕
 
クリスマス・ツリーは、アダムが楽園から持ってきた実から生まれたとは、こ
れまた驚きです。真冬にも枯れることなく青々と緑を茂らせ、花を咲かせる常
緑樹であることから、「厳冬に耐える生命力にあやかりたい」などと考えるのは、
やはり、不謹慎なわけですね。では、いつ頃からクリスマス・ツリーは、飾ら
れるようになったのでしょうか。
 
プロテスタントでは、クリスマス・ツリーは、マルティン・ルーテル 
(1483~1546)が、初めて採用したのです。1529年のクリ
スマスの前夜、ルーテルが凍りついた雪の道を歩きながら、澄み切っ
た夜空を見上げると、無数の星が、美しく輝いていた。この星の輝き
を、キリストの愛と感じたルーテルは、樅の木を一本切り取り、木の
枝にたくさんのろうそくを灯し、感激した夜の情景を家の中に再現し
たのである。ギリシャ正教ではケルラリウスによって、1054年に
クリスマス飾りとして採用された。
〔年中行事を「科学」する P244~245 永田 久 著 
日本経済新聞社 刊〕
 
都会の空では無理ですが、清里の高原で見た星空は、まさに、星が降ってきそ
うな感じでした。陳腐な表現で申し訳ないのですが、神秘的でしたね。「神秘的
…」、この言葉も、影が薄くなってきたようです。
 
当時のクリスマス・ツリーは、どのようなものだったのでしょうか。
 
樅の木は、はじめは、ろうそくと林檎(りんご)で飾られていた。人々
は、キリストの光を表すろうそくと、豊穣を示す林檎によって、明日
の命、永遠の命を讃(たた)え、祈った。さらに樅の木は天使が飾り
つけをする意味を象徴して、一本の銀の糸を「天使の髪」といって、
飾りつけの最後に何気なく木にかけておく習わしがある。 (ふり仮
名は引用者)
〔年中行事を「科学」する P245 永田 久 著 日本経済新聞社 刊〕
 
本来の飾りは、ろうそくとりんごだけで、質素なものでした。今の樅の木は、
華やかです。靴までぶらさげ、物欲の権化のようになってはいますが、子ども
の夢ですから仕方がないでしょう。
ところで、樅の木の天辺に飾ってある星は、キリストが生まれたときに輝いた
星といわれ、「ベツレヘムの星」と呼ばれていますが、それがどの星に当たるか
は、定かではないそうです。
 
★★なぜ、クリスマス・リースは、柊なのですか★★ 
クリスマスといえば、樅の木が主役だと思っていましたが、玄関やプレゼント
の飾りつけにするクリスマス・リースも外せません。しかし、あれは柊(ひい
らぎ)の葉です。柊は、日本では鬼から身を守る魔除けの一つですが、これも
訳ありでした。
 
クリスマスシーズンに赤い実をつけ、緑の葉を持つ柊(holly)は、古
くから、ローマ人によって魔除けとして、また長寿の木として、サトゥルナ
リア、冬至祭にも用いられていたが、キリスト教がこの習慣を引き継ぎ、棘
(とげ)はキリストの受難、赤い実はキリストの血という解釈を与え、クリ
スマスの愛の木としたのである。英語で(holly)がholy(神聖な)に通じる
縁起もあるのだろう。
 〔年中行事を「科学」する P245 永田 久 著 日本経済新聞社 刊〕
 
サトゥルナリアは、12月17日から25日まで祝われた古代ローマの祭りで、
農耕神サトゥルナリアを祀り、闇を追い払う冬至祭のことです。ただし、リー
スに使う柊は「ひいらぎもち(Chinese holly)」と呼ばれ、赤い実をつけ、
葉っぱもトゲの形も異なり、節分に使う柊とは同じではありません。
 
ところで、クリスマスのテーマソングのような[Silent Night, Holy Night]、
日本では「きよし、この夜」ですが、いいですね。「静かで、神聖な夜」では、
ぶち壊しでしょう。日本の英語教育って、こんなことをやっていたのではない
でしょうか。だから、実用的な英語力が身につかなかったのではと、偉そうな
ことはいえませんが。「……いた」と過去形にこだわったのは、2002年度の指
導要領改定で、公立の小学校でも英語の授業が始まり、2018年から「読む
英語 “reading”から、話す英語“speaking”」と実践的な英語教育を目指す
ことになり、その効果に期待したいものですが、これも本人の努力次第です。
一昨年4月に亡くなられた上智大学名誉教授、英語文法史の大家、渡部昇一先
生は、「留学、結構だが、卒論はきちんとした英語で書かなければならないから
大変だよ」とおっしゃっていましたが、“writing”の難しいことは、皆
さんも英作文で苦労されたのではないでしょうか。卒論は英作文と違い論文で
すから、日本語を駆使できなければ書けません。このことを承知していないと
困ったことになるのでは。留学している間に得られた語学力を活かしていきま
しょう。
 
古い話になりますが、ウィリアム・ホールデンとジェニファー・ジョーンズが
共演した映画 “Love is a many splendid thing” を「慕情」と訳した方がい
ましたが、これなども、うならされませんか。また、名女優、キャサリン・ヘ
ップパーンの演じた“Summer time in Venice”は「旅情」です。わずか二文字
の漢字に刺激を受け、映画館へ足を運んだものでした。
最近の映画は、題名が横文字のままのものが多くなっているようですが、映画
を見てから「なるほど!」と納得させられるようなタイトルが少なくなってい
るようで、残念な気がします。至る所で、横文字が大きな顔をしていますが、
日本語、捨てたものではありません。もっと大切に使うべきだと思いますね。
外国語を深く読み切る力が衰えているのではないでしょうか。
 
司馬遼太郎の「胡蝶の夢」(新潮文庫 刊 全4巻)などの作品は、幕末から明
治にかけ、オランダ語や英語を苦心惨憺して翻訳した人々の世界を活写したも
ので、その大変な努力に、ただ、ただ、頭が下がるだけですが、私たちは、今、
その恩恵を受けていることに感謝しなければいけないのではと思いますね。
“reading”が果たした役目、これも日本の文化を支えてきた原動力の一つであ
ることは間違いないでしょう。
 
漢字仮名交じり文は、私達の祖先が英知を結集して、中国から伝わってきた漢
字から、カナ、ひらがなを作り、完成させた素晴らしい表記法であり大変な文
化財です。あまり知られていないようですが、アジア・アフリカ諸国では、数
学や物理、化学など自然科学を学ぶには、英語やフランス語を習得しなければ
出来ません。日本の高校生は微分、積分を日本語で学んでいますが、それを可
能にしたのは日本の漢字文化なのです。母国語で自然科学を学び研究出来るの
は、世界でも奇跡に近いことでもあるのです。日本から数々のノーベル賞の授
賞者がうまれるのも、勿論、ご本人の努力のたまものですが、自然科学を母国
語で学べる素晴らしい教育環境であることも、子ども達にきちんと教えるべき
ではないでしょうか。
(「日本の科学教育は大丈夫か」 内科医 西岡昌紀 著 WILL 2014
年12月号より 要約)
 
今年もお世話になっているリチウムイオン電池を開発した旭化成の吉野彰名誉
フェローが化学賞を獲得、日本人27人目のノーベル賞受賞者となりました。
子どもたちに、日本語で勉強するのが当たり前だと思っている数学や物理、化
学などの自然科学を、母国語で学べない国がたくさんあることを話し、日本語
の素晴らしさを教えてはいかがでしょうか。
 
東京地方、木枯らしは、昨年に続き吹きませんでした。地球の温暖化と関係
あるのでしょうか。今年は暖冬とか、後期高齢者には結構なことですが……。
それにしては寒いですね。
(次回は、クリスマスの(2)についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>(3)集団テスト

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        「めぇでる教育研究所」発行
2021さわやかお受験のススメ小学校受験編
            第22号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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(3)集団テスト
 
10名から20名位のグループで、部屋に置かれている遊び道具、ボールや縄
跳び、積み木や輪投げなどを使い、各人が自由に遊んでいる様子や、先生のま
ねをして踊ったり、熊や象などの動物のまねをしているところを観察するもの
や、話を聞いて、話の続きを想像して絵に描いたり、全く条件を与えられない
で好きな絵を描いたりします。
 
テストの狙いは、遊んでいる様子から自発性を、何かを作ったり、絵を描いた
りすることから表現力や創造力、巧緻性などを見ます。巧緻性は、きめ細かく
上手にできていることで、「手は第二の脳」(11号~14号)で詳しくお話しまし
たから省略しますが、一言でいえば、普段、両手を使う作業をやっているかを
見るわけです。親の手を借りずに、どのくらい自分自身でできるか、自立心で
すね。さらに、基本的な生活習慣も関わっています。もちろん、積極的に参加
する意欲や自主性もわかりますから、手を抜けません。
 
また、たとえば、クリスマス・ツリーなどを作る課題を与えられ、5、6名の
友だちとグループを組み、相談をしながら、自分の考えをいい、相手の意見に
も耳をかたむけながら、仲良く作り上げていく問題もあります。社会性や協調
性が培われているかを見る行動観察型のテストです。
 
[自由遊び]
「好きな道具を選んで、自由に遊びなさい」
といわれて戸惑う子がいます。子どもは遊びが仕事ですから、信じられません
ね。その原因は、日常生活が何から何まで管理されていることにあるのではな
いでしょうか。お母さんの指示どおりにしないと、お母さんの気持ちが済まな
いようで、その心は、無事に〇〇小学校へ入るためです。これでは、学校側が
求めている自発性や自主性は、育たないと思いますね。お子さんの通っている
幼稚園は、自由保育です。お母さんのやっていることは、管理育児です。こん
な言葉はないでしょうけれど、保育の方針に逆らっています。
 
遊んでいるときに、子ども本来の姿が表れるもので、そこを学校側はみたいの
です。みんなが自分の好きな遊びに熱中している時に、何やら不安気に、ボー
ッとしていると、先生方は、どう思うでしょうか。育児が過干渉である証拠で、
自分の意志を持たない「受験サイボーグ戦士」と思われるかもしれません。そ
の心配なしとは言えませんね。
 
こんな子もいるそうです。今、ボールで遊んでいたと思ったら、今度は縄跳び、
と思う間もなく輪投げです。一ヶ所にジッとできません。これは、この時期に
見られる子どもの成長を現す一面で、目移りではなく、好奇心が旺盛なのです。
とは言っても、次から次へと手を出し、人が遊んでいるおもちゃを横取りした
り、いくつも独占したり、あげくのはてには散らかしっぱなしはどうでしょう
か。
これでは、好奇心が旺盛とは言えません。単なるわがままか、飽きっぽいだけ
で、育児が過保護になっている証拠です。
 
遊ばせると、子どもの育てられている環境はわかります。幼児の試験は、これ
が最も適切ではないでしょうか。子どもたちは、全身で育てられている環境を
表します。無心に遊ぶ、ちょっとしたしぐさから、育児の姿勢が伝わってくる
ものです。
 
[身体表現]
先生のやっている動作をまねる、いわゆる身体表現です。
たとえば、あざらしの歩き方をまねたりします。これは、かなり、難しいです
ね。両手で体重を支え、両足をそろえて伸ばし、両手を交互に出しながら前に
進みます。まさに、あざらしさんです。腕力と腹筋を使いますから、かなりき
ついですね。もちろん、あざらしそっくりにできればいいのですが、それだけ
ではありません。これも積極的に参加する意欲があるかどうかです。ちょっぴ
り照れながらも、顔を真っ赤にして挑戦する子、いいですね。
 
幼児は自分の考えを表すときに、言葉だけでは十分でない場合、どうするでし
ょうか。身体全体を使って表現しようとするものです。しかし、これは表現す
る対象をよく観察していないとできません。あざらしを見たことのない子に、
まねられるでしょうか。たとえお手本があっても、ぎごちないでしょう。見た
ことのある子は、「不思議な歩き方だな?」と思うはずです。「思う」とは、注
意を呼び起こされることです。「どこが、どう違うのかな?」と観察を始めます。
幼児の学習は、これが基本です。
興味があれば、細かいところまで見極めようとします。他の動物との違いを見
つけられれば、素晴らしい学習になります。大切なのは、実物を見ることです。
同じところと異なったところを見つける、「類似差異」の見分けです。そこから、
新しい知識が備わってきます。机の上で、いろいろと知識を詰め込まれても、
あざらしを見たことがなければ、はつらつと表現できるでしょうか。このテス
トの目的は、生活体験、自分を取り巻くものへの関心や、そういったものに対
する観察力ではないかと思います。
 
かつて、アメリカでベストセラーとなった「人生に必要な知恵はすべて幼稚園
の砂場で学んだ」の第1章 私の生活信条(クレド)に、「不思議だな、と思う
気持ちを大切にすること。(中略)ディックとジェーンを主人公にした子供の本
で最初に覚えた言葉を思い出そう。何よりも大切な意味を持つ言葉。“見てごら
ん”」があります。(“  ”は藤本) 幼児に大切なのは、教え込むより、疑問
の芽を育ててあげることではないでしょうか。
読んでいて兼好法師の「徒然草」とよく似た考え方があり驚きましたが、著者
のロバート・フルガムは牧師であったことから、「なるほど!」と肯けたもので
した。
 
[共同制作]
クリスマス・ツリーを作ることを考えてみましょう。折り紙、モール、きびが
ら、発泡スチロール、リボン、厚紙などの材料から、セロテープやのりなどの
接着剤、はさみ、穴あけパンチ、ホチキスといった道具が用意され、相談しな
がら作ります。共同制作です。
「制作、得意なんです、私に任せといて!」
「苦手なんだ、はさみを使うの。手を出さないで見てよう!」
そうはいきません。みんなで相談しながら作ります。自主制作ではありません、
共同制作です。
 
日出学園小学校では、4、5人のグループで模造紙1枚とクレヨン1箱だけ用
意し、相談しながら絵を描かせる課題が出題されています。ある年は「弁当箱」
でした。クレヨン1箱ということは、同じ色は2本ないことです。さあ、どう
すれば絵は完成するのでしょうか。
 
これは、本当に大変です。考えてください、全員、今日、初めて会ったのです。
幼稚園や保育園、幼児教室や近所の気心のわかりあった友だちではありません。
名前も性格も能力も趣味も、全く、わからない集りです。ですから、育てられ
ている環境が、姿を表します。
「自分のことは自分でしなさい!」
と、ご両親が自主性を培う育児に徹していれば、一本しかない黄色のクレヨン、
どうすれば使えるかを自分で考えます。
過保護、過干渉な育児では、自分の考えを言い、積極的に参加できるでしょう
か、できないと思いますね。学校側の狙いは、ここにあるのではないでしょう
か。
 
[お絵描き]
少し古い話でなんですが、ある年の幼稚舎の試験に、こういうのがありました。
教室に紙を貼ったイーゼルが立てかけてあり、その前に数種類の絵具が用意さ
れ、絵を描かせたのです。学校の狙いは、何でしょう。絵の巧拙でしょうか。
それはないと思います、挑戦する意欲だと思います。そうでしょう、4、5歳
の幼児が、イーゼルを使って絵を描く機会があるでしょうか。ほとんどの子ど
もは、「何だろう、これは?」となるに違いありません。新しいもの、未知なる
ものに挑戦する意欲です。積極的に挑戦する子の好奇心は、旺盛です。これで
すね。
体中から好奇心という触角を出して、うるさいほど知りたがるのが子どもです。
こういう子は、やります。筆につけすぎた絵具をボタボタ落としながらでも。
手や顔どころか、服まで絵具だらけになるかもしれませんが、幼稚舎の試験は、
体操着に着替えてしますから心配ありません。どうして、体操着に着替えるの
でしょうか、受験される方は、これを考えましょう。
 
ところで、「なぜ、イーゼルを使い絵を描かせたのですか」の質問に、「子ども
の表情を見たかったのです」とおっしゃった当時の舎長のコメントが印象に残
っています。なぜなら、一心に絵を描いている子ども達の表情は、実に生き生
きとしているからです。知的能力だけではなく、身体全体から表われる子ども
らしい成長の証(あかし)を見ているのです。ここがポイントではないでしょ
うか。
 
制作、絵画は、完成した作品の巧拙だけを見極めるのではありません。積極的
に楽しく取り組む意欲や共同で作業を進める協調性です。協調性は、社会性と
共に、大切な集団生活への適応力を育むものです。
ペーパーテストは満点を取っても、集団テストの苦手な子を、学校は歓迎する
とは考えにくいことです。社会性がどのくらい培われているか、子どもは態度
で示します。過保護、過干渉の環境では、意欲や集団生活への適応力に問題あ
りと判定されないでしょうか。
通っている幼稚園の先生や保育士さんに聞いてみましょう。「集団生活に、少し
心配な点がありますね」などの答があった場合は、「ものすごく心配な点がある」
と受け取り、お子さんに対する育児の姿勢、取り巻く環境を総点検する必要が
あります。
 
繰り返しますが、「ご両親の育児の姿勢」を総合的に判定するのが、小学校の入
学試験です。このことを、肝に銘じておくべきではないでしょうか。
  (次回は、運動テストについてお話しましょう)

 


さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>自発性、芽生えてきましたね

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第5号
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自発性、芽生えてきましたね
 
自発性、辞書を引くと、「他から教示され、または影響されるのではなく、内部
の原因・力によって思考・行為がなされること」(広辞苑 岩波書店)とありま
す。
ちょっと聞き慣れない言葉かもしれませんが、「自発的」(自ら進んでするさま)
といえば納得できると思います。
もっとわかりやすい例があります。
それは子どもの遊びです。
 
大人の遊びは、遊びに過ぎませんが、幼児の遊びは、仕事です。
遊びを通して、いろいろなことを学ぶわけです。
遊びには、二通りあります。
一人遊びと、友だちと遊ぶ仲間遊びです。
 
こんなことがなかったでしょうか。
一人でブツブツ言いながら、何やら真剣に遊んでいます。
もし、頭の中をのぞける機器があれば、のぞいてみたいものです。
遊ぶ道具が、ウルトラマンの人形であれば、左手にウルトラマン、右手にはバ
ルタン星人などといわれている怪獣を持って、大激戦を展開しているはずです。
円谷監督も顔負けの映像が、リアルタイムで、ポンポンと浮かんでいると思い
ます。
子どもの想像力や空想力は、大人が考えるほど単純ではありません。
台本を書いて、何やら激戦地にふさわしいセットを組み、主演から脇役、対戦
相手の怪獣、それに本人しか理解できない奇妙な効果音を流し、監督までやっ
ているのですから、これは掛け値なしにすごいことです。
しかも、こんなにすばらしい想像力を駆使しながら、もっと面白く遊べる方法
はないものかと、工夫しています。
そして、大人の仕事と違い、報酬を全く要求せずに、省エネもせずに、全力で
取り組んでいます。
ですから、子どもは、遊びに夢中になれるのです。
 
どうしたら面白くなるだろうかと、いろんなアイディアを考え、その中から、
「これが、いいぞ!」
と選び、遊びの場に引き出します。
ところが、やってみたところが、今一つ面白くないとなると、映画監督よろし
く、
「何だ、あまり面白くないな。カット、カット!」
と駄目を出して、また新しい台本に挑戦し、それにふさわしい演出を試みはじ
め、準備が済み次第、カメラを回し始めます。
言ってみれば、幼児の遊びは、この作業の繰り返しです。
 
少し理屈っぽくなりますが、子どもの遊びは、いろいろ考え、そこからベスト
の遊び方を選んで、実行に移し、駄目ならまた始めからやり直すという「考え
た事柄と行動」が、そのまま表れていることなのです。
つまり、子どもの遊びは、
「自ら考え、選択し、実行するという自発性」
を養う訓練になっているのです。
これは、自主性を育てる上で、非常に大切なことです。
何かに取り組むには自分でやらなければならない、頼りになるのは自分自身で
あることを、遊びを通して学習しているからです。
ですから、積極的に遊びを楽しめるお子さんは、何事にも取り組もうとする意
欲が培われているはずです。
 
たとえば、自分一人でやらなくてはならないことが、たくさんあります。
洋服を一人で着て、脱ぐ。
食事を限られた時間で済ませる。
排便を一人でできるようにする。
歯をみがき、顔を洗う。
うがいに手洗い。
身辺の整理整頓。
あいさつ。
いろいろとありますが、4歳頃には身につけておきたいものです。
 
なぜでしょうか。
こういうことは、育児書によると、「基本的な生活習慣」と書かれています。
これは親の手を借りずに、自分自身の力で生きていくための生活適応能力のこ
とで、その能力を備えるための準備運動が始まったと考えれば、わかりやすい
でしょう。
 
しかし、忘れてはならないことがあります。
いくら、こういったことができなくてはといっても、これは、あくまでも平均
的な一つの目安です。
4月2日生まれと翌年の4月1日生まれでは、1年間の差があります。
生まれ月を頭に刻み込み、育児をする賢いお母さんになってあげましょう。
 
そして、もう一つの「仲間遊び」ですが、まだ、一緒にいても一緒に遊ばない
という「並行遊び」の盛んなときですから、もう少し待たなければならないで
しょう。
しかし、並行遊びに入ったのは、仲間遊びの準備が着々と進んでいるわけです。
仲間遊びは、言うまでもなく、みんなと一緒に何かをする集団生活の基本とな
る協調性や社会性を培う大切な遊びです。
こういった集団生活にスムーズに対応するために身につけなくてはならないの
が、基本的な生活習慣なのです。
 
もちろん、まだまだ幼いですから、いろいろと面倒をみなくてはなりませんが、
自分でできることは自分でするように、お子さんの成長を踏まえ、させるべき
です。
このことを、お母さん方が、真剣に考えて実行しなければ、せっかく芽生えか
けている自立心も意欲も、育まれないことになりがちです。
しかも、核家族化、少子化現象が、育児に困った影響を与えているようです。
それは、過保護、過干渉の育児です。
 (次回は、「過保護の育児」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第1章(3)情操教育、難しく考えることはありません 季節の行事、これも欠かせません

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2021さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第5号
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第1章 (3) 情操教育、難しく考えることはありません
季節の行事、これも欠かせません
 
季節折々の行事を祝うことも大切です。
昔は農耕民族でしたから、1年の生活は農作業を中心に営まれ、休みも仕事の
進み具合により取るようにしていましたが、今は法律で定めた国民の祝日にな
っているものが多く、全国的に休暇を取るようになりました。以前は、祝祭日
に日の丸を掲げたことから「旗日」ともいわれていたのですが、ほとんど見か
けなくなりました。
祝祭日を家庭で祝うことも、少なくなっているのでしょう。
元日に雑煮を食べない家庭もあるそうですから、当然かも知れません。しかし、
七五三や成人式は、華やかに行われていますし、ひな祭りと端午の節句、これ
はおじいちゃん、おばあちゃんの気張りどころでしょう。国産ではありません
が、クリスマスもきちんと祝い、ハロウィンも仲間入りしてきました。いずれ
も国産化され、「少し違うのではないかな?」と違和感を覚えますが(笑)。
 
お父さん、お母さんに聞いてみましょう。
 「なぜ、門松は、松竹梅で飾るのでしょうか」
 「なぜ、鬼は、柊(ひいらぎ)、いわしの頭、豆を嫌うのでしょうか」
 「なぜ、菱餅は、白、桃色、緑の三色なのでしょうか」
 「なぜ、お釈迦さまに甘茶をかけるのでしょうか」
 「なぜ、端午の節句に、鯉のぼりを飾るのでしょうか」
これくらいにしておきましょう。
 
私は、こういった四季折々の行事を、家族で祝い、その意味を両親から話して
もらった記憶があります。今でも忘れられないのは、正月の門松でした。室町
時代頃から飾るようになったそうですが、これには、きちんとした科学的な根
拠があるのです。詳しくは1月に説明しますが、ここでは、私が親父から聞い
た話を紹介しましょう。突然、大阪弁になって恐縮ですが、親父は関西の出身
でしたから、この方が、実感がわくのです。
 
「松は、一年中、葉が青くて、冬にも色が変わらん。元気で健康な証拠や。
竹は、真っすぐに伸び、雪が積もっても折れへん我慢強さがある。しか
も、中は空っぽやから腹に一物もなく、きれいや。『竹を割ったような性格』
っていうやろ、正直や。男は、これでなきゃあかんのや。
梅は、他の木がつぼみさえ持たん寒い冬に、リンと咲く強さやな。
それに、咲く姿は清らかや。
みんな、それぞれ、それなりの理由がある。みんな縁起もんや。そやから、
これらを飾って、新しい年神様を迎えて、健康で、辛抱強く、正直に生きて、
家内繁盛を願ったのや」
 
こういった話を、元日の朝祝いの時に、必ず聞かされていました。
季節折々の行事は、自然への感謝の気持ちと家族の幸せを願って、家族みんな
で祝ったものです。その行事の意味を子どもに教え、楽しく祝い、一つの思い
出として残してあげ、子どもが親になった時に、その楽しい思い出をわが子に
も伝える、そういった風習が残っていました。何しろ今と違い、情報量の少な
かった時代でしたから、これも親の大切な役目でもあったわけです。
 
しかし、最近は、「鬼は外、福は内!」の声など、聞こえなくなりました。そん
なことは迷信だといって、だんだん、影をひそめていくようです。
「月にうさぎが住んでいる」と信じている子はいないでしょうが、「サンタクロ
ースはいる」と信じている子はたくさんいます。事実、サンタさんから送られ
てきた手紙を、目を輝かせ、得意そうに見せてくれた子もいました。
 「迷信と切り捨てる」のと、「迷信でも子どもの夢を一緒に楽しんであげる」
とでは、どちらが子どもにとって幸せでしょうか。
 「サンタクロースなんて迷信で、プレゼントはお父さんが買ってくるんだよ」
といった先生を許せないと、涙ながらに語る友人の話を、池波正太郎の随筆で
読んだことがあります。12月に紹介しますが、この先生には、クリスマスの
思い出は、何もなかったのでしょう。あれば、こんな残酷なことは言えません。
でも、これは許せない!
 
豆をまき、菖蒲(しょうぶ)湯に入って菖蒲で鉢巻したり、短冊につたない字で
願い事を書いたり、お月見に薄(すすき)を飾ってお団子を食べ、素朴に祝って
いたのでしょう。「素朴」、いい言葉ではありませんか。最近、あまり聞かれな
い言葉の一つになりましたけど……。
 
しかし、その時に、父や母から話を聞くことが楽しみでした。今のようにテレ
ビもなく、昔話の本などあまりなかった戦後の貧しい時代でしたから、ほとん
ど両親の記憶によるものでした。祖父母や親によって語り継がれる、昔話の原
点が、まだ、残っていました。
特に、鬼の話や地獄の話は恐かったものです。悪いことをすると地獄に落ち、
針の山に追われ、血の池に放りこまれる話などは、心から信じていました。私
にとっては 「情操教育」であったと思います。こういった家族全員で祝うこ
とがなくなったのも、家族の絆が薄くなった原因の一つであることは、間違い
ないでしょう。季節折々の行事も、心を培う「情操教育」に欠かせない、家庭
でやらなければならない大切なイベントだと思います。
 
そこで、月々の行事を取り上げ、その行事に関係のある昔話を紹介しようと試
みたのですが、素人の悲しさですね、日本中の行事といえば気が遠くなるほど
ありますし、昔話となると、とてもではありませんが手に負えない、ものすご
い数です。
 
行事は、全国的に行われているものから選びましたが、その基本的な資料とし
て使わせていただいたのは、永田 久先生の「年中行事を『科学』する」(日本
経済新聞社 刊)でした。専門用語が使われ難しいものですから、わたし流に
解釈させていただきましたが、詳しくは、最後の「おわりに」のところで説明
いたしますので、ご本家の方をお読みいただければ幸いです。
 
昔話は、進学教室でうけた話を中心に、私の独断と偏見で選んでみました。児
童文学を修めたことも、民話などを研究したこともありませんから、間違った
解釈をしているところも多々あると思います。専門家の諸先生方に一笑される
かもしれませんが、覚悟の上です。何やら強気のようですが、目に触れる心配
などありえませんから、気楽に考えているだけです(笑)。
紹介する話は、ほんの氷山の一角で、しかも私の感覚で要約したダイジェスト
版になっています。面白いと思われましたら、本物を読んであげてください。
それも、本メールマガジンの狙いの一つです。紹介する本は、ほとんどが図書
館で読んだものです。お住まいになっている図書館の子ども部屋にはあると思
いますので、作者と出版社名を明記しましたから、参考になさってください。
 
お父さん、お母さん、頑張ってください。
情操教育は、心の教育です。心の教育は、幼児期に基本的なことを学習してお
くべきです。今は学習ではなく、勉強が幼児の心をむしばんではいないでしょ
うか。文字の成り立ちからもわかるように、学習は「習い学ぶこと」で、勉強
は「強いて勉めること」です。幼児を取り巻く環境は、何やら落ち着きません。
親が勉強せず、子どもだけに勉強を強いる傾向にあると思えてならないのです。
情緒が不安定で、情操の乏しい子が増えているといわれていますが、知識を詰
め込むことにこだわり、心を育てる育児が、おろそかになっていないでしょう
か。
 
キリスト、お釈迦さま、マホメッドと共に、世界の四大聖人である孔子さまも、
「論語物語」の「うぐいすの声」でいっています。うぐいすのひな鳥が、親鳥
の美しく鳴く声を聞きながら、繰り返し練習をし、やがて一人前に鳴けるよう
になる話です。その心は、「親鳥のようになりたい……」、このことです。ある
年の7月、上高地へ出かけた時、大正池で、実際に聞くことができ感激しまし
た!
 
幼児期は、「強いて勉めるときではなく、習い学ぶとき」です。心の教育は、お
子さんの人生観の基礎を培う大切な学習です。お手本は、ご両親です。ご両親
が、うぐいすの親のようにならなければ、迷うのはお子さん自身です。心の教
育こそ、ご両親が力を合わせて、育み、培うものです。
 
ご両親が受けてきた教育を、そのままお子さんにも受けさせたいとお考えでし
ょうか。もし、不安を感じているようでしたら、教育についての考え方を、改
めるべきではないかと、赤面しながら、あえて言い切っておきましょう。私は、
「教育とは自己学習のできる人間を育てること」であり、ご両親が作る環境から
培われていくものだと考えています。通信簿に表れた目先の結果だけにこだわ
らず、どのような子どもに育ってほしいのか、大らかな心をもち、お子さんの
教育について考える、賢いお父さん、お母さんになってあげましょう。背伸び
をし過ぎましたが、それがご両親の役目、親の責任ではないでしょうか。
 
  最後に、落語「桃太郎」の全編を紹介しましょう。大人用は、複雑に脚色さ
れた噺が多く、長くなりますから、「こども古典落語」から選びました。
「桃太郎」は、「かちかち山」「花さか爺さん」「さるかに合戦」「舌きり雀」と
共に、日本の五大お伽話といわれています。1940年生まれの私には信じが
たいのですが、この五つの話を知らない子がいます。20数年ほど前の進学教
室時代の話ですが、「フランダースの犬」や「アルプスの少女ハイジ」の方が、
人気があるようでした。今は、どうでしょうか。TVのコマーシャルにハイジ
は顔を出していますが……。余談になりますが、落語ですから声を出して読ん
でみてください。黙読とは一味違うはずです。
 
★★古典落語「桃太郎」の作者 乾坤坊 良斉(けんこんぼう りょうさ
い)の意図★★
 
桃太郎のお話を一席申し上げます。
近頃の子どもは学校に入る前に、大概、幼稚園や保育園に行っていますから、
昔とは大変に違います。昔は親が子どもを寝かしつけるのに、
「おとっつぁんが、面白い話をしてあげるから寝るんだよ。いいかい、あのね。
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいてね。ある日、
おじいさんは山へ芝を刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行ったんだよ。そして、
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきたから、家に持って
帰って割ってみると、男の子が生まれたんだよ。桃の中から生まれたから桃太
郎と名前をつけてね。大きくなると桃太郎は、犬と猿と雉を連れて、鬼が島に
鬼退治に行ったんだ。そうして、鬼を退治して、宝物をたくさん持って帰って
きて、おじいさん、おばあさんを喜ばしたんだよ。どうだい、面白かったかい
……。おや、坊や……。もう寝ちまったよ。子どもなんて罪のないもんだね」
という具合だったんですが、今は、そうはいきません。
「坊や、お父さんが面白い話をしてあげるから早く寝な」
「せっかく親が面白い話をしてくれるのに、寝ちゃあ失礼だよ」
「失礼でもいいから寝なよ」
「あのね、むかしむかし」
「むかしむかしって、何年前?」
「ずうっと昔だよ」
「それじゃ、何世紀頃のお話?」
「何世紀だって、いいじゃないか!」
「あるところに、おじいさんとおばあさんがいたんだ」
「あるところって、どこ? おじいさんとおばあさんの本名は?」
「あるところはあるところさ。おじいさんとおばあさんには、名前がないんだ
よ!」
「でも、名前がない人っていないよ」
「貧乏だから、名前を売っちゃったんだよ」
「変なこと言ってら!」
「黙って聞きなよ!」
「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行ったんだ。おばあさ
んが洗濯をしていると、大きな桃が流れてきたから、これをもって帰って割っ
てみると、男の子が生まれたから、桃太郎と名前をつけた。この子が大きくな
ると、犬と雉と猿を連れて、鬼が島に鬼退治に行ったんだ。そうして鬼を退治
して、宝物をたくさん持って帰ってきて、おじいさん、おばあさんを喜ばした
んだ……。あれっ、まだ寝ないのかい?」
「お父さんの話を聞いていたら、さっきまで眠かったのに、パッと目が覚めち
ゃった。だってこの話は、もっと深い意味があるんだよ」
「ほう、そうかい?」
「話してあげようかい、君!」
「あれっ、親をつかまえて、“君”というやつがあるかい! まあ、話してごら
ん」
「むかし、むかし、あるところにというのは、何時代のどこと決めてもいいん
だけど、日本中の子どもがこの話を聞くわけでしょう。だから、子どもたちの
想像させるために、わざとぼかしてあるんだよ。おじいさん、おばあさんとい
うのは、本当はお父さん、お母さんなんだけど、やわらかみを出すために、お
じいさん、おばあさんにしてあるんだ。そして、それぞれ山と川に行くでしょ。
あれはね、父の恩は山より高く、母の恩は海よりも深いということを表してい
るんだよ。そして、海のない地方もあるから、わかりいいように川にしたんだ」
「えっ……、なるほど。これは、大人が聞いてもためになるな」
「そうさ。桃の中から子どもが生まれたというけど、あれは、桃のようなかわ
いい赤ちゃんが生まれたということなんだよ。第一、桃の中から赤ん坊が生ま
れてごらん。果物屋さんは、赤ん坊だらけになっちゃうよ」
「なるほど、なるほど、それから?」
「そんなに前に乗り出してこないでよ。そしてね、鬼が島に行くというのは、
つまり、父母のもとを離れて、世間に出るということなんだよ。犬、雉、猿を
連れて行くというのはね、犬は思いやりというものがある。難しい言葉でいう
と仁というんだよ。猿には知恵がある。雉は勇気がある。つまり人間は、世間
に出たら、仁、知、勇、この3つを働かせなければいけない。そうすれば段々
に偉くなってきて、世間から信用という宝物を得ることができるということな
んだよ。それをお父さんみたいに、この話をしたんじゃ、このお話の作者が泣
くよ。わかったかい、お父さん……。お父さん、あれぇ、お父さん寝ちゃった
よ! へえー、大人なんて、罪のないもんだ!」
こども古典落語1 あっぱれ! わんぱく編 
   小島 貞二 文 宮本 忠夫 画  アリス館 刊
 
きび団子の説明が抜けていますが、きびでできた団子は美味いものではなく、
人間いかなる時も
おごってはいけないという戒めを表しています。桃太郎伝説のモデルといわれ
ている岡山県の吉
備津神社で食べたきび団子は美味かったので、子どもたちから「うそでしょ
う?」と言われるかもしれ
ませんが(笑)。
 
いかがでしょうか、説得力があると思いませんか。
歳月を経て伝えられてきた話は、研ぎ澄まされており、実に無駄がありません。
しかも、落語であるところが愉快ではありませんか。笑いながら、人生修業を
しているのですから。落語は、最後の「下げ」が勝負になりますが、これも決
まっていますね。YouTubeで視聴できます。
 
最近、落語を聞く機会がなくなりましたが、落語は素晴らしい話芸です。図書
館の視聴覚室をのぞいてみましょう。古今亭志ん生師匠をはじめ、咄家のすば
らしい名人芸がCDに収録されています。疲れたときに聞いてみませんか。落
語は、声を出して笑うことが、いかに大切であるかを教えてくれるからです。
「笑う門に福来る」とも言うではありませんか。ご両親の笑顔は、お子さんの
健やかな成長を支える促進剤です。
ちなみに英語では、“Fortune comes in by a merry gate”、面白いのは、
“Laugh and be fat”(笑えば肥る)とも言うそうで、後の方が、実感があり、
納得できますね。(「故事ことば辞典」より)
 
ところで、あるミッション系の小学校の面接試験で、「最近、大笑いしたことが
ありますか」と尋ねられたことがありましたが、この質問の意図を、どのように
お考えでしょうか。
 
朝夕、散歩する雑木林の枯れ葉が少ないですね。木枯らしが吹かないせいでし
ょう(11月26日現在)。木枯らしは、10月半ばから11月30日までに吹
く毎秒8メートル以上の北風で、昨年は昭和54年(1979年)以来39年
ぶりにありませんでした。一番遅かったのは昭和58年11月28日(198
3年)だそうですが0.369、今年はどうでしょうか。
  (次回は12月の年中行事についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>有名小学校の入学試験とは■■[2]5つの試験形式■■ (2) 個別テスト

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        「めぇでる教育研究所」発行
2021さわやかお受験のススメ小学校受験編
            第21号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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■■[2]5つの試験形式■■ 
(2) 個別テスト
 
文字通り、先生と一対一、個別で行われるテストです。口頭試問と考えたらい
いでしょう。
しかし、幼児のことですから、言葉だけでは答え切れません。おはじきやプレ
ート、絵、時には本物や、それに近い物を使って出題され、おはじきを置いた
り、絵に指を差して答えたり、プレートで指示された形を作ったりします。学
校によっては、いくつもの部屋を回り、何人もの先生とお話しする場合もあり
ます。
 
この形式では、ペーパーテストと異なり、設問を聞き逃しても、「それまで!」、
ゲームセットとはなりません。勇気があればの話ですが、聞き直しができます。
幼児のテストは、こういった個別テストが適しているのではないでしょうか。
しかし、答える子どもたちには、つらいことになります。口頭試問の場合、問
題を聞き、考え、言葉で答えるからです。ペーパーテストでは、答えがわから
なくても、適当に印をつけても正解になる場合もあります。時には、偶然が支
配する幸運もあります。個別テストには、それがなく、全部、自分でやらなけ
ればなりません。育てられている環境そのものが、ズバリ顔を見せます。
 
育児が過保護や過干渉になっていると、親離れができていませんから困るでし
ょう。
「ママ、手伝って!」
「どうしたらいいの、ママ!」
そんなことをいっても、誰も手を貸してくれません。態度も、オドオドとして
落ち着きがないでしょう。
こういった子育てをしているお母さん方は、おくめんもなくおっしゃるそうで
す。
「私となら何でもできるのに。やっぱり、コネなんだわ!」
少し解説が必要ですね。その子は、お母さんと一緒であれば、何でもできる抜
群の能力の持ち主だそうです。しかし、試験を受けたのですが、合格しません
でした。ですから、落ちたのは成績ではなく、出身者ではないから、また、紹
介者、つまり、コネクションがないために、合格しなかったとおっしゃりたい
らしいのです。出身者だけを入学させたくても収容人員は限られていますし、
紹介者がいれば合格するのであれば、受験料を取ることは詐欺行為になります。
ですから、こういった怪情報は、単なるうわさに過ぎません。
慶應義塾幼稚舎や青山学院初等部のホームページには、「推薦状や紹介状は必要
ない」、「用意しても受け取らない」と公表していますし、暁星小学校の説明会
でも「紹介状や推薦状は必要ない。本人の実力を第一とする」とおっしゃって
いました。
 
小学校の入学試験の狙いは、お母さんのもとを離れて、「一人で、どれだけのこ
とができるか」であり、頼りになるのは自分だけです。こういうお母さん方が、
面接で、
「お子さんを育てるにあたって、どういったことに気をつけていますか」
と聞かれたとします。すると、お母さんが、格好よく、
「子どもの自主性を育てることに留意しています」
と答えたら、先生方は「……!?」となるでしょうね。
 
個別試験に対して、入学試験問題集を買い込んで試験に備えるのは、試験があ
る以上、やらねばなりませんが、子どもの発育状態、生まれ月、これを考えず
にやってしまうと、困ったことになりかねません。
 
例えば、一枚の絵を見て自分で話を作る問題があります、創作です。うまくで
きないと、お母さんが作った話を記憶させるようです。大人の考えた話や発想
は、大人のものですから、子どもは抵抗を感じるのではないでしょうか。うま
くでき過ぎているからです。それを覚えさせるそうですが、自分で考えたもの
ではなく、お母さんの創作ですから、ついていけません。そして、記憶させら
れた話は、忘れやすいものです。しかし、お母さんの前では、大丈夫なのです。
何回も繰り返し教え込まれるのですから、覚えるでしょう。
 
ところが、小学校の入学試験は、生まれて初めて入った場所で、初めて会った
先生のいうことを聞き、いろいろなことをしなければなりません。場所が変わ
り相手が変わると、うまくいかないものです。プレッシャーが、かかるからで
すね。大人の世界でもあるでしょう、ブルペン(野球場にある投球練習所)エ
ースです。練習では豪速球、生きたボールを投げるのですが、マウンドに立つ
と平凡なボールを投げては、ノックアウトされるピッチャーのことです。
 
さらに、問題集にあるとおりの絵が出てくる幸運は、ほとんどありません。た
とえ幸運に恵まれても、先生は、お母さんに教えられたとおりに、聞いてくれ
る保証もありません。同じような問題でも、ちょっとひねられると、それで、
おしまいです。先生方も、そこを見ていると思います。子ども自身の考えかど
うかですね。ですから、単に記憶させるだけでは駄目なのです。
 
ペーパーテストは、答えがあっていても、子ども自身の考えかどうか、わから
ない場合もあります。
個別テストは、ここが、はっきりとわかります。これが、いいですね。子ども
が自信を持って答えられるのは、日常生活で、きちんと体験していることだか
らです。
 
また、親の教育に対する姿勢も、はっきりと表れます。
「うちの子、引っ込み思案で、消極的だから、個別テストに向いていないわ」
とおっしゃるお母さんがいますが、子どもが好き好んでそうなったのではなく、
お母さんの育児の姿勢がそのまま表れているだけです。試験の形式だけで学校
を選ぶようでは、本末転倒な話で出発点から誤りです。
 
私学には、独自の建学の精神、教育理念があります。ご両親の教育に対する考
え方と、学校の教育方針に共通認識があり、限りなく近いことが、学校選びの
条件です。小学校の教育は、家庭と学校とお子さんの三人四脚で行われるもの
であり、決して忘れてはならないことです。
 
ところで、女の子で、一人っ子であると、消極的になりやすいものです。しか
し、過保護から身についた甘えん坊や、過干渉からなってしまった消極的な性
格から出る引っ込み思案とは、違います。一人っ子でも、自分でやるべきこと
を、きちんとさせているお母さんに育てられていると、一所懸命に取り組みま
す。わからない問題にぶつかっても、簡単にあきらめません。精一杯、挑戦し
たのですが、できなかったとしても、
「わかりません」
という顔に、悔しさこそあれ、明るいそうです。普段の生活が、そのまま出て
いるからです。失敗を恐れずに、一所懸命に考え、頑張り、挑戦する意欲のあ
る子に育てたいと考えているご両親の姿が、そこにあるからです。学校側の求
めている子は、こういう子です。自分で考えていることを、自分の言葉で話せ
る子です。
 
前にもお話しましたが、最近は、こういった問題が増えています。
◇机の上に半そでのYシャツと、近くの箱に500mlのペットボトルとプ
ラスチックのコップ3個、黄色と赤色のリボンが入っている。
・Yシャツを着て、ボタンを留めましょう。
・箱からペットボトルを出し3個のコップに同じになるように水を
入れましょう。
・終わったらペットボトルに黄色いリボンでちょう結びをしましょう。
・最後にYシャツを脱いで、たたんでください。
 
基本的な生活習慣やしつけ、自立心までわかります。個別テストからは、子ど
もの生育史をみることができるのです。それが、ご両親の育児の姿勢であり、
学校側のいう「ご家庭の教育方針」です。こういったことを理解していないと、
ご両親が面接で、どんなに格好のいいことをいっても、そうでないことをお子
さんが、きちんと見せるものです。
 
個別テストでは、自立心や自律心がどの程度、培われているかもはっきりと表
れます。「自分の考えを言葉で表す」のは、幼い子どもたちには、とても難しい
ことですが、基本は、ご両親との対話から培われるものです。「対話の反対は沈
黙ではなく、命令と強制です」とおっしゃったのは、立教小学校の元校長であ
った田中司先生で、ペーパーテストを廃止した方です。「こうしなさい!」「そ
れはだめ!」などと一方通行では、対話は成り立ちません。お子さんとの対話
を弾ませることから、言葉で考え、表現する力は培われます。
 
お子さんは、ご両親の目を見ながら楽しく話をしているでしょうか。
    (次回は、集団テストについてお話しましょう)

 


さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>3歳ごろは、どうでしたか

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2021さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第4号
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3歳ごろは、どうでしたか
 
お母さんに手伝ってもらわなくても、自分でできることが増えたのではないで
しょうか。
パジャマも着られるようになり、ボタンのかけ外しに興味を持ち始めませんで
したか。
靴も、はけるようになりましたね。
はしも使えるようになったのではありませんか。
いちばん違ってくるのは、お母さんの手伝いを嫌うことではなかったでしょう
か。
自分でやりたがる、そうではありませんでしたか。
2歳の終わり頃から、控えめでしたが反抗的にもなってきました。
それが、はっきりと態度に現れるのが、3歳児の特徴です。
反抗期です。
でも、反抗期は、子どもが成長していく証拠です。
標的は、残念ながらお母さんなのです。
しかも、子どもたちも遠慮しないで、はっきりとやります。
頭に血が昇って、カッーとなったこともあったでしょう。
血相を変えたこともありましたね、お母さん……。
でも、耐えました。
なぜ、でしょうか。
 
「ママ、手伝わないでね、自分でできるから!」
(「まだ、無理ですよ」)お母さんには、わかっています。
お母さんの予想通りに、できません。
ものの見事に失敗します。
でも、お母さんは、
「ママがいったでしょう。まだ、できないのよ、あなたには!」
こんなこと、いいませんでしたね。
「一人で、できるように頑張りなさいね!」
こういって励ましたのではなかったでしょうか。
これが、子どもにとって、どんなに心強かったか……。
このことです。
失敗しても叱られません。
叱られないどころか、頑張りなさいと励まされます。
「お母さんって、やさしいな!」
これです。
ここから、相手を思いやる気持ちが生れます。
思いやりです。
お母さんのやさしいこの一言が、お子さんの心の中に、相手を思いやる気持ち
を育んでいくのです。
 
そのことを考えずに、
「あんたっていう子は、生意気いって、できないじゃないの! ママには、わ
かっているの、まだ無理なのよ!」
とやってしまったら、どうなるでしょうか。
失敗を恐がって、自分からやろうとしませんし、手を出さなくなります。
こんなときのお母さんは、本当に恐いです。
言葉にも遠慮はありませんが、顔も遠慮せずに、キッパリと怒っています。
どうして、子どもを怒るときのお母さんは、無防備になるのでしょうか。
怒っている時、急いで鏡を見てごらんなさい。
自分でもびっくりしますよ、夜叉……、いや、言うのはやめておきましょう。
 
自分では、できると思っていたにもかかわらず、できなかったことで、相当、
自信をなくしているはずです。
気持ちが沈んでいるところへ、きつい追い打ちの言葉です。
気をつけないといけません。
言葉の暴力は、遠慮なしに、グサリと、土足で、お子さんの心に入りこみます。
「あなたなんか、もう知りません!」
はっきりいって、これはキョウハク、脅迫です。
見離されるのですから。
世の中でいちばんやさしくしてほしいお母さんに、こういわれたら、子どもは
泣くしかありません。
これで、相手を思いやる心は育つでしょうか……。
 
しかし、しかしです。
しばらくすると、「ママ!」といって、お子さんは、そばに来るでしょう。
これが不思議です……。
お父さんが、お母さんのように、理性を置き忘れて、声を張り上げて怒ってご
らんなさい。
子どもは、寄ってきません、恐がって。
本当に、不思議です。
お腹を痛めないと、こういう親子の強い絆は、できないのでしょうか。
 
しかもです。
お母さんは、ほんの少し前まで、柳眉を逆立て、怒っていたのにもかかわらず、
そんなことあったのかしらと、涼しげな顔をして、
「のどが渇いたわね。アイスでも食べましょうか!」
などと、ニコニコしながらいうのですから、これまた不思議です。
どうです、お父さん方、こういう親子関係、どう考えますか。
お母さんの影響力は、絶大なのです。
お母さんは、このことを忘れてはいけません。
忘れきっているお母さん、結構いますね。
子どもは、お母さんの持ち物ではありません。
勘違いしたら、恐い話です。
感情的になって、むやみに叱り飛ばさないでください。
受験準備、特に、知的な領域の問題に関しては……。
子どもに代わって、お願いしておきます。
 
それはともかくとして、いろいろなことをやってみたい意欲と結果は、いつで
も、アンバランスな答えと、結果が伴いがちです。
でも、お母さんは、ここでも忍の一字です。
来年から幼稚園です。
手のかかる子は、幼稚園でも歓迎されません。
3歳は、親のもとを離れて、一人で生活を始める準備期間です。
つまり、自立が始まるときです。
母親という母港から、船出をすることです。
といっても、いきなり大海原(おおうなばら)へ出かけるわけではありません。
お母さんの目の届く範囲内で、チョロチョロ出ては、サッと帰ってくる、小さ
な冒険と考えたらいいでしょう。
冒険は、実験です。
実験は、試行錯誤の積み重ねです。
子どもは、納得するまでやります。
 
たとえば、このようなことはありませんでしたか。
ティッシュペーパーの箱から、ティッシュを引き出すことです。
親は、いたずらだと思って叱ります。
その場はやめるのですが、親がいなくなると、またやり始めます。
「いたずらしたら、駄目だといったでしょ!」
と声を荒げて注意しても、親がいなくなると、また、始めるのです。
これには、腹も立ちます。
「何回、いったらわかるの!」
切れます、さすがの我慢強いお母さんも。
しかし、子どもには、ちゃんとした目的と理由があるのです。
これは、いたずらとは違います。
どうして、次から次へとティッシュパーパーが出てくるのだろう。
どんな仕掛けになっているのか知りたい、それだけなのです。
1回、全部出させてみましょう。
納得したら、もうしません。
それでもするのは、いたずらですから、これは、きちんと叱るべきです。
好奇心が旺盛になり、探究心の結果か、それともいたずらか、よくわからなく
なることが起きがちです。
この見極めも大切です。
 
そして、「褒めるべき時は褒め、叱るべき時は叱る」、これは、子育ての鉄則で
す。
あいまいにしてはいけません。
しかし、お母さん方の褒め方、うまいとはいえませんね。
できて当たり前と思っているお母さんがいます。
「隣のケンちゃん、もっと前からできていますよ!」
こういわれたお子さんは、どのような気持ちになるか考えてあげましょう。
比較してはいけません。
比較するなら、誕生日をきちんと頭に入れてすべきです。
早生まれのお子さんには、特に注意が必要です。
子どもが何かをやり遂げたことは、精一杯の努力をしているのですから、そこ
を認め、きちんと褒めてあげましょう。
褒められればうれしいですから、次に挑戦する意欲も培われます。
 
このようにして、一つ一つ納得づくで、問題を解決していくのですから、時間
がかかるのも仕方がないでしょう。
何しろ、目に入るもの、耳に聞こえてくるもの、肌で感じること、手で触った
こと、口で味わったこと、興味の対象全部に、
「何だろう?」
「なぜだろう?」
「どうなっているのだろう?」
とやっていくのですから、考えてみたら、これは大変なことです。
ものすごい勉強をしているわけです。
しかも、親や先生から、「勉強しなさい!」といわれてやっていることではなく、
自分自身で、自発的に取り組んでいるのです。
体のどこから出てくるのかわかりませんが、盛んに指示が出てくるのでしょう。
自分でも、どうなっているのか、わからなくなる時があるようで、時々、ボー
ッとしています。
 
しかし、自分から進んでやっているのですから、ものすごいことです。
育児書に「自発性」と書いてありますが、これです。
 (次回は、「自発性、芽生えてきましたね」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>話の読み聞かせ (2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2021さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第4号
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第1章 (2)情操教育、難しく考えることはありません
話の読み聞かせ (2)
 
「竜宮城って、おもしろいところだな。絵に描いてみようかな!」
となると絵画の領域です。幼児期の絵は、写生ではなく、イメージ、想像し
て描いたものではないでしょうか。ファンタジーの世界ですから夢もふくら
みます。絵を描こうとする動機は純粋です。幼児には、この「……かな?」
がついた時こそ、好奇心の芽を育む絶好のチャンスなのです。「小学校の入
学試験に、絵を描かせる学校があるから、絵画教室に行きましょう」と考え
て始めるのは、子どもの希望ではありませんから、絵を描くことが好きにな
るとは思えません。
 
最近、絵を描くことをいやがる子どもが増えていると聞きますが、想像力が
培われてくる前に、大人の求める望ましい上手な絵を期待するからではない
でしょうか。感性が磨かれなければ、絵は描けません。
 
 (環境+五感が受けた刺激)×(想像力×好奇心÷そしゃく力)=描かれ
た絵
 
妙な式ですが、私見ですが私の経験では、感性は、子ども自身が与えられ
た環境の中で、自らの力で培ってきた「自前の能力」ではないだろうかとい
いたいのです。親が、注文を付け始めると、おもしろくない絵になりがちだ
からです。
 
お子さんの絵について、振り返ってみましょう。
2歳頃から、点や線の殴り書きが始まったのではないでしょうか。
3歳頃から、直線や曲線を使って○や□らしきものが表われ、それこそ、あ
る日突然、頭から手足がニョキニョキ出ている頭足人間を描いたと思います。
やがて、頭と体が分かれ、一応、人間らしくなりますが、手は電信柱のよう
に、横に真っすぐのびたままで、年長になって、やっと手も下におり、人間
と認められる絵になったのではないでしょうか。
ここまで表現できるようになるには、これだけの段階を踏んでいるのです。
絵は、言葉や身体表現と比べ、差のつきやすい能力といえます。うまい絵を
求めるより、何を描きたがっているのか、その内容に注目し、楽しく描ける
雰囲気を作ってあげることが大切です。
 
「絵は心の窓」ともいわれ、心の屈折が表れるそうです。冷静にお聞きくだ
さい。もしかしたら、遺伝もあるかも知れません。ご両親、特に、お母さん
は子どもの頃、どういった絵を描いていたか、ご自身のお母さんに聞いてお
きましょう。
 
話の読み聞かせの効果は、まだ、あります。
昔話をはじめ、子どもの読む本は、勧善懲悪から成り立っています。正義は、
必ず勝ちます。倫理、道徳、善悪について、襟を正して説教をしなくても、
きちんと学習しています。いってみれば、お子さん用の「修身、道徳講座」
です。情操教育の基礎、基本を学習しています。
このことです……。
 
3歳を過ぎる頃から自立が始まります。自立が始まると、いろいろな経験を
重ねながら、さまざまな感情も一緒に培われます。これが情緒です。この情
緒の分化が、5歳頃から始まります。
赤ちゃん時代は、「ママ!」の一言ですべての要求を表し、ついこの間までは、
望みが叶わなければ何でも泣くだけで表現していたことを考えれば、言葉で
表せるのは、格段の進歩ではないでしょうか。今まではおもちゃ箱の中に、
乱雑に入れられていたおもちゃが、「自動車はここ」、「縫いぐるみはこっち」、
「ままごと道具はあっち」と、きちんと整理されて行く状態になるのです。
まだ、整然とはいきませんが。
つまり、未分化だった情緒が分化されて、大人に見られるような、「喜び、
怒り、楽しみ、悲しみ、望み、不安」といった情緒が表れ、いろいろな話を
聞くことから、喜怒哀楽など心の動きが誘い起こされ、幼いなりに自我を作
っているのです。
 
ずる賢い人には怒りを覚え、悲しい話になると涙ぐみ、正直な人が報われる
と笑顔を見せ、恐い話になると表情も変わってきます。話をきちんと理解し
ている証拠です。正しいこと悪いことの分別を、感情を移入しながらシミュ
レーション学習をし、幼いながらも、正義に対する憧れや悪に対する嫌悪感
を養っているのです。それが自我であり、個性を培っていく基本的な学習に
なっているのです。
「三つ子の魂百まで」の意味は、ここにある事も忘れてはならないでしょう。
小学校受験編でも紹介しましたが、英語では“The leopard cannot change his 
spots”というそうで、世の東西を問わず、育児の鉄則となっているようで
す。 
 
まだ、あります。これが最も大切だと思います。お母さんが感情こめて読ん
であげると、子どもは真剣に、心をこめて聞くものです。そこから、人の話
を静かに、行儀よく聞く姿勢が身につきます。これは、これから始まる小学
校の勉強に、スムーズに取り組むために身につけておきたい、大切な心構え
であり、学習態度です。話が聞けないようでは、いくら漢字が読め、足し算
や引き算ができ、九九をそらんじていても、駄目です。小学校の先生方に聞
いてみると、みなさん、そうおっしゃいます。それほど、話を聞く姿勢を身
につけることは大切なのです。話を聞く姿勢ができていないと、勉強につい
ていけず、落ちこぼれることにもなりかねません。
 
あまり本を読んであげずに、
「人の話は、キチンと聞かなくては駄目だと、お母さんはいつもいっている
でしょう!」 
と、恐い顔して、厳しく、何十回といっても無駄でしょうね。言葉だけで説
得できません、態度で示すに限ります。本を読んであげることで、お母さん
自身が、よいお手本を見せています。
それが、話を聞く姿勢を身につける訓練になっているのです。
 
ひたすら自己中心に行動する子や、落ち着きがなくじっとしていられない子
になる原因の一つとして、話を聞きたがる大切な時期に、読み聞かせを怠っ
たことも考えられるのではないでしょうか。モンテッソーリの「敏感期」で、
その時期に著しく成長し、それを過ぎると鈍感になる成長過程のことです。
真偽の程は定かではないようですが、言葉の敏感期に人間の言葉に触れなか
ったため、言葉を話せないまま成長したインドの狼少女は、敏感期を実証し
た話ではないでしょうか。
  マリア・モンテッソーリ
イタリアのローマで医師として精神病院で働き、知的障害児へ感
覚教育を実施し、知的水準を上げる効果をみせ、1907年に設立
した貧困層の健常児を対象にした保護施設「子どもの家」において、
独特の教育法を完成させた。以後、モンテッソ―リ教育を実施する
施設は「子どもの家」と呼ばれるようになった。
 (ウィキペディア フリー百科事典より)
 
それはともかくとして、話の読み聞かせは、予想もつかない力も育みます。
話がおもしろければ、そしてそれが長編ともなれば没我の世界の中で、一つ
のことに集中できる持久力や耐久力さえ身につきます。気力や体力は、運動
だけで培われるものではありません。こういった精神力を鍛えることで、物
事に取り組む意欲や頑張る力も育まれます。
 
さらに、すごいと思うのは、
「言語能力を高めるためのお勉強ですよ!」
といった意識は、読んでいるお母さんも、聞いているお子さんにも、まった
くないはずです。無意識の内に、自主的に、積極的に、しかも楽しく学習し
ています。これこそ、「教えない教育」の最も効果的な方法ではないでしょ
うか。「教えない教育」とは、誤解を恐れずにいえば、本人は、勉強だと思
っていないにもかかわらず、ものすごい勉強をしていることです。何かを学
ぼうとする気持ち、学習意欲が身につきます。
 
しつこいですけれど、まだ、あります。
お母さんの表情豊かな、やさしい語りかけが、何よりのスキンシップなので
す。ですから、本をたくさん読んであげるお母さんは、子どもに慕われます。
それは、お母さんとお子さんが、同じ土俵に上がり、同じ気持ちで、物語の
世界を楽しんでいるからです。お母さんは、こんな荒唐無稽な話などありえ
ないと思っても、また少し抵抗を感じる言葉でも、一切、無視し、お子さん
のレベルに合わせて読んであげているはずです。視線は同じ高さですから、
心は通います。
視線の高さが違ってくると、命令と忍従の関係になりがちです。
 
しかし、一つだけいっておきたいことがあります。
いくら話の読み聞かせは素晴らしいといっても、お子さんが興味を示さない
本では、あまり効果はありません。「少年少女 世界名作全集 全十巻」な
どを買い揃えるのはどうでしょうか。
「本当は、『かちかち山』の話、読んでもらいたいのだけど……」、こういっ
たことは、小さい時から、とかくありがちです。気を使ってください、親の
考えを押し付けるのは、決していいことではありません。私たち親は、とか
く子どものためによかれと思ってやることが、案外、子どもには迷惑な話と
なっている場合があるものです。「あなたのためなのに……!」という前に、
親のエゴが優先していないか考えましょう。
 (お断わり 同名の「少年少女 世界名作全集 全十巻」があったとして
も、その本とは一切関係ありません)
 
また、ご両親が子どもの頃に読み、印象に残った本を読んであげることもあ
るでしょうが、「どう、面白かった?」といった言葉がけはやめましょう。
親のイメージを押し付けることになりがちだからです。
「ケンちゃん、どうだったかしら?」
と軽い気持ちで聞き、反応が今一の場合は、引き下がる思いやりも必要です。
読んでほしいとリクエストがあり、数回読んであげて、しっかりとしたイメ
ージが出来上がってから、感想を聞くようにしましょう。
 
ところで、本の選び方ですが、一緒に図書館へ行き、最初はお母さんが選ん
であげ、後はお子さんに任せてみましょう。お子さんが選んだ本は、たとえ、
年齢にふさわしくない幼い内容であっても、いやな顔をせずに読んであげて
ください。そして、自分で選んだことを褒めてあげましょう。お子さん自身
が興味を持たなければ、本の好きな子にならないからです。読書の芽は、ご
両親の優しい心遣いから培われるものではないでしょうか。
 
また、「読書の時間です」などと、スケジュールをキッチリと組むのもどう
でしょうか。お子さん自身に読んでほしいという意欲がないときは、あまり
効果的とはいえません。お子さん自身が望んだときが、最高の教場となるか
らです。習慣にしてよいのは、寝る前に読んであげることではないかと思い
ます。再開された横浜雙葉小学校の説明会でも、学園長は「お子さまと添い
寝をしながら本を読んであげる機会が少なくなっているのでは」と懸念され
ていましたが、皆さん方はどうでしょうか。
 
最後に、図書館には紙芝居がたくさんありますが、利用してみましょう。紙
芝居は、絵と言葉の表現に無駄がありませんから解りやすく、また、親子で
向き合っていますから、お子さんの表情がよく見え、どういったことに興味
をもっているかがわかるからです。
 
ところで、図書館で騒いでいる子や遊んでいる子もいますが、公衆道徳を教
えるのは、ご両親の大切な仕事です。手を抜いていると、あとで困るのは、
お子さん自身です。
 
また、借りた本は大切に扱う習慣をつけましょう。落書をされた本やジュー
スなどをこぼしたあとさえ残っているものも見かけます。「みんなで使うも
のは丁寧に扱う」、これも守らなければいけない規則です。たった1冊の本
から、育児の姿勢が至るところに顔を出しています。
 
そして、返却期日は、必ず、守りましょう。こういった約束事は、幼児期に
きちんと身につけてあげれば、お子さんの人格形成の礎(いしずえ)にもな
るからです。繰り返しますが、「三つ子の魂百まで」は、「良い習慣は幼児期
に身につく」ことを伝える、育児の鉄則ではないでしょうか。
 
このように、幼児期は、文字を教えこむより、心をこめて本を読んであげ、
心の通った会話ができる環境を作ってあげることが大切です。「文字よりも
言葉」です。小学生になれば、覚えた言葉を文字で表す学習に進み、国語を
楽しく勉強できるようになるものです。これが私の考えているご家庭ででき
る「情操教育の基礎、基本」ですが、納得していただけたでしょうか。
 (次回は、季節の行事についてお話しましょう) 

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>有名小学校の入学試験とは■■[2]5つの試験形式■■ ペーパーテスト 2

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        「めぇでる教育研究所」発行
2021さわやかお受験のススメ小学校受験編
            第20号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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■■[2]5つの試験形式■■ 
ペーパーテスト (2)

正直にいって、この先生が恐いのです。
お母さんは、何とか力をつけようと夢中になってしまい、自分のいっているこ
と、やっていることが、わからなくなるようですね。たとえば、難易度の高い
「図形」の問題などで、子どもがよく理解できていないときに、こういったこ
とが起きがちです。お母さん自身は、説明したことでお子さんも理解できたと
思い、問題に取り組むのですができません。1回ぐらいの間違いは許容範囲で
すが、何回も同じ間違いが続くと、お母さんの顔つきも変わり、
 「何回、教えたらわかるの!」
 「こんな簡単な問題が、どうしてできないの!」
 と、なりがちなのです。
幼児が「わからない」というときは、本当にわからない、理解できていないの
です。このことをしっかりと肝に銘じ、お母さんの説明が不十分であることを
考え、お子さんがわかるように工夫してあげることが大切で、お子さんを責め
るべきではありません。

また、昨日教えたことが、今日になるとできない場合もあります。それはお子
さん自身が経験していないことを、記憶だけに頼って憶えさせている場合が多
いからではないでしょうか。子どもは、興味や関心のないことをやっても、す
ぐに忘れがちなものです。

ですから、幼児は、机の上だけで知的な訓練をするのは、適切な方法ではあり
ません。お母さんのやり方が間違っています。それを棚に上げて、思わず子ど
もの頭を叩いてしまうお母さんもいるようですが、何も悪いことをしていない
にもかかわらず、いくらお腹を痛めたからといって、手を上げる権利は、母親
といえどもありません。子どものためにもいっておきたいことがあります。
お母さんの子どもの頃、どうだったかということです。冷静に聞いてください、
冷静に。

ここでおさまると、まだ、両者の歩み寄る機会は残されています。しかし、こ
の線を越えて、怒鳴り散らしてまで勉強を続けると、子どもも切れますが、耐
えるしかありません。お母さんに見捨てられれば、子どもは生きていけません。
 「ボク、本当にお母さんの子かな?」
こうなったらトラウマになりかねません。

昔は「子をもって知る親の恩」といいましたが、最近では、受験準備に熱が入
りすぎると、「合格の二文字のために忘れる子どもの心」ともいわれているよう
です。わが子を虐待して殺してしまう、鬼のような親がいるご時勢です。訂正、
鬼もわが子を手にかけなかった話が残っていますから、犬畜生にも劣る親とし
ます。ですから、「受験を始めて忘れてしまう子どもの心」になるようでは、受
験をする資格はないと考えましょう。先人の知恵でもある「三つ子の魂百まで」
を、絶対に忘れないでください。小さい時に経験したことで、お子さんの性格
は築かれていくからです。

子どもをプリント漬けにし、来る日も来る日も、毎日、何時間も、入試問題集
を広げ、猛練習をして力がついたと思うのは錯覚です。類似問題を数こなせば、
できるようになるでしょう。しかし、この方法は、一種の条件反射的なトレー
ニングです。これで考える力がつくでしょうか、疑問だと思います。行動観察
型のテストでは、対応できないでしょう。自ら考え、答えを導く力は、年月を
かけ、試行錯誤を積み重ねながらできたカリキュラムがあり、それをよく理解
している先生方の的確な指導のもとで身につくものなのだからです。

なぜ、このような受験準備が、行われてしまうのでしょうか。
例えば、幼稚舎に入れば、余程のことがない限り、大学まで行けます。子ども
の努力次第では、医学部へ進める可能性さえあります。子どもの将来のためと
考えるのも、無理からぬ親心です。
さらに、合格すれば、受験準備はこれっきりです。
場合によっては、中学、高校、大学と3回も受験戦争に参加させられる可能性
もあるわけですから。
「手のかからぬ内に入れてしまおう!」
このことです……。
思春期になり、難しい年齢になっての受験は、正直いって、しんどい話です。
身体は大人に近くなっても、精神年齢はそれ以下といったアンバランスな成長
をしている子、かなり見かけます。同じような大人も結構いますから、説得力
に欠けますけれど……。

さらにです。
年齢が下がれば下がるほど、能力の差は出にくいものです。ここで何とか手を
つくせば、志望校へ入学できるのではと考えるのも当然でしょう。しかし、厳
しい現実が控えています。お子さんの将来を案ずる親心は、どなたの心にも強
く、深く、ひそんでいます。ですから倍率は高くなり、10倍を越える学校も
あるほどです。

この現実を考えると、生半可な受験準備では、合格などありえないと考えるの
も無理からぬことで、かなりハードな受験準備が、待っていることになりがち
です。しかし、受験勉強をさせられる子どもの立場になると大変です。先にも
お話しましたように、何事もそうですが、過熱気味になると当事者は、自分の
やっていることが、わからなくなる仕組みになっています。「合格」の二文字に、
冷静さを失いがちですが、受験生のお母さん方全部が、こうなるわけではなく、
ごく、一部のお母さん方であって、熱心すぎるだけで悪気はないのです。
こういう被害を子どもたちが受けないためにも、ペーパーテストのなくなるの
は、歓迎すべきことではないでしょうか。誤解されると困るのでいっておきま
すが、「ペーパーテストが悪い」といっているのではなく、「準備の仕方」に、
とかく問題がありがちだといいたいのです。

また、ペーパーテストがないから問題集などやらなくてもいいと思っている方
がいると聞きますが、それはとんでもない間違いで、必ず、クリアしなければ
ならないハードルがあり、そのために問題集は必要です。問題に○や×をつけ
るだけではなく、行動観察型の試験のように、「どうしてそうなったか」など、
言葉で説明する口頭試問に対する準備です。

ところで、最近の入試問題を読むと、「幼稚園での生活能力があればできるテス
トを実施したい」と考える学校が増えているのは確かで、これは歓迎すべきで
すね。
たとえば、部屋の一角にじゅうたんが敷いてあり、机の上に紙に包まれたお菓
子が置いてあって、ペットボトルに入った麦茶らしきものとコップが用意され、
「さぁ、おやつですよ」といった試験がありますが、チェックポイントは、以
下のようになっていると思います。
まず、手を洗い、ハンカチで拭き、たたんでポケットにしまえるか。
靴を脱いで、キチンと揃えられるか。
包装紙でくるまれたお菓子を出すのにてこずらないか。
せんべいやクッキーであれば、ボロボロとこぼさないで食べられるか。
ペットボトルから、うまく麦茶をコップに注げるか。
「いただきます」、「ごちそうさま」をいえるか。
後片付けができるか。
みんな「……か」と、クエッション・マーク付きです。
これがテストです、何を評価しているのでしょうか。

さらに、この話をどう思われますか。
教育者、特に小学校の先生方は、見るところが違います。テストが始まると、
子どもたちの姿勢と筆記用具の持ち方を見るそうです。姿勢がよければ、ご両
親がよいお手本を見せており、筆記用具を正しく持てていれば、おはしをきち
んと持って食事をしているはずですから、育児の方針がわかるというのです。
テレビを付けっ放しで食事をし、ダラダラ時間をかけていると、直ぐに腰が砕
けて、姿勢も崩れがちです。これは、お父さんにも責任の一端、ありです。特
に、朝食です。テレビを聞きながら新聞を読みながら、ご飯を胃袋に流しこん
でいませんか。親が、お手本です。

これは、しつけ以前の基本的な生活習慣です。
ですから、直そうと思っても、直ぐにというわけにはいかないものです。食事
は毎日のことですから、おざなりにしていると、お子さんは学習の第一歩で苦
しむことになります。知識を詰め込むより、こういった生活習慣を大切に育て
ているお母さんは、お子さんから尊敬されます。
なぜなら、お母さんの手を借りずにできることは、子ども心にも嬉しいからで
す。間違いなく、「自分でやろうとする意欲」が育ちます。

ペーパーテストといっても、知的能力だけを判定しているのではありません。
受験生は、幼児です。
親の育児の姿勢を評価しています。
このことをきちんと心に納めておかなくては、合格の二文字はありえません。

机の上だけで、記憶に頼った知識の詰込みばかりやっていると、頭でっかちで、
偏った経験しかしていない子になりがちで、被害者は子ども自身です。ペーパ
ーテストが中心になっている学校を受験される場合は、こういった結果が残る
ような準備だけは、避けてほしいと願っています。

これからの毎日の体験は、お子さんの心に残ることを忘れないでいただきたい
のです。
年中から年長にかけては、将来の学習意欲も培われていく大切な時であり、人
格を形成する重要な時期でもあるからです。「三つ子の魂百まで」は英語で、“The
leopard cannot change his spots” (豹は斑点を変えることはできない)と
いうそうですが、洋の東西を問わず育児の鉄則ではないでしょうか。
  (次回は、個別テストについてお話しましょう) 


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