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めぇでるコラム

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>★★入試問題を分析する★★[3] 数量に関する問題(3)

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2019さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            第32号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
 [3] 数量に関する問題(3)
 
     
[相談会情報]
 千葉県私立小学校フェア
  日 時 2月25日(日) 9:40~13:40
  場 所 昭和学院伊藤記念ホール
        参加校、イベント、スクールバスの時刻など、詳しくはホー
        ムページをご覧になってからお出かけ下さい。
        今年は13:40までです。
 
昨年の今頃でした。
芦田愛菜ちゃんが、女子学院、慶應義塾中等部に合格。何しろ慶應中等部は偏
差値63で、御三家の上にいる学校。募集人員50名、東大へ入るより難しい
そうで、ご存知のように慶應へ入学。ネットで知ったのですが、愛菜ちゃんの
支えになったのは王ソフトバンク球団会長の明言、「努力は必ず報われる。報
われぬ努力があるとすれば、それはまだ努力とは言えない」。お父さんに教わ
ったとか、私と同様、お父さんも王さんのフアンだったのでしょうか(笑)。
 
 
[量の問題]
 
辞書を引くと、「計って決められる、かさ、容積、軽重、大小、多少等」
(「岩波国語辞典」より)とありますが、これに、ひもや鉛筆、国旗を掲揚す
るポールなどの長短を加えれば、入試に対応できるでしょう。
 
また、実験です。
同じ形をした容量も同じコップを2個用意し、ジュースを片方に少し多めに入
れておき、「多い方、飲んでも、いいですよ」といったとき、サッと多い方に
手が出れば、量に関する概念も順調に発育しています。数と同じように、直感
で見分けられることが大切です。「直感力は、経験を積み重ねて培われる力」
であることを忘れないでください。    
                                 
こういった問題があります。        
             
 (形も、大きさも、高さも、底面積も違うコップが3つ並んでいて、それ
  ぞれに、水が入っている絵がある)
 
  ◆水が、一番たくさん入っているコップに〇を、一番少ないコップに×
   をつけなさい。
 
これは難しいですね。                
ほとんどの子ども達が、たくさん入っているように見える底面積の狭い、細長
い背の高い形のコップに〇をつけ、少ししか入っていないように見える底面積
の広い、横幅の広いコップに×をつけがちです。かさのある方が、たくさん入
っているように見えるからですが、これも実験するしかありません。       
 
上の条件に合った3つのコップと同じ形のコップ3個、お茶など色のついてい
る水を用意し、同じ形のコップ3つに同じ量だけ水を入れ、入っている水の量
は同じことを確かめさせてから、条件の違うコップに、それぞれ入れ替えてみ
ます。
底面積の広いコップと狭いコップとでは、明らかな差がでますが、入っている
水の量は全部、同じです。         
 「不思議だな、お母さん。どうして、こうなるの?」             
底面積が広いほどたくさん水が入る、容量も大きくなることを説明してあげま
しょう。
これは「量の保存」といって、見た目は変わっていても、元々の量は保存され
ているからですが、「数の保存」と同様、言葉を教えることはありません。
       
このような問題もあります。
 
 (3つのコップの中に、大きさの違う丸いガラス玉が、1つずつ入って
  いて、コップの水の量は、みんな一緒になっている絵が描いてある)
 
  ◆この中で一番たくさん水が入っているコップに〇、一番少ないコップ
   に×をつけなさい。
 
これなどは、子どもは見ているはずです、おふろに入ったときです。
 「お父さんが入ると、どうして、お湯があふれるのかな?」
 「……かな?」というアンテナを張っている子は、すぐわかります。
 
量も直感で多少を判断し、難しい問題は、必ず、実験で確かめることです。
これが、小学校へ入ると、リットル、デシリットルと正確に量を計る勉強に進
んでいくわけです。
ボールなどの大小、ひもなどの長短、旗を立てたポールの高低も同じです。や
はり、見た感じ、直感力で判断できることが大切です。
その違いを見極める力が、センチメートル、メートル、キロメートルと、正確
に長さを計る勉強に、軽重は、グラム、キログラムと量を正確に計る勉強につ
ながっていくわけです。
 
 
[重さ比べ]
 
しかし、軽重、重さ比べは、直感で判断するのは難しいでしょう。
しかも、問題集だけで教えると、幼い推理力では、混乱しがちですから無理は
禁物です。
 
こういった問題です。
 
 (パンダとくまとうさぎが、シーソーにのっている絵があり、パンダとく
  まではパンダの方が下がり、くまとうさぎではくまの方が下がっている) 
 
  ◆一番重い動物に〇、一番軽い動物に△をつけなさい。               
 
重さ比べの定番的な問題です。
「パンダとくまではパンダが重く、くまとうさぎでは、くまの方が重い。故に、
パンダが一番重くて、うさぎが一番軽い」と説明しても無理でしょうね。
 
まず、3つの重さの違うものを手に持って、重さの順番に並べてみます。
できれば、天びんばかりを作り、手で持って判断したものと、合っているかど
うかを確かめるとわかりやすいはずです。
  AとBを比べるとAが重い。 A>B
  BとCを比べるとBの方が重い。 B>C
  ここでAが一番重くて、Cが一番軽いことがわかります。 A>B>C
しかし、BとCを比べてCの方が重かったら、AとCを比べて決着をつけます
から、これが面倒です。
さらに、比べる物が4つ、5つと増えてくると、難しくなります。
1つ1つ、順番に比べて、納得できるまで、根気よくやることです。
 
その納得させる方法ですが、軽重を勝ち負けに置き換えると、子どもは興味を
示します。
パンダとくまではパンダが重いからパンダの勝ちで○、くまは●。
くまとうさぎでは、くまの方が重いからくまの勝ちで○、うさぎは●。 
最後に、パンダとうさぎは、パンダの勝ちで○、うさぎは●。    
結果は、パンダは○○で2勝、くまは○●で1勝1敗、うさぎは●●で2敗。                 
好奇心を刺激してあげる、遊びの中での学習ですね。          
                  
おもしろい子がいました。
パンダ、コアラ、リスの3匹が重さ比べをする問題です。
「パンダが2回下がって、リスが2回上がっているから、パンダが一番重くて、
リスが一番軽いのです」 
お母さんに教わったそうです。理屈はそうですが、こういう教え方は、どうで
しょうか。シーソーの上がり下がりだけ見て判断するのは、直感力ではなく、
受験用のテクニックですね。
 
「そうか、こうだな! こういうこともいえるぞ!」
1つ1つ比べ、試行錯誤を積み重ねて、自分で見つけたのであれば問題ありま
せん。考える力もつき、考える楽しさも学習しているからです。出発点で楽を
すると、応用力は身につきませんし、小さいときから、簡単に答えだけを見つ
ける訓練は、やるべきではありません。
 
簡単な問題から難しい問題へ、ステップをきちんと踏んでいくことが大切です。
そして、正解であれば○を付け、それで終わらせずに、比較する段階を言葉で
いえるようにしておきましょう。言葉で表現できる、これは、とても大切なこ
とです。きちんと理解できていれば、説明も適切なはずですから、発表力も身
についてきますし、それが個別テストや行動観察のテストに対応できる力を身
につけることにもなっているからです。
 
 
[空間の問題]
 
図形は、[6]の構成力で触れることにして、最後に、空間について説明しま
しょう。
これも難しいです。
 
上下、左右、前後の関係です。 
前後は、幼稚園でも整列することで学んでいますから、わからない子は、あま
りいないようです。  
こんな問題があります。
 
 (各階に5つずつ部屋がある5階建てのマンションが描かれている)
 
  ◆キリンさんは、三階の左から三番目のお部屋です。キリンさんのお部
   屋に○をかきましょう。         
 
子ども達には、上下は何とかなるのですが、左右が難しいですね。
年長になっても、左右の区別のおぼつかない子が、かなりいます。                                       
左の薬指にピンクのリボンつけていた女の子がいました。         
「先生、こっちが左ですよね!」
かわいいではありませんか。お母さんの工夫した、やさしい気遣いが伝わって
きます。           
                                  
左右の確認がきちんとできてから、問題集に取り組みましょう。
基本的な準備をせずに、プリントだけで「左から……、上から……」とやると
混乱しがちなのです。
 
□□□□□ こういった図を描いて、一番下、下から2番目(上から2番目)、
□□■□□ 一番上、左から(右から)何番目、左端、右端を確かめましょう。
□□□□□
 
少し難しいかもしれませんが、下の図のように、■を中心に左右、上下、左斜
め上、左斜め下、右斜め上、右斜め下を確認しておきましょう。  
 
□□□
□■□
□□□
 
幼児の学習は、生活と結びついていると、スムーズに対応できるものです。  
生活に必要なものであれば、喜んで挑戦するはずです。お手伝いをさせながら、
学習できることがあります。          
たとえば、お子さん用の整理ダンスを利用して、たたんだ洗濯物を入れさせま
しょう。                 
「ハンカチは、一番上の左から二番目に、シャツは、上から三番目の右端にし
まってください」
女の子であれば、お母さんの手伝いをしながら整理の仕方を学ぶこともできま
す。
 
まだあります。毎日、幼稚園へ行くときに握手をしましょう。
「右手で握手!」といって、さっと右手を出してみましょう。
お子さんも右手でなくては握手できません。              
間違えたときに、こっちが右手であると学習できます。         
今日は右手なら、明日は左手と続ければ、いつのまにか習慣になります。 
「サユウベンベツ(左右弁別)?」
大人でも首を傾げるような言葉を使っていると、混乱するだけでしょう。
 
幼児の学習は、生活の中で、楽しみながら身につけていくことが大切です。
 
(次回は「常識の問題」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備ですよ(7)四季を楽しんでほしい(2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2019さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第15
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独り立ちの準備ですよ(7)
 四季を楽しんでほしい(2)
 
南禅寺の掲示板の説教詩に、こういったものがあったそうです。
「そうです」と他人事のようで申し訳ないのですが、評論家、佐高信氏の作品
の中に紹介されていたからです。
 
  花は黙って咲き
  黙って散っていく
  そうして再び枝に帰らない
  けれどもその一時一処に
  この世のすべてを托していく
  一輪の花の声であり
  一枝の枝の真である
  永遠にほろびぬ命のよろこびが
  悔いなくそこに輝いている
  (講談社文庫「官僚たちの志と死」〈P148-149〉佐高信 著 講談社 刊)
 
食卓にのった1匹の魚もそうです。
人間に食べられるために生きているわけではありません。
しかし、何もいわずに、黙って食べられています。
人間は、魚の世界では殺魚犯ですよ。
しかし、敵討にきません。
万物の霊長などと、何とも傲慢な考えでしょう。
感謝する気持ちを持たないと、罰が当たります。
私たちの生命、他の生き物の献身的な支えによって、何とか守られているので
す。
謙虚にならないといけないのではないでしょうか。
生命、無駄にできません。
 
「蓮如 われ深き淵より」や「親鸞」などの作品を通して、宗教の世界をやさ
しく説いてくれる五木寛之氏は、こうおっしゃっています。
 
 私たちは、いわしやさんまを食べるとき、うまいと思う反面、人間は何と
 残酷な生き物だろう、お許しくださいと無意識のうちに考える感覚がどこ
 かに残っている。しかし、ハンバーガーを食べているときは、そういった
 感覚はほとんどない。ましてやカロリーメイトだったりすると、まったく
 ありません。食生活がバーチャル・リアリティ化している。その結果、私
 たちはまだしも、子供たちは、食生活の上でも、生命の重さとそれを消費
 して生きている自分という存在の残酷さを実感するチャンスがなくなって
 います。      (「他 力」五木寛之 著 講談社 刊 P144)
 
厳しさもあります。
鮭の回遊です。
海亀の産卵です。
きちんと季節を守って、遥か彼方の太平洋の海の底から、やってきます。
横着な鮭や海亀は、いるのでしょうか。
みんな必死です、生命をかけています。
子孫を残すためと考えているかどうかはわかりませんが、頭が下がります。
卵を産むときの鮭の顔、見たことありますか。
すごいです、恐いです。
海亀のお母さん、泪を流しながら卵を産んでいます。
種族保存の本能、と軽薄に片付けるわけにはいかないでしょう。
感動します、感激します。
人間も、きっちり生き抜かなければいけません。
 
ちょっと、顔が赤くなりますが、もう少しです、我慢してください。
季節は、いってみれば自然界の生命の変遷、そのものです。
生者必滅を、きっぱり、静かに、はっきりとみせています。
学ぶべきことが、たくさんあります。
幼児期には、難しい理屈はいりません。
五感で感じる感性を大切にしてほしいと思います。
季節折々の変化を、きちんと目に収め、音色やさざめく音を耳で聞き取り、
生命の息吹や香りを鼻でかぎとり、旬のものを口で味わい、感触を手で確か
め、肌で、体で、心で感じ取ってほしいのです。
 
幼児期は、花を咲かせるときではありません。
大きくはばたくために、しっかりとした根を張るときです。
その根っこに、成長に必要なエキスを、たっぷり注ぐときです。
そのエキスは、知識を詰め込むことではありません。
好奇心や、疑問の目を育てることです。
「何だろう、これ?」
ここから、知ろうという気持ちがわきます。
意欲です。
やる気です。
幼児期は、これらを育てる時です。
 
ですから、机の上で、記憶に頼って、頭にだけ知識を叩き込むときではないの
です。
人より一歩先んじて、知識を身につけても、どうということもありません。
たとえ、加減乗除ができても、漢字の読み書きができても、それを日常生活で
使えなければ、どれだけの意味があるというのでしょうか。
目先の成果だけを追い求める時ではありません。
 
四季と、もっと仲良くしてほしいと思います。
四季ほど、よくできている教材はありません。
四季ほど、素晴らしい先生もいません。
しかし、四季は、お世辞をいいません。
人間におもねることもありません。
ですから、己れ自らが扉を叩かないことには、応えてくれません。
何やら、難しくなってきました。
「ルカによる福音書」に書かれていることですが、様になりませんから止めま
す。
 
四季やありがたし。
この言葉の方が自然です。
この気持ちを大切にしてほしい、私は心から、そう思います。
四季との交際マニュアルをご自身で作ってください。
そして、楽しい思い出を、たくさん残してあげましょう。
子どもは、当たり前のことですが、親を選べません。
お母さんは、子どもにとって、この世に生命を授けられて、ご対面した、その
時から、たった一人の「お母さん」です。
お父さんも同じですが……。
 
「ママに、育てられてよかった!」
こういわれるお母さんになってください。
お母さんなら、なれます。
何にもできなかった赤ちゃんを、ここまで育ててきたのは、お母さんではあり
ませんか。
自信をもってください。
よいお手本を見せてあげればいいのです、よいお手本を。
難しく考える必要はありません。
育児をしながら、育自をすることです。
自分を磨くことです、心を、です。
子どもを育てるのではなく、子どもに育てられると考えましょう。
そうすれば、お子さんも、お母さんの期待に応えてくれます。
お父さんも同じです。
男は黙ってとはいいませんが、よいお手本を見せましょう。
不言実行です。
それが育児の基本ではありませんか、私は、そう思います。
 
幼児期は、お父さんやお母さんの人生にとっては、まさに、ゴールデン・アワ
ーです。これほどまでに二人が力を合わせて何かをする時は、もうないかもし
れません。
ですから、お受験にしても早期教育にしても、二人で力を合わせて本気で取り
組んでほしいのです。
特に、お父さんの協力がないと、お母さんは、曲がりがちです。
それで、だれが被害者になるのでしょうか。
お子さん自身です。 
子どもは、幼児期に体験したことを、そのまま背負って生きていくことを、肝
に銘じておきましょう。
「三つ子の魂、百まで」は、けだし名言ではないでしょうか。
 
注 ルカによる福音書〔第11章 1-13節〕
  「求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、
   さらば開かれん」
 
 
(次回は、「お受験、少し恐いですね」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 二月に読んであげたい本(2)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第15号-
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第4章 二月に読んであげたい本(2)
 
 
また目玉ですが、これも面白い話です。
 
◆鬼の目玉◆   松谷 みよ子 著
 
 娘が旅の途中で泊めてもらった家には、若者が一人で住んでいました。毎朝、
若者は奥の部屋に出かけ、夜になると疲れはてて戻ってきます。若者のお父さ
んが豪傑で、悪さをする鬼の目玉をくりぬき取り上げたのです。お父さんが亡
くなると鬼が目玉を取り返しにきて、毎日、責め立てていたのでした。
 ある日、娘は若者の後をつけ、拷問の場面を見たのです。鬼の大将らしき者
が、わめく顔を見ると目がありません。娘が酷い仕打ちを受ける理由を聞いて
も若者は答えず、退屈だろうから、13ある部屋で遊びなさいという。ただし
「最後の部屋へは入ってはいけない」といわれたのでした。  
 娘が最初の部屋を開けると、門松や鏡もちが飾ってある正月の部屋で、小人
さんたちが、羽根つきやカルタをして遊んでいるのです。娘も中に入ってみる
と、小人さんと同じように小さくなり一緒に遊べるのでした。次の部屋は梅が
咲きうぐいすが鳴き、次の部屋はおひなさまが飾ってあるというように、1月
から12月までの部屋があったのです。楽しかったので、最後の部屋にも入る
と、真っ暗な部屋に桶があり、何かが浮かんでいました。
鬼の目玉だとわかった娘は懐に入れ、帰る途中、小川の側で蛇と出会い、びっ
くりして、1個、落としてしまうのです。残った1個を持って、お仕置き部屋
に飛び込むと、大将の片目に、眼が入っているではありませんか。恐る恐る目
を差し出すと、「眼がそろったから、褒美として娘に金の鶏をやれ」と、いっ
たかと思うと、鬼も若者も、部屋も家も、あっという間に消えてしまい、娘は、
がい骨がゴロゴロと転がっている山の中に、一人残されていたのでした。
  日本むかしばなし 7 
   おにとやまんば 民話の研究会 編 松本 修一 絵  ポプラ社 刊
 
この13番目というのがすごいと思いませんか。この作者は、13日の金曜日
が、何の日か知らなかったでしょうね。キリストが、13番目の弟子であった
ユダに裏切られ、磔の刑を受けたのが金曜日。アダムとイブが楽園から追放さ
れたのも金曜日。ノアが方舟に乗ることになった大洪水も、降りはじめたのが
金曜日。絞首刑の階段が13段ということも……、これも不思議です。
 
 
次は笑わせられる話です。
 
◆節分の鬼◆   小沢 重雄 著 
 
 変わったじいさまがいて、節分の日に、女房も子どももいないから、鬼が来
ても平気だと、「鬼は内! 福は外!」とやってみたのです。すると、豆をぶ
つけられて往生しているのに、奇特な方がいるものだと、2匹の鬼がやってき
たではありませんか。酒の好きなじいさまは、鬼達にもすすめ、宴会が始まり
ます。ご馳走になった鬼達は、礼をしたいといいます。じいさまは、丁半ばく
ちが大好きなので、さいころに化けてくれと頼みます。さっそく鬼は化けます。
それで、博打(ばくち)をするのですから、じいさまのいうとおりの目が出て
大もうけをしました。再び宴会に、今度は泡銭をたくさん持っていますから、
豪勢なものです。これに味をしめたじいさまは、来年も来てくれと約束をしま
す。しかし、次の年も、その次の年も、鬼は現れません。その内、じいさまは、
酒を飲みすぎて死んでしまいました。
 博打好きでしたから地獄行きです。そこで、あの鬼達と再会します。鬼達は
娑婆(しゃば)のお礼にと、いろいろと手抜きをします。釜ゆで地獄のときは、
湯かげんに手心を加え、熱かんまでつけるサービスをするのです。怒った閻魔
大王が、「じじいを喰っちまえ!」と鬼達に命じますが、これも手抜きをして
もらい、娑婆に舞い戻り、長生きをしたのでした。
  日本むかしばなし 7
   おにとやまんば 民話の研究会 編 松本修一 絵  ポプラ社 刊
 
どうしたら、こういう発想が生まれるのでしょうか。
この2匹の鬼には人情があって、それだけにおかしいのです。針の山に登ると
きは鉄の下駄を用意するなど、地獄の責め苦を、鬼が手抜きする場面は、本当
に笑わされます。しかし、鬼に人情って変ですね。「鬼の目にも涙」といいま
すから、涙腺を緩めるセンサーが付いているのでしょう。鬼の情けで「鬼情」
では、何やら不気味な感じがしますね。
 
 
この話もおかしいのです。今度は鬼が、博打をする話です。
 
◆地蔵浄土◆   おざわ としお 再話
 
 ある日、おじいさんが、食べようとしただんごを落とし、ネズミの穴に入っ
てしまいました。おじいさんが、穴に入っていくと、お地蔵さまがいたので尋
ねたところ、「あっちの方に転がって行ったぞ」というその口元には、黄粉が
ついています。おかしいなと思いながらも、探しに行こうとすると、お地蔵さ
まが、大儲けをさせてあげるから、天井裏に隠れなさいというのでした。鬼達
が来てかけ事をするから、その金をいただくのだという。しかし、天井に上る
はしごがありません。すると、お地蔵さまは、私の手に乗り、肩に足をかけ、
届かなければ、頭にのって天井裏に隠れなさいというのです。罰が当たると尻
込みしますが、鬼達が来ると驚かされ、渋々、隠れます。そして、「私が合図
をしたら、鶏の鳴声をまねしなさい」といったのです。
 やがて、鬼達が来て、かけ事を始め、お金がたくさん出たところで、お地蔵
さまから合図があり、「コケコッコー」と鳴きまねをすると、鬼どもは一番鶏が
鳴いたと勘違いして、「夜明けが近いぞ!」とあせってばくちをし、2回目に
は二番鶏が、3回目には、「三番鶏が鳴いた。夜明けじゃ、帰るぞ!」といい、
お金を残したまま消えてしまいました。おじいさんは、鬼達が残していったお
金をいただいて大金持ちになったのです。    
 それを聞いた隣の欲の深いじいさん、一儲けしようと出かけ、遠慮しないで、
お地蔵さまの体に足をかけて天井に上がってしまいます。ところがです。三番
鳥まで鳴くようにといわれましたが、何を勘違いしたのか、お地蔵さまの合図
に、「コケコッコー」と鳴きまねをせずに、「はぁ、一番鳥!」、「はぁ、二番
鳥!」といってしまうのです。「この間、おれたちをだました奴だな!」と、
鬼たちから散々、痛めつけられ、血だらけになって帰っていったのでした。
  日本の昔話 2
   したきりすずめ おざわ としお 再話 音羽 末吉 画 講談社 刊
 
 
天井裏に上がるときの、お地蔵さまと正直なじいさまとのやり取りが、おかし
いのです。欲深じいさんが天井に上がるときも、仏さまを仏さまと思わないふ
てぶてしさが、これまた愉快で、日本人の信仰心をあからさまにしているよう
な気さえします。
お地蔵さまは、本当はお釈迦さまがいなくなった後、弥勒仏が出現するまでの
間をつなぐ役をする偉い菩薩さまですが、いつも庶民の身近にいる仏さまです。
粋なのです、このお地蔵さまは。
こういう話を作った人って、尊敬できますね。生きることを楽しんでいるでは
ありませんか。お地蔵さままで、舞台に上げるのですから大胆なものです。し
かもです、お地蔵さまに、うそをつかせるのですから、傑作ではありませんか。
まねをした欲の深いじいさんが、こらしめられるのも、むかし話の定石です。
 
 
最後は鬼をたぶらかす話で、恐かった鬼ですから勇気がいります。
 
◆じいさまとおに◆   水谷 章三 著
 
 ある秋のことです。
 おじいさんのところへ鬼が来て、畑にできているものを半分よこせという。
そこでおじいさんは、「畑の上のものだけもらうから、鬼さんには土の中のも
のをあげましょう」といって、麦畑の麦を全部、刈り取って株だけ残します。
計られたと知った鬼は、次の年の秋には「土の上にできているものを、わしが
もらうぞ」というので、おじいさんは「下の半分で結構です」と承知し、鬼が
葉っぱを刈り取った後で、大根や芋をごっそりと掘り出したという話です。
 五月のはなし
  ももたろう 松谷みよ子/吉沢和夫 監修 日本民話の会 編 国土社刊
 
 
大らかな話ではありませんか、鬼を手玉に取り、恐い鬼も形なしです。鬼は悪
魔と考えられ、病気や災いを起こす疫病神のような存在でしたから、人々の
「恨み、つらみ」は相当なものであったと思われます。おじいさんの気持ちが、
手に取るようにわかります。
 
鬼が主人公の話ではありませんが、芥川龍之介の「杜子春」に出てくる地獄の
話も忘れられません。仙人になる修行中に、口をきいてはならぬと約束した杜
子春が、閻魔大王の前でも話さないものですから、怒った大王は杜子春の両親
を連れ出し、鬼どもに散々、むちで打たせるのですが、口をきこうとしません。
畜生道に落ちて馬になっているお母さんが、あえぎながらも、「心配をおしで
ないよ。私たちはどうなっても、お前さえ幸せになれるなら、それより結構な
ことはないのだからね。大王が、何といってもいいたくないことは黙っておい
で」、こういうのでした。この場面にくると、決まったように涙が出たことを
覚えています。子を思うお母さんは、こんなにもやさしいものなのだなと……。
              
幼い子をいじめたり、折かんをしたり、果ては「しつけ」と称して、殺してし
まう親のいる時代。地獄に落ちて、同じ責め苦を受けなければ、殺された子は
浮かばれない。子どもに罪はない。母親は、育児をしながら自分自身を育てる
もの、父親も同じですが。わが子のあどけない寝顔を、かわいいと思ったこと
はないのだろうか。何ら疑うことなく、安心して眠っている子を手にかけるの
は、人として許されない大罪です。
「子は、かすがい」ということわざ、死んでいます。もっとも「鎹(かすがい)」
も意味不明の言葉となっているでしょうね。鎹は、二つの材木をつなぎ止める
ために打ち込む「コの字型のくぎ」で、そこから「子は夫婦のあいだをつなぎ
止める働きをする」という意味です。「豆腐にかすがい」(まったく効果のな
い、手ごたえのなきことのたとえ)とならないように、親子の絆は、しっかり
と結びたいものです。   
 
ここでは取り上げませんでしたが、鬼を人間らしく扱った浜田廣介の「泣いた
赤鬼」は、童話とはいえ日本以外に、こういった作品はあるのだろうか。最後
の青鬼くんの置手紙には、不覚にも涙がこぼれてきます。お子さんはどのよう
な反応を示すでしょうか。
 
  赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、僕が、
  このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
  それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さよう
  なら、体を大事にしてください。僕はどこまでも君の友だちです。
   (「泣いた赤鬼」浜田康介 著 小学館文庫 小学館 刊)
 
百田尚樹氏の「影法師」を読んだ後、頭に浮かんだのは「泣いた赤鬼」の青鬼
くんでした。
自己中が多い現代気質では、友達のために自分を犠牲にする気持ちは古臭いと、
馬鹿にされるかもしれませんが、読むたびに、わかっていても目頭が熱くなる
童話の一つです。
この他に、「ある島のきつね」「よぶこどり」「むくどりの夢」「りゅうの目
の涙」などは、学生時代に出会った童話ですが、年を取って読み返しても新鮮
な刺激を与えてくれることに驚かされます。こういう時ですね、活字中毒に育
ててくれた親父やおふくろを思い出すのは。(感謝)
 
ところで、百田氏の作品には、最後の1ページの1行で全てがわかるしゃれた
構成が面白い短編集「幸福な生活」、ファイティング原田を主人公にした「『黄
金のバンタム』を破った男」、ボクシングの青春物語「ボックス」、自費出版
の裏側を暴露した「夢を売る男」、身長以外は何でも整形できる世界を描いた
「モンスター」(仰天!)、この作品と対になっている多重人格者を扱った
「プリズム」、悪名高いオオスズメバチの生態を描いた「あらしの中のマリア」、
映画化されテレビでも放映された「永遠のゼロ」、出光興産の創業者をモデル
にした「海賊とよばれた男(上下)」、激動の昭和時代を生きた作田又三を主
人公にした「錨を上げて(上下)」など、氏の肩のこらない話の展開は、若い
皆さん方にはわからないかと思いますが、私が学生の頃、面白がって読んでい
た「宮本武蔵」や「真田十勇士」(猿飛佐助など幸村に従った十人の勇士、佐
助は大河ドラマ「真田丸」で活躍しました)の講談本と同じで、まっすぐ一本
道で気軽に読み切れ、理屈っぽくない、一服の清涼剤的な読後感が好きでした
が、「殉愛」でこけました。なぜ、氏が執筆されたのか、芸能界音痴で、この
世界のことはわかりませんが、しかし……、「カエルの楽園」「今こそ、韓国
に謝ろう」で、また考えが変わりました(笑)。
 
(次回は、「第五章 ひな祭りでしょう 弥生」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>★★入試問題を分析する★★[4] 数量に関する問題(2) 

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2019さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            第31号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
[4] 数量に関する問題(2)  
 
[相談会速報]
 中央線沿線 私立小学校合同相談会
  日時 2月11日(日) 午前10:00~15:00分
  会場 武蔵野東小学校
     (JR三鷹駅下車 バス10分 西武線柳沢駅下車 バス10分)
      参加校、イベントの内容、アクセスの方法など、詳しくはホーム
      ページをご覧ください。
 
「第33回 東京都私立小学校作品展」へ行ってきました。今年も学習院初等
科の作品が良かったですね。
タイトルは「魔法の世界」。1年生は「魔法の帽子」、3年生は「空飛ぶ魔法」、
5年生は「魔法の道具」、6年生は「魔法のいろはかるた」、子ども達の豊か
な想像力は、何時見ても素晴らしいですね。いろはかるたをもじった、「犬も
歩けば札束見つける ワン サカ マネー」「地震 かみなり 家事しろおや
じ」「鳴かぬなら 笑ってしまえ ホトトギス ハハハッハ」「柿食えば 金
が出るなり 法隆寺」など読んでいて笑いが止まりませんでした。
川村小学校の「酉の市の熊手」、早稲田実業学校初等部の粘土で作った様々な
「十二支の人形」、これは数が凄い、当然ですが同じものはありませんでした。
年中行事などを素材にしているところが嬉しいですね。
そして、昭和女子大学附属小学校の「針金による一筆書」、100センチから
400センチの長さの細い針金を、ラジオペンチを使って製作したもので見事
でした。400センチの作品、細かいブローチのようでしたが、自分で絵を描
き、それをもとにペンチで曲げて作る、子どもの頃やった記憶がありますが、
これは難しいです。
もう10数回参加していますが、毎年、子どもの感性には脱帽しますね。(感謝)
 
ところで、2月14日はバレンタインデー。3世紀頃のローマでは、戦士の戦
意に影響があると考えられ若者の結婚を禁止。それを哀れと思ったバレンタイ
ンは、密かに結婚をさせていたのが発覚し、処刑された日が2月14日。その
殉教の日がバレンタインデー。チョコレートを送る習慣の発祥地はイギリス。
日本では、1936年に神戸のモロゾフ洋菓子店が、1958年に新宿の伊勢
丹が「バレンタイン・セールス」のキャンペーンを行ったが、結果は今一。広
まったのは1970年頃からだそうです。(「言語由来辞典」より要約)
1970年、私は30歳ですから、チョコレートをやり取りする習慣はなかっ
たわけで、思い起こすと、家内からではなく、長女から貰ったのが初体験でし
た(笑)。
 
[掛け算]
次は掛け算です。
「5人の子どもにリンゴを2つずつあげるには、いくつあればいいですか」
 
スケッチブックに○を5個書き、その下に○を2個ずつ書きます。
 
 子どもの数    ○   ○   ○   ○   ○ 
 与えるリンゴの数 ○○  ○○  ○○  ○○  ○○  合計10個
 
幼児は、[2×5=10]で解くのではなく、○を2個ずつ書き終えたところ
で○を数えて、リンゴ10個と答えがでます。
3個の場合は○を3個ずつ、4個の場合は4個ずつ書くわけです。
これが幼児の掛け算の解き方です。
 
[割り算]
次に2枚の皿を用意します。
「それじゃ、お母さんと同じ数に分けるには、どうしたら、いいの?」
18個のクッキーを、お母さんの皿、自分の皿と、1つずつ分ければ答えがで
ます。
「お母さん、9個ずつです」
「ピン、ポン! すごい! それじゃ、お父さんと3人で分けたら、いくつず
つになりますか」        
もう1枚皿が必要になりますが、分け方は同じで、3枚の皿に1個ずつ分けま
す。
「お母さん、6個ずつですね」
こうなります。
これをスケッチブックに書いて解いてみましょう。
 
 クッキーの数 ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ 
        ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○    ○  
                              合計9個
 
分ける時に 2人では2個、3人では3個、4人では4個ずつ減っていくこと
に気づかせます。
すると、2人で分ける時は2個ずつ、3人で分ける時は3個ずつ、4人で分け
る時は4個ずつ指で押さえ、1人分だけ○を書いていけば、答えの出ることが
わかります。
 
「12個あるクッキーを3人で分けると、1人いくつずつになりますか」
といった問題のときに、3個ずつ指で押さえながら、1人分だけ〇を書いてい
けば答えが出ます。
 
○○○ ○○○ ○○○ ○○○
○   ○   ○   ○
 
〇を4つ書いたところでクッキーはなくなるので、答えは4個であることがわ
かります。                           
幼児の割り算は、[12÷3=4] と答えが出るのではありません。 
書いた○を数え、そこで「4個」と答えがわかるのです。
これが幼児の割り算の解き方です。
 
このように数の問題は、数字や記号を使い、加減乗除の四則算で解くわけでは
ありません。            
直感で数の多少を見極め、次に一つ一つを対応させ正確な違いを理解し、そし
て掛け算、割り算の基本的な解き方を学ぶ、これが幼児の数の学習です。
       
さらに、10は1と9、2と8、1と2と7といった数の合成、分解がありま
すが、難易度の高い問題になると、20までの合成分解が理解できていないと
解けないものもあります。
10は1と9、2と8と、単に記憶させようとするより、おはじきなどを10
個用意し、実際に分けさせてみると、その仕組みがわかるものです。
まだ、この時期では早いですが、やがてそういったことも学ぶことを覚えてお
いてください。
 
おはじきなどの具体物を使うと、難しいことも簡単に理解できます。
かつて、ある学校で「12個のミカンを何人で分けることができますか」とい
った問題がありました。
子ども達に挑戦させると、「2人、3人、4人、6人」と答え、12人で分け
られると答える子は、ほとんどいませんでしたが、おはじきを12個と皿を
12枚用意しておくと、1個ずつ分けることも理解できたものです。
この問題は、12の約数を見つけるのと同じですから、園児が、とんでもない
難しいことを、平然とやっているのには驚かされますね。もっとも子ども達は、
約数の何だかを理解しているわけではなく、出題の意図もそこにあるわけでは
ありません。面白がって、こじつけているだけですが(笑)。
   
また、数字は抽象的なものです。 
[5]と数字だけでは、幼児には何のことだかわかりません。 「リンゴが5」
となって、初めて、[5]という意味がわかるのです。その心は、リンゴが5
個、頭に描かれるからです。前にもお話しましたが、抽象化した○をリンゴに
置き換えると、物と数が一致し、具体的になるわけです。 
 
小学校の算数は、○を数字で表すことから始まり、数字を使った計算は、「合
わせて」「多少」「全部で」「分ける」といった言葉の代わりに[+-×÷]
の記号を使い加減乗除を習うわけです。    
ですから、幼児には、数字や記号を使った計算は必要ありません。
大切なのは、数の概念、意味であり、計算の仕組みがわかることです。
数と接する機会は、日常生活の中にたくさんありますから上手に使いましょう。
少し注意をすれば、教材は周りにいくらでもあります。 
 
最後に、幼児特有の考え方を紹介しておきましょう。
幼児にメロン5個とイチゴ5個を比べさせると、メロンの方が多いと答えたり、
ばらばらに置かれたリンゴ5個と一ヶ所にまとめて置いたリンゴ5個では、ば
らばらに置かれたリンゴの方が多いと答えることがあります。
前者はメロンの大きさにこだわり、後者は広がって置かれたことに目を奪われ
たからですが、「ものは同じ数であれば、大きさが違っていても、一ヶ所にま
とめて置かれていても、どのような位置や方向にばらばらに置かれていても、
数は変わらない」ことを教えてあげましょう。
これを「数の保存」といいますが、言葉はご両親が知っていればよいことで、
お子さんに教える必要はありません。
 
  (次回は、「数量の問題(3)」についてお話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備ですよ(6)四季を楽しんでほしい(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2019さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第14
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独り立ちの準備ですよ(6)
 四季を楽しんでほしい(1)
 
◆相談会情報◆
 中央線沿線 私立小学校合同相談会
  日時 2月11日(日)10:00─15:00
  場所 武蔵野東小学校
     かたばみ幼稚園、桐朋幼稚園など7園参加します。
     イベントの内容、アクセスの方法など、詳細はホームページをご覧
     ください。
 
日本には、四季があります。
しかし、日常生活には四季の気配が希薄になってきました。
四季折々の変化を演じてくれる自然に、本当に申し訳ないと思います。
日本の伝統のある行事も、四季折々の節目として祝っていたのですが……。
 
最近、祝祭日に国旗を掲げる家を、ほとんど見かけなくなりました。
若い人は、元日に朝祝いもしないと聞きます。
雑煮の代わりに、ハンバーガーとコーヒーで済ませ、それでも初詣には出かけ
るようです。
日本の神さまは、建国以来、和食派です。
洋食を食べて願をかけて、神様は聞いてくれるのでしょうか。
しかし、ひな祭り、端午の節句や七五三などには、お金をかけて盛大に祝って
います。
年中行事も、私の子どもの頃と違ってきました。
自然への素朴な感謝ではなく、豪華なセレモニーになったように思います。
言わずもがなですが、バレンタインデーにクリスマス、ハロウィンは、日本の
オリジナル行事ではありません。
クリスマスは子どもの夢ですから許せますが、バレンタインデー、あれはチョ
コレート会社の陰謀ではないでしょうか。
  
ところで、お祝いには欠かせない飾り物があります。
たとえば、正月の門松一つとっても、懐かしい思い出が浮かんできます。
これは、父から、よく聞いた話ですが、なぜ、門松は、松、竹、梅で飾るのか
……、このことです。
  「松は常緑樹で、一年中、葉の色は緑色だから、元気で、健康であること
   を表している。竹は、まっすぐに伸び、強い風にあおられても、逆らう
   ことなくゆったりとしのいでいる。雪が積もっても枝は苦しそうだが、
   しなって耐えるから、雪は滑り落ちてしまう。他の木のようにポキンと
   折れない我慢強さがある。しかも、竹の中は空っぽで、五月の空に泳ぐ
   こいのぼりのように、腹に一物もなく正直で、『竹を割ったような性格』
   は、ここから出ている。梅は、寒風にさらされても、リンと咲く。あの
   小さなつぼみが、いい。強くて、しかも咲く姿は、清らかだ。このよう
   に門松には、健康で、我慢強く、清く、強く生きる願いが込められてい
   る」
と教わったものです。
 
季節折々の行事は、自然に対して感謝する気持ちを表したものでした。
そして、家族の幸せを願って、家族みんなで祝ったものです。
いろいろな行事の意味を、親が子どもに教え、楽しく祝い、思い出として心に
残してあげ、自分が親になったときに、その楽しい思い出を子どもに伝える、
そんなしきたりがありました。
しかし、これだけ季節感が希薄になってくると、季節折々の行事も、しっくり
しないのも無理のないことかもしれません。
冬にすいかを食べられるのですから、季節に対する感覚が、おかしくなるのも
当然でしょう。
便利になると、その分、失うものも出てくると言われていますが、その通りで
はないでしょうか。
品質改良、温室栽培、冷凍技術、そして輸送手段などの進歩は、目覚しいもの
がありますが、季節は、そんなことに一切、こだわりません。
きちんとけじめをつけてくれているのですから、感謝して、それに応えなくて
は、罰が当たると思います。
 
食べ物には、旬があります。
魚介類、野菜、果物など、いちばん味のよい時期があります。
鰹のたたきが、真冬に出てくると、気持ちが悪くなります。
秋刀魚の塩焼きを、桜の花を見ながら食べるなど許せません。
鰹は初夏、もっとも戻り鰹という旨いものもありますが、秋刀魚は秋に食べな
いと、魚に申し訳ないと思っています。
しかし、現代っ子は、好んで魚を食べないようです。
魚は、体にもよく、頭のよくなる養分も入っているのですが……。
はしを、うまく使えないのではないでしょうか。
煮魚や焼き魚を食べるのは、はしさばきが容易ではありません。
しかし、手先の器用な子の知的な能力が高いのも、事実です。
はしをきちんと使って食事ができるように心がけているお母さん、少ないので
はありませんか。
幼児期は、机の上で記憶力だけに頼る勉強より、手を使う作業の方が大切であ
るといっても信じてもらえないようですが、科学的にも実証されています。
「手は第二の脳」と言われているのですが……。
小さい時は、お母さんが食べやすく、ほぐしてあげましょう。
さばのみそ煮、おいしいですよ。
お母さん方も魚の料理は、生臭いし、面倒ですから、苦手ではないでしょうか。
一匹の魚を三枚におろせるお母さん、少ないでしょうね。
スーパーへ行けば、そんな手間を、みんな省いてくれますから。
便利になった分、横着になっていませんか。
旬の魚は、しっかりと季節を示してくれています。
 
話は違いますが、筆記用具の持ち方のおかしな学生さん、かなり、います。
はしをきちんと持って食事をしていないと思います。
これは、書道の先生から伺った話ですが、試してみましょう。
ご飯を食べるように、はしを1膳持ち、1本、抜き取ってください。
筆記用具を持つ形になっていますね。
残ったはしは、鉛筆を持つように、正しく、美しく持てていれば、はしをきち
んと持って食事をしていることになるのです。
おかしなはしの持ち方をして、ご飯を食べている若い人、よく見かけます。
これも、しつけです。
小さい時に、はしをきちんと持って食事をしていなかったのでしょう。
食事は、日に三度のことです。
形は心を作るともいわれています、「心」をです。
 
「鉛筆の持ち方一つで、育児の姿勢がわかる」という人もいますが、納得でき
ますね。
平成29年の立教女学院小学校の説明会で、教頭先生は、こうおっしゃってい
ました。
「今年も、はしを使った問題が出たとしても、はしで物を運ぶ速さを競ってい
るのではなく、日本の文化である正しいはしの持ち方ができているかを見るも
のです」
賢いお母さんになってほしいですね。
 
ところで、肉に季節の感覚はあるのでしょうか。
熊、猪、鴨などは、きちんと季節感を誇示していますが、野生の名残をしっか
り持っていますから、味に癖があります。
ですから、子どもの好みに合いません。
牛や豚、鳥の肉は、どうでしょう。
一年中、顔をみせています。
子どもたちの好きなハンバーグステーキやカレーライスに、旬はあるのでしょ
うか。
私は肉より魚ですから、よくわかりませんが、ないでしょうね。
作られている方には申し訳ありませんが、みんな同じ味がします。
聞いただけで胃がもたれる感じのする年ですから、聞き流してください。
しかし、ブロイラーや卵を見ていると、日本の教育の縮図を見せつけられてい
るような気になります。
「個性を伸ばしてあげたい!」といって、スーパーで惣菜を買って済ませるよ
うでは、みんな同じ物、同じ味の物を食べていることにならないでしょうか。
何百羽といる鶏小屋で、ひたすら卵を産む鶏と重なりませんか。 
 
野菜、これは旬の塊ですが、キャベツは、今は一年中食べられます。
きゅうりやなす、トマトやかぼちゃは、夏の風物詩です。
私は、もぎたてのきゅうりの味が忘れられません。
母が、大ざっぱに皮をむき、パラパラと塩をかけるだけですが、これがおいし
かった。
今、食べているきゅうりには悪いのですが、お日さまの味がしません。
しかし、風物詩、この言葉、死んでいます。
風鈴の音色で、いざこざが起こるのですから。
風物詩どころではありません。
音色、「ねいろ」……、いい言葉ですね。
 
果物、これは、完全に季節を無視されているものがあります。
いちごなどは、一年中、ショートケーキと仲良しです。
ちょっと不節操ではないかと責めるわけにはいきませんね。
人間が、勝手にやっていることですから、いちごに責任はありません。
いちごは、温室に責任を取ってもらいたいでしょうね。
しかし、自然の中で育っている果物は、頑張っています。
みかん、ぶどう、柿、梨などには、季節感があります。
 
花は、どうでしょう。
純粋な心を持つ正統派の野生の花は、きっちり筋を通しています。
梅と桜は、狂い咲きしない限り、季節に従順です。
入学式にコスモスでは、いくら漢字で「秋桜」と書いても、様になりません。
紫陽花は梅雨に欠かせませんし、朝顔や向日葵は、聞いただけで汗が出ます。
菊となると秋です。
私は、小さな野菊が好きで、香りも馥郁(ふくいく)として、こたえられませ
ん。
しかし、あの大きな菊ですが、愛好者には申し訳ありませけれど、「私、咲いて
いるの!見て! ちゃんと見なさい!」とばかりに、辺りをにらみつけている
感じがして、何やら恐い感じがします、偏見ですが。
コスモスもいいです、あのたおやかな感じが何ともいえません。
しかし、強いのです。
豪雨に叩きつけられても、しばらくすると立ち直ります。
そのけな気なところが好きですね。
 
ちょっとキザですが、季節は、何やら崇高な哲学者の雰囲気を持っています。
たとえば、花です。
きれいですが、短命です。
子どもに何か教えられませんか。
力いっぱいに咲くことの素晴らしさと、生命の大切さなどです。
小さな、弱々しいスミレにしても、精一杯に咲いています。
しかし、人間に、「きれいな花だこと!」などと思われたくて、咲いているわけ
ではないでしょう。
でも、本当にきれいです。
なぜでしょうか。
自然だからではないでしょか。
与えられた生命を真っ正直に生きている感じがします。
咲いている様子を評価されると思っていないからでしょうね。
教えられます。
 (次回は、独り立ちの準備ですよ(7)四季を楽しんでほしい(2)について
お話しましょう)
 

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第14号-
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第4章 建国記念日と二月に読んであげたい本(1)
 
2月14日はバレンタインデー。「バレンタイン」は、3世紀頃にローマで殉
教したキリスト教徒の英語名、イタリア語では「ヴァレンティーノ」。当時の
皇帝は、兵士の戦意に影響があると考え若者の結婚を禁止。哀れに思ったバレ
ンタインは、ひそかに結婚させていたのが皇帝の知るところとなり処刑された
日が2月14日、殉教の日がバレンタインデー。チョコレートを贈る習慣は、
イギリスのチョコレート会社カドリバ社がギフト用のチョコレートボックスを
製造し広めたもの。日本では1970年頃より広まった。(言語由来辞典より
抄訳)
6歳の孫も、ガールフレンド(?)から貰ったチョコレートを、誇らしげに見
せてくれましたが、こんな小さい時から関心があるんですね。娘は「裏がある
の!」と教えてくれ、笑ってしまいましたが、今年はどんなことになるやら。
お子さんはいかがでしたか(笑)。
 
 
★★建国記念の日★★
 
2月11日は、建国記念の日です。昭和24年(1967)2月11日から、「建
国をしのび、国を愛する心を養う日」として祝日に定められたものです。しかし、
建国記念日は昭和生まれではなく、明治6年に紀元節として誕生しました。紀
元節は、日本書紀に記されている、神武天皇が即位され、日本の国が始まった
日と定めた祝日でした。その根拠は、日本書紀第三巻・神武天皇の項に、以下
のようにあります。
 
 「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮、是歳為天皇元年」
  辛酉(かのとり)の年の庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)、一月一日、
  天皇は橿原宮にご即位になった。この日を天皇の元年とする。
 
これを根拠として、紀元節は誕生しました。しかし、昭和23年に、紀元節が
戦争の原因になった国家主義や軍国主義を象徴する祝日であったことや、日本
の誕生した日はいつであるか、歴史的な根拠が明白でないことなどから廃止さ
れ、その後、様々な論争が続き,紆余曲折を経て、やっと「の」の一字を入れ
ることで「建国記念の日」ができたわけです。
 
紀元節の根拠は日本書紀にあるとお話ししましたが、果たして正しいのでしょ
うか。暦のことなど研究したことのない私でも、秘密を解くポイントは、「辛
酉(年春正月)・庚辰・朔」にあるのではと推察しますが、暦学的に検証する
と、その根拠は立証されているのですから驚きです。「年中行事を科学する」
(永田久 著 日本経済新聞社 刊 P54~65)には、「辛酉・庚辰・朔」につ
いて、西暦紀元前660年は辛酉年、2月11日の干支は庚辰、月齢はゼロで
あり、現在、建国記念の日となっている2月11日は、「日本国は神武天皇の
即位をもって建国とする」との日本書紀の記述と一致することが証明されてい
ます。西暦紀元前660年といってもピンと来ないかもしれませんが、縄文時
代です。この歳時記は、筆者の不見識から驚くことばかり出てきますが、これ
もまさしく驚きです。計算の方法は難しくて私の手には負えませんが、興味の
ある方は、ぜひお読みになって下さい。
 
西暦は、キリスト誕生の年(実は生後4年目)を元年として数える年代ですが、
日本には、先に実証されたと紹介しました日本の紀元を、神武天皇即位の年を
元年とした皇紀があり、平成30年は皇紀、紀元2678年になります。私は
紀元2600年、西暦1940年、昭和15年2月11日生まれで、自分の年
齢78を下二桁に入れると、今年は紀元2678年であり、西暦では下二桁に
78を足すと、2018年とわかるという便利な年回りになっています。
 
ところで、ご存知のように、日本に残る最古の書物は「古事記」で、第40代、
天武天皇が、わが国に言い伝えられてきた事柄を整理し、語部(かたりべ)で
ある稗田阿礼(ひえだのあれ)に覚えさせ、第43代、元明天皇が太安万侶
(おおのやすまろ)に文字に書かせ、西暦712年に完成したものです。その
8年後の720年に、第44代、元正天皇が年代も入れ詳しく編集したものを
残そうと、舎人(とねり)親王に書かせたのが日本書紀です。ですから、記紀
に書かれている話は、古代の人々が語り伝えてきた話を文字に書き留めた神話
(天地の創造を擬人的に説明し、森羅万象に宿る霊の存在や、民族の祖先の活
動を述べる物語 新明解国語辞典 三省堂)で、一人の人が作った話ではあり
ません。本当かなと思う話もありますが、宇宙の始まりはどうだったか、国は
どのようにして作られたか、人間はどのように生まれたか、そして生きてきた
かを物語るものです。地球という星が、陸と空に分かれてできていく様子を描
いた、巻一の「天地開闢(かいびゃく)と神々」は、どうしてこういったこと
がわかっていたのか、不思議に思えるほど科学的で、またしても驚かざるを得
ません。
 
世界の文明が発祥した各地にも、ギリシャ神話、ユダヤ神話、インド神話、中
国神話や数々の民話などが残されており、民族やその地域の特徴が伝えられて
いますが、共通する話の展開に、思わず膝を叩き、考えていることは同じなの
だと思うと、年甲斐もない話でなんですが嬉しくなります。そこに住んでいる
人々が作った神話であるからこそ、価値があるのではないでしょうか。それが
民族の持つ固有の歴史であり文化だと思います。私が心酔してやまない哲学者、
梅原猛氏の「神々の流竄(るざん)」、「葬られた王朝」、「天皇家のふるさ
と日向へゆく」、阿刀田高氏の「古事記を知っていますか」、そして井沢元彦
氏の「言霊(ことだま)・怨霊信仰」「聖徳太子の和の精神」を解説している
「逆説の日本史」など読まなくてはならない本ばかりで、うれしい悲鳴を上げ
ています。
「10月の神無月」で詳しくお話しする予定です、無理かもしれませんが(笑)。
 
今上陛下(きんじょうへいか)は、神武天皇から数えると百二十五代目にあた
るそうです。先にもお話ししましたが、今年は皇紀、紀元2678年になりま
す。世界で最も古い歴史を持つ国であり、古来の文化を単なる歴史の遺産とし
てではなく、現在まで生活の中に生かし続けている国はあるのでしょうか。
天照大神を祀る伊勢神宮では、平成25年に20年ごとの式年遷宮が執り行わ
れましたが、持統天皇4年(690)以降、1300年以上、続けられています。
建築方式は弥生建築といわれ、聖徳太子が活躍した飛鳥時代以前のもので、脈々
と受け継がれているのは、「世界広し」といえども日本だけです。
 注 式年遷宮 伊勢神宮の内宮と外宮の二つ正宮の正殿などを作り替え神座
を移すこと。
 
日本は、もっとも短く見積もっても二千年ぐらいまで遡ることができます。世
界で二番目に長い国はデンマークで一千数十年、次がイギリスで九百四十年余
り、アメリカ、フランスは二百年そこそこ、中国はたった六十四年。「四千年
の歴史」なんて大嘘ですからね(笑)。
(著者インタビュー 武田恒泰著 「日本人はいつ日本が好きになったのか」
 月刊雑誌 WiLL 12月号(2013年) P133 ワックス出版社 刊)
 
日本人が大切に守ってきた様々な文化を、親が子ども達にきちんと伝えるべき
だと思います。国旗を掲揚し、国家を歌うのも、法律で決められたからではな
く、親が子ども達に、「なぜ、国旗があり、国歌を歌うのか」、きちんと答え
を出してあげたいものです。国のために家庭があるわけではなく、家庭がある
からこそ国が成り立つのではないでしょうか。「個々のアイデンティティは、
家庭で育てるもの」などと何も意気がることではありませんが、幼児期の教育
の原点は、家庭にあるからです。家庭教育の低下を防ぐためにも、私たち親は、
保護者であることを肝に銘じておきたいものです。世界的な不況や政治の混迷、
東日本大震災や原発問題など、ここ数年元気がありませんでしたが、やっと立
ち上がる兆しが見えてきた今だからこそ、日本に生まれた幸せを、もっともっ
と噛みしめ、感謝しなければいけないのではないでしょうか。
 
 
★★2月に読んであげたい本(1)★★  
 
鬼に関する話はたくさんあります。代表作は「桃太郎」「こぶとり爺さん」で
すが、これはお染みの話ですから紹介するのは遠慮しておきましょう。子ども
に聞かせる話ですから、恐怖感をあおるようなものはあまりありません。節分
ですから、やはり豆まきの話からにしましょう。
 
 
◆豆をいるわけ◆   谷 真介 著
 
むかし、まだ鬼があちこちの山奥に住んでいた頃の話です。その年は、春から
日照り続きで、稲は枯れだしました。心配した庄屋さんが、「雨を降らしてく
れたら、一人娘のお福を嫁にやってもよい」と言ったその声を山奥の鬼が聞き、
大雨を降らせたのです。約束を迫られ嫁がせますが、その時、お母さんが知恵
を働かせます。「道に落としながら行きなさい」
と菜の花の種を渡しました。それを足元に落としながら、鬼に連れられて行く
のでした。
翌年の春、菜の花は咲き、それを道標(みちしるべ)に娘は家に帰れたのです。
取り返しにきた鬼にお母さんは、「酒ばかり飲んでいる者にお福はやれぬ!」
と迫り、「もう、飲まん!」と約束をした鬼に、戸のすき間からいった豆を投
げ、「その豆を植えて花を咲かせてみろ。その花を持ってきたら、お福をやる
!」と言ったのです。何年も続けましたが、咲くわけがありません。鬼も次第
に豆を見るのが嫌になり、お福の家にも来なくなりました。この話を聞いた村
の人達は鬼が来ないように、いった豆を家の周りにまくようになったのです。
これが二月三日、節分の豆まきの始まりだそうです。
  日づけのあるお話 365日            
   二月のむかし話 谷 真介 編著 金の星 刊
 
節分の豆まきは、「いった豆」がキーワードのようです。童話の名作「ヘンゼ
ルとグレーテル」の著者はグリム兄弟ですが、ドイツ人です。菜の花の種をま
く作戦と小石とパンのかけらを目印にした共通の作戦は、面白いではありませ
んか。世界中の童話や昔話を読んでいて、話の筋や仕掛け、舞台装置が、そっ
くりなものに出会うとうれしくなります。その話がほほ笑ましいとなおさらで
す。
 
イギリスの民話にも日本の昔話とそっくりなものがあります。「トム・テイッ
ト・トット」の翻訳ともいわれているそうです。日本の題名は「鬼六」といい
ますが、文句なく面白い話です。
 
 
◆鬼 六◆
 
むかし、ある所に、大きくて流れの速い河がありました。その河へ橋を架けて
ほしいと頼まれ、やってきた名人は、一目で難しい仕事とわかり頭を抱えます。
すると、河の中から大きな鬼の首だけが現われ、「橋を架けてあげるから、お
礼にあなたの目玉をくれないか!」
と言ったのです。困りはてていた大工さんは、約束をします。橋はできてほし
いが、できれば目玉をあげなくてはと、大工さんは一晩中、眠れません。    
翌朝、行ってみると、何と立派な橋が架かっているではありませんか。喜んだ
大工さんですが、鬼との約束を思い出し、肩を落とします。そこへ鬼が顔を出
し「目玉をよこせ」と言う。どうしたものかと考えていると、「明日の朝まで
に私の名前を当てたら、目玉はい
らないよ!」と言って、また沈んでしまったのでした。大工さんに鬼の名前が
わかるはずもありません。途方に暮れて歩いていると、山奥に入いりこんでし
まい、引き返そうとしたその時に歌が聞こえてきたのです。木陰からのぞくと、
鬼の子ども達が歌っていました。
    ♪オニロク オニロク オニロクさん
     早く目玉をもってこい
     大工の目玉をもってこい
     橋のお礼をもってこい
     オニロク オニロク オニロクさん♪
大工さんは、それを聞いてほっとし、笑みを浮かべるのでした。   
翌朝、大工さんが河に行くと、顔を出した鬼は、名前のわかるはずがないと自
信満々です。
そこで大工さんは自信なさそうに、「河鬼!」、「橋鬼!」などと言って、鬼
を得意にさせておき、最後に大声で、「オニロクー!」と叫ぶと、鬼はブクブ
クと泡だけ残して消えてしまい、二度と姿を現しませんでした。
  子どものための世界のお話
   福光えみ子 福知トシ 福井研介 大江多慈子 編 新福音社 刊     
 
この話を研究されて、一冊の本にまとめた方がいるほど知られているそうです。
進学教室でこの話をしたところ、「ドイツで聞いたことがある!」とお父さん
の仕事でドイツに住んでいた子が言ったので、調べてみると本当の話でした。
鬼といえば、てっきり東洋生まれだと思っていましたから驚きました。
 
世界中の民話や童話、昔話を読んでいると同じような話がたくさんあります。
ドイツには、この他に「こぶとりじいさん」とそっくりな話もあります。ノッ
クグラフトンの伝説「こぶとり」です。背中にこぶのあるラズモアという帽子
屋さんが、歌と踊りがたいへん上手だったので、また一緒に遊ぼうと、約束の
証拠に背中のこぶを預かるといって取られてしまいます。日本では相手は鬼で
したが、ドイツでは小人さんです。この話を聞いた歌も踊りも下手な、こぶの
ある青年が行くと、あまりにも下手なので、預かっていたこぶをもらってしま
うというところもそっくりです。グリムの作品にも「小人の贈り物」と題した
同じ話があります。肌の色が、言葉が、生活習慣が、宗教が違っても、人間、
考えることは皆、同じなのだと思うとうれしくなりますね。
 
この話を読んだ時、頭に浮かんだのは、
   ♪森の木陰でドンジャラホイ シャンシャン手拍子足拍子♪
の「森の小人」でした。童謡には、大人になっても忘れられないものが数々あ
るものです。お子さんと一緒に、歌ってみませんか。思い出に残るはずです。
 
ところで、ある年のことですが、教室の人気者であった物知り博士のケンちゃ
んが、「どうして、鬼が人間の目玉を欲しがるのですか」と質問をしたもので
す。素朴な疑問ですが鋭い質問です。眼は音読みだと「ガン」です。「鬼六サ
ンのお身内か友達に、ガンにかかった人がいてね。目のお医者さんを眼科のお
医者さんというでしょう。そのガンによく効く薬は人間の眼、つまりガンだか
ら欲しかったのでしょうね」とだじゃれのように説明しましたが、ケンちゃん
は「信じられない!」といった顔をし、子ども達にも、全然、受けませんでし
た。先にもお話ししましたが、子どもは、こういった疑問には納得しないと絶
対に妥協しません。ですから子どもの前で、いい加減なことを言うと信用をな
くします。子どもの疑問にあいまいな答えは通じません。それだけ純真なので
す。純真ということは、探求心が旺盛ですから遠慮がなく、追求の手をゆるめ
ません。それだけ残酷でもあるのです。お母さん方が「カッ!」となるのも、
こんな時ではないでしょうか。悪気はないのです。率直なだけなのです。その
言葉で相手がどう思うかなど考えていないからです。まだそんな時期なのです。
大らかに応対してあげましょう。
 
でも、こういった大人が増えていますね。いわゆる「自己中心・ジコチュウ」
で、相手を思いやる気持ちは爪の垢(あか)程もありません。これは率直では
なく、精神年齢は子ども以下ということです。相手を思いやる気持ちを育むの
は、ご両親の育児の姿勢にあるのも間違いありません。子は親の背を見て育つ
のですから,しっかりと観察されていることを肝に銘じておきましょう。
 
で、結末はどうなったか。
「本当は、先生もわからないのよ!」と言ったところ、「先生でもわからない
ことがあるの?」と不満そうでしたが、ケンちゃんは矛を収めてくれました。
(猛省)
 
バレンタインデーといえば、私はジャズの名曲『マイ・ファニー・バレンタイ
ン』(My funny Valentine)を思い出します。歌ではサラ・ヴォーン(Sarah
Vaughan)、演奏ではマイルス・デイヴィス(Miles Davis)が好きです。最近、
ジャズを聴く機会がなくなり残念ですが、YouTubeで視聴できます。いつ聴い
ても感動しますね!(感謝)
 
(次回は、「第4章 2月に読んであげたい本(2)」についてお話しましょう)
 
 

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>★★入試問題を分析する★★[4] 数量に関する問題(1) 

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2019さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            第30号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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★★入試問題を分析する★★
[4] 数量に関する問題(1)  
 
数量の問題というと、「計算ですね!」と勘違いするお母さん方が、かなりい
るようです。確かに計算は算数の一部の領域ですが、それが全てではありませ
ん。学校側が求めている数量は、数や量の概念、図形や空間の分野まで広範囲
にわたっています。
 
「算数は計算」と考えると、文章題の苦手な子になりがちのようです。計算は
基本ですから、きちんと勉強しなければいけませんが、算数の学習の目標は、
四則算を応用し文章題を解く力を身につけることです。文章題は「文を読み取
る力、読解力」が求められていますから、国語力を充実させることが大切だと
思います。国語力とは、「読む力」「書くための力」「聞く力」「話すための力」
「総合的国語力」の5つの能力で、この能力を客観的に測るのが、2007年
にスタートした「国語力検定」です。
 
「年長さんでも、つるかめ算が解けます」というと、「ご冗談を!」と思われる
かもしれませんが、数感のところで紹介しました香川大学名誉教授の小林一宏
先生から教わったもので、加減乗除ができなくても○とマッチ棒だけで解ける
のです。30数年前でしたから、まだマッチは手軽に手に入りましたが、今は
どうでしょうか。爪楊枝でやってみましょう。
  
 つるとかめが合わせて5匹いて、足の数は16本です。つるとかめは、
 何羽、何匹ずついるでしょうか。
     
    スケッチブックに○を5個描き、爪楊枝を用意しましょう。
    幼児とのやり取りは、以下のように進めていきます。
    (  )内は式で解く場合です。
  
    「つるは、何本足かな」
    「2本です」
    「では、○の下に2本ずつ爪楊枝を置いてごらん」 (5×2=10)
    「先生、6本あまっちゃったよ」 (16-10=6)
    「あまった爪楊枝を上に2本ずつ置いてごらん」 (4-2=2)
    「先生、なくなっちゃったよ」 (6÷2=3)
    「足が4本あるのは」
    「かめさんだよ」 
    「何匹いるかな」(上下に2本ずつ爪楊枝が置かれているのはかめ)
    「3匹だよ」
    「頭としっぽをかいてごらん」
    「先生、残っているのは足が2本だからつるですか」(5-3=2)
    「ピンポン! 正解です」
     幼児とのやり取りを図にすると、こうなります。
 
        || || ||
        ○ ○ ○ ○ ○
        || || || || ||
 
幼児の数量の問題は、数字を用いた加減乗除で解けませんから、計算力よりも
読み取る力、読解力が大切なポイントになるわけです。
 
[数の問題]
「数の領域」から説明しましょう。
出題される内容は、
  「全部でいくつあるか」(数える)
  「どっちが多いか、少ないか」(多少)
  「合わせるといくつ」(和)
  「いくつ違うか」(差)
  「いくつ必要か」(対応)
  「分けるといくつずつになるか」(分割)
 
和・差・対応・分割などの言葉だけをみると、「加減乗除ですね!」となりそ
うですが、それも無理のないことかもしれません。入試問題を用いて、その解
き方を紹介しましょう。
 
  「5個のリンゴと3個のミカンを合わせると、いくつになりますか」
     5+3=8ですから、これは足し算ですね。 
  「5個のリンゴと3個のミカンでは、どちらがいくつ多いですか」
     5-3=2となりますから、引き算ですよ。
  「5人の子どもにリンゴを1つずつあげるには、いくつのリンゴが必要で
   すか」
     5×1=5ですから、これは掛け算ではありませんか? 
  「6個のリンゴを3人で分けると、1人いくつずつになりますか」
     6÷3=2、これは割り算、割り算ではないですか!
 
問題だけ読めば、こうなりがちではないでしょうか。しかし、このように考え
て指導するのは、幼児には適切ではありません。これでは加減乗除の計算を教
えることになりますから、理解できないでしょう。 
年長さんで、九九をそらんじている子もいますが、[2×3]と[3×2]の
違いを説明できなければ、単に記憶しているだけですから、掛け算を理解して
いるとはいえません。[2×3]は、たとえば、りんごが2個入っている皿が3
枚あることで、[3×2]は、りんごが3個入った皿が2枚あることで、答えは
同じでも皿に入っているリンゴの数は違いますから、掛け算の仕組みを理解し
ているとはいえないわけです。ですから、加減乗除の意味をきちんと学習する
ことが大切なのです。以前、「養ってほしい数感覚」でお話しましたが、復習
しておきましょう。
スケッチブックと鉛筆を使いますから用意してください。
                                      
[多少(引き算と足し算)]
ここに10個と8個のクッキーがあるとします。 
「多い方、食べても、いいよ」
というと、子どもは「1つ、2つ、3つ……」と数えずに、アッという間に多
い方を取るのではないでしょうか。より多くのものを食べたいと思うのは本能
ですから、直感で見分けるわけです。このように直感で多少を見分けることが、
数の概念を理解する出発点です。
 
しかし、現代っ子は食べ物の取りっこなどしないでしょう。一人っ子では争い
ようがありません。                 おやつの時にもお母
さんがきちんと分けていませんか。これは止めてお子さんに取らせましょう。
数に関しては、数える作業や数の違いを見つける経験をたくさんさせることで
す。そこで磨かれるのが直感力です。
 
「クッキー、8個、食べてもいいですよ」
8個、自分で数えなければなりませんから、数えることを覚えます。
「お母さんは、これだけ取りましたよ」
わざと多めに、10個ぐらい取ってみましょう。 
「お母さん、ずるい。ぼくより多いよ!」 
直感力は、順調に育っています。
 
「お母さんとあなたとでは、いくつ違いますか?」 
[10-8=2]と数字を使った計算は、子どもには無理ですし、その必要もあ
りません。「数感を磨こう」でやりましたが、忘れていた場合は、
「違いを見つける方法、やったことがありますよ」                          
一言つぶやき、考えさせることです。思い出せない場合は、以下のようにやっ
てみましょう。
 
下のように二列に並べられると、数の違いを見つけることができます。これを
スケッチブックに描き、線を引いて比べてみましょう。              
 
   ○○○○○○○○○○(お母さんのクッキー)
   ||||||||
   ●●●●●●●●  (お子さんのクッキー)
         
「お母さんの方が、2個多いよ」                     
「ごめんね、取りすぎたわ。お母さんとあなたのクッキーを比べると、あなた
は、いくつ少ないの?」 
「2個でしょう」 
とわかるはずです。
1つ1つ対応させて数の違い、多少を見つける「1対1対応」で、これが幼児
の引き算の方法です。
 
「全部で、いくつありますか」といって数えさせると、合計が出ます。お母さ
んのクッキー10個を覚え、自分のクッキーを11個,12個、……18個と
数えます。多い方の数を覚え、少ない方の数を数える、これが幼児の足し算の
方法です。このように物を数えるときは、必ず数詞をつけるようにしましょう。
                               
数詞は、言語のところでは触れませんでしたが、数えながら学習すると、無理
なく覚えられますから、ここで取り上げてみました。
鉛筆を数えてみましょう。本は本ですが、「いっぽん、にほん、さんぼん」と
全部、違いますし、人は「ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん」と
「ひ・ふ・よ」は訓読みで、「さん・ご」は音読みと、実に複雑な読み方になっ
ています。皿、手袋、鯨、はし、服、テレビ、とにかく日本語は難しいですか
ら、数詞をつけて数え慣れるようにしましょう。 
数詞には、1個、2個と数量を表す基数詞と、1番、2番と順序を表す序数詞
(順序数詞)がありますが、お父さん、お母さんが知っていればいいことで、
お子さんに教えることはありません。
 
(次回は、「数量の問題(2)」についてお話しましょう)
 
大雪に続いて、今朝(26日)は、さいたま市で零下9.8度、1977年観
測以来、最低記録だそうです。川越も冷えましたね、部屋の中は1度、外は零
下9度でした。雑木林に鎌倉ができていましたが、作ったのはお年寄りとか。
わが町も、元気な子どもが少なくなったようです。

さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>独り立ちの準備ですよ(5)知識を詰め込むより情操教育です

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         「めぇでる教育研究所」発行
   「2019さわやかお受験のススメ<幼稚園受験編>」
            第13
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独り立ちの準備ですよ(5)知識を詰め込むより情操教育です
 
情操教育、これも絶対に手を抜くことはできません。
分化されてきた情緒に、知的な刺激を与えてあげる、方向付けです。
何だか難しい言葉が並びましたが、心配はありません。
わたし流に解釈すると、こういうことではないかと思います。
善いことをするとこうなるとか、悪いことをしたり弱いものをいじめていると、
このようになるとか、お母さんのように怒ってばかり、訂正、お母さんではな
く、怒ってばかりいると情緒不安定になるとか、要するに、心を育てていくこ
と、こう考えれば間違いないでしょう。
それには、本を読んであげる、これが最も良い方法だと思います。
 
ほとんど絵だけの本から、少し字が増えた絵本に変わってきていませんか。
まだ、話は短いですが、短いなりに物語風になってきているのではないでしょ
うか。
面白い話には、表情も和みます。
恐い話になると、恐そうな顔になります。
悲しい話になると、女の子は涙ぐみます。
幼いなりに、いろいろな情緒が育ってきていることがわかります。
これに刺激を与えてあげれば、いいのではないでしょうか。
絵のきれいな絵本、夢を与えるような本がいいと思います。
 
注意をしながら読んでみると、幼児の読む本も、理路整然とはいきませんが、
いつ(when)どこで(where)だれが(who)なにを(what)なぜ(why)ど
のように(how)という、[5W+1H]から成り立っているものです。
もちろん、幼児が、「いつ、どこで」などと意識をしながら聞いているわけで
はないでしょう。
しかし、「ノンタンは、なぜ、泣いているのだろう?」などと考えながら話を
聞いているに違いありません。
話を筋道立てて聞く練習になっています。
しかも、無意識の内に学んでいます。
これは、すごいことではないでしょうか。
 
そして、話の構成は、「起承結」と「転」がありません。
流れがスムーズですから、聞きやすくなっています。
さらに、「序破急」と「話のテンポ」が速いですから、短時間にのめり込め
ます。もちろん、幼児の話を聞く持久力、スタミナも配慮されており、話は、
簡潔明瞭で、リズミカルです。
これが、いいですね。
 
話を聞きながら、わからない言葉が出てくると、
「ママ、ニジって、なあに?」
虹の意味を、絵本を見ながら、お母さんがわかりやすく説明します。
そこで新しい言葉を覚えます。
語彙が増えます。
 
話が、おもしろければ覚えます。
まだ、字は読めないにもかかわらず、ブツブツいいながら絵本を見るようにな
ります。
あれは、読んでもらった本の文章を覚えていて、絵を見ながら思い出している
のではないでしょうか。
ところが、なかなか覚えきれません。
その証拠に子どもは、同じ本を何度も何度も、飽きもせずに、読んでくれとせ
がみます。
「うちの子、頭が悪いのかしら?」
などと心配されるお母さんがいますが、そんなことはありません。
話がおもしろいから、一所懸命に覚えようとしているのです。
そこから記憶力が培われます。
この記憶ですが、同じ本を何度も読んでもらうことで、1本の弱々しい木が、
しっかりと根を張り、枝に葉を茂らせて、大きな木に生長するように、話は、
一層、明確に再現されていきます。
言葉のイメージ化です。
言葉が完全にイメージ化され、映像と共に記憶されていくのですから、これは、
すごい学習です。
 
そして、話は「勧善懲悪」から成り立っています。
よい子は、必ず、報われます。
悪いことをすると、必ず、罰せられます。
やって善いこと、悪いことを、話を聞きながら学んでいます。
たとえば、子どもたちに人気のあるウルトラマンと怪獣の戦いも同じです。
ウルトラマンが負けてしまっては、収拾のつかないことになります。
正義の味方は、必ず勝ちます。
倫理、道徳、善悪、説教をしなくても、きちんと学習しています。
そこから幼いなりに、自前の判断力も培われていくのではないでしょうか。 
 
まだ、あります。
これが最も大切だと思います。
お母さんが感情こめて読んであげると、子どもは、真剣に聞きます。
気持ちをこめて聞きます。
そこから、人の話を静かに、行儀よく聞く姿勢が身につくのです。
これは、幼稚園の受験でも、大切なポイントになります。
お母さん以外の人の話を聞けなければ、テストになりません。
こういった努力を怠っていると、テスト当日に、テスト会場に入れずに、泣い
て終わりといった結果になりかねません。
入園テストは、「お母さんのもとを離れて、お母さん以外の人の話を聞いて、
いろいろなことをしなければならない」からです。
ご家庭できちんと話を聞く姿勢を作ることは、とても大切なのです。
通っている教室の先生方から、そういった指導を受けていると思いますが、い
かがでしょうか。
 
さらに、「語彙を増やし、言語能力を高め、記憶力をつけ、話を聞く姿勢を身
につけるお勉強です!」という意識は、お母さんにもお子さんにも、全くない
はずです。
無意識の内に、自ら、積極的に、しかも楽しく学習しています。
これが、「教えない教育」のねらいです。
「何ですか、教えない教育って?」
質問が出そうですが、私流に解釈すると、本人は勉強だと思っていないにもか
かわらず、ものすごい勉強をしている教育のことです。
そこから、話を聞く姿勢が身につきます。
 
しつこいですが、まだ、あります。
子どもに本を読んでとせがまれた時は、たとえ心配ごとがあっても、心にしま
って、話の世界に入っていきます。
お母さんの、表情豊かな、やさしい語りが、何よりのスキンシップになってい
ます。
子どもと同じ土俵に上がっているからです。
赤ちゃん時代の「無償のほほ笑み」と同じです。
 
最後に、図書館を大いに利用しましょう。
図書館には、幼児用の本がたくさんあります。
最初は、お母さんが選んであげましょう。
そして、雰囲気にも慣れ、お子さんが選ぶようになれば、選んだ本は、読んで
あげてください。
「こんな幼稚な本を」とか「まだ、無理ですよ」といわずに、選んだ本は読ん
であげ、あとはお子さんの判断に任せましょう。
少しずつですが、どういった本が読みたいかわかってきます。
また、紙芝居がたくさんあります。
あれは、いいですね。
なぜなら、紙芝居は、親子で向き合ってしますから、子どもの表情が、よくわ
かり、
どのようなことに心が動かされ、興味があるかがわかるからです。
これは、やってみる必要があると思います。
紙芝居の文章は、絵がある分、簡潔に練りあげられていますから、感情をこめ
て読まなければ、絵とナレーションは、生きてきません。
難しいですから、お母さんの勉強にもなり、声を出すことで、お母さん自身の
気分転換にもなります。
 
ところで、図書室で、本を読んであげているお母さんがいますが、混んでいる
ときは、やはり遠慮しましょう。
こういった配慮は、公共施設を利用する場合のルールです。
子どもは教わらなくても、そういった親の姿勢から、公衆道徳を学習できるか
らです。
 
今の時期は、「幼稚園入園テスト問題集」を買い込んで勉強をするより、心の
通った会話や、心をこめて本を読んであげることが大切だと思います。
知識を詰め込むことに心を奪われると、お子さんの心は歪み、情緒不安定な子
になりがちです。
教え込もうという意識が働くからです。
情緒の安定したお母さんのもとで、情緒の安定した子が育つのではないでしょ
うか。
情緒の安定したお母さんは、心がやさしいです。
ですから、幼い心に思いやりの心を育むことになるのです。
お父さんにも言っておきましょう。
お母さんの情緒が不安定になるもとを作らないことです。
お母さんは、お父さんが頼りなのですから。
 
幼児期の情操教育は、お子さんの性格を築く礎になるものともいわれています。
知識を詰め込むより、豊かな心を育むことに目を向けましょう。
今、お子さんは、そういった時期にさしかかっているからです。    
 
今朝(26日)、給湯器からお湯が出ません。初めて経験しました。さいたま
市が氷点下9.8度、観測以来、最低記録とか。川越も十分に冷えました。
 
(次回は、独り立ちの準備ですよ(6)四季を楽しんでほしいについてお話し
ましょう)

さわやかお受験のススメ<保護者編>第4章 節分と建国記念の日でしょう  如月(1)

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         「めぇでる教育研究所」発行
     2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
         ~紀元じぃの子育て春秋~
     「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
       豊かな心を培う賢い子どもの育て方
           -第13号-
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第4章 節分と建国記念の日でしょう  如月(1)   
 
物の本によると、如月(きさらぎ)のいわれは、二月は、まだ寒さが残り、
衣を更に重ね着する「衣更着」からとする説が一般的で、よく知られていま
す。また、草木の芽が張り出す月「草木張月」が転化したものや、旧暦二月
には、つばめがやって来るので「来更来」とする説もあるそうです。
 
 
★★二月といったら、節分、豆まきでしょう★★
 
父が煎った豆の入っている一升舛を持ち、玄関から始めて、すべての部屋の窓
を開け、
「鬼は外!福は内!」とやるのですから豪勢でした。終わって豆の配分になり
ます。自分の年に1つだけ上乗せした数だけもらえました。父は40数個あっ
ても、私は10本の指に満たない数です。これが不満でしたが、不満を解消す
る道は残されていました。部屋にまかれた豆を拾って食べるのは、黙認されて
いたからです。「汚い!」と思うかもしれませんが、昔のお母さん方は、ほう
きとはたきと雑巾だけでまめに掃除をしていたので、廊下などは磨かれたよう
に光り、畳もいぐさの茎につやがある程でした。夕飯が終わると、皿を持って
部屋を回ります。豆を集め、それを食べるのが楽しみでした。
    
そして、こたつに入って父や母から話を聞くのが楽しみでした。現代っ子と比
べると、情報量は圧倒的に少なかったはずですが、自前で映像を作り上げる力、
イメージ化は、培われていたような気がします。鬼といえば、パンチパーマの
頭に二本の角が生え、真っ赤な顔に牙が生え、虎の皮で作ったパンツをはき、
金棒を持った、本当に恐い存在でした。地獄も閻魔さまも信じていましたから、
恐ろしかったのです。しかも電球は、蛍光灯のように部屋中を明るくしない、
60ワットの少々暗めの明るさなのです。何だかおかしな表現ですが、電球は、
かぶせてある電気傘の具合で、真下からその近辺だけ照らし、部屋の隅は、ほ
の暗いのです。怪談など聞いたときは、夜中に便所へ行けない雰囲気でした。
ところで、思い出はとかく誇張されやすいものですが、節分の夜に食べた脂が
のった鰯、おいしかったですね。ある女子大学で、魚介類の評価をしたところ、
上は鯛、下は鰯だったそうです。鰯、字からして頼りなさそうですが、新鮮な
握り鮨は絶品でこたえられません。しかし、柊と一緒に飾ってあった鰯の頭、
あの臭いには往生しました。あとで説明しますが、豆も鰯の頭も柊もそれなり
に存在理由があったのです。
 
「鰯」は日本人が初めてつくった漢語である。中国の辞典には載っていない。
日本人は鰯が好きで中国人は食べないのかもしれない。イワシは弱い魚だとい
うので、8世紀に早くも日本人が造語した一例である。
 (国民の歴史 西尾幹二 著 P107 産経新聞社 刊)
 
本書は、日本の歴史を1万年前の縄文時代から現代までたどった大長編(773
ページ)の労作で、その中に、いかにしてわが祖先が漢籍を読み下し、漢字を
カタカナや平仮名にしたか、その経緯が書かれており、当時は「阿治(あじ)」
「佐米(こめ)」「乃利(のり)」と万葉仮名のように音読みにしていたのが、
この「鰯」だけは初めて訓読みで表されていることから、造語の第一号になっ
たそうです。わが祖先の繊細な感性がうかがえる話ではないでしょうか。
 
 
★★節分って……?★★    
 
文字通り「節」を「分ける」ことで、「節」とは季節、四季のことですから、
季節の移り変わるときという意味です。昔は月が地球を一周する時間をもとに
作った暦、太陰暦を使っていました。今は地球が太陽の周りを一回りする時間
を一年とする暦、太陽暦です。その陰暦で季節の区分、その変わり目を示す日
を「節季」といい、立春から大寒まで二十四あったので二十四節気といったの
です。その中で、立春、立夏、立秋、立冬は、それぞれ季節の移り変わるとき
を表した言葉で、季節がジワッと伝わってくるような気がしますが、実感はあ
りません。子どもの頃、立春と聞けば、「春だ!」と、何やらほのぼのとした
気持ちになったものですが、立夏、立秋、立冬となると、何ら思い出がありま
せん。立夏は5月6日頃、立秋は8月8日頃、立冬は11月7日頃ですから、
1ヶ月程早く、実感がわかなかったのも当然なのです。
この立春、立夏、立秋、立冬の前の日を節分といいます。明日から季節が変わ
る前夜祭にあたり、先程お話しした豆を1つ多く食べたのは、旧暦では節分は
大晦日になり、年が明ければ1つ年を取るからなのです。しかし、立春の前の
日の節分だけが、なぜか有名になりました。
私の勝手な想像ですが、昔の冬は寒く、夜は暗かったのです。今は電気という
便利なものがあり、夜になっても明るく、ガスや電気ストーブ、ファンヒータ
ー、床下暖房、エアコンと暖房機器で寒さを防ぎ、寒い外へ出かけるときには
防寒具も完備していますが、昔は電気も石油もなく、建物は木造です。勿論、
断熱材もガラスもなく、紙を貼った障子です。夜は真っ暗で、月明かりが無け
れば、鼻を摘まれてもわからない漆黒の闇です。自然と仲良く共存していまし
たから、地球の温暖化とは縁がなく、冬は寒かったに違いありません。春を待
つ気持ちは、現代人の想像を越えた強烈な願いではなかったでしょうか。鬼は
悪魔と信じられていましたから、立春を迎える前の日に、鬼に春を取られては
一大事と、鬼の嫌いな豆や鰯の頭を刺した柊を玄関に飾ったのでした。昔の人
の春を待つ、必死な気持ちが伝わってきませんか。
 
 
★★なぜ、節分に豆をまくのですか★★
 
いろいろな説がありますが、紙芝居で見たこの話が印象に残っています。 
 
むかし、源義経が牛若丸時代に天狗を相手に腕を磨いたといわれた鞍馬山の奥
深くに、人々を苦しめる悪い鬼が住んでいました。ある時のこと、困っている
人々を救ってあげようと、戦いの神さま、毘沙門天(びしゃもんてん)が現わ
れ、七賢人を呼び、三石三斗の大豆で、鬼の目を打てと命令したのです。鬼は
悪魔と思われていましたから、その悪魔の目を打つことから「魔目」、すなわ
ち「豆」となったそうです。              
   
また、「魔」を「やっつける、滅ぼす」ことから、「魔滅(まめ)」に通じる
からだという話もあります。「魔」という字は、鬼が麻の布を被り隠れていま
すね。漢字はよく工夫されていて、成り立ちや字義を調べると面白いことがわ
かり、楽しいものです。
 
 
★★なぜ、豆を煎るのですか★★
 
地方によって、いろいろな説がありますが、これから紹介する話と同じような
民話が、大分県の由布岳北麓にある塚原地方にもあり、石段ではなく塚を作る
約束で、面白いことに、その塚が60個あまり残っているそうです。
           (注 塚…一里塚など土を高く盛って距離を表す標識)
 
むかし佐渡島に、人民に害を与える鬼が住んでいた。神様が鬼退治にやってき
て鬼と賭けをした。「今夜のうちに金山に百段の石段を作ることができれば鬼
の勝ちにしよう」。鬼は夜更けのうちに九十九段まで石段を築いてしまったの
で、神様は一計を案じて鶏の鳴き真似をすると、鶏は一斉に「東天紅」と声をは
りあげた。鬼は朝になったと思い神様に降参したが、百段にもう一歩のところ
で負けたことを悔しがって「豆の芽の出る頃にまた来るぞ」といって退散した。
神様は豆の芽が出ないように人民に豆をいることを命じた。
[年中行事を『科学』する 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P35]
 
この話は、進学教室の子ども達に受けると思い探したのですが、原作は見つか
りませんでしたので、わたし流にアレンジして話していました。
 
むかし、金がたくさん取れた佐渡島に鬼が住んでいました。そこへ神さまが鬼
退治にきたのです。これがおもしろい神さまで、「今夜の内に、金山に百段の
石段を作れば、おまえの勝ちにしよう」と賭けをしたのです。負けると佐渡島
は鬼の支配下になるではありませんか。いくら神さまでもやり過ぎで、誰もが
心配します。その心配が的中し、鬼は夜更けの内に九十九段まで作り上げまし
た。絶体絶命のピンチ。しかし、そこは全知全能の神さま、しばらく考えてい
ましたが、何と鶏の鳴き声をまねたのです。すると、鶏たちが、一斉に、「ト
ーテンコー! トーテンコー!」と鳴き始めました。「トーテンコー」は「東
天紅」と書き、東の空が紅くなってきたので、「夜が明けるぞ!」と、鶏たち
が皆に報せているのです。時計のなかった時代ですから、鶏さんの鳴声は目覚
まし時計でした。朝になったと勘違いした鬼は、神さまに負けたと思ったので
す。鬼は、あと一段で負けたのを悔しがり、「残念じゃが、お日さまには勝て
ん。豆に芽が出る頃に、また来るぞ!」と捨てぜりふを吐き逃げたのでした。
そこで、神さまは豆の芽が出ないように、人々に豆を煎るように命令したので
す。煎った豆から芽は出ません。芽が出なければ鬼も来ませんから、節分には、
煎った豆をまくようになったのです。        
 
すると、「どうして、鬼は鶏の鳴声を恐がるのですか?」といった質問があった
のです。
「別に、鬼は鶏を恐がっているのではなく、鶏が鳴く頃になると、お日さまが
昇って来るんだよ。鬼は真っ暗な闇の世界に住んでいるから、お日さまが恐い
んだなぁ。だから逃げたんだよ」
「それなら、ドラキュラと一緒だ!」
何やらしたり顔でうなずき、納得していました。これは説得できましたが、次
がいけませんでした。
「何で、『トーテンコー』なんて、おかしな鳴き方をするのですか?」
「トーテンコー」と鳴かないと、この話は成り立ちませんから困りました。
「お日さまは東から昇るので、『東天』は『夜明けの東の空という意味だ』と
いってもうなずきませんし、『紅』は赤い色で、みんながお日さまを描くとき
赤く塗るでしょう。東の空が赤く染まってくる様子を見た鶏は、『朝が来た!』
とみんなに報せているのですよ」と説明しても、「なぜ、夜明けに鶏が鳴くの
ですか?」と変な顔をします。現代っ子は聞いたことがないでしょう。「なぜ、
鶏は朝になると鳴くのか」、このことです。やはり、子どもの疑問を追求する
目は鋭く、妥協しません。これを説明しなければ、子ども達は、納得できない
わけです。「鶏は鳥目といわれ、暗いところでは物が見えません。夜になると、
いたちなどに襲われる不安があるので、夜明けになると、ほっとして、一斉に
鳴き出すのだよ」と苦し紛れにこじつけて話したところ、「なるほど!」とう
なずきはじめました。
 
子どもがわかるように話をするのは、本当に難しいですね。実際にやってみる
と、ほとほと困るときがあります。お母さん方は勿論のこと、幼稚園や保育園、
幼児教室の先生方は、何の苦もなくやっているように見えますが、大変だなと
思い、敬意を払うのは、こういう時です。我が子でさえ、「……?」といった
表情が続くと、面倒になって止めたくなりましたから(笑)。
 
 
★★なぜ、玄関に鰯の頭を刺した柊を飾ったのですか★★
 
豆まきをしない家が増えているようですから、柊や鰯の頭となると、「…!?」
変な目で見られるかもしれませんね。これもしめ縄と同じで、鬼や悪魔が入ら
ないようにした「おまじない」です。
 
鰯は、冬にたくさん獲れる魚です。昔、女と子どもを食べるカグハナという鬼
は、鰯を焼く煙がきらいで、他の鬼達も生の鰯の頭はくさいですから、いやが
ったそうです。「柊」は、字そのものが寒そうで、冬そのものといった感じが
します。葉にとげがあり、触ると痛くて、ずきずきと痛みます。ズキズキと痛
むことを「うずく」といいますが、この「うずく」ことを別の言い方で「ひい
らぐ」といい、それで「柊」と呼ばれるようになったそうです。
 
また、柊のことを別名「鬼の目突き」といって、そのとげが鬼の目を刺すと信
じられ、玄関に飾ったのですが、その行事は今でも残っています。葉のとげで、
鬼の目を突く恐ろしい木のようですが、花を見ると印象が変わります。とげの
ある葉の付け根に、匂いのよいかわいい白い小花が咲くからです。
 
話は変わりますが、魚は魚偏から出来ています。しかし、木偏の魚がいて、そ
の名を「柊」といい、命名の由来は、鰭(ひれ)のところに柊と同じように鋭
いとげがあるからだそうです。これが網にひっかかるので漁師さんから嫌われ
ていますが、味の程は好評で、塩焼き、干物、刺身でもいけるとか。ただし、
骨が硬く、身も少ないため、市場に姿を現さないそうです。宮尾登美子さんの
随筆に、「にぎろ」という魚の話が出ています。大森望氏の解説によると、
「にぎろは、ススキ目ヒイラギ科の魚で、全国的にはヒイラギとよばれている
らしく、うちは煮付けで食べていました」とあり、本文にはこう書かれていま
した。
 
 ニギロという小魚がよく釣れた。お隣の愛媛県では畑の肥料にするという
 が、土佐では、一日干(ひいといぼ)しにして軽く炙ってよし、二杯酢にし
 てよし、ごく親しまれている魚だ。宮家の筆頭伏見宮家の長女として生ま
 れ、大正天皇妃の候補にもなった山内豊景(土佐山内家十七代当主)侯爵夫
 人禎子(さちこ)さんは、ニギロの刺身が大好きで、あの小さい、小さい魚
 を女中さんが苦労して身を削いでは食卓に載せていたそうである。
  (「生き行く力」 宮尾登美子 著 P215 新潮社 刊) 
 
子どもの頃、瀬戸内海を挟んだ兵庫県は赤穂に住んでいましたから食べたかも
しれません。
 
読むたびに作家魂とは、かくも凄まじきものかを叩きこんでくれた宮尾さんは、
2014年12月30日に、老衰のため逝去されました。(合掌)
 
もっと凄い魚がいます。何と「猫またぎ」と呼ばれ、漁師に嫌われるどころか、
小骨が多いため、猫もまたいで見向きもしないほど無視されていたのが、うな
ぎに似たあの鱧(はも)です。ところが京都では、骨を食べやすく「骨切り」
(高等技術だそうです)をし、硬い皮を食べやすく「湯引き」、熱湯にくぐら
せ、氷で冷やし、梅肉やからし酢味噌などで食べ、夏の味覚として珍重されて
おり、祇園祭りに食べる習慣があるのですから驚きです。
日本酒の肴に珍味な海鼠(なまこ)と、その腸である海鼠腸(このわた)があ
りますが、最初に食べた人の勇気をたたえると共に、いつも感謝していただい
ています(笑)。料理も包丁人(料理人)の度胸と工夫、腕次第なんですね。
 
ところで、鬼の嫌いなものは、鰯の臭いと柊とお日さまです。ドラキュラの嫌
いなものは、十字架とお日さまとにんにくです。お日さまと臭いの共通点はあ
りますが、宗教の出ないところが日本的なのでしょう。日本では、神さまと仏
さまが同居していますから、遠慮しているのかもしれません。
 
 
★★鬼のルーツは…?★★
 
陰陽(おんよう)五行説、聞きなれない言葉ですが、中国の易学のことです。
宇宙の万物を作り支配する二つの相反する性質をもつ気、陰と陽のことで、積
極的なものを陽、消極的なものを陰としたものだそうです。例えば、日、男、
春、奇数などは陽、月、女、秋、偶数などは陰と考えられ、奇数が縁起のいい
数というのも、起源は陰陽五行説なのです。
 
節分の夜、新しい春を迎えるために、家の隅々から鬼を追い出すが、鬼とはも
ともと冬の寒気であり、疫病であった。すなわち「人に災いをもたらす。目に
見えない隠れたもの」が鬼であり「隠(おに)」と呼ばれていたのである。
 (「年中行事を科学する」 永田 久 著 日本経済新聞社 刊 P51)
 
「鬼」は目に見えないもの「「隠(おぬ)」が転じたもので、陰陽五行説の考
えから、今の鬼が定着しました。
 
ところで、なぜ鬼は、二本の角が生え、鋭い牙を持ち、虎の皮のパンツをはい
ているのでしょうか。陰陽五行説によると、北東方面を「鬼門」と呼び、忌み
嫌われる方角を表す言葉で、恐ろしい鬼は、北東の方角にいると考えられてい
ました。正月に紹介しました十二支では、北東は「丑寅」の方角にあたります。
「丑寅」は牛と虎のことですから、鬼は牛と虎のイメージを持たされ、絵本な
どで見る鬼は、牛のような角と虎のような鋭い牙を持たされ、虎の皮のパンツ
をはいている姿になったわけです。
鬼門は忌み嫌われる方角ですから、京都の北東にあたる比叡山延暦寺は、当時
の都であった平安京を守るための「鬼門ふさぎ」として建てられたのでした。
ちなみに、江戸城から鬼門にあたる上野には、徳川家の菩提寺である寛永寺が
あり、山号を東叡山といい、天下国家の平安を祈り務めるために建立されたも
のです。毎度のことですが、何事も訳ありなんですね。NHKの大河ドラマの
放映以来、訪れる人が増えているそうですが、天璋院篤姫の墓所は寛永寺にあ
ります。
 
この鬼を寄せ付けないために豆や鰯、柊を用いたのは、「追儺(ついな)」と
いう7世紀頃に中国から伝わったといわれている鬼を祓う宮中行事が、近世に
なって民間化されたらしく、疫病神や貧乏神のたぐいを祓うのが目的になった。
そのような意味なら現代にも鬼は存在している。鳥インフルエンザとか世界的
な不況など立派な鬼である。
 (2009年2月2日 東京新聞夕刊・文化欄「鬼は外」 司 修 著)
 
インフルエンザは、鬼と同様、目に見えないだけに、現代人には恐ろしい存在
に違いありません。今年も流行の兆しがあるようですが、何とか穏便に願いた
いものです。被害者は、弱い子ども達であり高齢者だからです。鳥インフルエ
ンザは、渡り鳥に予防接種するわけにいきませんから困ったものですが、今の
ところ何とかおさまっているようです。今年も寒波の襲来で世界的に冷え切っ
ていますが、豪雪地帯の雪害は、高齢者が多いだけに被害は深刻です。震災の
復興ままならない東北地方の皆さん方に、雪害による被害が広がらないように
願ってやみません。1月に降った大雪、我が家のベランダには、何と25セン
チ程積もりました。三日後の朝、氷点下4度、当分寒い日が続きそうです。
 
ところで、食べられた方も多いかと思いますが、節分に巻き寿司を食べる習慣
は、「福を巻き込む」「縁を切らない」などの意味があり、恵方に向かい、黙
って丸かじりするもので、主に関西で行われていましたが、最近ではバレンタ
インデーのチョコレートのように、全国で行われているようです。恵方とは、
「陰陽道に基づいて決められた縁起のよい方向」で、2018年の恵方は南南
東です。七福神にあやかろうと、穴子、かんぴょう、きゅうり、椎茸、玉子、
おぼろ、高野豆腐など7種類の具を巻き、包丁で切らず、福を丸ごとかじって
食べるのが定法で、江戸時代に行われていた大阪の伝統習俗を復活させたもの
です。
 
最後に、豆まきの口上は「福は内、鬼は外」が定番ですが、そう言わない所も
あります。台東区にある「恐れ入谷の鬼子母神」(「おそれいりました」を冗
談めかし、しゃれて言う言葉)でおなじみの仏立山真源寺では、「福は内、悪
魔は外」と言いますが、これは人間の子どもを食べてしまう鬼神、鬼子母神を、
お釈迦さまが鬼神の子を隠し、子ども失う悲しみを諭されて仏教に帰依し、子
どもの守り神になった由来によるもので、成田山新勝寺では「福は内」だけで
すが、お祀りするご本尊は不動明王ですから、鬼も改心するとされているから
だそうです。また、群馬県藤岡市鬼石地域では、地名の通り鬼は守り神ですか
ら、「福は内、鬼は内」と言い、全国から追い出された鬼を歓迎する「鬼恋節
分」を開催しているそうですが、皆さんの住む町はいかがでしょうか。
(生活情報サイトAll About より)
                       
ところで、2月の童謡には「豆まき」などもありますが、歌った記憶がありま
せん。ただ1曲だけ、40代になって子ども達と歌った「鬼のパンツ」があり
ます。イタリアのヴェスヴィオ火山の山頂まで行く登山電車のコマーシャルソ
ング、あの『フニクリ・フニクラ』のメロデイーを使った替え歌ですが、作詞
者は不明だそうです。YouTubeで視聴できます。
 
  鬼のパンツ
   鬼のパンツは いいパンツ  強いぞ 強いぞ
   虎の毛皮で できている   強いぞ 強いぞ
   5年はいても 破れない   強いぞ 強いぞ
   10年はいても 破れない  強いぞ 強いぞ
   はこう はこう 鬼のパンツ はこう はこう 鬼のパンツ
   あなたも あなたも あなたも あなたも みんなではこう鬼のパンツ
    (世界の民謡・童話 worldfolksong.comより)
 
30数年前の話で、毎年、夏になると草津で2泊3日の合宿を行い、バスで出
かけていましたが、子ども達の車酔いを防ぐために、皆で歌ったことを思い出
します。もう社会人になり、家庭を持ち、子育てをしているかもしれません。
この歌、覚えているだろうか。もしかすると、我が子と一緒に歌っているかも
しれませんね(笑)。
 
積もりましたね。我家のベランダには25センチ、プランターはことごとく雪
の下に隠れてしまいました。そして今朝(26日)は、何と零下9度。さいた
ま市は零下9.8度、1997年観測以来最低記録とか。雪だるま、見かけませんね。
「近所に、小さいお子さんがいないからですよ」と家内は言っていましたが、
高齢者の町になりつつあるようです。
                        
(次回は、「建国記念の日と2月に読んであげたい本(1)」についてお話し
ましょう)

さわやかお受験のススメ<小学校受験編>★★入試問題を分析する★★[3] 話に関する問題

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        「めぇでる教育研究所」発行
    2019さわやかお受験のススメ<小学校受験編>
            第29号
 現年中児のお子さまをお持ちの小学校受験をお考えの皆様を応援します!!
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前回お知らせしました第33回東京私立小学校児童作品展「ほら、できたよ」
は、1月31日(水)から2月5日(月)まで、銀座松屋で開催されます。雙
葉小学校をはじめ26校が参加しますが、今回のテーマは「喜びを色と形に」、
今年も意欲的な作品が展示されるのではと期待しています。詳しくは、ホーム
ページをご覧ください。
 
 
★★入試問題を分析する★★
[3] 話に関する問題
 
話を聞き、設問に答える問題で、「話の記憶」といわれ、ほとんどの小学校で
出題されています。
 
◆「桃太郎」の話をテープで聞いたり、ビデオで見た後、
  ・おじいさんは、どこへ、何をしに行きましたか。正しい絵に〇をつけな
   さい。
  ・桃太郎の家来に□をつけなさい。
 
こういった設問があって、10秒から20秒の間に、絵の描かれている解答用
紙に、指示された○や□などをつけて答えます。狙いは、「話を聞く姿勢と理
解する力が身についているか」、このことです。これから始まる小学校での勉
強の基本であり、最も大切な学習態度です。いくら、九九を諳んじ、難しい漢
字の読み書きができても、人の話を聞けないようでは、あまり意味がありませ
ん。学校の勉強は、幼稚園の自由保育と違って一斉授業ですから、話を聞いて
いなければ、訳がわからないことになります。話を聞く姿勢を身につけるには、
話の読み聞かせや対話が、いかに大切であるかについて、すでに触れましたの
で、ご理解いただけ、実行されていると思いますが、少し、復習しておきまし
ょう。
 
「話の記憶の問題」は、単に記憶力を見ているわけではありませんから、問題
集を買い、それだけで訓練して鍛え、身につけるものではありません。それは
本末転倒な話です。話をキチンと聞く姿勢は、普段の会話や話の読み聞かせを
通して培われるものです。一朝一夕に身につくものではなく、やはり毎日の積
み重ね、育児の結果として表れてきますから、どこの学校でも実施しているわ
けです。
 
しかし、本当に話の聞けない子がいます。その子の育てられている環境は、わ
がままな言動が許されている場合が多いものです。 かわいい、かわいいで、
子どもを悪くしています。やはり、子どもの責任ではありませんね。 
 
話の記憶の問題には、長編と短編があります。
といっても、400字詰め1枚程度から3枚ほどの長さですが、皆さんはどち
らが難しいと思いますか。短い方が記憶しやすいと思われるのではないでしょ
うか。やってみるとわかりますが、長編は物語風になっているので、案外、想
像力が働き、イメージ化しやすいようです。短編は、あっという間に終わって
しまい、想像力が働かない場合があります。あらかじめ短編であるとわかって
いれば、それなりに対処できますが、聞いてみなければわからないだけに、難
しいですね。
 
そして、やっかいなのは文字を使えませんから、文章を読み直すことも、答え
の絵に、○や△、□といった記号の指示をする設問も、聞き直すこともできま
せん。ですから、聞き逃すと答えようがないということです。さらに、クレヨ
ンで指定された色で記号をかくこともあります。子ども達は、よくぞパニック
にならないものだと、褒めてあげたくなりますね。「長文読解だな!」などと
簡単に済ませるほど、やさしい問題ではありません。 
 
普段から、お子さんとの対話を大切にし、お子さんの話に耳を傾けましょう。
対話の反対は沈黙と思いがちですが、立教小学校の元校長であった田中司先生
は、「命令と要求」とおっしゃっていました。「命令と要求」が多くなれば、
対話など成り立ちませんね。僭越ながら、非常に的を射た指摘だと思います。
 
そして、お父さん、お母さん、お子さんに読書をしている姿を見せてください。
これが何よりの手本になるからです。さらに、お子さんがいるときに、ワイド
ショーなどを見るのは止めましょう。お断りしておきますが、すべてのワイド
ショーが駄目だといっているわけではありません。お子さんと一緒のときに見
なくていいものは止めてほしいと言いたいだけです。どなたがおっしゃったの
か定かではありませんが、「テレビを見る時間と教養は反比例する」そうです
よ、内容にもよりますが。海外に住み、帰国されたお母さん方が驚かれるのは、
テレビが、あまりにも生活の中に入り込んでいることだそうです。
 
また、お子さんが読書に集中しているときは、「お使いに行きますよ!」など
と、中断することは避けてあげましょう。夢中になって取り組んでいるときこ
そ、素晴らしい学習時間になっているからです。あらかじめ伝えておく、やさ
しいお母さんになってほしいですね。
 
寝る前に本を読んであげる、これも大切です。毎日続けることで、間違いなく
言語能力を育むことができるからです。26年6月に横浜雙葉小学校は説明会
を再開しましたが、挨拶に立たれたシスター田中順子学園長は、「添い寝をし
ながら本を読んであげることが少なくなっているのではないでしょうか」と懸
念されていました。DVDなど素晴らしい作品もありますが、幼児期にはお父
さん、お母さんの生の声が、何と言っても大切なのです。
 
会話を弾ませ、話を読んであげることから「話を聞く姿勢」は身につきます。
小学校の入学試験は、文字を使用しないだけに、話を聞く姿勢が身についてい
なければどうにもなりません。
 
最後に、「話の記憶」が苦手なお子さんへ、こういったことをやってみましょう。
私が現役のときに、この方法で苦手意識を取り除くことができたからです。お
子さんがよく知っている話を使います。
 
Q「『浦島太郎』の話を知っていますか。では、先生がいくつか尋ねますから
 教えてくださいね。
 浦島太郎は、子ども達がいじめていた動物を助けてあげました。何を助けた
のですか」
A「亀さんです」
Q「そうですね。そのお礼にどこへ連れて行ってもらいましたか」
A「竜宮城です」
Q「そこにいたお姫様の名前は何といいましたか」
A「乙姫様です」
Q「鯛やひらめもいて楽しく過ごしました。そして、帰ることになりお土産を
 もらいました。何をもらったのですか」
A「玉手箱です」
Q「そのとき、浦島太郎と乙姫様は、何か約束をしましたね」
A「開けてはいけないと約束しました」
Q「そうですね。また、亀さんに送られて家に帰りましたが、両親はいました
 か」
A「いいえ、いませんでした」
Q「近所の人々やお友達はいましたか」
A「誰も知っている人はいませんでした」
Q「知っている人は誰もいない。浦島太郎は、どんな気持ちになったでしょう
 か」
A「寂しくなりました」
Q「そう、寂しくなったんだね。では、ここからが問題です。では、なぜ、
 浦島太郎は、約束を破って玉手箱を開けたのでしょうか。あなたは、どう考
 えますか」
 
いろいろな答えが出てきますが、自分の考えを言えたことを褒め、評価はしま
せん。
たとえば、「何が入っているか知りたかったから開けました」と子どもが言えば、
それを認めてあげ、「そうじゃないでしょう。寂しくなったからでしょう」など
と大人の考え方を押し付けないことです。「寂しい経験」をしなければ、この言
葉は出てきません。
 
ところで、この方式に子ども達が興味を持ち始めると大変でした。話の筋を覚
え、質問を作らなければならないからです。お母さん方にお子さんの愛読書を
聞き、質問を作ったものでした。最も苦労したのは「アルプスの少女 ハイジ」
や「フランダースの犬」で、わが子が小さい頃、テレビで見ていた記憶はありま
すが、実際に本を読んだことがなかったからです。
 
しかし、子ども達は興味を持つことで、確実に力をつけました。おかしかった
のは、子ども達は、次週に使う教材となる本を、繰り返し、繰り返し読んでも
らい、準備をしていたそうです(笑)。私も大変でしたが、お母さん方も苦労し
たようです。子ども達が夢中になって取り組んだのも、勉強ではなく「Q&A」
を、ゲーム感覚で楽しんでいたからではなかったでしょうか。こういった苦労
は、楽しい思い出となって残るだけではなく、お母さん方から、「読書の好き
な子になっています」と聞くたびに嬉しくなったものでした。受験準備は、楽
しくやりたいものです。
 
入試によく出題されていることもありますが、私のお薦めは、日本昔話です。
以前にも紹介しましたが、「桃太郎」「かちかち山」「さるかに合戦」「舌切
りすずめ」「花咲じじい」は、日本の五大昔話ですが、皆さんは粗筋を言える
でしょうか。YouTubeでわかったのですが、♪カチカチなるのは何の音♪で始
まる童謡「かちかち山」の作曲者は、瀧廉太郎でした。知りませんでしたね。
(反省)
 
ところで、鬼退治の主人公は、なぜ、栗太郎や柿太郎ではなく桃太郎なのでし
ょうか。また、家来は、「犬猿の仲」といわれる犬と猿がいるのは、なぜでし
ょうか。
命名の由来は、桃は木偏に兆と書き、桃には未来を予知し、魔を防ぐという信
仰があったため。
陰陽五行説では、鬼は丑寅の方向、鬼門に棲み、その反対側、裏鬼門に配置さ
れているのが申酉戌と考えられ、そこから知恵のある猿、勇気のある雉、仁、
思いやりのある犬の家来が生まれ、「犬猿の仲」を取り持っているのが間にい
る雉で、けんか騒ぎにならず収まっているのだそうです。聖徳太子の「和をも
って貴しとなし」の考えが、「ここにも生きているぞ!」と一人で悦に入って
います、私の勝手な想像ですが(笑)。 
面白いことに福澤諭吉は、家訓「ひゞのをしへ」の中で、「鬼の宝物を取ると
は、けしからん!」と非難しています。(ウィキぺディア フリー百科事典よ
り)
(拙著メルマガ「年中行事と昔話 第5章 ひな祭りとお彼岸ですね」より)
 
(次回は、「数量に関する問題(1)」についてお話しましょう)

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