めぇでるコラム

さわやかお受験のススメ<保護者編>★★第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2016さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
             -第14号-
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第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)
 
★★建国記念の日★★
2月11日は、建国記念の日です。昭和24年(1967)2月11日から、
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として祝日に定められたものです。
しかし、建国記念日は昭和生まれではなく、明治6年に紀元節として誕生しま
した。紀元節は、日本書紀に記されている、神武天皇が即位され、日本の国が
始まった日と定めた祝日でした。その根拠は、日本書紀第三巻・神武天皇の項
に、以下のようにあります。
 
「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮、是歳為天皇元年」
辛酉(かのとり)の年の庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)、一月一日、天皇
は橿原宮にご即位になった。この日を天皇の元年とする。
 
これを根拠として、紀元節は誕生しました。しかし、昭和23年に、紀元節が
戦争の原因になった国家主義や軍国主義を象徴する祝日であったことや、日本
の誕生した日はいつであるか、歴史的な根拠が明白でないことなどから廃止さ
れ、その後、様々な論争が続き,紆余曲折を経て、やっと「の」の一字を入れ
ることで」建国記念の日」ができたわけです。
 
紀元節の根拠は日本書紀にあるとお話ししましたが、果たして正しいのでしょ
うか。暦のことなど研究したことのない私でも、秘密を解くポイントは、「辛
酉(年春正月)・庚辰・朔」にあるのではと推察しますが、暦学的に検証する
と、その根拠は立証されているのですから驚きです。「年中行事を科学する」
(永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P54~65)には、「辛酉・庚辰・
朔」について、西暦紀元前660年は辛酉年、2月11日の干支は庚辰、月齢
はゼロであり、現在、建国記念の日となっている2月11日は、「日本国は神
武天皇の即位をもって建国とする」との日本書紀の記述と一致することが証明
されています。西暦紀元前660年といってもピンと来ないかもしれませんが、
縄文時代です。この歳時記は、筆者の不見識から驚くことばかり出てきますが、
これもまさしく驚きです。計算の方法は難しくて私の手には負えませんが、興
味のある方は、ぜひお読みになって下さい。
 
西暦は、キリスト誕生の年(実は生後4年目)を元年として数える年代ですが、
日本には、先に実証されたと紹介しました日本の紀元を、神武天皇即位の年を
元年とした皇紀があり、平成27年は皇紀、紀元2675年になります。私は
紀元2600年、西暦1940年、昭和15年2月11日生まれですから、自
分の年齢75を下二桁に入れると、今年は紀元2675年であり、西暦では下
二桁に75を足すと、2015年とわかるという便利な年回りになっています。
 
ところで、ご存知のように、日本に残る最古の書物は「古事記」で、第40代、
天武天皇が、わが国に言い伝えられてきた事柄を整理し、語部(かたりべ)で
ある稗田阿礼(ひえだのあれ)に覚えさせ、第43代、元明天皇が太安万侶
(おおのやすまろ)に文字に書かせ、西暦712年に完成したものです。その
8年後の720年に、第44代、元正天皇が年代も入れ詳しく編集したものを
残そうと、舎人(とねり)親王に書かせたのが日本書紀です。ですから、記紀
に書かれている話は、古代の人々が語り伝えてきた話を文字に書き留めた神話
(天地の創造を擬人的に説明し、森羅万象に宿る霊の存在や、民族の祖先の活
動を述べる物語 新明解国語辞典 三省堂)で、一人の人が作った話ではあり
ません。本当かなと思う話もありますが、宇宙の始まりはどうだったか、国は
どのようにして作られたか、人間はどのように生まれたか、そして生きてきた
かを物語るものです。地球という星が、陸と空に分かれて出来ていく様子を描
いた、巻一の「天地開闢(かいびゃく)と神々」は、どうしてこういったこと
がわかっていたのか、不思議に思えるほど科学的で、またしても驚かざるを得
ません。
 
世界の文明が発祥した各地にも、ギリシャ神話、ユダヤ神話、インド神話や数
々の民話などが残されており、民族やその地域の特徴が伝えられていますが、
共通する話の展開に、思わず膝を叩き、考えていることは同じなのだと思うと、
年甲斐もない話でなんですが嬉しくなります。そこに住んでいる人々が作った
神話であるからこそ、価値があるのではないでしょうか。それが民族の持つ固
有の歴史であり文化だと思います。私が心酔してやまない哲学者、梅原猛氏の
「神々の流竄(るざん)」、「葬られた王朝」、「天皇家のふるさと日向へゆ
く」、阿刀田高氏の「古事記を知っていますか」、そして井沢元彦氏の「言霊
(ことだま)・怨霊信仰」「聖徳太子の和の精神」を解説している「逆説の日
本史」など読まなくてはならない本ばかりで、うれしい悲鳴を上げています。
「10月の神無月」で詳しくお話しする予定です、無理かもしれませんが(笑)。
 
今上陛下は、神武天皇から数えると百二十五代目にあたるそうです。先にもお
話ししましたが、今年は皇紀、紀元2675年になります。世界で最も古い歴
史を持つ国であり、古来の文化を単なる歴史の遺産としてではなく、現在まで
生活の中に生かし続けている国はあるのでしょうか。
天照大神を祀る伊勢神宮では、平成25年に20年ごとの式年遷宮が執り行わ
れましたが、持統天皇4年(690)以降、1300年以上、続けられています。
建築方式は弥生建築といわれ、聖徳太子が活躍した飛鳥時代以前のもので、脈
々と受け継がれているのは、「世界広し」といえども日本だけです。
注 式年遷宮 伊勢神宮の内宮と外宮の二つ正宮の正殿などを作り替え神座を
移すこと。
 
日本は、もっとも短く見積もっても二千年ぐらいまで遡ることができます。世
界で二番目に長い国はデンマークで一千数十年、次がイギリスで九百四十年余
り、アメリカ、フランスは二百年そこそこ、中国はたった六十四年。「四千年
の歴史」なんて大嘘ですからね(笑)。
(著者インタビュー 武田恒泰 著 「日本人はいつ日本か好きになったのか」
月刊雑誌 WiLL 12月号(2013年) P144 ワックス出版社 刊)
 
日本人が大切に守ってきた様々な文化を、親が子ども達にきちんと伝えるべき
だと思います。国旗を掲揚し、国家を歌うのも、法律で決められたからではな
く、親が子ども達に、「なぜ、国旗があり、国歌を歌うのか」、きちんと答え
を出してあげたいものです。国のために家庭があるわけではなく、家庭がある
からこそ国が成り立つのではないでしょうか。「個々のアイデンティティは、
家庭で育てるもの」などと何も意気がることではありませんが、幼児期の教育
の原点は、家庭にあるからです。家庭教育の低下を防ぐのは、私たち親、保護
者であることを肝に銘じておきたいものです。世界的な不況や政治の混迷、東
日本大震災や原発問題など、ここ数年元気がありませんでしたが、やっと立ち
上がる兆しが見えてきた今だからこそ、日本に生まれた幸せを、もっともっと
噛みしめ、感謝しなければいけないのではないでしょうか。
 
★★2月に読んであげたい本1 ★★
鬼に関する話はたくさんあります。代表作は「桃太郎」「こぶとり爺さん」で
すが、これはお染みの話ですから紹介するのは遠慮しておきましょう。子ども
に聞かせる話ですから、恐怖感をあおるようなものはあまりありません。節分
ですから、やはり豆まきの話からにしましょう。
 
◆豆をいるわけ◆   谷 真介 著
むかし、まだ鬼があちこちの山奥に住んでいた頃の話です。その年は、春から
日照り続きで、稲は枯れだしました。心配した庄屋さんが、「雨を降らしてく
れたら、一人娘のお福を嫁にやってもよい」と言ったその声を山奥の鬼が聞き、
大雨を降らせたのです。約束を迫られ嫁がせますが、その時、お母さんが知恵
を働かせます。「道に落としながら行きなさい」
と菜の花の種を渡しました。それを足元に落としながら、鬼に連れられて行く
のでした。
翌年の春、菜の花は咲き、それを道しるべに娘は家に帰れたのです。取り返し
にきた鬼にお母さんは、「酒ばかり飲んでいる者にお福はやれぬ!」と迫り、
「もう、飲まん!」と約束をした鬼に、戸のすき間からいった豆を投げ、「そ
の豆を植えて花を咲かせてみろ。その花を持ってきたら、お福をやる!」と言
ったのです。何年も続けましたが、咲くわけがありません。鬼も次第に豆を見
るのが嫌になり、お福の家にも来なくなりました。この話を聞いた村の人達は
鬼が来ないように、いった豆を家の周りにまくようになったのです。
これが二月三日、節分の豆まきの始まりだそうです。
 日づけのあるお話 365日
    二月のむかし話 谷 真介 編著 金の星 刊
 
節分の豆まきは、「いった豆」がキーワードのようです。童話の名作「ヘンゼ
ルとグレーテル」の著者はグリム兄弟ですが、ドイツ人です。菜の花の種をま
く作戦と小石とパンのかけらを目印にした共通の作戦は、面白いではありませ
んか。世界中の童話や昔話を読んでいて、話の筋や仕掛け、舞台装置が、そっ
くりなものに出会うとうれしくなります。その話がほほ笑ましいとなおさらで
す。
 
イギリスの民話にも日本の昔話とそっくりなものがあります。「トム・テイッ
ト・トット」の翻訳ともいわれているそうです。日本の題名は「鬼六」といい
ますが、文句なく面白い話です。
 
◆鬼 六◆
むかし、ある所に、大きくて流れの速い河がありました。その河へ橋を架けて
ほしいと頼まれ、やってきた名人は、一目で難しい仕事とわかり頭を抱えます。
すると、河の中から大きな鬼の首だけが現われ、「橋を架けてあげるから、お
礼にあなたの目玉をくれないか!」
と言ったのです。困りはてていた大工さんは、約束をします。橋は出来てほし
いが、出来れば目玉をあげなくてはと、大工さんは一晩中、眠れません。    
翌朝、行ってみると、何と立派な橋が架かっているではありませんか。喜んだ
大工さんですが、鬼との約束を思い出し、肩を落とします。そこへ鬼が顔を出
し「目玉をよこせ」と言う。どうしたものかと考えていると、「明日の朝まで
に私の名前を当てたら、目玉はい
らないよ!」と言って、また沈んでしまったのでした。大工さんに鬼の名前が
わかるはずもありません。途方に暮れて歩いていると、山奥に入いりこんでし
まい、引き返そうとしたその時に歌が聞こえてきたのです。木陰からのぞくと、
鬼の子ども達が歌っていました。
♪オニロク オニロク オニロクさん
 早く目玉をもってこい
 大工の目玉をもってこい
 橋のお礼をもってこい
 オニロク オニロク オニロクさん♪
大工さんは、それを聞いてほっとし、笑みを浮かべるのでした。   
翌朝、大工さんが河に行くと、顔を出した鬼は、名前のわかるはずがないと自
信満々です。
そこで大工さんは自信なさそうに、「河鬼!」、「橋鬼!」などといって、鬼
を得意にさせておき、最後に大声で、「オニロクー!」と叫ぶと、鬼はブクブ
クと泡だけ残して消えてしまい、二度と姿を現しませんでした。
  子どものための世界のお話
 福光 えみ子 福知 トシ 福井 研介 大江 多慈子 編 新福音社 刊     
 
この話を研究されて、一冊の本にまとめた方がいるほど知られているそうです。
幼児教室でこの話をしたところ、「ドイツで聞いたことがある!」とお父さん
の仕事でドイツに住んでいた子が言ったので、調べてみると本当の話でした。
鬼といえば、てっきり東洋生まれだと思っていましたから驚きました。
 
世界中の民話や童話、昔話を読んでいると同じような話がたくさんあります。
ドイツには、この他に「こぶとりじいさん」とそっくりな話もあります。ノッ
クグラフトンの伝説「こぶとり」です。背中にこぶのあるラズモアという帽子
屋さんが、歌と踊りがたいへん上手だったので、また一緒に遊ぼうと、約束の
証拠に背中のこぶを預かるといって取られてしまいます。 日本では相手は鬼
でしたが、ドイツでは小人さんです。この話を聞いた歌も踊りも下手な、こぶ
のある青年が行くと、あまりにも下手なので、預かっていたこぶをもらってし
まうというところもそっくりです。グリムの作品にも「小人の贈り物」と題し
た同じ話があります。肌の色が、言葉が、生活習慣が、宗教が違っても、人間、
 
考えることは皆、同じなのだと思うとうれしくなりますね。
 
ある年のことですが、教室の人気者であった物知り博士のケンちゃんが、「ど
うして、鬼が人間の目玉を欲しがるのですか」と質問をしたものです。素朴な
疑問ですが鋭い質問です。眼は音読みだと「ガン」です。「鬼六サンのお身内
か友達に、ガンにかかった人がいてね。目のお医者さんを眼科のお医者さんと
いうでしょう。そのガンによく効く薬は人間の眼、つまりガンだから欲しかっ
たのでしょうね」とだじゃれのように説明しましたが、ケンちゃんは「信じら
れない!」といった顔をし、子ども達にも、全然、受けませんでした。子ども
は、こういった疑問には納得しないと絶対に妥協しません。ですから子どもの
前で、いい加減なことを言うと信用をなくします。子どもの疑問にあいまいな
答えは通じません。それだけ純真なのです。純真ということは、探求心が旺盛
ですから遠慮がなく、追求の手をゆるめません。それだけ残酷でもあるのです。
お母さん方が「カッ!」となるのも、こんな時ではないでしょうか。悪気はな
いのです。率直なだけなのです。もっと言えば、その言葉で相手がどう思うか
など考えていないからです。まだそんな時期なのです。大らかに応対してあげ
ましょう。でも、こういった大人が増えていますね。いわゆる「自己中心・ジ
コチュウ」で、相手を思いやる気持ちは爪の垢(あか)程もありません。これ
は率直ではなく、精神年齢は子ども以下ということです。相手を思いやる気持
ちを育むのは、ご両親の育児の姿勢にあるのも間違いありません。子は間違い
なく親の背を見て育つのですから,しっかりと観察されていることを肝に銘じ
ておきましょう。
 
で、結末はどうなったか。「本当は、先生もわからないのよ!」と言ったとこ
ろ、「先生でもわからないことがあるの?」と不満そうでしたが、ケンちゃん
は矛を収めてくれました。(猛省)
 
 (次回は、「第三章 2月に読んであげたい本2」についてお話しましょう)
 

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