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めぇでるコラム 2017年2月アーカイブ

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>入試問題を分析する[5]常識に関する問題(1) 

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2018さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            (第34号)
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
 
千葉県私立小学校フェア 
日 時 2月26日(日) 10:00~14:00 
場 所 市川グランドホテル
       詳しくはホームページをご覧ください。
 
[5]常識に関する問題(1) 
文字通り、常識の分野です。
しかし、単なる知識ではなく、情操教育の領域から思慮分別まで入っています。
仲間分け、郵便屋さんとポストを結びつける職業に関するもの、道具や日用品
の名称と用途に関するもの、季節と行事に関するもの、公衆道徳やしつけに関
するもの、むかし話や名作物語の一部が描かれた絵を見て説明するものなどが
あります。
 
[仲間分け]
動物や昆虫、木や花、野菜や果物、乗り物、季節、文房具などの仲間を探す、
逆に仲間ではないものを見つける問題です。常識の問題だけではありませんが、
単に仲間に〇や仲間ではないものに×をつけ、「満点! 次に行きましょう!」
では、あまり有効な学習とはいえません。○や×をつけた理由を、自分の言葉
できちんと説明できるか確かめましょう。幼児の学習で大切なのは、自分で考
えたことを話せることです。つたない説明でもきちんと聞いてあげ、おかしな
ところは直してあげましょう。
 
こういった問題がありました。
◆(かき・くり・ぶどう・なし・すいかの絵が描いてある)
 かき・くり・ぶどう・なし・すいかの中で、仲間ではないものに×をつけな
 さい。
 
皆さん方は、何に×をつけるでしょうか。 聞き手に徹してみると、子ども達
は、実に、ユニークな発想の持ち主であることがわかります。
 
「すいかに×です。すいかは野菜で、他は果物です」
常識的な模範回答で、皆さん方は喜びます。
 
「すいかです。他のくだものは木になるけど、すいかは、地面になります」
すいか畑を見た経験があるのでしょう。
 
「すいかは、夏に食べますが、他は秋ですから、すいかに×です」
季節に違いを見つけましたが、季節感が希薄になっている中で偉いですね!
 
「すいかです。他は皮をむいて食べます」
またしても、すいかですが、食べ方の違いを見つけました。
 
「くりです。イガイガに入っていますから、手で触れません」
この子は、くり拾いに行ったことありますね、体験談です。
 
「くりです。そのままでは食べられません」
いいですね、くりご飯が好きなのでしょう。もしかしたら、生のくりをかじっ
たことがあるもかもしれません。
 
「ぶどうです。他は1個、2個と数えるけど、ぶどうは、そういうふうに数え
ません」
これも、いいですね、一房などといえなくても正解です。ぶどうの実は、1個、
2個・1粒、2粒と数えますが、全体を捉えて数えるときは、バナナと同様1
房、2房です。いつか、有島武郎が自分の子どもたちのために書いた「一房の
葡萄」を読んでほしいものです。
 
「くりです。種がありません」
ぶどうやすいかにも種のないものがありますが、これも正解ですね。
 
「かきとくりです」
「……?」
「『さるかに合戦』には、かきとくりが出てくるけど、むかし話に、他のもの
出てくるかな?」
さて、こうなるとわかりませんが、ぶどうとなしの出てくる話は、思い浮かび
ません。  
すいかはあります。老人が、意地悪をした商人から魔法を使い、すいかを取り
上げてしまう話で、今昔物語にも出ています。しかし、いいですね、発想がユ
ニークで。むかし話をたくさん読んでもらっているのではないでしょうか。
 
いかがでしょうか。子ども達は、こんなにたくさんの違いを見つけました。こ
れはたいへんな学習になっています。子どもの観察力や発想は、大人と違うこ
とがよくおわかりいただけたと思います。繰り返しますが、×をつけて終わり
では効果的な学習とはいえません。子どもの考えに耳を傾け、そして最後に、
「果物と野菜」「季節の違い」など設問の意図に従い、正解に導いてあげまし
ょう。
 
自転車とオートバイの違いを話す問題で、例によって、とことん、追求の目が
途絶えるまで、発表をさせたときのことです。
「仮面ライダーは、オートバイに乗るけど、自転車には乗らない」といったお
子さんがいました。その子は、「仮面ライダーは、オートバイに乗り、かっこ
よく出てくるけれど、自転車に乗って出てこない」といいたかったのです。そ
の日は、授業参観でしたから、お母さんは、赤面してうつむいてしまいました。
とかく私達大人は、構造や原理の違いや用途などから考えますが、こういった
考えのできるのが子どもなのです。もちろん、エンジンと人力で走らせる違い
に導きますが、なぜ、そういった考えが出てくるのか、子どもに聞いてみると、
実に傑作な答えが出るものです。その答えに妥当性があれば、そういう考え方
もあると認め、しかし、「この問題の本当の目的は」と順を追って話をすれば、
子どもたちは納得し、授業にのめり込んできます。
なぜでしょうか……。
それは、自分の考えを認めてもらえたからです。うつむいてしまったお母さん
と違い、お子さんは積極的に授業に参加し、楽しんでいました。「お子さんの
話に耳を傾けてください」とお願いしておきましょう。
 
このように、幼児の知識は、似ているところや違うところを見つけることから
始まります。物事の「類似差異」に気づかせることです。しかし、これを大人
が机の上だけで教えこむのは、お勧めできません。五感を働かせ、自分で学習
することが大切なのです。教え込まれることは、記憶に頼りますから忘れがち
です。五感で体験したことは、何かの思い出と一緒に身体が覚えますから、忘
れにくいのです。記憶は脳神経系の仕事で忘れることも仕事ですが、体験は中
枢神経系の仕事で、一度覚えると体が忘れないそうです。英単語は使わないと
忘れがちですが、一度自転車に乗れるようになると、しばらく乗らなくてもす
ぐに乗れるようになる、この違いだそうです。「幼児期には、五感に刺激を与
える自然と接する機会をたくさん作り、話をはずませ、楽しい思い出を残して
あげましょう」という理由は、ここにあるわけです。
 
[季節と行事に関する問題]
四季を代表する花や行事、春であれば、桜、たんぽぽ、チューリップ、おひな
さま、入学式、鯉のぼり、柏餅などを結びつけたり、年間の主な行事を1月か
ら12月まで絵カードで並べたりする問題です。暦の上では立春から春ですが、
幼児の世界では、春は3月、4月、5月、夏は6月、7月、8月、秋は9月、
10月、11月、冬は12月、1月、2月で教えてあげましょう。
 
変な話を聞きました。
「1月は正月・門松・たこ上げ・羽子板、二月は節分・豆まき・柊・いわしの
頭・鬼……」 
試験に出るから憶えるそうです。しかし、季節折々の行事は、知識として覚え
るものではなく、家族そろって楽しむものです。楽しんでいれば、覚えようと
しなくても、思い出と一緒に記憶されるものです。 記憶だけに頼ろうとする
と、「勉強、イコール記憶」となり、次第に苦痛になるのではないでしょうか。
学生時代に覚えた英単語、あんなに苦労したのに、どこへ消えてしまったのか
と、しゃくにさわりませんか。それでも、皆さんは目的を持って覚えたのです
から、苦痛にも耐えられたわけでしょう。
子ども達には、「受験のため」といった自覚はないはずですから、やっかいな
のです。
 
そうはいっても、現代っ子は、正月に、羽根つき、たこ上げ、カルタ取り、す
ごろくなどをやっているでしょうか。
節分に豆まきをして、いわしを食べているでしょうか。
女の子のいない家で、ぼんぼり、ひし餅、わかるでしょうか。
端午の節句に菖蒲湯に入る子も、少ないでしょう。
七夕は、幼稚園での年中行事で済ませていないでしょうか。
迎え火、送り火、精霊流し、やらないでしょうね。
中秋の名月を、すすきとだんごをお供えして、眺めているでしょうか。
大晦日に年越しそばを食べているでしょうか。
そばより、ラーメンやスパゲッティかもしれません。
「……でしょうか」ばかりで、何やら、落ち込みそうです。季節折々の行事を、
祝わない家庭が、増えているのでしょう。
 
このような年中行事は、自然への感謝と家族の幸せを願い、とりわけ、子ども
の健やかな成長を祝う、一つの節目になっています。
たとえば、端午の節句、この言葉も「子どもの日」といわなければ、通じない
でしょうが、なぜ、鯉のぼりを飾るのでしょう。疑問に思わないようです、現
代っ子は。 なぜ、くじらやさめのぼりでは、駄目なのでしょうか。くじらは
大きく、さめは見るからに強そうですが、代役を務めることはできません。鯉
は、非常に生命力が強い魚ですから、鯉のように強くて、たくましい子に育っ
てほしいという親の願いがこめられているのです。五月晴れの空に、雄大に泳
ぐ鯉のぼりの姿、あまり見かけなくなりました。
 
こういった行事は、いってみれば「家庭の文化」ではないでしょうか。 家庭
の文化は、ご両親が作るものです。子どもは、ご両親の作った文化の中で育っ
ていきます。ご両親が、季節折々の行事の意味を子どもに教え、一緒に祝い、
楽しい思い出として心に残してあげる。そのお祝いが、思い出が、子どもの情
操を培っていくのではないでしょうか。 団地のベランダに、小さな鯉のぼり
が泳いでいると、「頑張っているな!」と声をかけたくなります。
 
小学校の入学試験に出るからといって、問題集で教え込み、ましてや記憶させ
るなどは、本末転倒な話です。なぜ、こういった問題が出るのでしょうか。学
校側も、知識として知っているかではなく、家庭の文化を見ていると思います。
季節折々の行事を楽しんでいれば、問題集は、チェックシートの役割をはたし、
知識の整理になります。幼児の学習は、知識を詰め込むのではなく、たくさん
の経験を積ませ、そこから得た知識、知恵であることが大切です。
 
私事で何ですが、当教育研究所で配信していますメールマガジン「さわやかお
受験のススメ 保護者編 情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」では、季
節折々の行事の由来を説明し、それに関係のある昔話を紹介していますので、
お読みになっていただければ幸いです。
 
「春一番」は、立春後に初めて吹く南風ですが、気象庁は2月17日、関東地
方に春一番が吹いたと発表。私の住む川越の郊外は、芋畑があるだけに砂ぼこ
りがすごかったですね。昨年は2月14日、ちなみに最も早かったのは昭和
63年2月5日、最も晩かったのは昭和47年3月20日だそうです。春一番、
英語では“The first spring storm”と言うそうですが、昨年は、「センテン
ス スプリング」が吹き荒れましたが、今年はどうでしょうか(笑)。
(拙著メルマガ 「日本の年中行事と昔話」 16号より)
(次回は、常識の問題(2)についてお話しましょう)
幼児の学習は、生活の中で、楽しみながら身につけていくことが大切です。
(次回は「常識の問題」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>お受験、少し怖いですね

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2018さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第16
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お受験、少し怖いですね
 
3年保育の幼稚園へ行かせるとなると、入園テストは、毎年、秋に行われてい
ますから、早生れの子は、2歳で受験です。
まさに受験戦争の低年齢化です。
たとえば、かつて皇室の方が通われていた学習院幼稚園ですが、定員、男女各
26名、計52名に対して約10倍の応募者があったそうですから、500名
前後の受験生が集まったことになります。
合格者は10人に1人、名門の幼稚園の倍率は、10倍前後と考えられますか
ら、大変な難関を突破しなければなりません。
 
受験を考えているお母さん方は、偏差値教育の洗礼を受けてきた、バリバリの
元受験戦士が多いと思われます。
すると、倍率から察して、「合格イコール、何でもできる、頭のいい子!」と
考えないでしょうか。
大きな書店へ行くと、入園試験問題集が売られています。
「赤い花が、何本ありますか」
「赤い花と青い花ではどちらが多いですか」
などといった、いかにもテストらしい問題が掲載されています。
2、3歳の受験生ですから、試験の形式は、具体物や絵に描かれたものを使用
する口頭試問です。
こういった問題集を手に取ると、いきなり本番では、できるわけはないと考え
るのは当然でしょう。
 
さらに、幼稚園受験のための幼児教室もたくさんあります。
「○○幼稚園へ××名合格!」
などを見ればあおられます。
お母さん方の多くは、塾で鍛えられた経験の持ち主ですから、準備が必要だと
思わないわけがありません。
 
しかし、受験生は2歳、3歳の幼子です。
いろいろな能力の差など、はっきりと表れるものではないでしょう。
ですから、幼稚園で難しい試験をやるはずはありません。
なぜなら、子どもを見たら、どんな環境で育てられているかわかります。
子どもは、嘘をつきませんし、演技もできないはずです。
幼稚園側は、どういった子に育てられているかを知りたいわけです。
 
最近、電車に乗って感じるのは、しつけのできていない親子に会うことです。
お菓子を食べる子、走り回る子さえいます。
スマホを見ているお母さんは注意もしません。
お母さん方の名誉のために付け加えますが、本を読んであげたり、靴を脱がせ
て外を見させたり、混んでくるとお子さんをひざの上に乗せるお母さん方も、
たくさんいます。
普段のしつけ、生活習慣ではないでしょうか。
 
幼稚園の試験も、これだと思います。
字も読めない、書けない子どもの試験です。
試験は、遊びを通して行われています。
子どもの仕事は遊びですから、遊ばせて見れば、ほとんどのことはわかります。
例えば、遊びたいおもちゃが一つしかなければ、子どもは育てられている環境
で応えます。
お母さんのもとを離れて遊ぶ経験が少なければ、遊びに入っていけないでしょ
う。
答えは、すぐ出るのではないでしょうか。
テスト会場で、無心に遊ぶ子どもたちの一つ一つの動きから、表情から、無邪
気な反応から、笑顔から、ちょっと困ったなといった表情から、ご両親の育児
の姿勢が、はっきりと現れるものです。
過保護は過保護なりの、過干渉は過干渉なりの結果が、正直に顔を出します。
このことです……。
 
これは、受験準備のためだけに、無理やり培われたものではないはずです。
ご両親が手塩にかけて、大切に育ててきた根っこから芽生えた、小さな芽です。
そこを幼稚園は見たいのです。
無理に咲かされた花を見たいわけではないでしょう。
繰り返しますが、幼児期は花を咲かせるときではありません。
キチンとした花を咲かせるのに必要な、土台を作るときです。
促成栽培をすれば、たとえ花は咲いても、すぐに枯れてしまうでしょう。
自然に逆らっているからです。
 
そこを勘違いして、知識を詰め込む、いわゆる中高大の受験と同じような感覚
で準備をしたら、どうなるでしょうか。
子どもの体も頭も、まだ、そんな訓練に耐えるだけの発育をしていません。
 
入園テストの合否の比率は、親の面接8割、お子さんの成長度2割といわれて
います。
人間は、話をしてみるといろいろなことがわかります。
姿、形ではありません、人間性です。
学歴、職業、言葉遣い、服装などが合否のポイントなどと言われているのは、
単なるうわさに過ぎません。
ご両親の人間性です、育児の姿勢です。
今までの生きてきた姿が、取り組んできた育児の結果が全部、出ます、まだ中
間報告ですが。
絶対に、付け焼刃は効きません。
ご両親の育児の姿勢が、幼稚園の保育の方針と限りなく近く、共通認識があれ
ば、それが志望理由となり、幼稚園から歓迎されることになるわけです。
直接、試験を受けるのは、お子さんですが、採点されるのは、ご両親です。
これが幼稚園の受験です。
 
そして、お子さんは、親のもとを離れて、生れて初めて入った園舎で、初めて
会ったお友達と一緒に、初めて会った先生の言うことを聞き取り、答え、態度
で表すといった入園テストを受けることになります。
自力で判断し行動しなければなりません。
こういった経験をたくさん積んでおかなければ、テキパキと対応できないでし
ょう。
ご両親には、志望される幼稚園の情報を的確に伝え、お子さんには楽しく受験
準備をさせてくれる、幼児教室選びのポイントは、ここにあるのです。
 
記憶だけに頼った知識の詰め込みなら、おもしろくありませんから、簡単に忘
れてしまうでしょう。
高校、大学と散々苦しい思いをして覚えさせられた英単語、役に立っています
か。
幼児には、五感を刺激する体験が必要です。
覚えた知識の量より、体験して身についた知恵の量です。
記憶したことは、忘れやすいものです。
しかし、楽しく体験したことは、体が覚えています。
自転車に乗れるようになると、しばらく乗らなくても、すぐに乗れるようにな
ります。
この違いです。
 
記憶は、大脳神経系の仕事です。
大脳神経は、覚えることも仕事ですが、忘れることも仕事です。
体験は、中枢神経系の仕事です。
中枢神経は、体が覚えたことを忘れません。
全身で学習しているからです。
 
幼稚園や小学校の受験、早期教育を含めて、ご両親が教育に対して信念といい
ますか、きちんとした考えをお持ちでしょうか。
言葉を代えましょう、将来、どういった道を歩んでほしいとお考えでしょうか。
そのスタートラインに立つのが、幼稚園の選択にあたるわけです。
 
なぜ、その幼稚園を選ぶのでしょうか。
ご両親の育児の姿勢と、選ばれる幼稚園の保育の方針に、矛盾はありませんか。
希望される幼稚園への合否の鍵は、ここあるのです。
通っていらっしゃる幼児教室で、こういった指導を受けていると思います。
次回から、幼稚園の保育方針について、説明会で伺ったことを中心に紹介して
いきたいと思います。
 
最後に、「春一番」は立春後に初めて吹く南風ですが、気象庁は2月17日、
関東地方に春一番が吹いたと発表。川越市の郊外には名物の芋畑があり、砂埃
がすごかったですね。昨年は2月14日で、ちなみに最も早かったのは昭和
63年2月5日、最も晩かったのは昭和47年3月20日だそうです。春一番、
英語では“The first spring storm”
と言うそうですが、昨年の今頃は、「センテンス スプリング」が吹き荒れて
いました(笑)。
(拙著メルマガ「情操教育歳時記 日本の伝統行事と昔話」16号より)
 
〈次回は、有名幼稚園の保育方針1をお話しましょう〉
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第5章(1)雛祭りとお彼岸ですね 弥生

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2018さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第16号-
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第5章(1) 雛祭りとお彼岸ですね  弥 生
 
暦の上での春は、三月からです。
物の本によると、「春」の読み方は、万物が「発(は)る」(発する)からと
いう説が有力ですが、草木の芽が「張る」、天候の「晴る」、田畑を「墾(は)
る」などの説もあるそうです。
弥生(やよい)のいわれは、この頃になると、草木がいよいよ生い茂ることか
ら、「草木がいやおい茂る月」が詰まり、「弥生」になったといわれています。
 
★★五節句のおもしろい特徴★★
三月といえば、何といっても雛祭りです。雛祭りは、言うまでもなく女の子の
節句です。
節句は一年間に五つあるので五節句と呼ばれ、正しくは「神と一緒にあること
を表す節供」だそうですが、ここでは使い慣れている節句としました。
 
五節句を決めたのは江戸幕府で、古来、宮中で行われてきた年中行事から5つ
選んだものです。
一月七日は人日(じんじつ)、陰暦の正月七日のことで、七草粥を食べる日か
ら別名「七草の節句」。
三月三日は上巳(じょうし)、お雛さまを飾る日から別名「桃の節句」。
五月五日は端午(たんご)、鯉のぼりや兜を飾り立身出世を願う尚武が添加し
て別名「菖蒲の節句」。
七月七日は七夕(しちせき)、夏の風物詩、七夕飾りをする「七夕の節句」、
別名「笹の節句」。
九月九日は重陽(ちょうよう)、陰暦九月九日の節句で、九は陰陽道では陽の
数とされ、これを二つ重ねた日にあたるので「重陽」といい、別名「菊の節句」
ともいわれています。
五節句は奇数日で、人日を除くと同じ数字が重なっていますが、これも何か意
味がありそうです。
 
暦の中で奇数の重ねる日を取り出し、奇数(陽)が重なると陰になるとして、
それを避けるための避邪(ひじゃ)の行事が行われ、季節の旬の食物から生命
力をもらい、邪気を払うという目的から始まりました。
(http://iroha-japan.net/ 「日本文化いろは事典」より)
 
七草粥には、ご馳走を食べ過ぎた胃を調整する薬草が入っています。
桃の葉は、薬草です。
菖蒲の根を細かく刻んで造った酒は、邪気を払い万病に効くといわれています。
淡竹(はちく)、真竹(まだけ)は竹葉(ちくよう)という生薬で解熱、利尿
作用があります。
菊は、長生きの薬といわれています。
五節句に登場する植物は、すべて薬用で、当然のことですが、やはり意味あり
でした。
 
「私達の先祖は、薬品を食品化することで、まず日常の食事療法をやり、さら
に労働スケジュールに合わせて、その時期にいちばん必要な薬物を年中行事化
することで、魔除けや信仰として摂取し、健康体を維持できるように、実に巧
妙といっていい、健康管理を行っていたのである。」
(「梅干と日本刀」 日本人の知恵と独創の歴史 樋口清之 著 
祥伝社 刊 P131)
 
五節句は農業スケジュールに合わせて作られ、その時の飲食物は全て薬品なの
です。昔は病気になってから治療するのは大変でしたから、病気を予防するた
めの知恵でもあったのです。当時の農作業、米作りは人海戦術で、病気をする
と労働力が減り、お百姓さんにとっては一大事でしたから納得できました。
ところで、「怠け者の節句働き」といい、怠け者をあざける言葉があります。
節句の日には仕事を休み、神さまにお願いをする慣わしがありましたが、普段、
怠けていると、この時も田畑で仕事をしなくてはならないことから生まれた言
葉です。農作業は、一日も手抜きができない厳しい作業環境でもあったわけで
す。
 
★★雛祭り★★
昔のお雛さまは、今のように立派な飾りものではありませんでした。子どもが
病気にかかると、新しい雛人形を川へ流して、病気が体の外へ逃げていくよう
に、悪いことが起きないようにと、お祈りをしました。流し雛です。
 
室町時代、紙で作った人形(ひとがた)で体をなでて穢れを移し、川や海に流
すことで無病息災を祈った「流し雛」という風習と、ひいな遊び(人形遊び)と
が結びつき、貴族の間で人形を飾り、祀(まつ)るようになったと考えられて
います。
(http://iroha-japan.net/ 「日本文化いろは事典」より)
 
子どもの頃に見た覚えがあります。米俵の両端にあるわらで編んだ丸いふた
「さんだわら」(東京では「さんだらぼっち」)の上に、紙と土で作った雛人
形を、あられや菱餅、桃の花と一緒にのせて川へ流したもので、今のように部
屋に飾って祝うようになったのは、徳川家康の孫の東福門院が、子どものため
に作った座り雛が、その始まりといわれています。
 
東福門院は、名を和子(まさこ)―彼女は徳川二代将軍秀忠の娘として生まれ
た。徳川幕府の婚姻による朝廷懐柔策のため、元和6年(1619)に、14
歳で後水尾天皇の中宮として入内し、3年後に皇女興子(おきこ)が生まれた。
(中略)寛永6年、幕府と朝廷が反目するなかで起こった紫衣事件および春日
局事件のため、後水尾天皇は、譲位を決意(中略)、6歳の興子内親王(明正
天皇)に譲位され(中略)、平安時代以来絶えてなかった女帝の出現である。
中宮和子は興子が健やかに育ち、美しい花嫁になって嫁ぐ日を夢見ていたのだ
が、天皇になってはもはや結婚できないであろうと、興子の幸せを夢に描いた
押絵の掛軸を作った。モデルは美女の代表・小野小町と美男として名高い在原
業平という夫婦の座り雛である。(中略)それが現在の雛のはじめといわれて
いる。
(年中行事を「科学」する 永田 久 著
 日本経済新聞社 刊 P72-73)
 
少し解説を加えますと、秀忠の妻、江(ごう)は、織田信長の妹、お市の方の
三女、長女、茶々は秀頼の母淀君、次女の初は京極高次の妻。
入内とは、中宮、皇后などが正式に内裏へ参内すること。
紫衣(しえ)事件とは、僧侶が勅許により着ることを許される紫衣を幕府が授
受を規制する制度を設け、後水尾天皇が許可した大徳寺の沢庵和尚などの紫衣
の着用を無効にした事件。
春日局事件とは、家光の乳母お福は、天皇や皇后に謁見できない身分にもかか
わらず、中宮和子に会うため強引に参内、中宮から「春日局」という局号を授か
った事件。
押絵とは、羽子板にみられるように、花鳥、人物などを厚紙でかたどり、きれ
いな布でくるみ、中に綿を詰めて高低をつけ、板などに貼り付けたもの、掛軸
の雛は、向かって左に業平、右に小町が描かれています。
  
雛人形の始まりが、美男、美女の代表であるとは、いかにもお雛さまらしいで
すね。雛人形が飾られるようになったのは、文化文政時代を経て天保
(1830)の頃からで、宮中から武家社会、裕福な商家や名主の家庭、そし
て町人社会へ広まり、現在のような豪華な雛壇が作られるようになったのです。
 
平成21年のNHK大河ドラマは「天璋院篤姫」の原作者、宮尾登美子さんの
作品に、お雛さまの始まりとなった中宮和子を描いた「東福門院和子の涙」が
ありますが、紫衣事件や春日局事件の経緯、内裏と大奥の習慣の違い、京都と
江戸の文化の違いに苦労された和子の姿が、侍女の目を通して冷静に描かれて
います。
「天璋院篤姫」では、その苦労を皇女和宮が味わうことになり、従来、天璋院
は和宮の姑の立場から意地悪姑と捉えられがちでしたが、女性の眼から見た徳
川幕府の崩壊していく様子を描く優れた歴史小説で、二つの作品を読むと、朝
廷と幕府の関係、やがて迎える明治維新の火種が、徳川幕府初期の頃から、随
所にまかれていることもわかります。篤姫が慶喜を嫌った理由も納得でき、な
ぜか、この年から大河ドラマを見ることになってしまいました(笑)。
 
22年の「龍馬伝」は、「天璋院篤姫」の後半の世界と重なり、「篤姫」と同様、
最後まで見ましたが、関が原の一戦で敗れた島津、毛利の両家の祖先の怨念が、
勝者の徳川家を倒した戦いで、「国を変える」と叫び走り続けた竜馬が、歴史の
波に押し流され舞台から消えた後に明治維新がなり、再び天皇家が政治の表に
登場し、損をしたのは会津藩の松平家であったわけです。坂本竜馬と高杉晋作
は、幕末が生んだ異才児、壮絶な生き方がいいですね。
 
23年は、秀頼に嫁いだ千姫、三大将軍家光、次男の忠長、女帝興子の母であ
る和子の母君を主人公にした「江」でした。姉の茶々、淀君は豊臣家に、妹の
江は徳川家に嫁ぎ、姉妹の母親であるお市の方が前田家に殉じたように、淀君
は秀頼と共に世を去りますが、江は三度も結婚し、女帝の祖母にもなる波乱万
丈の生涯を送ります。天下布武を旗印に基礎を作ったのは信長、統一したのは
秀吉、磐石の体制を作り治めたのは家康ですが、織田家の血が脈々と流れてい
るのには驚かされますね。原作、脚本は「天璋院篤姫」を手がけた田淵久美子
さんで、史実と違った解釈が、なぜか新鮮な感じがして、これまた最後まで見
るぞと意気込んでいましたが、江も秀忠も立派過ぎて、途中でリタイアしまし
た。諸田玲子さんの「美女いくさ」(中央公論社 刊)と同様、江のキャラク
ターを変え、信長、秀吉、家康、秀忠の果たした歴史的役割も、簡潔に整理さ
れていましたが、永井路子さんの「乱紋」(文春文庫 刊)、澤田ふじ子さんの
「無明記」(「寂野」に収録 徳間文庫 刊)、テレビでも放映されましたが
大胆な発想に度肝を抜かれた隆慶一郎の「影武者徳川家康」(上中下 新潮文
庫 刊)などの作品に感化され、なじめなかったためでした。
 
余談になりますが、江の長女、秀頼の正室である千姫を主人公にした澤田さん
の「千姫絵姿」(新潮文庫 刊)は、女性でなくては書けない傑作で、「吉田
御殿の魔女」などおもしろ、おかしく伝わる話と違い、納得できる人物として
描かれた傑作です。その千姫の墓は、左甚五郎が魔除けのために置いた「忘れ
傘」でも知られる、知恩院にあります。
 
ここまで篤姫から始まった大河ドラマは、何らかの関係があったのですが、
24年は趣向が変わり「平清盛」、久しぶりに骨太の歴史物語を楽しみました
が、視聴率はあまり芳しくなかったようです。宮尾登美子さんの「平家物語」
は、文庫本1冊あたり約550ページで4巻の大作、創作意欲に圧倒されるば
かりでした。
 
そのためかどうかわかりませんが、25年は「八重の桜」で、再び篤姫の時代
に戻り、会津藩が登場しました、松平容保です。澤田ふじ子さんの作品に、薩
摩藩と会津藩の怨恨、うらみつらみの凄まじさを書いた「葉菊の露」(上下 
中央文庫 刊)があり、どうしても悲劇的な物語になりがちですがさらりとか
わし、「幕末のジャンヌ・ダルク」の時期はテンポもよく面白かったのですが、
新島襄と出会い同志社大学設立の頃からまどろっこしくなり、美形の八重さん
では無理でしょうが「天下の悪妻」といわれたイメージもなく、「日本のナイ
チンゲール」まで印象付けることはできなかったようです。収穫は、八重さん
が日本で初めてプロテスタントの結婚式を挙げられたことでした(笑)。
 
26年は「軍師官兵衛」、信長、秀吉、家康の時代へ逆戻り。官兵衛がみた3
人の英雄を、それぞれの役者が見事に演じ見応えがありました。「織田がつき
 羽柴がこねた天下餅 座りしままに食うは徳川」といった狂歌がありますが、
まさにその通りの展開でした。寺尾聰の扮した家康、父親の名優、宇野重吉に
似てきましたね。イスラム国のテロ事件、宗教が争いの元だけに悲惨ですが、
日本でこの種の争いが起きにくいのも、誤解を恐れずにいえば、3人の合作し
た天下餅によるところが多く、政教分離の発端となったのが信長の比叡山の焼
き討ち、後を継いだ秀吉が検地と刀狩で武士と農民を分け米による国家経済の
基礎を固め、家康が士農工商の階級を作り、禁中並公家諸法度などで天皇と公
家を政治から切り離し、武士が天下を支配する徳川幕府が誕生、まさに信長の
構想であった「天下布武」が実現したわけです。
 
27年は、再度「篤姫」の時代に戻り、徳川体制が崩れ大政奉還後の文明開化
に至る過程を描く「花燃ゆ」、吉田松陰は絵になりにくく、かったるい気持ち
で見ていましたが、「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは
心なりけり」と詠んだ高杉晋作に何とか、といっても姿を消した後はやはり面
白くなかったですね。真央ちゃんは頑張っていましたが、笑顔が素敵なだけに、
もう少し生かした演出ができなかったかなと、責任のない一視聴者のグチです
が(笑)。
 
28年は「真田丸」、池波正太郎の「真田太平記 12巻」(新潮文庫 刊)で
は、真田一家、父昌幸と信幸、信繁(幸村)兄弟が結束した戦いを通して、家
康がいかにして天下を取るかが描かれており、「官兵衛」と同様、家康の役は
難しくどう演じるか、期待しながら見ました。今まで見た秀頼は、過保護で頼
りない若者が定番でしたが、今回は家康が恐れた若武者になっており納得。幸
村は、安居神社の境内で討ち取られた説が有力のようですが、活躍した猿飛佐
助に、最後を委ねたのが印象に残りました。蛇足ですが、淀君、あまりにもス
マートな美形で、びっくり(笑)。
 
今年は「女城主 直虎」、子役が素晴らしく、実際に髪を切ってしまうなど、
役者根性の据(す)わった「おとわ」役の新井美羽ちゃん、将来が楽しみです
ね。今川義元、春風亭昇太師匠とはわかりませんでした(笑)。井伊家、今川
家、登場人物にあまり馴染みがないだけに、相関図を頼りに見ています。今年
も家康と付き合うことになりました。
 
ところで、徳川家の家紋は、水戸黄門の印籠でおなじみの葵ですが、三代将軍
家光の乳母、春日局の生涯を描いた澤田さんの小説「江戸の鼓」の中で、その由
来が明かされています。
 
葵紋は京都、賀茂神社の神紋。同社は遷都以来、天皇に敬われ、伊勢大社をも
しのぐ大社になり、その神文は尊く、天皇家すらはばかりを持つようになった。
徳川家康がこの葵紋を家紋に決めるについては、かなりの政治性がうかがわれ
る。単に徳川家の遠祖松平氏が、賀茂神社の氏子で、賀茂信仰によるものだと
はとても考えられない。天皇家をもはばからせる政治的権威の必要からだろう。
  (江戸の鼓 春日局の生涯 澤田ふじ子 著 徳間書店 刊 P102)
 
「天皇家をもはばからせる(遠慮させる)」のが、家康の野望であることがわかり
ます。歴史に「イフ」はありませんが、もし、中宮和子に授かった高仁親王が
順調に育っていれば、公武合体は成立し、畏れ多くも天皇家に織田家と徳川家
の血が流れ、明治維新は違った形で回天したのではなかったでしょうか。
そして驚いたのは、現在の雙葉学園の前身である「雙葉会話女学校」は、学校
が創設された赤坂葵町の葵にヒントを得て校名とし、一本の茎の先に二枚のハ
ート型の葉をつける「ふたば葵」の図案を校紋としたことでした。キリシタン
を禁止し迫害した徳川家と同じ紋、そして学園は江戸城外堀に面した四谷門の
跡に、何とも不思議な気がしますね。
 
またしても余談になりますが、宮尾さんと澤田さんの著作には、いつも頭の下
がる思いで読んでいますが、十二代市川團十郎が亡くなった時、父である十一
代團十郎をえがいた「きのね」を再読しましたが、奥方の壮絶な生きざまを、
ここまで赤裸々に描いた宮尾さんの作家魂には、寒気を覚えるほどでした。作
家、檀一雄の娘である檀ふみさんの解説もすばらしく、一読をお勧めしたい一
冊です。なお、十二代市川團十郎が亡くなったのは、平成25年2月3日でし
た。
 
話を本題に戻して、雛壇には、お内裏さま、三人官女、五人囃子、左大臣、右
大臣、おかしな顔をしている三人仕丁(じちょう―雑役係)、菱餅、あられ、白
酒、桃と橘の花に、いろいろな生活用品が飾られています。女の子が、やさし
いよい子に育って、幸せになるようにとお願いする日ですから、飾りものも女
性ムードいっぱいで、夢があります。人形が主役ですが、下の方に飾ってある、
あのゴタゴタとした所帯道具も、いいではありませんか。タンス、鏡台、長持
ちから牛車、駕籠(かご)までそろえているのもあります。新婚さんの望まし
い嫁入り道具一式で、昔の女の子が描く幸せな青写真を、雛壇で表しているよ
うな気がして、ほほえましくなります。
左大臣、右大臣は、永田先生の説に従えば、左近衛大将、右近衛大将ですが、
童謡「たのしいひなまつり」に親しみがあるので、歌詞の表記に従いました。
 
★★男雛と女雛、右ですか、左ですか?★★
女の子がいない家庭では見られませんが、デパートに行くと、豪勢なものが飾
ってありますから見てほしいのです。地方によって、男雛と女雛の位置が違い
ます。東京など関東地方では、男雛が右側(向かって左)に、女雛は左(向か
って右側)に飾りますが、京都や奈良の関西地方では、男雛が左で女雛は右と、
逆に飾ってあります。
関東方式は、昔中国では、「右がすぐれている」という考えがあったからです。
右には「貴い」、「尊敬すべき」、「大切な」など、左には「卑しい」、
「低い」、「正しくない」などの意味があり、「右腕」や「右に出る」、
「左遷」や「左前」は今でも使っています。ところが、唐の時代に左右が逆転
し、左上位になったのです。
 
日本の文化は唐の影響を受け、平安時代に確立した日本の制度は左優先となっ
た。左大臣は右大臣より上席であり、左近衛大将は右近衛大将より上級である。
(中略)左上位は唐から宋へ受け継がれたが、元の時代に逆転し、明清の時代
に再々逆転し、左上位の順位が引き継がれている。  (年中行事を「科学」
する  日本経済新聞社 刊 P75)
 
もっとわかりやすいものがあります、結婚式の披露宴を思い出してください。
新郎は向かって左側に、新婦は向かって右側に座っていますが、これにも確か
な意味があります。日本の結婚式は、昔から男子が家を守っていく、男子優先
で行われてきたからです。関西方式は、天皇家と関係があります。
 
天皇は、『天子南面』という言葉が示すように、紫宸殿の玉座に北を背にし、
常に南の方をむいて座られた。すると、天皇の左手が東、右手が西にあたる。
昔は日の出る東が月の沈む西より上と考えられていたから、内裏様を左に飾
った。したがって、大臣も左大臣が上席となっている。
(日本の年中行事百科 2 春 民具で見る日本人の暮らしQ/A P25
         監修 石井 宏實 河出書房新社 刊)
 
面白い話があります。太平洋戦争終了後、日本を占領した国際連合軍の中で、
いちばん偉かったダグラス・マッカーサー元帥が、「男雛は向かって右、女雛
は向かって左にしなさい!」と命令したそうです。アメリカやヨーロッパでは、
レディー・ファーストの考えがあるからだと思っていたのですが、ことの起こ
りはヨーロッパで、騎士が戦うときには右手に剣を持ち、左手で婦人を抱える
ことから、左優先になったそうです。
 
ところで、今はどうかわかりませんが、歴史の教科書に、昭和天皇がマッカー
サー元帥を訪問した時に撮った写真がありました。その位置ですが、元帥は向
かって左にいて、「わしの方が偉いのだ」という印象を与えています。この写
真を見て、明治生まれの親父は、怒りをあらわにしたものですが、その理由は
8月にお話します。
元帥自身が認めたように極東国際軍事裁判(東京裁判)は、大きな汚点となり
ましたが、更に恐怖を覚えたのは、アメリカの上層部は、3発目の原爆投下の
目標は京都であったために、空襲を禁止し温存を図った話であり、奈良は軍事
目標がないために後回しになった話でした。
こうした経緯があり、古都の文化はかろうじて守られたわけですが、脈々と続
いてきた日本の歴史、文化を知り、私達は誇りを持って子ども達に伝えるべき
ではないでしょうか。
建国懸念の日で紹介しましたが、西暦2017年は、日本の皇紀、紀元二千六
百七十七年になります。
 
最後に、「春一番」は立春後に初めて吹く南風ですが、気象庁は2月17日、
関東地方に春一番が吹いたと発表。川越市の郊外は、名物の芋畑があるだけに
砂埃がすごかったですね。
 
1959年に民俗学者の宮本常一が「春一番」という言葉で、気象現象を解説
したことから、新聞などで使われるようになったそうです。その後、広く一般
でも使用されるようになり、今では気象用語になりました。
    (「昭和のこころ」 日本の年中行事 So-net ブログより)
 
ちなみに、最も早かったのは昭和63年2月5日、最も晩かったのは昭和47
年3月20日だそうです。春一番、英語では“The first spring storm”と言
うそうですが、昨年の今頃は、「センテンス スプリング」が吹き荒れていま
した(笑)。
 
 (次回は「ひな祭りの(2)と桃源郷」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>入試問題を分析する[4] 数量に関する問題(3)

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2018さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            (第33号)
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
[4] 数量に関する問題(3)
     
2月12日、中央沿線合同相談会へ行ってきました。
先日紹介しました、菅生学園初等学校が私立小学校作品展で、浮世絵に挑戦し
ていた理由を聞きたかったのです。学園はJR拝島駅の先ですから、気軽に出か
けられません。「子ども達に、日本の文化を知ってもらうことが目的でした」
と先生は答えてくれましたが、納得できましたね。外人と話すと、北斎や歌麿、
写楽などの作品について聞かれるからです。英語教育も必要ですが、日本の文
化を知ることも大切です。そのためには、国語や歴史をもっと勉強する必要が
あるのではと思いますね。頑張ってほしいものです。
 
「芦田愛菜ちゃんが、女子学院に合格したそうですよ」とTVを見ていた家内
が言っていました。芸能界音痴の私にはわかりませんが、何しろ女子の御三家
ですから、素直におめでとうと言いたいですね。中学受験は、本当に大変だか
らです。
 
[量の問題]
辞書を引くと、「計って決められる、かさ、容積、軽重、大小、多少等」
(「岩波国語辞典」より)とありますが、これに、ひもや鉛筆、国旗を掲揚す
るポールなどの長短を加えれば、入試に対応できるでしょう。
 
また、実験です。
同じ形をした容量も同じコップを2個用意し、ジュースを片方に少し多めに入
れておき、「多い方、飲んでも、いいですよ」といったとき、サッと多い方に
手が出れば、量に関する概念も順調に発育しています。数と同じように、直感
で見分けられることが大切です。「直感力は、経験を積み重ねて培われる力」
であることを忘れないでください。
 
こういった問題があります。
 
(形も、大きさも、高さも、底面積も違うコップが3つ並んでいて、それぞれ
に、水が入っている絵がある)
◆水が、一番たくさん入っているコップに〇を、一番少ないコップに×をつけ
なさい。
 
これは難しいですね。
ほとんどの子ども達が、たくさん入っているように見える底面積の狭い、細長
い背の高い形のコップに〇をつけ、少ししか入っていないように見える底面積
の広い、横幅の広いコップに×をつけがちです。かさのある方が、たくさん入
っているように見えるからですが、これも実験するしかありません。
 
上の条件に合った3つのコップと同じ形のコップ3個、お茶など色のついてい
る水を用意し、同じ形のコップ3つに同じ量だけ水を入れ、入っている水の量
は同じことを確かめさせてから、条件の違うコップに、それぞれ入れ替えてみ
ます。
底面積の広いコップと狭いコップとでは、明らかな差がでますが、入っている
水の量は全部、同じです。
「不思議だな、お母さん。どうして、こうなるの?」
底面積が広いほどたくさん水が入る、容量も大きくなることを説明してあげま
しょう。
これは「量の保存」といって、見た目は変わっていても、元々の量は保存され
ているからですが、「数の保存」と同様、言葉を教えることはありません。
       
このような問題もあります。
 
(3つのコップの中に、大きさの違う丸いガラス玉が、1つずつ入っていて、
コップの水の量は、みんな一緒になっている絵が描いてある)
◆この中で一番たくさん水が入っているコップに〇、一番少ないコップに×を
つけなさい。
 
これなどは、子どもは見ているはずです、おふろに入ったときです。
「お父さんが入ると、どうして、お湯があふれるのかな?」
「……かな?」というアンテナを張っている子は、すぐわかります。
 
量も直感で多少を判断し、難しい問題は、必ず、実験で確かめることです。
これが、小学校へ入ると、リットル、デシリットルと正確に量を計る勉強に進
んでいくわけです。
ボールなどの大小、ひもなどの長短、旗を立てたポールの高低も同じです。や
はり、見た感じ、直感力で判断できることが大切です。
その違いを見極める力が、センチメートル、メートル、キロメートルと、正確
に長さを計る勉強に、軽重は、グラム、キログラムと量を正確に計る勉強につ
ながっていくわけです。
 
[重さ比べ]
しかし、軽重、重さ比べは、直感で判断するのは難しいでしょう。
しかも、問題集だけで教えると、幼い推理力では、混乱しがちですから無理は
禁物です。
 
こういった問題です。
 
(パンダとくまとうさぎが、シーソーにのっている絵があり、パンダとくまで
はパンダの方が下がり、くまとうさぎではくまの方が下がっている)
◆一番重い動物に〇、一番軽い動物に△をつけなさい。
 
重さ比べの定番的な問題です。
「パンダとくまではパンダが重く、くまとうさぎでは、くまの方が重い。故に、
パンダが一番重くて、うさぎが一番軽い」と説明しても無理でしょうね。
 
まず、3つの重さの違うものを手に持って、重さの順番に並べてみます。
できれば、天びんばかりを作り、手で持って判断したものと、合っているかど
うかを確かめるとわかりやすいはずです。
AとBを比べるとAが重い。 A>B
BとCを比べるとBの方が重い。 B>C
ここでAが一番重くて、Cが一番軽いことがわかります。 A>B>C
しかし、BとCを比べてCの方が重かったら、AとCを比べて決着をつけま
すから、これが面倒です。
さらに、比べる物が4つ、5つと増えてくると、難しくなります。
1つ1つ、順番に比べて、納得できるまで、根気よくやることです。
 
その納得させる方法ですが、軽重を勝ち負けに置き換えると、子どもは興味
を示します。
パンダとくまではパンダが重いからパンダの勝ちで○、くまは●。
くまとうさぎでは、くまの方が重いからくまの勝ちで○、うさぎは●。
最後に、パンダとうさぎは、パンダの勝ちで○、うさぎは●。
結果は、パンダは○○で2勝、くまは○●で1勝1敗、うさぎは●●で2敗。
好奇心を刺激してあげる、遊びの中での学習ですね。
 
おもしろい子がいました。
パンダ、コアラ、リスの3匹が重さ比べをする問題です。
「パンダが2回下がって、リスが2回上がっているから、パンダが一番重く
て、リスが一番軽いのです」
お母さんに教わったそうです。理屈はそうですが、こういう教え方は、どう
でしょうか。シーソーの上がり下がりだけ見て判断するのは、直感力ではな
く、受験用のテクニックですね。
 
「そうか、こうだな! こういうこともいえるぞ!」
1つ1つ比べ、試行錯誤を積み重ねて、自分で見つけたのであれば問題あり
ません。考える力もつき、考える楽しさも学習しているからです。出発点で
楽をすると、応用力は身につきませんし、小さいときから、簡単に答えだけ
を見つける訓練は、やるべきではありません。
 
簡単な問題から難しい問題へ、ステップをきちんと踏んでいくことが大切で
す。
そして、正解であれば○を付け、それで終わらせずに、比較する段階を言葉
でいえるようにしておきましょう。言葉で表現できる、これは、とても大切
なことです。きちんと理解できていれば、説明も適切なはずですから、発表
力も身についてきますし、それが個別テストや行動観察のテストに対応でき
る力を身につけることにもなっているからです。
 
[空間の問題]
図形は、[6]の構成力で触れることにして、最後に、空間について説明し
ましょう。
これも難しいです。
 
上下、左右、前後の関係です。 
前後は、幼稚園でも整列することで学んでいますから、わからない子は、あ
まりいないようです。
こんな問題があります。
(各階に5つずつ部屋がある5階建てのマンションが描かれてある)
◆キリンさんは、三階の左から三番目のお部屋です。キリンさんのお部屋に
○をかきましょう。
 
子ども達には、上下は何とかなるのですが、左右が難しいですね。
年長になっても、左右の区別のおぼつかない子が、かなりいます。
左の薬指にピンクのリボンつけていた女の子がいました。
「先生、こっちが左ですよね!」
かわいいではありませんか。お母さんの工夫した、やさしい気遣いが伝わっ
てきます。
 
左右の確認がきちんとできてから、問題集に取り組みましょう。
基本的な準備をせずに、プリントだけで「左から……、上から……」とやる
と混乱しがちなのです。
 
□□□□□
□□■□□
□□□□□
 
こういった図を描いて、一番下、下から2番目(上から2番目)、
一番上、左から(右から)何番目、左端、右端を確かめましょう。
 
少し難しいかもしれませんが、下の図のように、■を中心に左右、上下、左
斜め上、左斜め下、右斜め上、右斜め下を確認しておきましょう。
 
□□□
□■□
□□□
 
幼児の学習は、生活と結びついていると、スムーズに対応できるものです。  
生活に必要なものであれば、喜んで挑戦するはずです。お手伝いをさせなが
ら、学習できることがあります。
たとえば、お子さん用の整理ダンスを利用して、たたんだ洗濯物を入れさせ
ましょう。
「ハンカチは、一番上の左から二番目に、シャツは、上から三番目の右端に
しまってください」
女の子であれば、お母さんの手伝いをしながら整理の仕方を学ぶこともでき
ます。
 
まだあります。毎日、幼稚園へ行くときに握手をしましょう。
「右手で握手!」といって、さっと右手を出してみましょう。
お子さんも右手でなくては握手できません。
間違えたときに、こっちが右手であると学習できます。
今日は右手なら、明日は左手と続ければ、いつのまにか習慣になります。
「サユウベンベツ(左右弁別)?」
大人でも首を傾げるような言葉を使っていると、混乱するだけでしょう。
 
幼児の学習は、生活の中で、楽しみながら身につけていくことが大切です。
(次回は「常識の問題」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備ですよ(7) 四季を楽しんでほしい(2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2018さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第15
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独り立ちの準備ですよ(7) 四季を楽しんでほしい(2)
 
南禅寺の掲示板の説教詩に、こういったものがあったそうです。
「そうです」と他人事のようで申し訳ないのですが、評論家、佐高信氏の作品
の中に紹介されていたからです。
 
    花は黙って咲き
    黙って散っていく
    そうして再び枝に帰らない
    けれどもその一時一処に
    この世のすべてを托していく
    一輪の花の声であり
    一枝の枝の真である
    永遠にほろびぬ命のよろこびが
    悔いなくそこに輝いている
 (講談社文庫「官僚たちの志と死」〈P148-149〉佐高 信 著 講談社 刊)
 
食卓にのった1匹の魚もそうです。
人間に食べられるために生きているわけではありません。
しかし、何もいわずに、黙って食べられています。
人間は、魚の世界では殺魚犯ですよ。
しかし、敵討にきません。
万物の霊長などと、何とも傲慢な考えでしょう。
感謝する気持ちを持たないと、罰が当たります。
私たちの生命、他の生き物の献身的な支えによって、何とか守られているのです。
謙虚にならないといけないのではないでしょうか。
生命、無駄にできません。
 
「蓮如 われ深き淵より」や「親鸞」などの作品を通して、宗教の世界をやさ
しく説いてくれる五木寛之氏は、こうおっしゃっています。
 
私たちは、いわしやさんまを食べるとき、うまいと思う反面、人間は何と
残酷な生き物だろう、お許しくださいと無意識のうちに考える感覚がどこ
かに残っている。しかし、ハンバーガーを食べているときは、そういった
感覚はほとんどない。ましてやカロリーメイトだったりすると、まったく
ありません。食生活がバーチャル・リアリティ化している。その結果、私
たちはまだしも、子供たちは、食生活の上でも、生命の重さとそれを消費
して生きている自分という存在の残酷さを実感するチャンスがなくなって
います。      (「他 力」五木寛之 著 講談社 刊 P144)
 
厳しさもあります。
鮭の回遊です。
海亀の産卵です。
きちんと季節を守って、遥か彼方の太平洋の海の底から、やってきます。
横着な鮭や海亀は、いるのでしょうか。
みんな必死です、生命をかけています。
子孫を残すためと考えているかどうかはわかりませんが、頭が下がります。
卵を産むときの鮭の顔、見たことありますか。
すごいです、恐いです。
海亀のお母さん、泪を流しながら卵を産んでいます。
種族保存の本能、と軽薄に片付けるわけにはいかないでしょう。
感動します、感激します。
人間も、きっちり生き抜かなければいけません。
 
ちょっと、顔が赤くなりますが、もう少しです、我慢してください。
季節は、いってみれば自然界の生命の変遷、そのものです。
生者必滅を、きっぱり、静かに、はっきりとみせています。
学ぶべきことが、たくさんあります。
幼児期には、難しい理屈はいりません。
五感で感じる感性を大切にしてほしいと思います。
季節折々の変化を、きちんと目に収め、音色やさざめく音を耳で聞き取り、生
命の息吹や香りを鼻でかぎとり、旬のものを口で味わい、感触を手で確かめ、
肌で、体で、心で感じ取ってほしいのです。
 
幼児期は、花を咲かせるときではありません。
大きくはばたくために、しっかりとした根を張るときです。
その根っこに、成長に必要なエキスを、たっぷり注ぐときです。
そのエキスは、知識を詰め込むことではありません。
好奇心や、疑問の目を育てることです。
「何だろう、これ?」
ここから、知ろうという気持ちがわきます。
意欲です。
やる気です。
幼児期は、これらを育てる時です。
 
ですから、机の上で、記憶に頼って、頭にだけ知識を叩き込むときではないの
です。
人より一歩先んじて、知識を身につけても、どうということもありません。
たとえ、加減乗除ができても、漢字の読み書きができても、それを日常生活で
使えなければ、どれだけの意味があるというのでしょうか。
目先の成果だけを追い求める時ではありません。
 
四季と、もっと仲良くしてほしいと思います。
四季ほど、よくできている教材はありません。
四季ほど、素晴らしい先生もいません。
しかし、四季は、お世辞をいいません。
人間におもねることもありません。
ですから、己れ自らが扉を叩かないことには、応えてくれません。
何やら、難しくなってきました。
「ルカによる福音書」に書かれていることですが、様になりませんから止めま
す。
 
四季やありがたし。
この言葉の方が自然です。
この気持ちを大切にしてほしい、私は心から、そう思います。
四季との交際マニュアルをご自身で作ってください。
そして、楽しい思い出を、たくさん残してあげましょう。
子どもは、当たり前のことですが、親を選べません。
お母さんは、子どもにとって、この世に生命を授けられて、ご対面した、その
時から、たった一人の「お母さん」です。
お父さんも同じですが……。
 
「ママに、育てられてよかった!」
こういわれるお母さんになってください。
お母さんなら、なれます。
何にもできなかった赤ちゃんを、ここまで育ててきたのは、お母さんではあり
ませんか。
自信をもってください。
よいお手本を見せてあげればいいのです、よいお手本を。
難しく考える必要はありません。
育児をしながら、育自をすることです。
自分を磨くことです、心を、です。
子どもを育てるのではなく、子どもに育てられると考えましょう。
そうすれば、お子さんも、お母さんの期待に応えてくれます。
お父さんも同じです。
男は黙ってとはいいませんが、よいお手本を見せましょう。
不言実行です。
それが育児の基本ではありませんか、私は、そう思います。
 
幼児期は、お父さんやお母さんの人生にとっては、まさに、ゴールデン・アワ
ーです。これほどまでに二人が力を合わせて何かをする時は、もうないかもし
れません。
ですから、お受験にしても早期教育にしても、二人で力を合わせて本気で取り
組んでほしいのです。
特に、お父さんの協力がないと、お母さんは、曲がりがちです。
それで、だれが被害者になるのでしょうか。
お子さん自身です。 
子どもは、幼児期に体験したことを、そのまま背負って生きていくことを、肝
に銘じておきましょう。
「三つ子の魂、百まで」は、けだし名言ではないでしょうか。
 
注 ルカによる福音書〔第11章 1-13節〕
「求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開
かれん」
 
(次回は、「お受験、少し恐いですね」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 二月に読んであげたい本(2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2018さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第15号-
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第4章 二月に読んであげたい本(2)
 
また目玉ですが、これも面白い話です。
 
◆鬼の目玉◆   松谷 みよ子 著
娘が旅の途中で泊めてもらった家には、若者が一人で住んでいました。毎朝、
若者は奥の部屋に出かけ、夜になると疲れはてて戻ってきます。若者のお父さ
んが豪傑で、悪さをする鬼の目玉をくりぬき取り上げたのです。お父さんが亡
くなると鬼が目玉を取り返しにきて、毎日、責め立てていたのでした。
ある日、娘は若者の後をつけ、拷問の場面を見たのです。鬼の大将らしき者が、
わめく顔を見ると目がありません。娘が酷い仕打ちを受ける理由を聞いても若
者は答えず、退屈だろうから、13ある部屋で遊びなさいという。ただし「最
後の部屋へは入ってはいけない」といわれたのでした。  
娘が最初の部屋を開けると、門松や鏡もちが飾ってある正月の部屋で、小人さ
んたちが、羽根つきやカルタをして遊んでいるのです。娘も中に入ってみると、
小人さんと同じように小さくなり一緒に遊べるのでした。次の部屋は梅が咲き
うぐいすが鳴き、次の部屋はおひなさまが飾ってあるというように、1月から
12月までの部屋があったのです。楽しかったので、最後の部屋にも入ると、
真っ暗な部屋に桶があり、何かが浮かんでいました。
鬼の目玉だとわかった娘は懐に入れ、帰る途中、小川の側で蛇と出会い、びっ
くりして、1個、落としてしまうのです。残った1個を持って、お仕置き部屋
に飛び込むと、大将の片目に、眼が入っているではありませんか。恐る恐る目
を差し出すと、「眼がそろったから、褒美として娘に金の鶏をやれ」と、いっ
たかと思うと、鬼も若者も、部屋も家も、あっという間に消えてしまい、娘は、
がい骨がゴロゴロと転がっている山の中に、一人残されていたのでした。
日本むかしばなし 7 
 おにとやまんば 民話の研究会 編 松本 修一 絵  ポプラ社 刊
 
この13番目というのがすごいと思いませんか。この作者は、13日の金曜日
が、何の日か知らなかったでしょうね。キリストが、13番目の弟子であった
ユダに裏切られ、磔の刑を受けたのが金曜日。アダムとイブが楽園から追放さ
れたのも金曜日。ノアが方舟に乗ることになった大洪水も、降りはじめたのが
金曜日。絞首刑の階段が13段ということも……、これも不思議です。
 
次は笑わせられる話です。
 
◆節分の鬼◆   小沢 重雄 著 
変わったじいさまがいて、節分の日に、女房も子どももいないから、鬼が来て
も平気だと、「鬼は内! 福は外!」とやってみたのです。すると、豆をぶつ
けられて往生しているのに、奇特な方がいるものだと、2匹の鬼がやってきた
ではありませんか。酒の好きなじいさまは、鬼達にもすすめ、宴会が始まりま
す。ご馳走になった鬼達は、礼をしたいといいます。じいさまは、丁半ばくち
が大好きなので、さいころに化けてくれと頼みます。さっそく鬼は化けます。
それで、博打(ばくち)をするのですから、じいさまのいうとおりの目が出て
大もうけをしました。再び宴会に、今度は泡銭をたくさん持っていますから、
豪勢なものです。これに味をしめたじいさまは、来年も来てくれと約束をしま
す。しかし、次の年も、その次の年も、鬼は現れません。その内、じいさまは、
酒を飲みすぎて死んでしまいました。
博打好きでしたから地獄行きです。そこで、あの鬼達と再会します。鬼達は娑
婆(しゃば)のお礼にと、いろいろと手抜きをします。釜ゆで地獄のときは、
湯かげんに手心を加え、熱かんまでつけるサービスをするのです。怒った閻魔
大王が、「じじいを喰っちまえ!」と鬼達に命じますが、これも手抜きをして
もらい、娑婆に舞い戻り、長生きをしたのでした。
  日本むかしばなし 7
   おにとやまんば 民話の研究会 編 松本修一 絵  ポプラ社 刊
 
どうしたら、こういう発想が生まれるのでしょうか。
この2匹の鬼には人情があって、それだけにおかしいのです。針の山に登ると
きは鉄の下駄を用意するなど、地獄の責め苦を、鬼が手抜きする場面は、本当
に笑わされます。しかし、鬼に人情って変ですね。「鬼の目にも涙」といいま
すから、涙腺を緩めるセンサーが付いているのでしょう。鬼の情けで「鬼情」
では、何やら不気味な感じがしますね。
 
この話もおかしいのです。今度は鬼が、博打をする話です。
 
◆地蔵浄土◆   おざわ としお 再話
ある日、おじいさんが、食べようとしただんごを落とし、ネズミの穴に入って
しまいました。おじいさんが、穴に入っていくと、お地蔵さまがいたので尋ね
たところ、「あっちの方に転がって行ったぞ」というその口元には、黄粉がつ
いています。おかしいなと思いながらも、探しに行こうとすると、お地蔵さま
が、大儲けをさせてあげるから、天井裏に隠れなさいというのでした。鬼達が
来てかけ事をするから、その金をいただくのだという。しかし、天井に上るは
しごがありません。すると、お地蔵さまは、私の手に乗り、肩に足をかけ、届
かなければ、頭にのって天井裏に隠れなさいというのです。罰が当たると尻込
みしますが、鬼達が来ると驚かされ、渋々、隠れます。そして、「私が合図を
したら、鶏の鳴声をまねしなさい」といったのです。
やがて、鬼達が来て、かけ事を始め、お金がたくさん出たところで、お地蔵さ
まから合図があり、「コケコッコー」と鳴きまねをすると、鬼どもは一番鶏が
鳴いたと勘違いして、「夜明けが近いぞ!」とあせってばくちをし、2回目に
は二番鶏が、3回目には、「三番鶏が鳴いた。夜明けじゃ、帰るぞ!」といい、
お金を残したまま消えてしまいました。おじいさんは、鬼達が残していったお
金をいただいて大金持ちになったのです。
それを聞いた隣の欲の深いじいさん、一儲けしようと出かけ、遠慮しないで、
お地蔵さまの体に足をかけて天井に上がってしまいます。ところがです。三番
鳥まで鳴くようにといわれましたが、何を勘違いしたのか、お地蔵さまの合図
に、「コケコッコー」と鳴きまねをせずに、「はぁ、一番鳥!」、「はぁ、二
番鳥!」といってしまうのです。「この間、おれたちをだました奴だな!」と、
鬼たちから散々、痛めつけられ、血だらけになって帰っていったのでした。
  日本の昔話 2
   したきりすずめ おざわ としお 再話 音羽 末吉 画 講談社 刊 
 
天井裏に上がるときの、お地蔵さまと正直なじいさまとのやり取りが、おかし
いのです。欲深じいさんが天井に上がるときも、仏さまを仏さまと思わないふ
てぶてしさが、これまた愉快で、日本人の信仰心をあからさまにしているよう
な気さえします。
お地蔵さまは、本当はお釈迦さまがいなくなった後、弥勒仏が出現するまでの
間をつなぐ役をする偉い菩薩さまですが、いつも庶民の身近にいる仏さまです。
粋なのです、このお地蔵さまは。
こういう話を作った人って、尊敬できますね。生きることを楽しんでいるでは
ありませんか。お地蔵さままで、舞台に上げるのですから大胆なものです。し
かもです、お地蔵さまに、うそをつかせるのですから、傑作ではありませんか。
まねをした欲の深いじいさんが、こらしめられるのも、むかし話の定石です。
 
最後は鬼をたぶらかす話で、恐かった鬼ですから勇気がいります。
 
◆じいさまとおに◆   水谷 章三 著
ある秋のことです。
おじいさんのところへ鬼が来て、畑にできているものを半分よこせという。そ
こでおじいさんは、「畑の上のものだけもらうから、鬼さんには土の中のもの
をあげましょう」といって、麦畑の麦を全部、刈り取って株だけ残します。計
られたと知った鬼は、次の年の秋には「土の上にできているものを、わしがも
らうぞ」というので、おじいさんは「下の半分で結構です」と承知し、鬼が葉
っぱを刈り取った後で、大根や芋をごっそりと掘り出したという話です。
 五月のはなし
  ももたろう 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修 日本民話の会 編
  国土社 刊 
 
大らかな話ではありませんか、鬼を手玉に取り、恐い鬼も形なしです。鬼は悪
魔と考えられ、病気や災いを起こす疫病神のような存在でしたから、人々の
「恨み、つらみ」は相当なものであったと思われます。おじいさんの気持ちが、
手に取るようにわかります。
 
鬼が主人公の話ではありませんが、芥川龍之介の「杜子春」に出てくる地獄の
話も忘れられません。仙人になる修行中に、口をきいてはならぬと約束した杜
子春が、閻魔大王の前でも話さないものですから、怒った大王は杜子春の両親
を連れ出し、鬼どもに散々、むちで打たせるのですが、口をきこうとしません。
畜生道に落ちて馬になっているお母さんが、あえぎながらも、「心配をおしで
ないよ。私たちはどうなっても、お前さえ幸せになれるなら、それより結構な
ことはないのだからね。大王が、何といってもいいたくないことは黙っておい
で」、こういうのでした。この場面にくると、決まったように涙が出たことを
覚えています。子を思うお母さんは、こんなにもやさしいものなのだなと……。
 
幼い子をいじめたり、折かんをしたり、果ては「しつけ」と称して、殺してし
まう親のいる時代。地獄に落ちて、同じ責め苦を受けなければ、殺された子は
浮かばれない。子どもに罪はない。母親は、育児をしながら自分自身を育てる
もの、父親も同じですが。わが子のあどけない寝顔を、かわいいと思ったこと
はないのだろうか。何ら疑うことなく、安心して眠っている子を手にかけるの
は、人として許されない大罪です。
「子は、かすがい」ということわざ、死んでいます。もっとも「鎹(かすがい)」
も意味不明の言葉となっているでしょうね。鎹は、二つの材木をつなぎ止める
ために打ち込む「コの字型のくぎ」で、そこから「子は夫婦のあいだをつなぎ
止める働きをする」という意味です。「豆腐にかすがい」(まったく効果のな
い、手ごたえのなきことのたとえ)とならないように、親子の絆は、しっかり
と結びたいものです。
 
ここでは取り上げませんでしたが、鬼を人間らしく扱った浜田廣介の「泣いた
赤鬼」は、童話とはいえ日本以外に、こういった作品はあるのだろうか。最後
の青鬼くんの置手紙には、不覚にも涙がこぼれてきます。お子さんはどのよう
な反応を示すでしょうか。
 
赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、僕が、こ
のまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それ
で、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体
を大事にしてください。僕はどこまでも君の友だちです。
(「泣いた赤鬼」浜田康介 著 小学館文庫 小学館 刊)
 
百田尚樹氏の「影法師」を読んだ後、頭に浮かんだのは「泣いた赤鬼」の青鬼
くんでした。
自己中が多い現代気質では、友達のために自分を犠牲にする気持ちは古臭いと、
馬鹿にされるかもしれませんが、読むたびに、わかっていても目頭が熱くなる
童話の一つです。
この他に、「ある島のきつね」「よぶこどり」「むくどりの夢」「りゅうの目
の涙」などは、学生時代に出会った童話ですが、年を取って読み返しても新鮮
な刺激を与えてくれることに驚かされます。こういう時ですね、活字中毒に育
ててくれた親父やおふくろを思い出すのは。(感謝)
 
ところで、百田氏の作品には、最後の1ページの1行で全てがわかるしゃれた
構成が面白い短編集「幸福な生活」、ファイティング原田を主人公にした
「『黄金のバンタム』を破った男」、ボクシングの青春物語「ボックス」、自
費出版の裏側を暴露した「夢を売る男」、身長以外は何でも整形できる世界を
描いた「モンスター」(仰天!)、この作品と対になっている多重人格者を扱
った「プリズム」、悪名高いオオスズメバチの生態を描いた「あらしの中のマ
リア」、映画化されテレビでも放映された「永遠のゼロ」、出光興産の創業者
をモデルにした「海賊とよばれた男(上下)」、激動の昭和時代を生きた作田
又三を主人公にした「錨を上げて(上下)」など、氏の肩のこらない話の展開
は、若い皆さん方にはわからないかと思いますが、私が学生の頃、面白がって
読んでいた「宮本武蔵」や「真田十勇士」(猿飛佐助など幸村に従った十人の
勇士、佐助は「真田丸」で活躍しました)の講談本と同じで、まっすぐ一本道
で気軽に読み切れ、理屈っぽくない、一服の清涼剤的な読後感が好きでしたが、
「殉愛」でこけました。なぜ、氏が執筆されたのか、芸能界音痴で、この世界
のことはわかりませんが……、「カエルの楽園」で、また考えが変わりそうで
す(笑)。
 
(次回は、「第五章 ひな祭りでしょう 弥生」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>入試問題を分析する[4] 数量に関する問題(2)

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2018さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            (第32号)
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
[4] 数量に関する問題(2)
 
[相談会速報]
中央線沿線 私立小学校合同相談会
日時 2月12日(日) 午前10:00~15:30分
会場 国立音楽大学附属小学校(JR国立駅下車 徒歩10分)
 詳しくはホームページをご覧ください。
 
「東京都私立小学校作品展」へ行ってきました。今年も、学習院初等科の作品
が良かったですね。
1、2年生は「へんしん雪だるま」、3年生は「色とりどりの結晶に乗って」、
5年生は「空からの贈りもの」、6年生は「新いろはかるた 冬」、子供達の
豊かな想像力は、何時見ても素晴らしいですね。
いろはかるたをもじった、「犬も歩けばすべってころぶ」「まてばカイロのあ
たたかさ」など、読んでいて笑いが止まりませんでした。立教小学校のウィリ
アムズ師のフィンガーペイントというのでしょうか、切り絵も学校のイメージ
が浮かび、傑作だったのは、菅生学園初等学校の写楽、北斎などの浮世絵、子
どもの感性には、脱帽しますね。
 
ところで、2月14日はバレンタインデー。3世紀頃のローマでは、戦士の戦
意に影響があると考えられ若者の結婚を禁止。それを哀れと思ったバレンタイ
ンは、密かに結婚をさせていたのが発覚し、処刑された日が2月14日。その
殉教の日がバレンタインデー。チョコレートを送る習慣の発祥地はイギリス。
日本では、1936年に神戸のモロゾフ洋菓子店が、1958年に新宿の伊勢
丹が「バレンタイン・セールス」のキャンペーンを行ったが、結果は今一。広
まったのは1970年頃からだそうです。(「言語由来辞典」より要約)
1970年、私は30歳ですから、チョコレートをやり取りする習慣はなかっ
たわけで、思い起こすと、家内からではなく、長女から貰ったのが初体験でし
た(笑)。
 
[掛け算]
次は掛け算です。
「5人の子どもにリンゴを2つずつあげるには、いくつあればいいですか」
 
スケッチブックに○を5個書き、その下に○を2個ずつ書きます。
 
子どもの数      ○   ○   ○   ○   ○ 
与えるリンゴの数 ○○  ○○  ○○  ○○  ○○  合計10個
 
幼児は、[2×5=10]で解くのではなく、○を2個ずつ書き終えたとこ
ろで○を数えて、リンゴ10個と答えがでます。
3個の場合は○を3個ずつ、4個の場合は4個ずつ書くわけです。
これが幼児の掛け算の解き方です。
 
[割り算]
次に2枚の皿を用意します。
「それじゃ、お母さんと同じ数に分けるには、どうしたら、いいの?」
18個のクッキーを、お母さんの皿、自分の皿と、1つずつ分ければ答えが
でます。
「お母さん、9個ずつです」
「ピン、ポン! すごい! それじゃ、お父さんと3人で分けたら、いくつ
ずつになりますか」        
もう1枚皿が必要になりますが、分け方は同じで、3枚の皿に1個ずつ分け
ます。
「お母さん、6個ずつですね」
こうなります。
これをスケッチブックに書いて解いてみましょう。
 
クッキーの数 ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○  ○○ 
        ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○     ○  合計9個
 
分ける時に 2人では2個、3人では3個、4人では4個ずつ減っていくこ
とに気づかせます。
すると、2人で分ける時は2個ずつ、3人で分ける時は3個ずつ、4人で分
ける時は4個ずつ指で押さえ、1人分だけ○を書いていけば、答えの出るこ
とがわかります。
 
「12個あるクッキーを3人で分けると、1人いくつずつになりますか」
といった問題のときに、3個ずつ指で押さえながら、1人分だけ〇を書いて
いけば答えが出ます。
 
○○○ ○○○ ○○○ ○○○
  ○   ○   ○   ○
 
〇を4つ書いたところでクッキーはなくなるので、答えは4個であることが
わかります。
幼児の割り算は、[12÷3=4] と答えが出るのではありません。
書いた○を数え、そこで「4個」と答えがわかるのです。
これが幼児の割り算の解き方です。
 
このように数の問題は、数字や記号を使い、加減乗除の四則算で解くわけで
はありません。
直感で数の多少を見極め、次に一つ一つを対応させ正確な違いを理解し、そ
して掛け算、割り算の基本的な解き方を学ぶ、これが幼児の数の学習です。
       
さらに、10は1と9、2と8、1と2と7といった数の合成、分解があり
ますが、難易度の高い問題になると、20までの合成分解が理解できていな
いと解けないものもあります。
10は1と9、2と8と、単に記憶させようとするより、おはじきなどを
10個用意し、実際に分けさせてみると、その仕組みがわかるものです。
まだ、この時期では早いですが、やがてそういったことも学ぶことを覚えて
おいてください。
 
おはじきなどの具体物を使うと、難しいことも簡単に理解できます。
かつて、ある学校で「12個のミカンを何人で分けることができますか」と
いった問題がありました。
子ども達に挑戦させると、「2人、3人、4人、6人」と答え、12人で分
けられると答える子は、ほとんどいませんでしたが、おはじきを12個と皿
を12枚用意しておくと、1個ずつ分けることも理解できたものです。
この問題は、12の約数を見つけるのと同じですから、園児が、とんでもな
い難しいことを、平然とやっているのには驚かされますね。もっとも子ども
達は、約数の何だかを理解しているわけではなく、出題の意図もそこにある
わけではありません。面白がって、こじつけているだけですが(笑)。
 
また、数字は抽象的なものです。
[5]と数字だけでは、幼児には何のことだかわかりません。「リンゴが5」
となって、初めて、[5]という意味がわかるのです。その心は、リンゴが
5個、頭に描かれるからです。前にもお話しましたが、抽象化した○をリン
ゴに置き換えると、物と数が一致し、具体的になるわけです。
 
小学校の算数は、○を数字で表すことから始まり、数字を使った計算は、
「合わせて」「多少」「全部で」「分ける」といった言葉の代わりに
[+-×÷]の記号を使い加減乗除を習うわけです。
ですから、幼児には、数字や記号を使った計算は必要ありません。
大切なのは、数の概念、意味であり、計算の仕組みがわかることです。
数と接する機会は、日常生活の中にたくさんありますから上手に使いましょう。
少し注意をすれば、教材は周りにいくらでもあります。 
 
最後に、幼児特有の考え方を紹介しておきましょう。
幼児にメロン5個とイチゴ5個を比べさせると、メロンの方が多いと答えた
り、ばらばらに置かれたリンゴ5個と一ヶ所にまとめて置いたリンゴ5個で
は、ばらばらに置かれたリンゴの方が多いと答えることがあります。
前者はメロンの大きさにこだわり、後者は広がって置かれたことに目を奪わ
れたからですが、「ものは同じ数であれば、大きさが違っていても、一ヶ所
にまとめて置かれていても、どのような位置や方向にばらばらに置かれてい
ても、数は変わらない」ことを教えてあげましょう。
これを「数の保存」といいますが、言葉はご両親が知っていればよいことで、
お子さんに教える必要はありません。
 
雨が降りませんね。川越名物の芋畑は、すっかり乾燥して、風が吹くと砂嵐
のようになります。天気予報では9日頃、雨が降りそうですが、一雨欲しい
ですね。
 
  (次回は、「数量の問題3」についてお話しましょう)

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備(6) 四季を楽しんでほしい(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2018さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第14
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独り立ちの準備ですよ(6) 四季を楽しんでほしい(1)
 
日本には、四季があります。
しかし、日常生活には四季の気配が希薄になってきました。
四季折々の変化を演じてくれる自然に、本当に申し訳ないと思います。
日本の伝統のある行事も、四季折々の節目として、祝っていたのですが……。
 
最近、祝祭日に国旗を掲げる家を、ほとんど見かけなくなりました。
若い人は、元日に、朝祝いもしないと聞きます。
雑煮の代わりに、ハンバーガーとコーヒーで済ませ、それでも初詣には出かけ
るようです。
日本の神さまは、建国以来、和食派です。
洋食を食べて願をかけて、神様は聞いてくれるのでしょうか。
しかし、ひな祭り、端午の節句や七五三などには、お金をかけて盛大に祝って
います。
年中行事も、私の子どもの頃と違ってきました。
自然への素朴な感謝ではなく、豪華なセレモニーになったように思います。
言わずもがなですが、バレンタインデーにクリスマス、ハロウィンは、日本の
オリジナル行事ではありません。
クリスマスは子どもの夢ですから許せますが、バレンタインデー、あれはチョ
コレート会社の陰謀ではないでしょうか。
  
ところで、お祝いには欠かせない飾り物があります。
たとえば、正月の門松一つとっても、懐かしい思い出が浮かんできます。
これは、父から、よく聞いた話ですが、なぜ、門松は、松、竹、梅で飾るのか……、
このことです。
「松は常緑樹で、一年中、葉の色は緑色だから、元気で、健康であることを表
している。竹は、まっすぐに伸び、強い風にあおられても、逆らうことなくゆ
ったりとしのいでいる。雪が積もっても枝は苦しそうだが、しなって耐えるか
ら、雪は滑り落ちてしまう。他の木のようにポキンと折れない我慢強さがある。
しかも、竹の中は空っぽで、五月の空に泳ぐこいのぼりのように、腹に一物も
なく正直で、『竹を割ったような性格』は、ここから出ている。梅は、寒風に
さらされても、リンと咲く。あの小さなつぼみが、いい。強くて、しかも咲く
姿は、清らかだ。このように門松には、健康で、我慢強く、清く、強く生きる
願いが込められている」
と教わったものです。
 
季節折々の行事は、自然に対して感謝する気持ちを表したものでした。
そして、家族の幸せを願って、家族みんなで祝ったものです。
いろいろな行事の意味を、親が子どもに教え、楽しく祝い、思い出として心に
残してあげ、自分が親になったときに、その楽しい思い出を子どもに伝える、
そんなしきたりがありました。
しかし、これだけ季節感が希薄になってくると、季節折々の行事も、しっくり
しないのも無理のないことかもしれません。
冬にすいかを食べられるのですから、季節に対する感覚が、おかしくなるのも
当然でしょう。
便利になると、その分、失うものも出てくるといわれていますが、その通りで
はないでしょうか。
品質改良、温室栽培、冷凍技術、そして輸送手段などの進歩は、目覚しいもの
がありますが、季節は、そんなことに一切、こだわりません。
きちんとけじめをつけてくれているのですから、感謝して、それに応えなくて
は、罰が当たると思います。
 
食べ物には、旬があります。
魚介類、野菜、果物など、いちばん味のよい時期があります。
鰹のたたきが、真冬に出てくると、気持ちが悪くなります。
秋刀魚の塩焼きを、桜の花を見ながら食べるなど許せません。
鰹は初夏、もっとも戻り鰹という旨いものもありますが、秋刀魚は秋に食べな
いと、魚に申し訳ないと思っています。
しかし、現代っ子は、好んで魚を食べないようです。
魚は、体にもよく、頭のよくなる養分も入っているのですが……。
はしを、うまく使えないのではないでしょうか。
煮魚や焼き魚を食べるのは、はしさばきが容易ではありません。
しかし、手先の器用な子の知的な能力が高いのも、事実です。
はしをきちんと使って食事ができるように心がけているお母さん、少ないので
はありませんか。
幼児期は、机の上で記憶力だけに頼る勉強より、手を使う作業の方が大切であ
るといっても信じてもらえないようですが、科学的にも実証されています。
「手は第二の脳」といわれているのですが……。
小さい時は、お母さんが、食べやすく、ほぐしてあげましょう。
さばのみそ煮、おいしいですよ。
お母さん方も魚の料理は、生臭いし、面倒ですから、苦手ではないでしょうか。
一匹の魚を三枚におろせるお母さん、少ないでしょうね。
スーパーへ行けば、そんな手間を、みんな省いてくれますから。
便利になった分、横着になっていませんか。
旬の魚は、しっかりと季節を示してくれています。
 
話は違いますが、筆記用具の持ち方のおかしな学生さん、かなり、います。
はしをきちんと持って食事をしていないと思います。
これは、書道の先生からうかがった話ですが、試してみましょう。
ご飯を食べるように、はしを1膳持ち、1本、抜き取ってください。
筆記用具を持つ形になっていますね。
残ったはしは、鉛筆を持つように、きちんと、正しく、美しく持てていれば、
はしをきちんと持って食事をしていることになるのです。
おかしなはしの持ち方をして、ご飯を食べている若い人、よく見かけます。
これも、しつけです。
小さい時に、はしをきちんと持って食事をしていなかったのでしょう。
食事は、日に三度のことです。
形は心を作るともいわれています、「心」をです。
 
「鉛筆の持ち方一つで、育児の姿勢がわかる」という人もいますが、納得でき
ますね。
平成28年の立教女学院小学校の説明会で、教頭先生は、こうおっしゃってい
ました。
「今年も、はしを使った問題が出たとしても、はしで物を運ぶ速さを競ってい
るのではなく、日本の文化である正しいはしの持ち方ができているかを見るも
のです」
賢いお母さんになってほしいですね。
 
ところで、肉に季節の感覚はあるのでしょうか。
熊、猪、鴨などは、きちんと季節感を誇示していますが、野生の名残をしっか
り持っていますから、味に癖があります。
ですから、子どもの好みに合いません。
牛や豚、鳥の肉は、どうでしょう。
一年中、顔をみせています。
子どもたちの好きなハンバーグステーキやカレーライスに、旬はあるのでしょ
うか。
私は、肉より魚ですから、よくわかりませんが、ないでしょうね。
作られている方には申し訳ありませんが、みんな同じ味がします。
聞いただけで胃がもたれる感じのする年ですから、聞き流してください。
しかし、ブロイラーや卵を見ていると、日本の教育の縮図を見せつけられてい
るような気になります。
「個性を伸ばしてあげたい!」といって、スーパーで惣菜を買って済ませるよ
うでは、みんな同じ物、同じ味の物を食べていることにならないでしょうか。
何百羽といる鶏小屋で、ひたすら卵を産む鶏と重なりませんか。 
 
野菜、これは旬の塊ですが、キャベツは、今は一年中食べられます。
きゅうりやなす、トマトやかぼちゃは、夏の風物詩です。
私は、もぎたてのきゅうりの味が忘れられません。
母が、大ざっぱに皮をむき、パラパラと塩をかけるだけですが、これがおいし
かった。
今、食べているきゅうりには悪いのですが、お日さまの味がしません。
しかし、風物詩、この言葉、死んでいます。
風鈴の音色で、いざこざが起こるのですから。
風物詩どころではありません。
音色、「ねいろ」……、いい言葉ですね。
 
果物、これは、完全に季節を無視されているものがあります。
いちごなどは、一年中、ショートケーキと仲良しです。
ちょっと不節操ではないかと責めるわけにはいきませんね。
人間が、勝手にやっていることですから、いちごに責任はありません。
いちごは、温室に責任を取ってもらいたいでしょうね。
しかし、自然の中で育っている果物は、頑張っています。
みかん、ぶどう、柿、梨などには、季節感があります。
 
花は、どうでしょう。
純粋な心を持つ正統派の野生の花は、きっちり筋を通しています。
梅と桜は、狂い咲きしない限り、季節に従順です。
入学式にコスモスでは、いくら漢字で「秋桜」と書いても、様になりません。
紫陽花は梅雨に欠かせませんし、朝顔や向日葵は、聞いただけで汗が出ます。
菊となると秋です。
私は、小さな野菊が好きで、香りも馥郁(ふくいく)として、こたえられませ
ん。
しかし、あの大きな菊ですが、愛好者には申し訳ありませけれど、「私、咲い
ているの!見て! ちゃんと見なさい!」とばかりに、辺りをにらみつけてい
る感じがして、何やら恐い感じがします、偏見ですが。
コスモスもいいです、あのたおやかな感じが何ともいえません。
しかし、強いのです。
豪雨に叩きつけられても、しばらくすると立ち直ります。
そのけな気なところが好きですね。
 
ちょっとキザですが、季節は、何やら崇高な哲学者の雰囲気を持っています。
たとえば、花です。
きれいですが、短命です。
子どもに何か教えられませんか。
力いっぱいに咲くことの素晴らしさと、生命の大切さなどです。
小さな、弱々しいスミレにしても、精一杯に咲いています。
しかし、人間に、「きれいな花だこと!」などと思われたくて、咲いているわ
けではないでしょう。
でも、本当にきれいです。
なぜでしょうか。
自然だからではないでしょか。
与えられた生命を真っ正直に生きている感じがします。
咲いている様子を評価されると思っていないからでしょうね。
教えられます。
 (次回は、独り立ちの準備ですよ7 四季を楽しんでほしい(2)について
お話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2018さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第14号-
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第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)
 
2月14日はバレンタインデー。「バレンタイン」は、3世紀頃にローマで殉
教したキリスト教徒の英語名、イタリア語では「ヴァレンティーノ」。当時の
皇帝は、兵士の戦意に影響があると考え若者の結婚を禁止。哀れに思ったバレ
ンタインは、ひそかに結婚させていたのが皇帝の知るところとなり処刑された
日が2月14日、殉教の日がバレンタインデー。チョコレートを贈る習慣は、
イギリスのチョコレート会社カドリバ社がギフト用のチョコレートボックスを
製造し広めたもの。日本では、1970年頃より広まった。
(言語由来辞典より抄訳)
5歳の孫も、ガールフレンド(?)から貰ったチョコレートを、誇らしげに見
せてくれましたが、こんな小さい時から関心があるんですね。娘は「裏がある
の!」と教えてくれ、笑ってしまいましたが、今年はどんなことになるやら。
お子さんはいかがでしたか(笑)。
 
★★建国記念の日★★
2月11日は、建国記念の日です。昭和24年(1967)2月11日から、
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として祝日に定められたものです。
しかし、建国記念日は昭和生まれではなく、明治6年に紀元節として誕生しま
した。紀元節は、日本書紀に記されている、神武天皇が即位され、日本の国が
始まった日と定めた祝日でした。その根拠は、日本書紀第三巻・神武天皇の項
に、以下のようにあります。
 
「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮、是歳為天皇元年」
辛酉(かのとり)の年の庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)、一月一日、天皇
は橿原宮にご即位になった。この日を天皇の元年とする。
 
これを根拠として、紀元節は誕生しました。しかし、昭和23年に、紀元節が
戦争の原因になった国家主義や軍国主義を象徴する祝日であったことや、日本
の誕生した日はいつであるか、歴史的な根拠が明白でないことなどから廃止さ
れ、その後、様々な論争が続き,紆余曲折を経て、やっと「の」の一字を入れ
ることで「建国記念の日」ができたわけです。
 
紀元節の根拠は日本書紀にあるとお話ししましたが、果たして正しいのでしょ
うか。暦のことなど研究したことのない私でも、秘密を解くポイントは、「辛
酉(年春正月)・庚辰・朔」にあるのではと推察しますが、暦学的に検証する
と、その根拠は立証されているのですから驚きです。「年中行事を科学する」
(永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P54~65)には、「辛酉・庚辰・
朔」について、西暦紀元前660年は辛酉年、2月11日の干支は庚辰、月齢
はゼロであり、現在、建国記念の日となっている2月11日は、「日本国は神
武天皇の即位をもって建国とする」との日本書紀の記述と一致することが証明
されています。西暦紀元前660年といってもピンと来ないかもしれませんが、
縄文時代です。この歳時記は、筆者の不見識から驚くことばかり出てきますが、
これもまさしく驚きです。計算の方法は難しくて私の手には負えませんが、興
味のある方は、ぜひお読みになって下さい。
 
西暦は、キリスト誕生の年(実は生後4年目)を元年として数える年代ですが、
日本には、先に実証されたと紹介しました日本の紀元を、神武天皇即位の年を
元年とした皇紀があり、平成29年は皇紀、紀元2677年になります。私は
紀元2600年、西暦1940年、昭和15年2月11日生まれで、自分の年
齢77を下二桁に入れると、今年は紀元2677年であり、西暦では下二桁に
77を足すと、2017年とわかるという便利な年回りになっています。
 
ところで、ご存知のように、日本に残る最古の書物は「古事記」で、第40代、
天武天皇が、わが国に言い伝えられてきた事柄を整理し、語部(かたりべ)で
ある稗田阿礼(ひえだのあれ)に覚えさせ、第43代、元明天皇が太安万侶
(おおのやすまろ)に文字に書かせ、西暦712年に完成したものです。その
8年後の720年に、第44代、元正天皇が年代も入れ詳しく編集したものを
残そうと、舎人(とねり)親王に書かせたのが日本書紀です。ですから、記紀
に書かれている話は、古代の人々が語り伝えてきた話を文字に書き留めた神話
(天地の創造を擬人的に説明し、森羅万象に宿る霊の存在や、民族の祖先の活
動を述べる物語 新明解国語辞典 三省堂)で、一人の人が作った話ではあり
ません。本当かなと思う話もありますが、宇宙の始まりはどうだったか、国は
どのようにして作られたか、人間はどのように生まれたか、そして生きてきた
かを物語るものです。地球という星が、陸と空に分かれてできていく様子を描
いた、巻一の「天地開闢(かいびゃく)と神々」は、どうしてこういったこと
がわかっていたのか、不思議に思えるほど科学的で、またしても驚かざるを得
ません。
 
世界の文明が発祥した各地にも、ギリシャ神話、ユダヤ神話、インド神話、中
国神話や数々の民話などが残されており、民族やその地域の特徴が伝えられて
いますが、共通する話の展開に、思わず膝を叩き、考えていることは同じなの
だと思うと、年甲斐もない話でなんですが嬉しくなります。そこに住んでいる
人々が作った神話であるからこそ、価値があるのではないでしょうか。それが
民族の持つ固有の歴史であり文化だと思います。私が心酔してやまない哲学者、
梅原猛氏の「神々の流竄(るざん)」、「葬られた王朝」、「天皇家のふるさ
と日向へゆく」、阿刀田高氏の「古事記を知っていますか」、そして井沢元彦
氏の「言霊(ことだま)・怨霊信仰」「聖徳太子の和の精神」を解説している
「逆説の日本史」など読まなくてはならない本ばかりで、うれしい悲鳴を上げ
ています。「10月の神無月」で詳しくお話しする予定です、無理かもしれま
せんが(笑)。
 
今上陛下(きんじょうへいか)は、神武天皇から数えると百二十五代目にあた
るそうです。先にもお話ししましたが、今年は皇紀、紀元2677年になりま
す。世界で最も古い歴史を持つ国であり、古来の文化を単なる歴史の遺産とし
てではなく、現在まで生活の中に生かし続けている国はあるのでしょうか。
天照大神を祀る伊勢神宮では、平成25年に20年ごとの式年遷宮が執り行わ
れましたが、持統天皇4年(690)以降、1300年以上、続けられています。
建築方式は弥生建築といわれ、聖徳太子が活躍した飛鳥時代以前のもので、脈
々と受け継がれているのは、「世界広し」といえども日本だけです。
注 式年遷宮 伊勢神宮の内宮と外宮の二つ正宮の正殿などを作り替え神座を
移すこと。
 
日本は、もっとも短く見積もっても二千年ぐらいまで遡ることができます。世
界で二番目に長い国はデンマークで一千数十年、次がイギリスで九百四十年余
り、アメリカ、フランスは二百年そこそこ、中国はたった六十四年。「四千年
の歴史」なんて大嘘ですからね(笑)。
(著者インタビュー 武田恒泰 著 「日本人はいつ日本が好きになったのか」
 月刊雑誌 WiLL 12月号(2013年)
 P144 ワックス出版社 刊)
 
日本人が大切に守ってきた様々な文化を、親が子ども達にきちんと伝えるべき
だと思います。国旗を掲揚し、国家を歌うのも、法律で決められたからではな
く、親が子ども達に、「なぜ、国旗があり、国歌を歌うのか」、きちんと答え
を出してあげたいものです。国のために家庭があるわけではなく、家庭がある
からこそ国が成り立つのではないでしょうか。「個々のアイデンティティは、
家庭で育てるもの」などと何も意気がることではありませんが、幼児期の教育
の原点は、家庭にあるからです。家庭教育の低下を防ぐのは、私たち親、保護
者であることを肝に銘じておきたいものです。世界的な不況や政治の混迷、東
日本大震災や原発問題など、ここ数年元気がありませんでしたが、やっと立ち
上がる兆しが見えてきた今だからこそ、日本に生まれた幸せを、もっともっと
噛みしめ、感謝しなければいけないのではないでしょうか。
 
★★2月に読んであげたい本①★★  
鬼に関する話はたくさんあります。代表作は「桃太郎」「こぶとり爺さん」で
すが、これはお染みの話ですから紹介するのは遠慮しておきましょう。子ども
に聞かせる話ですから、恐怖感をあおるようなものはあまりありません。節分
ですから、やはり豆まきの話からにしましょう。
 
◆豆をいるわけ◆   谷 真介 著
むかし、まだ鬼があちこちの山奥に住んでいた頃の話です。その年は、春から
日照り続きで、稲は枯れだしました。心配した庄屋さんが、「雨を降らしてく
れたら、一人娘のお福を嫁にやってもよい」と言ったその声を山奥の鬼が聞き、
大雨を降らせたのです。約束を迫られ嫁がせますが、その時、お母さんが知恵
を働かせます。「道に落としながら行きなさい」
と菜の花の種を渡しました。それを足元に落としながら、鬼に連れられて行く
のでした。
翌年の春、菜の花は咲き、それを道標(みちしるべ)に娘は家に帰れたのです。
取り返しにきた鬼にお母さんは、「酒ばかり飲んでいる者にお福はやれぬ!」
と迫り、「もう、飲まん!」と約束をした鬼に、戸のすき間からいった豆を投
げ、「その豆を植えて花を咲かせてみろ。その花を持ってきたら、お福をやる!」
と言ったのです。何年も続けましたが、咲くわけがありません。鬼も次第に豆
を見るのが嫌になり、お福の家にも来なくなりました。この話を聞いた村の人
達は鬼が来ないように、いった豆を家の周りにまくようになったのです。
これが二月三日、節分の豆まきの始まりだそうです。
  日づけのあるお話 365日
   二月のむかし話 谷 真介 編著 金の星 刊
 
節分の豆まきは、「いった豆」がキーワードのようです。童話の名作「ヘンゼ
ルとグレーテル」の著者はグリム兄弟ですが、ドイツ人です。菜の花の種をま
く作戦と小石とパンのかけらを目印にした共通の作戦は、面白いではありませ
んか。世界中の童話や昔話を読んでいて、話の筋や仕掛け、舞台装置が、そっ
くりなものに出会うとうれしくなります。その話がほほ笑ましいとなおさらで
す。
 
イギリスの民話にも日本の昔話とそっくりなものがあります。「トム・テイッ
ト・トット」の翻訳ともいわれているそうです。日本の題名は「鬼六」といい
ますが、文句なく面白い話です。
 
◆鬼 六◆
むかし、ある所に、大きくて流れの速い河がありました。その河へ橋を架けて
ほしいと頼まれ、やってきた名人は、一目で難しい仕事とわかり頭を抱えます。
すると、河の中から大きな鬼の首だけが現われ、「橋を架けてあげるから、お
礼にあなたの目玉をくれないか!」
と言ったのです。困りはてていた大工さんは、約束をします。橋はできてほし
いが、できれば目玉をあげなくてはと、大工さんは一晩中、眠れません。    
翌朝、行ってみると、何と立派な橋が架かっているではありませんか。喜んだ
大工さんですが、鬼との約束を思い出し、肩を落とします。そこへ鬼が顔を出
し「目玉をよこせ」と言う。どうしたものかと考えていると、「明日の朝まで
に私の名前を当てたら、目玉はい
らないよ!」と言って、また沈んでしまったのでした。大工さんに鬼の名前が
わかるはずもありません。途方に暮れて歩いていると、山奥に入いりこんでし
まい、引き返そうとしたその時に歌が聞こえてきたのです。木陰からのぞくと、
鬼の子ども達が歌っていました。
 
    ♪オニロク オニロク オニロクさん
     早く目玉をもってこい
     大工の目玉をもってこい
     橋のお礼をもってこい
     オニロク オニロク オニロクさん♪
 
大工さんは、それを聞いてほっとし、笑みを浮かべるのでした。   
翌朝、大工さんが河に行くと、顔を出した鬼は、名前のわかるはずがないと自
信満々です。
そこで大工さんは自信なさそうに、「河鬼!」、「橋鬼!」などと言って、鬼
を得意にさせておき、最後に大声で、「オニロクー!」と叫ぶと、鬼はブクブ
クと泡だけ残して消えてしまい、二度と姿を現しませんでした。
  子どものための世界のお話
  福光 えみ子 福知 トシ 福井 研介 大江 多慈子 編 新福音社 刊
 
この話を研究されて、一冊の本にまとめた方がいるほど知られているそうです。
進学教室でこの話をしたところ、「ドイツで聞いたことがある!」とお父さん
の仕事でドイツに住んでいた子が言ったので、調べてみると本当の話でした。
鬼といえば、てっきり東洋生まれだと思っていましたから驚きました。
 
世界中の民話や童話、昔話を読んでいると同じような話がたくさんあります。
ドイツには、この他に「こぶとりじいさん」とそっくりな話もあります。ノッ
クグラフトンの伝説「こぶとり」です。背中にこぶのあるラズモアという帽子
屋さんが、歌と踊りがたいへん上手だったので、また一緒に遊ぼうと、約束の
証拠に背中のこぶを預かるといって取られてしまいます。日本では相手は鬼で
したが、ドイツでは小人さんです。この話を聞いた歌も踊りも下手な、こぶの
ある青年が行くと、あまりにも下手なので、預かっていたこぶをもらってしま
うというところもそっくりです。グリムの作品にも「小人の贈り物」と題した
同じ話があります。肌の色が、言葉が、生活習慣が、宗教が違っても、人間、
考えることは皆、同じなのだと思うとうれしくなりますね。
 
この話を読んだ時、頭に浮かんだのは、
   ♪森の木陰でドンジャラホイ シャンシャン手拍子足拍子♪
の「森の小人」でした。童謡には、大人になっても忘れられないものが数々あ
るものです。お子さんと一緒に、歌ってみませんか。思い出に残るはずです。
 
ところで、ある年のことですが、教室の人気者であった物知り博士のケンちゃ
んが、「どうして、鬼が人間の目玉を欲しがるのですか」と質問をしたもので
す。素朴な疑問ですが鋭い質問です。眼は音読みだと「ガン」です。「鬼六サ
ンのお身内か友達に、ガンにかかった人がいてね。目のお医者さんを眼科のお
医者さんというでしょう。そのガンによく効く薬は人間の眼、つまりガンだか
ら欲しかったのでしょうね」とだじゃれのように説明しましたが、ケンちゃん
は「信じられない!」といった顔をし、子ども達にも、全然、受けませんでし
た。先にもお話ししましたが、子どもは、こういった疑問には納得しないと絶
対に妥協しません。ですから子どもの前で、いい加減なことを言うと信用をな
くします。子どもの疑問にあいまいな答えは通じません。それだけ純真なので
す。純真ということは、探求心が旺盛ですから遠慮がなく、追求の手をゆるめ
ません。それだけ残酷でもあるのです。お母さん方が「カッ!」となるのも、
こんな時ではないでしょうか。悪気はないのです。率直なだけなのです。その
言葉で相手がどう思うかなど考えていないからです。まだそんな時期なのです。
大らかに応対してあげましょう。
 
でも、こういった大人が増えていますね。いわゆる「自己中心・ジコチュウ」
で、相手を思いやる気持ちは爪の垢(あか)程もありません。これは率直では
なく、精神年齢は子ども以下ということです。相手を思いやる気持ちを育むの
は、ご両親の育児の姿勢にあるのも間違いありません。子は親の背を見て育つ
のですから,しっかりと観察されていることを肝に銘じておきましょう。
 
で、結末はどうなったか。
「本当は、先生もわからないのよ!」と言ったところ、「先生でもわからない
ことがあるの?」と不満そうでしたが、ケンちゃんは矛を収めてくれました。
(猛省)
 
バレンタインデーといえば、私はジャズの名曲『マイ・ファニー・バレンタイ
ン』(My funny Valentine)を思い出します。歌ではサラ・ヴォーン
(Sarah Vaughan)、演奏ではマイルス・デイヴィス(Miles Davis)が好きで
す。最近、ジャズを聴く機会がなくなり残念ですが、YouTubeで視聴できます。
いつ聴いても感動しますね!(感謝)
 
(次回は、「第三章 2月に読んであげたい本 2」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>入試問題を分析する[4] 数量に関する問題(1)

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2018さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            (第31号)
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
[4] 数量に関する問題(1)
 
数量の問題というと、「計算ですね!」と勘違いするお母さん方が、かなりい
るようです。確かに計算は算数の一部の領域ですが、それがすべてではありま
せん。学校側が求めている数量は、数や量の概念、図形や空間の分野まで広範
囲にわたっています。
 
「算数は計算」と考えると、文章題の苦手な子になりがちのようです。計算は
基本ですから、きちんと勉強しなければいけませんが、算数の学習の目標は、
四則算を応用し文章題を解く力を身につけることです。文章題は「文を読み取
る力、読解力」が求められていますから、国語力を充実させることが大切だと
思います。国語力とは、「読む力」「書くための力」「聞く力」「話すための力」
「総合的国語力」の5つの能力で、この能力を客観的に測るのが、2007年
にスタートした「国語力検定」です。
 
「年長さんでも、つるかめ算が解けます」というと、「ご冗談を!」と思われる
かもしれませんが、数感のところで紹介しました香川大学名誉教授の小林先生
から教わったもので、加減乗除ができなくても○とマッチ棒だけで解けるので
す。30数年前でしたから、まだマッチは手軽に手に入りましたが、今はどう
でしょうか。爪楊枝でやってみましょう。
  
つるとかめが合わせて5匹いて、足の数は16本です。つるとかめは、何羽、
何匹ずついるでしょうか。
     
    スケッチブックに○を5個描き、爪楊枝を用意しましょう。
    幼児とのやり取りは、以下のように進めていきます。
    (  )内は式で解く場合です。
  
    「つるは、何本足かな」
    「2本です」
    「では、○の下に2本ずつ爪楊枝を置いてごらん」 (5×2=10)
    「先生、6本あまっちゃったよ」 (16-10=6)
    「あまった爪楊枝を上に2本ずつ置いてごらん」 (4-2=2)
    「先生、なくなっちゃったよ」(6÷2=3)
    「足が4本あるのは」
    「かめさんだよ」 
    「何匹いるかな」(上下に2本ずつ爪楊枝が置かれているのはかめ)
    「3匹だよ」
    「頭としっぽをかいてごらん」
    「先生、残っているのは足が2本だからつるですか」 (5-3=2)
    「ピンポン! 正解です」
     幼児とのやり取りを図にすると、こうなります。
 
        ∥ ∥ ∥       カメは3匹
        ○ ○ ○ ○ ○
        ∥ ∥ ∥ ∥ ∥   鶴は2羽
 
幼児の数量の問題は、数字を用いた加減乗除で解けませんから、計算力よりも
読み取る力、読解力が大切なポイントになるわけです。
 
[数の問題]
「数の領域」から説明しましょう。
出題される内容は、
「全部でいくつあるか」(数える)
「どっちが多いか、少ないか」(多少)
「合わせるといくつ」(和)
「いくつ違うか」(差)
「いくつ必要か」(対応)
「分けるといくつずつになるか」(分割)
 
和・差・対応・分割などの言葉だけをみると、「加減乗除ですね!」となりそ
うですが、それも無理のないことかもしれません。入試問題を用いて、その解
き方を紹介しましょう。
 
「5個のリンゴと3個のミカンを合わせると、いくつになりますか」
     5+3=8ですから、これは足し算ですね。
「5個のリンゴと3個のミカンでは、どちらがいくつ多いですか」
     5-3=2となりますから、引き算ですよ。
「5人の子どもにリンゴを1つずつあげるには、いくつのリンゴが必要ですか」
     5×1=5ですから、これは掛け算ではありませんか?
「6個のリンゴを3人で分けると、1人いくつずつになりますか」
     6÷3=2、これは割り算、割り算ではないですか!
 
問題だけ読めば、こうなりがちではないでしょうか。しかし、このように考え
て指導するのは、幼児には適切ではありません。これでは加減乗除の計算を教
えることになりますから、理解できないでしょう。
年長さんで、九九をそらんじている子もいますが、[2×3]と[3×2]の
違いを説明できなければ、単に記憶しているだけですから、掛け算を理解して
いるとはいえません。[2×3]は、たとえば、りんごが2個入っている皿が3
枚あることで、[3×2]は、りんごが3個入った皿が2枚あることで、答え
は同じでも皿に入っているリンゴの数は違いますから、掛け算の仕組みを理解
しているとはいえないわけです。ですから、加減乗除の意味をきちんと学習す
ることが大切なのです。以前、「養ってほしい数感覚」でお話しましたが、復
習しておきましょう。
スケッチブックと鉛筆を使いますから用意してください。
 
[多少(引き算と足し算)]
ここに10個と8個のクッキーがあるとします。
「多い方、食べても、いいよ」
というと、子どもは「1つ、2つ、3つ……」と数えずに、アッという間に多
い方を取るのではないでしょうか。より多くのものを食べたいと思うのは本能
ですから、直感で見分けるわけです。
このように直感で多少を見分けることが、数の概念を理解する出発点です。
 
しかし、現代っ子は食べ物の取りっこなどしないでしょう。一人っ子では争い
ようがありません。
おやつの時にもお母さんがきちんと分けていませんか。これは止めてお子さん
に取らせましょう。
数に関しては、数える作業や数の違いを見つける経験をたくさんさせることで
す。そこで磨かれるのが直感力です。
 
「クッキー、8個、食べてもいいですよ」
8個、自分で数えなければなりませんから、数えることを覚えます。
「お母さんは、これだけ取りましたよ」
わざと多めに、10個ぐらい取ってみましょう。
「お母さん、ずるい。ぼくより多いよ!」
直感力は、順調に育っています。
 
「お母さんとあなたとでは、いくつ違いますか?」
[10-8=2]と数字を使った計算は、子どもには無理ですし、その必要も
ありません。「数感を磨こう」でやりましたが、忘れていた場合は、
「違いを見つける方法、やったことがありますよ」
一言つぶやき、考えさせることです。思い出せない場合は、以下のようにやっ
てみましょう。
 
下のように二列に並べられると、数の違いを見つけることができます。これを
スケッチブックに描き、線を引いて比べてみましょう。
 
   ○○○○○○○○○○(お母さんのクッキー)
   ||||||||
   ●●●●●●●●  (お子さんのクッキー)
 
「お母さんの方が、2個多いよ」
「ごめんね、取りすぎたわ。お母さんとあなたのクッキーを比べると、あなた
は、いくつ少ないの?」
「2個でしょう」
とわかるはずです。
1つ1つ対応させて数の違い、多少を見つける「1対1対応」で、これが幼児
の引き算の方法です。
 
「全部で、いくつありますか」といって数えさせると、合計が出ます。お母さ
んのクッキー10個を覚え、自分のクッキーを11個,12個、……18個と
数えます。多い方の数を覚え、少ない方の数を数える、これが幼児の足し算の
方法です。このように物を数えるときは、必ず数詞をつけるようにしましょう。
 
数詞は言語のところでも触れましたが、難しいですから再度、お話ししておき
ます。
鉛筆を数えてみましょう。本は本ですが、「いっぽん、にほん、さんぼん」と
全部、違いますし、人は「ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん」と
「ひ・ふ・よ」は訓読みで、「さん・ご」は音読みと、実に複雑な読み方にな
っています。皿、手袋、鯨、はし、服、テレビ、とにかく日本語は難しいです
から、数詞をつけて数え慣れるようにしましょう。 
数詞には、1個、2個と数量を表す基数詞と、1番、2番と順序を表す序数詞
(順序数詞)がありますが、お父さん、お母さんが知っていればいいことで、
お子さんに教えることはありません。
(次回は、「数量の問題2」についてお話しましょう)
 

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