めぇでるコラム

2025さわやかお受験のススメ<保護者編>第5章 雛祭りですね(3)

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       「めぇでる教育研究所」発行
   2025さわやかお受験のススメ<保護者編>
   「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
     豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第18号-
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第5章 雛祭りですね(3)
 
★★早春賦、いいですね★★
 
この頃になると思い出すのが「早春賦」です。賦は「詩、歌」のことですが、なぜか私は、この歌を含めて「春のうららの隅田川」の「花」、「菜の花畑に入日薄れ」の「朧月夜」、「兎追いしかの山」の「ふるさと」などは、お姉さんたちの歌でなくては承知できないと、かたくなに思いこんでいました。小学校で習った歌、どのくらい歌えますか。
 
 
  早春賦
  作詞 吉丸 一昌  作曲 中田 章
 
 一 春は名のみの 風の寒さや
   谷の鴬 歌は思えど
   時にあらずと 声もたてず
   時にあらずと 声もたてず
 
 二 氷解け去り 葦は角ぐむ
   さては時ぞと 思うあやにく
   今日もきのうも 雪の空
   今日もきのうも 雪の空
 
 三 春と聞かねば 知らでありしを
   聞けば急かるる 胸の思を 
   いかにせよと この頃か
   いかにせよと この頃か
 
格調高い文語体の詩を、現代風に訳した歌詞をブログで見つけました。少し長くなりますが、紹介しましょう。早春にふさわしい、しゃれた、さわやかな口調がいいですね。
 
作詞された吉丸さんが立春を過ぎた安曇野の地を歩きながら、遅い春を待ちわびる思いを詩にしたといいますから、そういう意味では、ちょうど今ぐらいの時期を歌ったものだといえます。〔中略〕文語体で書かれた歌詞を現代風に訳すとこんな感じでしょうか。題して〔春の誘い〕「いざない」と読んでいただければ……。
 
 一 春というには名前ばかりの風の寒さだね
   谷のウグイスもさえずろうとしているけれど
   まださえずるときではないと声も立てないんだから
   まださえずるときではないと声も立てないんだから
 
 二 氷はとけて消えたし 葦は芽をふくらませる
   さあ春は今だと思ったけれど あいにく
   今日も昨日も雪模様の空なんだ
   今日も昨日も雪模様の空なんだ
 
 三 暦の上で春と聞かなければ知らなかったのに
   聞いてしまうと急がされる気になってしまう
   この胸の思いを
   どうしろというのかな この頃の季節の進みのじれったさは 
   どうしろというのかな この頃の季節の進みのじれったさは
     (http://xmas-count-down.com/c01/c4/index.htm)
 
 
 
★★彼岸と春分の日★★
 
「暑さ寒さも彼岸まで」、お彼岸は、秋分や春分の日を中心に前後3日間をいいます。春分の日を迎えると寒さもこれまで、秋分の日には暑さもこれまで、という気持ちになったものです。お墓参りや、お坊さんにお経をあげてもらうなどして、祖先の霊を供養しますが、これは今も続いています。いいことではありませんか、お彼岸は春秋の2回です。2回ぐらいお墓参りしないと罰が当たります。ご先祖さまがいたからこそ、「わが人生あり」なのですから。
 
彼岸とは文字通り「向こう岸」ということで、これに対して「こちら側」は此岸(しがん)という。向こう岸、それは阿弥陀様の住む極楽浄土で、祖先の霊が安んじているところであり、こちら岸は生老病死の四苦が在る娑婆の世界、すなわち生きている現世をいう。
人は極楽往生をしたいと願い-生死(しょうじ)の此岸を離れて涅槃(ねはん)の彼岸に至る-によって、彼岸という習俗が生まれてくる。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社 刊 P90)
 
日本には、正月に初日の出を拝むように、太陽信仰があります。その太陽信仰ですが、春分の日や秋分の日には、太陽が真東から出て真西に沈みます。極楽は西にあるという西方浄土を説くには、ぴったりなのです。
    
水の川と火の川を貪(むさぼ)りと怒りにたとえ、この二つの河にはさまれた太陽の沈む一筋の白い道-二河白道(にがびゃくどう)を、お釈迦さまと阿弥陀さまの招きを信じひたすら念仏を唱えながら、死者の魂はやがて西方浄土に達するのである。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社 刊 P91)
 
というわけで、彼岸にある西方浄土へ行き着きたい願いと思いから、仏事の彼岸会(ひがんえ)の行事が生まれました。彼岸会が、人々の心をつかんだのは、念仏さえ唱えていれば、先祖の霊を慰め、自分も彼岸に到達できるという教えですから、手続きが簡単で、わかりやすいためでした。お布施も必要ありません。
 
それにしても、信仰に関して私たちは、合理的というか、ご都合主義というか、不思議で、おかしな民族ですね。東から昇る太陽は日輪といって、あれは天照大神で神さまです。西には西方浄土の極楽があると信じて夕日を拝む阿弥陀さまは仏さまです。海原のはるか彼方に「常世の国」が、川上の彼方には「神の国」があると信じられていました。これでは、仏さまと神さまが共生していることになります。「困ったときの神頼み」、本気で信じていないのでしょうね。
こういう国って、日本以外にあるのかなと思っていたら、何と、あるのです。
 
平岩弓枝さんの「風よ ヴェトナム」の解説を書かれた井川一久氏によるとこうなのです。
 
「ヴェトナムは、東南アジア唯一の大乗仏教と神道(タンダオ)の国で、北部と中部の村々には必ずお寺とお宮がある。人々は箸だけで米飯を食い、豆腐と漬物と緑茶を好み、陶磁器と漆器を愛し、一弦琴や三弦琴(三味線)を楽しみ、旧正月(テツト)にはお年玉をばら撒く」
 
 
 
★★おはぎ★★
 
お彼岸といえば、「おはぎ」です。またの名を「ぼた餅」とも言います。もち米にうるち米を混ぜて炊いて、軽くついてまるめたものを、あんこや黄な粉で包んだものです。どうしてお彼岸に「ぼた餅」を食べるのでしょうか。
 
「ぼた餅」は、日本古来の太陽信仰によって「かいもち」といって、春には豊穣を祈り、秋には収穫を感謝して、太陽が真東から出て真西に沈む春分・秋分の日に神に捧げたものであった。それが、彼岸の中日が春分、秋分であるという仏教の影響を受けて、彼岸に食べるものとなり、サンスクリット語のbhuktaやパーリ語のbhutta(飯の意)が、「ぼた」となり、mridu,mude(やわらかい)が「もち」となって「ぼたもち」の名が定着したのである。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社 刊 P97)
 
何とぼた餅は、日本語ではないのですね。
「牡丹餅と書くのではありませんか」といわれるかもしれませんが、これは後の話だそうで、語源は、サンスクリット語やパーリ語だったのです。
 
「ぼた餅とおはぎ」の呼び名の由来ですが、春の彼岸は牡丹の咲く季節なので「ぼた餅」、秋の彼岸は萩の咲く季節なので「おはぎ」と称されるようになったという説がありますが、まだ他にも諸説あるようです。
 
 
★★春分の日の昼夜の長さは、同じではありません!★★
 
「……?」、こうなるのは、私だけでしょうか。これも知りませんでした。春分の日も、秋分の日も、昼と夜の長さが同じだと、習ったことはありませんか。
ところが、違うのです。
 
秋分、春分の日には昼夜が同じではなく、実は昼は夜より約16分48秒長いのである。ちなみに昼夜の長さが同じになる日は、北緯35度の地域では3月17日と9月27日である。
 (年中行事を「科学」する 永田久 著 日本経済新聞社 刊 P97)
 
その理由は、日の出、日の入りは、共に太陽の上縁が地平線に達したときをいうので、太陽は地平線より下にいることになるのですが、ここに問題があるのです。何やら難しい解説がなされているのですが、結論だけにしておきます。
 
大気は、光を屈折するので、太陽は沈んでいても、本当は、真の位置よりも浮き上がって見えるのです。早い話が、太陽が地平線に接しているように見えても、実際は、下に沈んでいるので、その差を計算すると、昼と夜は、同じではなくなるのだそうです。16分48秒、48秒まで計算できるんですね。
 
(次回は、「三月に読んであげたい本」についてお話しましょう)
 
 
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