めぇでるコラム

さわやかお受験のススメ<保護者編>★★第5章(4) 雛祭りとお彼岸ですね

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2016さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
             -第19号-
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第5章(4) 雛祭りとお彼岸ですね
【三月に読んであげたい本】
 
雛祭りですから、楽しい話がありそうですが、あまり縁がありません。やはり、
私が男だからでしょうか。その中でも、この話は珍しいと思います。
 
◆たまごから生まれた女の子◆(長崎県の話)
むかし、ある所に、金持ちの夫婦がいましたが、子どもに恵まれません。奥さ
んは、子どもを授かるように神さまに願をかけていました。ある日のこと、家
の前に手まりほどのたまごが五十個、置かれていました。神さまのお恵みと喜
び、たまごをかえそうという奥さんに、主人は反対するので、いきさつを紙に
書き、川へ流したのです。それを貧しい漁師の夫婦が拾い、書付を読み、たま
ごをかえすことになりました。
やがて、たまごから赤ちゃんが生まれ、夫婦は五十人もの子持ちとなったので
す。そして十年たち、五十人の子どもは元気に育ちますが、働きすぎたお父さ
んは病気でなくなります。そこで、子ども達はお母さんから川上から流れてき
た話を聞き、もう一人の母さんを訪ね、会うことができたのです。五十人の娘
に囲まれ幸せでしたが、育ててくれた川下のお母さんの恩を忘れられず、娘達
は、川下と川上の二人のお母さんが亡くなるまで、親孝行をしたのでした。
この話は、村々へと伝えられ、女の子が生まれた家では、この娘達にあやかろ
うと、たくさんの人形を飾り、よもぎとお米を供え、祝うようになったのです。
三月三日のひな祭りの始まりを伝える話となっています。 
日づけのあるお話 365日
3月のむかし話 谷 真介 編著 金の星社 刊
 
たまごから五十人の娘が生まれるのも不可思議な話ですが、「つぶの長者」の
ように、たにしに変身した若者が登場するおとぎ話の世界ですから、理屈は抜
きです。やはり、親孝行です。しかし、近頃、この言葉に肩身の狭い思いをさ
せているようです。「親孝行、したい時には親はなし」、胸にしっかりと刻ん
でおきましょう。
 
ところで、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を再読して気づいたのですが、こんな
話がさり気なく語られていました。
 
 その日は3月4日。
 雛の節句である。
 土佐藩では、節句は3日に行わずに4日に祝う習慣があった。
 
五節句を定めたのは徳川幕府ですが、それに従わない藩も在ったわけです。何
気ない描写ですが、いごっそう(頑固で気骨ある様子)の人物が多い土佐藩で
あることに意義があり、細やかな配慮がうかがえます。愛読書は何回読んでも、
その度に新しい事実と出会うもので、これこそ読書の醍醐味ではないでしょう
か。
 
◆ももの花酒◆   常光 徹 著
むかし、長者の家に、器量がよく、気だてのやさしい、一人娘がいました。あ
る晩のこと、訪ねてきた若者と仲良くなり、親も喜んでいたのですが、不思議
なことに、若者は、日が暮れると姿を現し、明け方になると音も立てずに帰っ
てしまい、どこに住んでいるのかわかりません。変だと思い始めた頃、娘の顔
が青白くなり、やせほそってきました。心配したお母さんは、糸を通した針を
娘に渡し、若者が寝ている間に、この糸を着物につけておくようにいったので
す。その夜のことでした。寝ていた若者の着物のすそに針をさすと、若者は大
声をあげてとび起き、何やら叫びながら暗やみの中を走り去っていったのです。
翌日、お母さんが、若者に付けた糸をたどって行くと、山奥の大蛇が棲むとい
われている淵に、吸い込まれるように入っているではありませんか。すると、
淵の底から、うなり声がするのです。お母さんが聞き耳を立てると、娘は蛇の
子をみごもっているというのです。
驚いたお母さんでしたが、この災難から逃れる方法を、大蛇の親子の話から聞
き出し、見事に解決します。その方法とは、不気味な話ですが、三月の節句に、
ももの花酒を飲むいわれが語られています。
おはなし12ケ月 三月のおはなし
「かえるとぼたもち」 松谷みよ子/吉沢和夫 監修
 日本民話の会・編 国土社 刊 
 
ももの花酒に代わり白酒を飲み始めたのは江戸時代頃だからだそうですから、
この話はそれ以前から伝えられてきた話であることが分かります。
 
このシリーズでもお世話になりっぱなしでした松谷みよ子さんが、2月28日、
老衰のため亡くなりました。享年89歳。「龍の子太郎」「ちいさいモモちゃ
ん」「いないいないばあ」(赤ちゃんの絵本)など忘れることができません。有
難うございました。(合掌)
 
恐い話ですが、この種の話は、よく聞きます。日照りが続き、農作物が駄目に
なってしまうことを心配したお百姓さんが、「雨を降らせてくれたら、娘を嫁
にやってもいい」とつぶやいたのを、やはり蛇が聞いてしまい、雨を降らせ、
娘を嫁にもらう話も、主人公は、蛇。
その蛇を退治する方法は、針とひょうたん。妖怪蛇、蛇のたたり、蛇の執念な
ど、蛇ほど悪者扱いされるのも珍しいですね。聖書でも禁断の木の実を食べる
ようにそそのかし、その罰として神様から地をはって生きるように定められた
のも蛇でした。しかし、蛇は水の神さまのお使いだそうで、干支(えと)にも堂
々と選ばれていますが、見た感じからも親しめませんね。
 
古事記にも似たような話があります。男の着物に針をさすのは同じですが、男
の正体が神様であるところが古事記らしく、糸がわずか三輪しか残っていなか
ったことから、神様が宿るといわれた奈良の三輪山の命名の由来となっている
そうです。
 
民話といえば柳田国男、柳田国男といえば「遠野物語」を忘れることはできま
せん。「遠野物語」にも面白い話があります。原作は文語体ですから読みづら
いですが、口語体で書かれた小学生上級用のものは、楽しく読むことができま
す。
 
◆ふえふき三太とオイヌ◆
むかし、遠野盆地の東にオイヌ(狼)の群れの棲む笛吹峠があり、その近くに
住んでいた笛の上手な三太わらしの話が伝わっています。
三太は、父(とう)ちゃも亡くなり、後から来たまま母(かぁ)ちゃと暮らし
ていましたが、母ちゃは、三太につらくあたり、笛吹牧場の二才駒の守り役を
させて、オイヌに食われればいいと考えました。
牧場に住むことになったある日、のどにとげを引っかけたオイヌの子を助けた
ことから、オイヌ達が三太の周りに寄って来るようになったのです。三太は淋
しくなると、父ちゃ譲りの横笛を吹き、心をまぎらせていましたが、オイヌ達
が、その音色を聞くようになり、二才駒の守り役をしてくれるのでした。様子
を見に来た母ちゃは、三太も二才駒も、オイヌ達と遊んでいるのにびっくり。
腹を立てた母ちゃは、三太を焼き殺そうと、牧場に火をつけたのですが、オイ
ヌ達は、火をくぐり、三太と二才駒を、気仙沼の竜神洞に通じるといわれる風
穴の方へ導くのでした。炎に包まれ、逃げ回っていた母ちゃを見た三太は母ち
ゃも助けようとしました。オイヌ達も一緒になって、風穴へ誘い込み、底へと
進んでいったのです。そして、三太達は、二度と風穴から出て来なかったので
すが、時折、風にのって、笛の音が聞こえてくるという。そこで里の人達は、
この峠を笛吹峠と呼ぶようになったのです。
この話には続きがあり、桃の節句に、気仙沼の竜神洞には、不思議な神楽人達
が集まって、竜神神楽を奏でる伝えがあり、火事があった後には、笛の上手な
若者が加わり、母ちゃと十頭の二才駒とオイヌ達の群れが、神楽人達を守るよ
うに控えていたそうです。
「遠野物語」の国へ 平野 直 著  つぼの ひでお 絵  講談社 刊
 
柳田国男が民俗学の研究に生涯をかけたきっかけは、少年の日に、川べりの地
蔵堂に奉納されていた、母親が赤ん坊を殺す様子を描いた絵馬を見た時の印象
と、その絵馬が何のために掲げられているかに疑問を持ったときに始まると、
本書の読書ガイドに黒沢浩教諭は指摘しています。以下、原文を紹介しておき
ましょう。
 
「国男には、ふと目にした絵馬から、かつて、恵まれない暮らしに苦しんでい
た人々に思いがおよぶ誠実な心があったのです。国男が伝説や世間話に興味や
関心を持ち、それを記録して発表したのは、名もない人々の間に、語り伝えら
れてきた話の中に、人々のさまざまな願いがこめられていることを、広く知ら
せたかったからではないでしょうか。」
 
「遠野物語」は広く知れ渡っている著作ですが、案外、読まれていない方が多
いのではないかと思います。原作を読むのはしんどいですが、小、中学生用に
書かれたものがあり、これで十分に原作の雰囲気を味わえます。民話は、祖先
が残してくれた貴重な文化遺産であることも忘れたくないものです。
 
笛の出てくる話で忘れられないのは、ロバート・ブラウニングの「ハメルンの
笛吹き」でしょう。笛吹き男は、その音色でネズミを退治したにもかかわらず、
正当な報酬をもらえなかったために、足をけがしていた一人を除き、町中の子
ども達を笛の音色で誘い出し、姿を消してしまった恐ろしい話です。ドイツの
ハメルンで実際にあった事件で、その原因は何であったかわかっていないそう
です。
 
ところで、狼は犬の祖先になるわけですが、アメリカの民話に、その経緯を描
いた「草原のオオカミと高原のオオカミ」があります。
 
食べ物のなくなった森に棲む二匹のオオカミが、インディアン部落を訪ね、親
切なおじさんから食料を分けてもらいます。食料のありかを知った一匹のオオ
カミは、それを全部盗もうといい、もう一匹のオオカミは止めますが、聞く耳
をもちません。オオカミは仲間を誘いに森に帰ります。インディアンに知らせ
れば友を失うことになり、悩んだ末に、おじさんに事の次第を話します。仲間
と襲撃してきたオオカミを、インディアンは「この恩知らずめ!」と撃退しま
す。「お前は、正しい心を持っているから、我々と一緒に暮らそう」というこ
とになり、食べ物の心配がなくなった草原のオオカミは、次第に牙も取れ、犬
となったということです。
 
その狼を主人公にした話で、忘れられない名作があります。椋 鳩十の「丘の
野犬」です。
野生の狼が人間と親しくなり、家で飼われるようになったのですが、鶏が盗ま
れる事件が起き、村の人々はアカ(狼の名前)ではないかと疑い、毒の入った肉
を食べさせ殺そうとします。利口なアカは、それを見抜き食べようとしません。
アカを捕まえに来た役人は、主人が与えれば食べるだろうと考え、実行を迫り
ます。「食べないでおくれ」と祈りながら毒の入った肉を与えます。一口食べ
たアカは、苦しそうに叫び、一目散に森の中へ駆け込んでしまったのでした。
アカと知り合った森の丘で、意気消沈し、しょんぼりと過ごしていたある日の
こと、そのアカが、突然、姿を現したのです。「アカ!」と叫ぶ主人公を、じ
っと見つめていたアカは、そのまま森の中へ姿を消し、二度と現れませんでし
た。しばらくたって、鶏を盗んだのは、町のならず者だったことがわかったの
ですが……。
 
当時、私は子ども達に聞かせたい話をテープに吹き込み、希望者に配布してい
ました。
椋 鳩十作品集も10巻作りましたが、「丘の野犬」は45分ほどになるので、
進学教室の園児達に聞かせるのは無理ですから、適当にアレンジをし、話して
みました。授業に参加していた園児は30名。15分ほどにもなりましたが、
みんな真剣に聞いてくれ、最後に犯人は「人間」であることがわかった時、
「何だ、何だ!」といった雰囲気になり、涙ぐむ女の子もいました。子どもは
興味があれば、それこそ一心不乱に集中できます。大勢の子ども達の前で話を
するには、物語を記憶し、子ども達の目を見ながら話してあげることが大切で
す。このことを教えてくれたのは、かわいい、きらきらと瞳の輝く、幼い園児
達でした。(涙)
 
★途中からお読み頂いている皆様方へ★
「進学教室」は小学校の受験を目指す教室ではなく、淑徳幼稚園の課外保育の
一つで、併設の小学校へ進み、「自ら進んで学ぶ意欲を身に付ける」を目的に
設置された教室です。本メールマガジンは、その時の経験をもとに書き続けて
いるもので、詳しくは第2号「ことの始まりは、ある幼稚園の進学教室からで
した」に紹介してありますのでお読み頂ければ幸いです。なお、第2号は「2
016さわやかお受験のススメ 保護者編 日本の年中行事と昔話(第2号)」
で検索すると読むことができます。 藤本
(次回は、「花祭りでしょうね 卯月」についてお話しましょう)

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